第4話

「なんだてめぇは?こいつの仲間か?」

 

突如現れた青年をスキンヘッドがぎろりとにらむ。青年は鍛冶屋の男を引っ張っている特殊アンカーを手元にある装置を作動させ、巻き取りながら笑う。ずるずると鍛冶屋の男が地面をすり、三秒に一回文句をたれながら青年の足元に到達する


「仲間……ではないですね」


 だけど。そういって青年は鍛冶屋を肩に担ぎ上げた。


「あっ!おい!」


 スキンヘッドが声を上げた時には青年はすでに路地裏へと消えようとしていた。さっとスキンヘッドが目くばせすると、あわててモヒカンが蛇腹剣を振るう。


 青年はそれを一瞥すると鍛冶屋のわき腹を抱えた手で抓った。


「いった!!わかった。わかったよ。アクティブ」


 とらえた。距離は射程範囲。モヒカンは二人の死を確信した。だが同時に路地裏から閃光と騒音。岩をひっかいた時のように耳障りな音が当たり一帯に響き渡る。それでも状況を確かめに誰も顔を出さないというのは迷宮ゆえだろう。

 何が起こったかはよくわからない。ただ伝わるはずの手ごたえはなく、むしろがくっと剣の重みが消える。

 

 そして剣先が地面に触れる。ただしその剣先は切り離されていて、間抜けな音を立てて路地裏に落ちた。

 

 くいっと手首をひねって蛇腹剣を手元に戻すとモヒカンは言葉を失った。剣先は刃の部分をすっぱりと切られていたのだ。ワイヤーではなく。エンチャントが施されていないとはいえ、鋼鉄製の刃である。それをこれほどまでに見事に斬る何かにモヒカンはぞっとした。                 

 

 今頃になって鼻血をぬぐったスキンヘッドも例外ではなかった。


「なんだ…奴は…?」

「兄貴…どのみち俺らの出番はここで終わりでさぁ。あとはほかのやつらに任せましょうぜ」

「あぁ、そうだな。あいつをぶっ殺せなかったのは胸糞わりぃが、あいつが羽付きだということが分かっただけでも十分な収穫だ」


 スキンヘッドはそう言うとへっと笑う。


「しかし、偶然とはいえあいつが羽付きだったのは、ここだからでしょうかい?」

「さあな」



 少年は空を眺めていた。普段ならそんな気障ったらしいことはしないのだが、まるで衝動をぶつけるキャンバスのように色があふれる空はずっと眺めていても飽きることはないのだ。外からではわからないこの景色。一人残されて心細い気持ちはあるが、それよりも切り離された世界に一人いるという特別感が祖父の死を知ってから渇いた胸を熱くさせた。

 

 祖父は常に頑なだった。まっすぐで曲がらない人だった。それゆれ少年は祖父を尊敬していたし、それゆえ祖父は彼らを顧みることはなかった。その目には次なる冒険と発見しか映っておらず、父がいなくなって寂しそうに笑う母を祖父は放っておいた。

 

 少年はそんな祖父を憎んで、恨んで、でもやっぱり尊敬していた。

 

 混ざらない感情が対立しあってぐちゃぐちゃで、祖父が気まぐれに家に帰るたび文句言おうと思って、だけどできなかった。そうしていつか聞こう、聞こうと思っていたけれど…。


「死んじゃったんだなぁ」


 七十を目前にしてなお、背骨がまっすぐと伸び、かくしゃくとする姿は死とは最も程遠かったはずなのに。訃報がすべて間違いではないか。今でもそう思う。だけれどこうしてここにいて、こうして空を眺める今がどうしようもなくそれを実感させる。


「……死んじゃったんだ」


 もう一度呟くとなんだか視界がぼやけ、空がにじんでいく。まともに見れないから少年はうつむいた。

 

 ぐるぐると渦巻く祖父に対する思いはもう二度と出口を見つけられないまま胸の内に巣くうのだろう。吐き気がした。こらえきれずに少年はえづいた。


「……」


 そして少女に頭をなでられた。


「えっ?」


 ぎょっとした少年は撫でられた頭を手で覆い隠す。見られた!その思いが撫でられた部分を猛烈に熱くさせる。そのままずさっと後ずさり、アルマジロよろしく丸まって防御態勢をとる。

 

 警戒のし過ぎ。だと少年自身も思ったが、迷宮にまともな奴はいないと日ごろから耳にする。いま目の前にいる少女が…まてよ少女ではないかもしれない。例えば齢九十の婆、いや、爺かもしれない、が何かしらの魔術、薬、そのほかとにかくなにかしらで化けている姿である可能性でもあるのだ。

 

 とにかく表通りのように、頭をなでてくれた→優しいの方程式は成立しないのだと少年は思っている。だからぎろっと少女を防御体勢のままにらんでしまう。

 

 敵意を向けられた少女はか細く悲鳴を上げると固まってしまった


(顔は…かわいらしいな。だが騙されないぞ。こうして相手の警戒心をそぐつもりだな。しかしオレンジ色の髪?見ない髪だ。薬の影響か。それにしては染めた感じもない。見たところ僕よりは年下か、まあそれも油断を誘う罠だろう。あっ!この子はワンピースを着ているじゃないか!!ワンピースなんてそんなゆったりとした服なら武器を隠すことができるはず……)


 うるっと瞳を潤ませた少女。少年はそれに気が付いても、罠だと思い込む。思い込んでしまう。少年は観察を続ける。


(しかしなぜ少女なんだ……わかったぞ、奴にはまともに正面から切りかかる腕がないんだ。だから油断させる戦法をとったんだな。となるとタイプとしては斥候か魔法使い。そして奴が少女に魔法で化けているのならば、魔法使いである可能性が高い!詠唱さえ潰せれば逃げ出せる可能性も)


 その時少女が動いた。ワンピースのポケットに手を突っ込む。


(きたっ)


 初手をつぶす。少年とはいえ元貴族。一通りの基礎剣術を学んだ体は飛び出し少女の腕をつかんだ。


「させないぞ」


 少女の目はさらにおびえる。その感情に嘘偽りはないように見えた。本気の恐怖だった。少年は一瞬たじろぐが、魔法使いが初手をつぶされたのだ(もはや彼の中では少女は魔法使いで決定した)怯えるのは自然なことと思い直し握った手に力を籠める。細い腕が少年のものとはいえ強い力で締め付けられる。少女の目の端に涙が浮かぶ。


「……ッ!!」


 何かを取り出そう少女とそうはさせまいとする少年。力の差は歴然だった。少女が絶望を顔に浮かべ、涙をぽろぽろと流す。だが、一瞬目に光を宿らせると、少年の少年を空いた足で蹴り上げた。


「ナがッ」


 声にならない悲鳴を上げ少年が手を緩める。もう一押しと少女は少年の今度は腹をけり飛ばした。ようやく少年は手を放しごろごろとのたうち回り悶絶する。

 

 少女はそのすきにポケットから何かを取り出すことに成功する。

 そしてそれを振りかぶって


(まず…い)


 自身の足元に投げた。投げられ着弾したところを中心に魔方陣が広がる。回路に魔力が流されわずかな光を帯びる。その光は徐々に強く、少女の体を見えなくするほどになり、

 

 そしてパッと消えた。消えた後には魔法使用の残滓である光の粒子しか残っていなかった


「きえ…た?」


 痛みに未だ転げまわりながら、少年は考える。あのタイミングで自分に危害を加えないってことは…まさか。



 青年が鍛冶屋を連れ待ち合わせ場所にたどり着くと、どよんとすべての闇を引き込んだように暗い顔をした少年がいた。


「どうしたの」

「い、え、何でもありません」


 いや、ずっとぶつぶつ「僕は何てことを」「僕はクズだ」「僕は男なのに…あぁ!」と言い続けていて、それに何故か股間を抑えて座り込んでいるのを何もなかったとするのは無理なのだが、青年は違った。


「へぇ、ならいいや」

「いいのかい?明らかにおかしいぞ。おっとすまない、もしかしてこれは天才の俺にしかわから…」


 鍛冶屋の言葉は青年が肩から半ば叩き落すように下ろすことによって中断される。

 

「本人がいいといっているんだ。いいだろ」

「あっ、その人が探し人ですか?」


 ヒキガエルがつぶれるときの断末魔のような声を一つ上げ、ぐてっとしている鍛冶屋を片手で股を抑えたまま少年は指さす。


「そうだよ。こいつならエリスを知っている」


 おい。足で青年は鍛冶屋をける。的確に肺を狙って蹴っているので冗談では済まされないぐらい鍛冶屋の顔が青く染まっていく。


「ガハッ!!おい、お前。凡人が天才を蹴ってはならんと法律で決まっているのは知らんのか」

「知らない。ちなみに一応聞いておくがどこの法律だ?」

「俺の法律だ!」


 ビシッ。さわやかな笑顔でサムズアップをした鍛冶屋は結果、また青年に足蹴にされる運びとなった。


「ほらさっさと教えろ」

「いやだね」

「貸し一つといっただろう。今返せ」

「ふっ、あれは必然。お前でなくても誰かが助けてくれたさ。よってお前に特別感謝する義理はなxっぶんsx%#&*!」


 関節はそこまで曲がらないですよー。少年が一応止めに入る。先ほどのショックでいろいろ雑になっている少年であった。


「教えろ」

「わかった!わかったよ!真の天才は器も大きいのだ。教えてやろう。だが、条件が一つある」


 交渉のテーブルにつける立場だとでも?そういわんばかりに馬乗りになっている青年は鍛冶屋の関節に再び圧力をかける。


「おい!まてって。ちゃんと理由がある。お前エリスに何回行った?」

「ナインに連れられて一回」

「やっぱりな。あそこはなぁ、週一で場所が変わるのさ」


 青年が苦い顔をする。


「どおりで見つからないわけだ」

「偶然見つけるなんてのは、この俺が生まれるぐらい奇跡に近い。ナインの野郎は、まぁ、異常だから見つけられたんだろうが……本来はポータルを使う」

「えっポータルってC級魔道具の…」


 少年が会話に入る。鍛冶屋がじろりとうつ伏せになりながら少年をにらんだ。この人はよくもまぁその体勢で偉そうにできるものだと少年は思った。たぶん謙虚さを子宮に置いてきた類の人だと推測する。


「おい、今更だがこいつは誰だ?」

「俺の依頼主で…えーっと…」

「ルークです」


 少年はそういえば名乗っていなかったことを思い出した。ぺこりとお辞儀をする。鍛冶屋は少年の体を下から上までじろりと眺めてぽつりと一言。


「ガキだな。こんなやつがエリスに?」

「まぁいろいろあるってことさ」


 青年は肩をすくめてみせる。一方少年、ルークは憤慨した。


「ガキじゃないです。もう十二になりました。成人まであと少しです!」

「ガキはみんなそういう」


 ぐぬぬぬぬ。とルークは歯噛みする。それをけらけらと笑いながら鍛冶屋は話をつづけた。


「そのポータルなんだが、俺の店にある」

「お前の店じゃないだろ。だが…あの状況からすると、お前が提示しようとしている条件が読めてきたぞ」


 また青年は苦い顔をする。それをみて少年は明らかに面倒ごとになりそうな予感をひしひしと感じていた。何気なしに見上げると瑠璃色の空。まじりあった複雑なきらめきが何かを予言しているようだ。


「そうだ。お前らに対する条件は、店を奪還せよ!!さぁいけ凡人」


 青年は無言で関節技をきめた。もうルークは止めはしなかった。むしろ小声で「いけいけ」と応援していた。青年は手加減するつもりだったのだがルークの応援でちょっと手元が狂った。


 ゴキッ。


「「「あっ」」」

 

 鍛冶屋の悲鳴が響き渡る。



 案内所『ブルーローズ』のメンバーはとある武器屋の前にいた。リーダーであるゴンゾは依頼主である冒険者パーティーを腕を組みながら見ていた。たくましい腕と厚い胸板、幾多の死線をかいくぐったと思われる鋭い目つき、雰囲気。ここにルークがいれば「あれこそがザ・案内人です」と紹介していたところだろう。実際、彼の『ブルーローズ』は新参ながらも案内所として確固たる地位を築いている実力派なのだ。

 

「ひどい」


 彼の視線の先にある冒険者パーティ『黒煙の牙』の面々はみな包帯を巻き、ぼろぼろの鎧を身に着けていた。まがりなりにもルーキーとしては名をはせたパーティーだったのだが。


「なんでもワイバーンの群れに遭遇したらしいよぉ」


 ゴンゾの隣に立っていた長身の若い男が言う。長く青い髪に真っ赤なマントを羽織り、ピアスを全身につけたその姿は異常であるが、そのどれもがD級以上の魔道具である。飄々とした印象からは彼の実力は読み取れないが、間違いなく『ブルーローズ』トップクラスの能力がある。ちなみにルークがいたら、少し悩んでから奇抜さで迷宮っぽいといって案内人認定するだろう。青年はルークからしてみて個性がなさすぎる。


「なぜだ」


 ゴンゾが短い言葉で聞き返す。口数が少ない彼は必要最低限の言葉しか話さない。最初に彼と会話するものは困惑するのだが、長年一緒にやってきた若い男にはその言葉の意図するところがわかる。


「ワイバーンにちょっかいかけちゃったんだってさぁ」


 む?ゴンゾの困惑する顔に若い男はもっともだと頷く。


「あのパーティーにはワイバーンに対する知識はあったよぉ。だけどメンバーの一人が新調した槍が原因になっちゃったってぇ。それを売ったのがここの鍛冶屋なのさぁ」


 コミュニケーション能力が皆無なゴンゾはリーダーでありながら仕事の受付はこの若い男に丸投げしている。その仕事を受けるかどうかだけゴンゾは判断する。よって仕事の概要は知っていても、仕事が舞い込んだ事情には疎いのだった。だから毎回こうしてこの若い男から情報を収集している。

 あらかた事情の概要が理解できたのでゴンゾはそれ以上何も言わなかった。またじっと腕を組みながら殺意でぎらついた眼をした『黒煙の牙』のメンバーを見つめる。

 ゴンゾはただ見ているだけなのだが、オーラというか気迫がすごいので『黒煙の牙』の面々はちらちらとゴンゾを見る。その小心者(どんなパーティーでも彼らのようにしただろうが)さにゴンゾは軽く鼻を鳴らす。


「自業自得だってかおしてるねぇ」


 男の言葉にゴンゾは顔を隠すようにうつむいた。服で隠れていたゴンゾの首がわずかに襟の上から顔を出す。その首の後ろには真ん中を仕切るように真一文字の傷が刻まれていた。


「常識だ」

「はいはい。武器のチェックを欠かさないのが普通だよねぇ。でもぉ、感情論としては納得できないのが普通でしょうよぉ。田舎の仲間で作ったパーティーらしいしぃ」

「……」


彼ら『黒煙の牙』のうちに渦巻く感情のほどはゴンゾら『ブルーローズ』を雇うところに表れている。たかが鍛冶屋への案内に『ブルーローズ』を雇うものなどいないからだ。おそらく彼らが『ブルーローズ』に望むのは敵までの露払い。最近仕事が少なく暇していたので引き受けを許可したがとんだはずれを引いたようだ。しかし納得できないこともあるが、職務は全うしようとゴンゾは周囲に気を配ることにした。

 近くの建物の壁に背を持たれかけさせ、ゴンゾは目を閉じる。

 はたから見ているとうつ向いているだけに見えるが、彼の感知能力は全方位に及ぶ。独自のコントロールで魔力を波紋のように広げているのだ。薄く広げられた魔力の波は生命体自身がもつ魔力に反応してノイズのようにかき乱される。これを感知することで抜群の索敵能力を誇るのだ。さらに彼ぐらいになると、非生命体も魔力の波がぶつかったときの流れの変化でぼんやりとだが検知できる。


「む?」


 彼がセンサーを展開してから三十分後。ゴンゾは何かに気が付いて顔を上げる。しばらくして青髪をなびかせたあの若い男がゴンゾのそばによった。


「なんだろうねぇ」

「……」


 二人はじっと「気配」のする方向を見る。彼ら以外にその存在を感知した者はおらず、『黒煙の牙』の面々は各々見当違いの方向ににらみを利かせている。


「三流が」


 感知能力をもつゴンゾは当然として、若い男も気が付いたというのに未だ『黒煙の牙』の中に気が付くやつはいなかった。

 やがてそいつらの一人が現れる。

 建物の間の路地からひょっこり出てきたそいつは敵意も害意もなくゆっくりと『黒煙の牙』が囲む鍛冶屋へと近づいてくる。

 迷宮は意外なことに人をあまり見ない。その実態を知らないものは皆、迷宮がこの世で最も淫靡な歓楽街か何かと勘違いしている。だが実際はこんなものだ。通りにも、路地裏にも、井戸端にも人がいない。ぱっと見て廃村にでもいるかのように錯覚する。しかし建物が傷んでいるようには見受けられない。確かな人の生活を感じられる。こうなると廃村というよりかは、今まで人が普通に生活していた土地から急に人がいなくなった。そう思わせる。

 とにかく滅多に人と出会うことのないここで「そいつ」がこちらへ向かっている。ただぶらぶらと歩いているだけではあるまい。

 『黒煙の牙』のメンバーの一人がようやく気が付き「おい」と隣のメンバーに顎をしゃくって注意を促す。そのやりとりにメンバー全員の目がそいつに向いた。すでにそいつは目と鼻の先に迫っていた。手練れであるなら一瞬で踏み込める位置。

 そいつは帯刀していた。鞘にしては少々大きすぎるものを腰にぶら下げながら歩みを止めない。剣の柄と思われる部分には何か引き金のようなものが付いている。

 顔に緊張感はなく隙だらけ、ここが迷宮でなければただ陽気な日光に誘われ散歩に出たようだった。その毒気のなさに『黒煙の牙』も武器を構えはするものの形だけだ。

 だがそいつの行先が鍛冶屋だとわかり始めると、彼らの得物を握る手に力が籠められる。客かもしれないので問答無用でとびかかったりはしないが、そいつの行動の端々をにらみつけ始めた。場の雰囲気が変わったというのにそいつはにこりと会釈をすると鍛冶屋のドアの前に立とうとする。

 そんなそいつの目の前に男が立ちふさがる。


「悪いことは言わない。ここの店で何かを買うのはよした方がいい」


 男が真剣な表情で諭すが、そいつはまた微笑む。


「いえ、俺はここに何かを買いに来たわけではありませんよ。ちょっと知り合いに頼まれてね」


 『黒煙の牙』に緊張が走る。


「知り合いというのはここの鍛冶屋か?」


 男の瞳の奥にわずかながら殺気が宿る。


「えぇ」

「なら悪いな兄ちゃん。ここを通すわけにはいかねぇ」

「困るなぁ」


 ぼりぼりとそいつは頭をかく。まるで駐禁をとられた商人のように。殺気をあらわにする武器を持った男を前にして。ゴンゾはその姿にとてつもない違和感を覚えた。


「じゃあ」


 そいつが男を見据える。


「力づくで通らせてもらおうか」


 そいつの雰囲気が変わった。視線にあてられた男はたじろぐ。それをしり目にそいつは剣の柄に手をかけた。

 ゴンゾは走りだす。油断していたのは自分もだった。そいつが『黒煙の牙』と接する前に飛び出すべきだった。心の中で舌打ちをしながら地面を力強くけった。


「援護するよ!!」


 後ろの方で仲間の声がする。振り向くことなくゴンゾは足を動かす。両手の拳を軽く握るとシャッとかぎ爪がガントレットから飛び出す。有力案内所『ブルーローズ』のリーダーは伊達ではないほぼ一瞬にして最高速に達し、そいつと男の前に滑り込むことに成功する。だが迎撃には間に合わない。すでにそいつは剣を抜き放ち、上段から振り下ろしていたからだ。油断していなかったら余裕だった一撃もやむなく受けることになる。魔力をガントレットに流し込み硬度を高めて剣筋を見極めようとしたゴンゾの目に閃光が入る。

 同時に金属がこすれるたときのような高音。光と音の発生源はそいつの持つ剣。珍しく湾曲した片刃の刀身をなぞるように金色の輪郭が現れていた。突然入ってきた閃光に視界が少しぼやけてしまったので彼はサポートとして感知能力も併用しながら戦闘を続行することになる。彼の感知能力は索敵だけでなくこのように応用が利く。夜間戦闘など本職のアサシンよりもこなせるほどだ。

 ゴンゾは能力を展開した途端に目を見開く。表情の変わらないゴンゾには珍しい。


「なんだソレは…!」


 ザンッ。ゴンゾの持つガントレットとぶつかりつばぜり合いになるはずの剣はなんの抵抗もなしに振り下ろされた。遠くで見ていた赤マントの若い男もあまりのことに絶句する。

 以前の依頼でゴンゾ本来の得物に損傷が見られたので今回は代替品としてガントレットを使用している。だが安価なものではなく、むしろ高価な部類に入る。貴重な金属がふんだんに使われ、魔導効率もいい。ゴンゾの魔力を流し込んだそのガントレットは最硬度になるはずだ。

 それがなんだ?夢でも見ているのか?宙を舞う六本の刃を見て若い男は自分の目を疑う。


『Empty!!』


 誰かの声が聞こえる。ひどく無機質な声だった。なぜだか剣から光は失われ、音もしなくなっていた。その声に呼応するかのようにそいつはベルトに差していた黒い直方体の金属片を剣を持っていない方の手で取り出すと柄をぎゅっと握る。かちりと音がして、柄尻からそいつが持つ金属片と同じような物体が勢いよく飛び出した。地面に落ちてカラカラと音を立てたところを見ると中身は空洞のようだ。

 ベルトから取り出した金属片のほうを柄尻に押し込む。さっきと同じように音が鳴った。


「どいてもらえませんかね」


 しゃべりながらそいつは緩慢とした動きで作業を続ける。ゴンゾであれば得物を失ったとしてもこの隙に一撃を食らわせることができるかもしれないが、彼の持つ得体のしれない剣が邪魔をして容易に踏み込ませない。こめかみから一筋の汗を垂らしてゴンゾはうめく。爪を失ったガントレットが痛々しい。


『Re!load!!』


また声だ。どうやら剣から発せられているらしい。そいつは今度は柄とつばの間にある引き金のようなレバーを人差し指で引く。途端、高周波のように耳障りな音がすると同時に再び剣が光を帯びる。

 ゴンゾの後ろにいた男が思い出したように飛び出した。背中に背負っていたハルバードと呼ばれる巨大な戦斧を振りかぶり、遠慮もなしに振り下ろす。もともと血の気の多い連中が集まってできているパーティーだったため、ひとたび戦闘に入れば後先考えないやつらがほとんどだった。間違いなく殺すつもりで放たれた一撃。別にそれが悪だというわけではない。やらなきゃやられるが大原則の職業上それは正しい行為だともいえる。


 ただし、その刃は届いてこそ意味がある。


 ゴンゾのものにくらべランクが下がるとはいえ、分厚い鋼鉄の斧。わずかながらに男の魔力も上乗せされたその一撃は、そいつの一太刀で無力に変わる。ずるりと中ほどから真っ二つにされたハルバードを見て男の顔が驚愕にゆがむ。渾身の一撃だったため男はバランスを崩し、前につんのめる。男の視界に急に迫るブーツが見えた。


 蹴り上げられ鼻血を噴き出しながらゆっくりと後ろに倒れる仲間を見て『黒煙の牙』は慌てる。だがすぐに困惑は殺意へ変わりそいつのもとへ殺到しようとするが、ゴンゾが片腕でそれを制する。


 そいつは何かに気が付いたようにゴンゾたちの方ではなく、あの赤マントの男の方を向く。赤マントは今まさに詠唱を終えようとしているところだった。



「…聖なる光よ、悪を焼き、闇を払い、道を作れ『黄道』」


 赤マントの男が頭上に掲げていた人差し指に光が収束する。そしてゆっくりとそいつの方へと指を下ろした。一筋の光が膨大な熱量を持って地面を焦がしながら標的へと向かう。ゴンゾらは範囲内に入らないよう後ろに下がる。

 スピードとしては速いが決してかわせないわけではないその光線をそいつは気にすることなく受ける。ゴンゾからやつを引き離すために撃った男はまさか受けるとは思わなかったので驚いた。殺すつもりはないので威力は手加減しているが、ただでは済まされない威力は残ったままだ。光線と剣が激突し、ちかちかと明滅する。衝撃に砂ぼこりが舞う。

 光と煙で状況は見えないがあの一撃を剣で受け止めるという非常識な対応をした奴が無事だったとは思えない。『ブルーローズ』のメンバーである男もそうだった。


「まだだ」


 たった一人ゴンゾが呟く。


『Empty!』


 そしてその言葉通り次第に砂煙が晴れた後、立っていたのは無傷のそいつだった。



 




 


 


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