第20話 深まっていく謎
有悟君がリビングに戻るのと同じくして村中君も戻ってきた。
「戎谷君、これがそのペン――」
「わかった。僕から何か理由つけて安居さんのご両親に渡しに行くよ」
有悟君はペンを右手で受け取るとブレザーの内ポケットにしまう。
「ありがとう。できれば、その……僕の名前は……」
「村中君の名前は出さないから安心してもらっていいよ。そうだな、僕が当日に、安居さんから借りていて返すのを忘れていたことにでもするよ。君もそう話を合わせてくれると助かる」
「わかった……」
有悟君はリビングのテーブルまで戻ってきて、自分の鞄を肩に掛ける。
「それじゃあ、随分と長居をしてしまったね。ごめん。僕はそろそろ帰ることにするよ」
「あっ、うん。課題と、その他にも色々とありがとう」
村中君はそのまま玄関まで見送ってくれた。扉を閉める直前に、
「戎谷君がこんな人だとは知らなかったよ。もっと周りに興味のない人だと思ってたよ――」
と、有悟君に伝えるわけでもない風に小声で呟いていた。有悟君も気付かないふりをしてその場をやり過ごしていた。
そして、その日は真っ直ぐに家に帰り、部屋に戻った。私は有悟君の部屋のベッドに腰掛ける。私が腰掛けても
「ねえ、有悟君。私、島野君と直接的な面識は思い出せないけど、別のところで名前を聞いたことがあったの思い出したよ」
有悟君は制服から着替えようとしていたが、その手を止めて私の前の床に座った。
「どういうこと?」
「えっとね、これは誰にも言わないでほしいことなんだけど……」
「大丈夫。僕はそんなことを言う相手いないから」
有悟君は真っ直ぐに私を見ながらそう言う。それは学校で話す友達はおろかクラスメイトすらいないと自分から言っているようなもので――。私は思わずため息を漏らす。
「島野君はさ、沙苗――同じクラスの吉川沙苗っているじゃん? あの子の好きな人なの。私、沙苗と仲良くて前に話してもらったことあるの思い出した」
「それだけ?」
「うん、それだけ……」
有悟君は大きく息を吐き出す。もしかすると何か重大なことなのかと構えていたのかもしれない。もしそうなら申し訳ないことをしたと思った。
「ねえ、有悟君。私のペンを返しに行くとか言ってたけど、本当に行くの?」
「うん、行くよ? ダメだった?」
「ダメじゃないけど……母さんたちにも私の恋人ってことにして話を聞きに行くのかな、って……」
「そのつもりだったけど、問題あった?」
私は小さく首を横に振る。ダメじゃないのだけれど、娘の死後に娘の恋人だという人が現れたらどんな気持ちなのだろうかと想像ができなかった。今は私のことを聞かれるよりそっとしておいた方がいいんじゃないかとどこかで思っていた――。
「ねえ、有悟君。村中君が持っていたのは本当に私のペンだったの?」
「村中君がそう言ってたんだからそうなんじゃないかな?」
「ちょっと見せてくれない?」
有悟君はブレザーの内ポケットから左手でペンを取り出して、私に見えるように手の平の上に乗せるように差し出してきた。私はベッドからするりと床に降りて、まじまじとそのペンを見つめる。
それはたしかに私のお気に入りのペンだった。歳の離れた
「たしかに、これは私のだね。ありがとう」
有悟君は私のペンをテーブルの上に置いた。明日明後日の学校が休みの間に私の家に行くのならブレザーのポケットに入れておくよりかは忘れないかもしれない。そもそもどこに置いていても有悟君が忘れるなんてことは考え辛いことなのだが――。
そして、有悟君の部屋で迎える二度目の夜――。
有悟君が昨日とほぼ同じ時間帯に就寝の準備を始める。と言っても、床に横になって毛布に
部屋の照明が落とされ、布ずれと僅かな息遣いしか聞こえなくなった世界で、私の体がこのまま暗闇と一体となって消えてしまうのではないかという恐怖に襲われる。なににも触れることのできない体では
私はその不安を
「ねえ、有悟君、もう寝ちゃった?」
「まだ起きてるよ」
布ずれの音と声の聞こえ方で有悟君がベッドの側に顔を向けたのだと分かる。
「よかった。ねえ、今日も寝るまでの間、少し話してもいいかな?」
「いいよ。何を話そうか?」
私は村中君の話を聞いて有悟君がどう思ったか聞いてみたかったが、内容的には小崎先生のものとほとんど同じだったので聞かないことにした。
有悟君は私の尋ねたことには、今までちゃんと答えてくれていたので聞きにくいことをこの際だから思い切って聞いてみようと思った。
「ねえ、有悟君はお兄さんと仲が悪いの?」
私の質問への答えはすぐに返ってこなかった。やってしまったと後悔し始めた頃、有悟君の方から大きく息を吐く音が聞こえた。
「どうして、そう思ったの?」
「ごめん……話しにくいことだったよね。有悟君はお兄さんと比べられて嫌な思いをしているというのは分かるんだけど、それと兄弟仲はまた別かなと思ってさ」
「それだったら、さっきの質問は、「仲が悪いの?」じゃなくて、「仲はいいの?」って感じになるよね。朱香さんは僕たち兄弟の仲はよくないと思ってるんでしょ?」
「そうだね……たしかに、私の聞き方が悪かったかも。でも、時折お兄さんのことを“あの人”って呼ぶからにはあんまりいい関係ではないのかなって……」
有悟君は大きなため息をついている。
「ああ、それでか……兄さんが僕のことをどう思ってるかは知らないけれど、僕は兄さんのことをよくは思ってはいないよ」
その言葉には冷気すらはらんでいる気がした。それでも今日はなぜだかここで引き下がるということは考えもしなかった。
「でも、昔から仲が悪かったわけではないでしょう?」
有悟君の方からは僅かな息遣い以外は動く音すら聞こえなかった。そして、不意に起き上がるような音が聞こえ、有悟君はカーテンを開けて窓を開ける。
夜風が吹き込んできて、有悟君の髪が柔らかく揺れている様が差し込む月明かりに照らし出される。有悟君は月を――ただ上の方を見ているようだった。
そして、有悟君はゆっくりと彼と彼の兄、
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