第19話 とある夏の日に

 沙苗が課題が終わらないと私と美菜に泣きついてきて、私と美菜は終わりかけの課題をついでだから済ませてしまおうと誘われるがまま沙苗の家に行った。

 沙苗は私と美菜に課題を見せてもらいながら必死に書き写し、私と美菜はお互いに残っている課題の補完をお互いにしあった。

 課題が一段落して、お菓子をつまみながら話しはじめた。

「そういやあさ、高校二年の夏は結局、勉強勉強で全く遊べなかったよ」

 沙苗は飲み物に口をつけながら愚痴をこぼす。

「勉強してたはずなのに、なんで課題があんなに残っていたのかしら?」

「うぅ……予備校の夏期講習と学校の夏期講習で勉強三昧で、それ以外の勉強をする気が起きなかったのよ……美菜はいつも言い方きついなあ」

 沙苗はわざとらしく私の胸にすがりつきながら美菜に抗議の視線を送る。

「沙苗、それは私も同じなんだけれど、ちゃんと課題はできたよ」

「うわっ、朱香まで! ひどーい」

 沙苗は私からばっと離れながら頬を膨らませる。私と美菜は声を出して笑い、沙苗も釣られて笑い出す。

「でもさ、もっとこう高校生らしい何かをしたいよ、私は」

「例えば、どんなこと? 勉強も高校生らしいと思うけど?」

 美菜は沙苗の言葉にまたしても毒のある言葉を返す。沙苗は美菜に、じとりとした視線を送る。

「勉強はいいの。例えば……そう、恋愛よ、恋愛!」

「沙苗、好きな人でもいるの?」

「なになに? 朱香も恋バナとかそういうのに興味あったんだ」

「そりゃあ、私だって年頃の女の子ですから」

 私の言い回しが面白かったのか、沙苗と美菜は声を上げて笑い出す。

「笑うことなくない?」

「ごめんごめん、朱香。さっきの質問だけど好きな人はいるよ。絶賛片思い中です」

 沙苗が敬礼ポーズのように額にビシッと手を当てる。美菜はそんな沙苗を後ろから抱きしめながら、

「誰に恋してるのよ? 吐きなさいよ」

 と、問いかける。沙苗はくすぐったいと身をよじらせながら、

「このことは三人だけの秘密にしてよ?」

 と、前置きを入れる。

「私の好きな人はね……D組の島野君。一年の同じクラスだったころからいいなあって思ってたんだ」

「へえ。ついでに、どんなところが好きなのかも言いなさいよ」

 美菜が抱きついたまま沙苗のわき腹をくすぐりながら尋問じんもんを始める。沙苗はキャッキャ笑いながら、

「個人的に顔が好みなの。なんていうの? 犬顔っていうのかな? ああいうの好きなの」

 と、息も絶え絶えになりながら答えていた。答え終わると美菜は沙苗を解放する。すると、沙苗が美菜の後ろに回りこんで同じように抱きつく。

「じゃあ、今度はあんたが言いなさいよ! 好きな人はいるの? ん? ん?」

「いるよ、いますよ。私はそんなことされなくても話すから離しなさいよ」

「ちゃんと喋るまでだめー」

 沙苗はさっきの仕返しとばかりに美菜に絡みつく。美菜はそれに勘弁したのか、そのままの状態で話し出す。

「私は戎谷先輩。あの人を遠目に見るだけでも胸が熱くなるの」

「なになに? 思ったよりミーハーなんだね、美菜は」

「悪い? あの先輩は今まであった人の中でずば抜けてすごいと思ったから憧れてるのよ」

「ああー、それはねえ。そういえば、そんな美菜には言いにくいことなんだけど……予備校の帰りだったかな、戎谷先輩見かけたよ? それも女の人と二人で仲良く腕組んで歩いてたところを」

 美菜はぴたっと動きを止める。

「そりゃあ、あんなに素敵な人だもん。彼女の一人や二人はいるでしょ。で、相手はどんな人だった?」

「なんかね、少し年上の大学生っぽい、かわいらしい感じの人だったよ。遠巻きに見かけただけだから顔までは見えなかったけど。そのあと近くの駐車場に停めてあった車に二人で乗ってたから、もしかしたら大学生より上かも」

「そうなんだ……」

 美菜の顔色が曇る。好きな人のそういう話を聞けば、気分がよくないのも仕方がないことだった。

「美菜、大丈夫?」

 私が心配になって声を掛けると、美菜は明らかな作り笑顔を向けながら、大丈夫と答えた。

「それじゃあ、沙苗――」

「そうだね、美菜」

 沙苗と美菜は顔を見合わせて頷きあう。そして、二人同時に私に飛び掛ってくる。

「最後にあんたの好きな人も白状しなさい! 朱香!」

「そうよ! あんただけ聞き逃げなんて許さないから!」

 私は二人に拘束される。私はそのとき好きだと思える人はいなかった。しかし、気になるというか視界の端で捉え続けてしまう相手がいることは白状した。

 それは同じクラスの人で――それ以上は私は口を割らなかったが、二人はどこか気付いているようでもあった。

「あんたはいい子なんだから、もっと高望みしてもいいのよ」

「意外と男の趣味悪いんだね。いや、いいのかな? 色々と保証付きだし」

 と、二人は口々に言っていて――。


 あの夏の日、三人で共有した秘密を胸に私たちはまた一段と仲を深めた。

 しかし、そんな日の記憶ももう遠い昔のことのようで、私はもうその思い出を誰とも共有できないのだ。

 その事実が私に孤独感を突きつけ、寂しさだけをつのらせる――。

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