第5話 捜査開始

 まだ朝の空気の匂いの残る学校の非常階段で私と有悟君は顔を見合わせて座っている。そして、私の死の真相を解き明かしてくれると言った彼に頼るしかない私は何をしていいかわからず、視線だけを彷徨さまよわせる。

 初めて来た非常階段は外にせり出して作られているが、コンクリートの壁がしっかりしていて、座って壁の影に入れば風は防げるし、太陽の日差しは時間によってはさえぎられるだろう。しかし、全く当たらないということもなく湿っぽい感じは全くしない。隠れ家的な場所としては、意外と心地がいいかもしれない。もっと早く知っていれば――生きている間に知っていれば私も度々利用していたかもしれない。

 視線を有悟君に戻すと、彼の視線は私を真っ直ぐに見ていて、びくっとなってしまう。しかし、有悟君はそんなことは気にせず話しかけてくる。

「ねえ、安居さん。覚えてる範囲で昨日のことを話してくれないかな?」

「ごめんなさい。昨日のことは思い出せないの……なんというか昨日のことを思い出そうとすると靄がかかったようなそんな感じかな」

 有悟君は腕を組んで、何か考え込んでいるようだった。

「ごめんね。役に立てなくて……ねえ、有悟君。何か思い出すかもしれないから、昨日あったことを話してくれない?」

「わかった。といっても、僕が知ってて、安居さんも知ってることってなると学校の間だけだよね?」

「そうだね。授業の内容は置いといて、いつもとは違う何かがあったら教えて」

「そうだな……そういえば、朝のホームルームで文化祭実行委員を決めたよ。そして、なかなか立候補者はいなかったんだけど、広谷先生が上手く持ち上げて酒井さかい君に決まったんだ」

「酒井君にか。たしかに、少し調子いいところあるけど、みんなを引っ張る力はあるし適任かもね。先生はどうやって酒井君を持ち上げたの?」

「たしか、文化祭でうちのクラスが目立てば、実行委員やってたやつの株も上がるだろうなとか、去年のこと知ってればやり方次第で校内で一目置かれるぞとか、そうなればモテるかもなって、感じで色々言っててさ、最後の一つが決め手になったみたいで、最終的に酒井君は自分から立候補してたよ」

「ああ……なるほど。酒井君らしいね」

 酒井君はよく広谷先生の話に横槍を入れて、あっさり返り討ちにあって笑いのネタを提供している。それ以外にもクラス内では目立つほうでそれなりに人望もある。

 話を聞いても思い出せないが、広谷先生と酒井君のやり取りだけは目に浮かぶようだった。

「あとは……基本普通の授業だったと思うけど……そういえば、二時間目の古典の授業で小テストあったくらいかな。古典の単語テスト」

「そっかあ――話聞いてもよく思い出せないや。他には何かない?」

 有悟君は腕を組んで考え出す。

「あっ、そういえば安居さんは授業終わった後、村中君と一緒に教室を出て行ったみたいだった」

「村中君と……?」

 私はそれには思い当たることが一つだけあった。村中君と私の接点はクラスメイト以外だと同じ美化委員ということくらいしかない。まして、一緒に行動するとなるとそれしかないのだ。

「ねえ、有悟君。昨日は十月の第二水曜日だったよね?」

「うん。そうだけど、それがどうかした?」

「それだと、放課後、私は美化委員の仕事で学校に残ってたんだと思う」

「そうなんだ」

 私はふとあることを思い出した。制服のポケットの中に手を入れるとそれはちゃんとあった。

「あっ、そうだ。有悟君。そういえば、朝起きたときにボタンを右手に持ってたんだ」

 私はそう言いながら制服のポケットからボタンを取り出す。有悟君は触れることができないのでそれをじっくりと見る。

「大きさ的にはブレザーの袖のボタンみたいだね」

「私もそう思う。有悟君、ちょっと袖のボタン見せて?」

「えっ……!? あっ、うん」

 有悟君は左手の袖の部分を私に見えるように腕を捻って見せてくれる。有悟君の袖のボタンはしっかりと全部付いていて、その一つの横にボタンを並べて大きさを比較する。

「うん。やっぱりここのボタンみたいだ」

「そうみたいだね。ということは、今日の身体検査とか持ち物検査はこれのチェックだったのかもしれない」

「どういうこと?」

「それは、安居さんが亡くなる寸前にとっさにボタンを握ったんじゃないかな? だから、身体検査と称して全員のボタンのチェックをしたとしたら――」

「それじゃあ、私は……」

「殺された――って、ことになるね」

 私は思わず息をむ。それは目の前の有悟君も同じように言葉を失っているようだった。

「ね、ねえ、有悟君。それだとアンケートもそういう意図があったのかな?」

「おそらくね。きっと一番聞きたかったのは最後の質問――あれはいわゆるアリバイを知りたかったんだと思う」

 私はうんうんと頷きながら、成程と感心してしまう。

「でもさ、それだと私を殺した犯人が生徒の中にいたら、意味なくない? 質問の意図が読めるわけだから嘘書くよね?」

「そのへんはきっと大丈夫だよ。身体検査とあわせて、怪しい人物をリストアップして人数を絞った後、アリバイの裏付けを取れば嘘をついていたらすぐに分かるし、嘘をついていたことがばれたら、一番疑われるからね」

「なるほどね」

「他の質問も安居さんに関わりあるのに隠してたら怪しいだろうし、関わりあるなら話を聞く対象にもなるし、色々考えられてるんだと思う」

「へえー。有悟君、すごいね。ちなみに、有悟君はアンケートにどう答えたの?」

 私は興味半分で尋ねる。有悟君は腕を組んで手を口に当て、思い出すようにしながら答え始めた。

「アンケートね……。最初のいじめや暴力はあったか、ってのは、“いいえ”だね。そう答えたからには次の内容を問う質問は無回答だね。というか、これに関して言えば、“安居さんが”そういうことをされているのを見たかって暗に聞いてる質問だし、それとは別の件でいじめとかにあってたり、見かけてたりしても、“はい”なんて答えられないんだよね」

「確かにそうだね」

「まあ、そのへんは仕方のないことだと思うけどね」

「そんな風に言うってことはさ……有悟君はそういうことに心当たりはあるの?」

「あるよ」

 あまりにもあっさりと冷たい声色こわいろと表情で言うので、それが有悟君本人に関わることなのだろうと直感的に思った。触れてはいけない部分に触れた気がして、私からは話の続きを振ることができなかった。有悟君はそういうことを全く気にしていないのか、淡々と続きを話し始める。

「で、安居さんと面識があったかという質問はもちろん“はい”だね。一年のころから同じクラスなんだから当たり前なんだけどさ」

「そうりゃあそうだね。じゃあ、私はどんな人間だって答えたの?」

 有悟君は黙り込んでしまった。本人を目の前にして、どんな人間だったかと言うのは緊張や気恥ずかしさなど思うところがあるのかもしれない。

「まあ、それは……安居さんは努力家で人を気遣える人だと書いたよ」

 なんだか照れくさいような気持ちになる。素直に嬉しかった。

「で、最後の昨日の放課後についての質問はさ――」

「あ、え……うん。それで有悟君は何してたの?」

 有悟君の突然の大きな声での話題の切り替えに私も釣られてついつい私も大きな声になる。有悟君の顔を正面から見ることがなんだかできず、照れ隠しに首元で緩いウェーブの掛かった髪の先を指でくるくると巻きつかせる。

「放課後帰った時間は分からないけど、一時間くらい学校に残ったあと下校して家に帰ったんだ」

「放課後に何してたの?」

「ここで本読んだりして時間を潰してたんだ。で、話戻すけどさ――これまで出てきた分の情報でかなり絞り込めるね」

「そう? 私には放課後に何かあったくらいしか……有悟君にはそれ以上が分かってるの?」

「うん。まあ、でもさ、まだ推測の域だし、少し考えれば誰でも思い当たることだよ」

「それでいいから、とにかく教えて?」

 有悟君の目を真っ直ぐに見つめる。有悟君は目を逸らしつつも、小さく頷いてみせる。

「まず、安居さんは放課後に誰かに殺されたんだ。殺された場所はここ桐ヶ丘学園の校舎の中。それも中央階段の四階より上。四階までしかないこの学校でそれが意味するのは、屋上へ上がる階段の途中か、屋上に出る扉の前のスペースかな。屋上はいつも鍵が閉められていて入れないから、除外してもいいと思う」

「有悟君はすごいね。屋上に出る扉の前かあ……清掃用具の備品とか置いてある場所だね」

 私は美化委員の仕事の一環で何度か備品を取りに行ったりしていたのでそれだけは知っていた。

「でも、それだけじゃあまだ何があったかは分からないね」

「そうだね。じゃあ、今から知ってる人に聞きに行こうか?」

「えっ?」

「まあ、付いてきて。で、また校内に入ったら悪いけども、安居さんとは話さないようにするから」

「なんで?」

「何もないところに向かって話してたら、僕が頭がおかしい人に見えちゃうだろう?」

「ああ……なるほど」

 私は納得する。それはここに来る時の有悟君の行動の理由でもあって――。

 一足先に歩き出していた有悟君の後を私は急いで追いかけた。

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