第2難 映画

 今、僕は妹と映画を見て、帰るところだ。

「映画楽しかったねー」

 妹は繋いだ手をぶんぶん振り回しながら隣を歩いている。

「いたいいたい。もうちょっと落ち着いて歩こうか。」

 僕が妹を落ち着かせていると、前方から聞き覚えのある声が聞こえた。

「絶?」

 前を向くと、望がむっとした表情で立っている。

「これ……どういうこと?」

 望の顔がどんどん険しくなっていく。

 なるほど、浮気と勘違いしているのか。望はしばらく妹と顔を合わせてないから無理もないな。まあでも僕は二股なんてしないし二股できるほどモテないけどな。

 ともかく、一番いけないのはここで焦って最初に「いや、違うんだこれは……」から弁解を始めようとすることだ。このセリフは99%確実に誤解を悪化させる。ここははじめに要点をまとめていうべk

「ねー絶、この人誰?」

 妹ぉぉおおお!それ多分余計に誤解されるやつーーーーー!特にお前は僕のこと「兄貴」とか「お兄ちゃん」とかじゃなく名前呼びだから余計に誤解されるやつーーーーー!

 するとここで望がずんずんと僕の目の前まで歩いてくる。

「ねえ!絶!どういうことなのかしっかり説明してくれる?」

 やばい!結構やばい!眉間にしわよりすぎてめっちゃくしゃくしゃになってる!

 だが近づいてきてくれたのはチャンス!ここで一言「妹だよ」と言えば解決する!すべてが丸く収まる!

「い」

「ちょっと、絶に何する気なの?」

 妹ぉぉおおお!兄思いなのはいれしい!超嬉しい!でも空気を読んでくれ!この僕と望の間2センチくらいに入ってきてまで状況を悪化させるのは頼むからやめてくれ!望の眉間が今までにみたことないくらいくしゃくしゃになってるから!僕が望が最後にとっておいてたショートケーキのいちごいらないって勘違いして食べちゃった時以上にくしゃくしゃになってるから!!

 

そしてとうとう妹と彼女の睨み合いが始まる。

 落ち着け僕!落ち着くんだ!とりあえずいったん場を沈めるんだ!何か言え僕!

「いや違うんだこれは……」

 僕ぅうううう!!さっきそれ禁句だって封印したばっかああああああ!

「違うって何が違うっての!?」

 望がまた僕にずいと詰め寄ってくる。

 よし、今だ今一言「妹だよ」と言えばこの件は丸く収まる。よし、じゃあ言いまs

「ちょっと!あんたが今話すべきは私でしょ!」

 今まさに僕が言葉を発しようとした時、妹が望の肩を掴み僕から引き離した。

 うーん、割って入ってくるねー、妹ー、ぐいぐいくるねー、妹ー、とりあえずお前が僕のことを家族として大切に思ってくれてるのはよくわかったからちょっと静かにしようかー、妹ー。

「はぁ?私は君と話すことなんてないよ!だいたい君と絶はどういう関係だっての!?」

 望が声を張り上げて叫ぶ。

 すると、妹は少し間を置いたあと、自分の胸をどんとたたき、

「私と絶の間にはね……」

 叫んだ。

「(家族)愛があるの!」

 瞬間、あたりがしんと静まりかえる。

 おいおい……一番大事な部分を抜かすのはやめろ。

 そこさえ言ってれば誤解はとけたのに……

 ていうか映画館の入口で愛を叫ぶのはまじでやめろ……めっちゃ見られてるじゃねぇか……ていうか望は一体今どんな顔をして……

 望の方を見ると、以外にも眉間のシワは消え、無表情になっていた。

 どういうことだ……?もしかしてもうどうでもよくなっちゃったとか……?

 いやしかし静かになったということは今が誤解を解くチャンスということだ!

「あのだな、望、」

 僕が望に話しかけると、望は涙を一筋流し、

「死ね」

 とだけ言って、その場を去っていった。


 僕が唖然としていると、妹が大きく万歳をした。

「よっしゃ!ストーカー撃退成功!!」

 ど阿呆。人の彼女をストーカー呼ばわりするんじゃねぇ。

「な……なんでストーカーだと思ったんだ?」

 とりあえずこの質問だ。追いかけて行って誤解を解くのは走って帰られたりするから成功率は低いだろうし正直あいつがストーカー呼ばわりされる理由が思い浮かばない。

「顔!」

 シンプルアンドバットである。要するに僕はストーカー顔と付き合ってきたというのか。

「絶は愛する家族だから本当に好きな人と付き合ってほしいからね!」

 僕に気を遣ってくれてありがとう。でもさっきお前が追っ払ったのが僕の本当に好きな人だぞ妹よ。

 僕はひとつため息をついて妹の肩に手を置く。

「あのな?よく聞け天子……」




 只今一月十日午後四時。僕と妹は望の部屋にいる。

「ごめんなさいでした!!」

 目を数倍に腫らせた望の前で、妹は床に頭がめりこみそうなほどに深く土下座している。

「もう気にしてないよ。それに私もはやとちりだったし……」

 望がそう言うと、妹は物凄い勢いで顔を上げる。

「ううう……私……私……絶に幸せになってほしくて……それで……それで……あっひゃへふほへひゃああああああ!!」

 妹よ。

 泣くのはいいがもっと静かに泣くか話し終わってから泣こうか。それとその某兵庫県議員顔負けの泣き方は一体どこで習得してきたんだ。


 そして妹はしばらく泣きわめくと、急に立ち上がり、

「ではおじゃましました!あとはお二人でごゆっくり!」

 と言って家に帰って行った。

 相変わらず台風の様な奴だ……

 しかしなんだか部屋の空気が重い気がする。

 僕が恐る恐る望の方を見ると、昼間同様、望は眉間にシワを寄せていた。

「あのー、望さん、もう気にしてないんじゃ……」

「それは天子ちゃんの話。絶にはまだ文句がある。」

 望はそう言うと僕の前にケータイを差し出す。

 見ると、SNSアプリが開かれていて、「映画館入口にアツアツカップル現る」という僕と天子のツーショット写真が添えられた投稿があった。

「正ヒロインは?」

 望が歯をぎりぎりと鳴らしながら僕に訪ねる。

「の……望さんです。」

「勘違いとはいえ、この私を差し置いて他の女とカップルとは……」

 僕は返す言葉もなくうなだれ、その体勢のまま望に話しかける。

「絶対許せない感じ……?」

すると、望はしばらく目を瞑って腕を組み、少しの間黙り込むと、急に口を開いた。

「海……行きたいな……」

「…………行けば?」




それから数日間、僕の頬に張り付いたもみじは取れなかった。


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