第2話 ”初体験”
僕に対する虐めは、かれこれ10年くらい続いている。
小学生の頃。
始めはたわいもない、叩き合いから始まり、そして一方的に殴られるようになった。
次第に、クラスの中では関係を持ちたくないと思うのか、ほとんどの人間が無視をするようになった。
無視され続けると、段々僕と仲良くする友達がいなくなり、僕は一人になった。
家では「ねぇ」とか、「あのさ」とか、形容詞的に呼ばれ、学校では「おまえ」とか「おい」とか代名詞で呼ばれるようになり、僕は僕の名前を忘れていった。
僕は、何をしてどうやって生きていけばいいのだろうと、小学生ながら自問自答する日々が続いた。そうして生活をしていくと、段々生きる意味が分からなくなり、死のうと思うようになった。
これはきっと、こんな環境にいたら当然考える事だろう。
そして、僕は小学3年生になり、僕は・・・・・初めて自殺した。
僕の両親は共働きで帰りが遅い。
両親のいない家で一人、風呂場に冷たい水を溜めて手首を切った。
人が、自分で自分を殺す事は以外と難しい。
だって、精神的な恐怖がリミッターとなり、自殺直前に自分で自分にストップをかけるからだ。
その精神状態をキープする事が出来なくなるほど、精神が崩壊すると、リミッターが飛んで自殺を実行出来るのだ。
そして、その自殺に対するリミッターが飛んでも、状況的に中途半端な状況では、いわゆる自殺未遂になり、発達した医学で無駄に助けられ延命されてしまう。
その処置の使用が出来ないほどの状況を作り出せなくては、死ぬことは出来ない。
手首を切るとき、静脈や動脈をまとめて深く切る事により、血液を一気に体から抜くことに加え、水の中にその腕を浸ける事により、さらに出血の流れを促進する。
さらに言えば、服のまま冷水に浸かる事で体を急激的に冷やし、低体温と出血多量というダブルパンチで早急に死への段階を進めていく。
たくさん考えた。
たくさん迷った。
でも、この生活が続くくらいなら、いっそ死んだ方が・・・まし・・・だ。
僕は、冷たい水を流しながら服のまま浴槽に浸り、台所にあった包丁を片手に持ち、戸惑いを忘れるほどの荒い呼吸をしながら、全部を振り切るように勢いよく自分の手首を切った。
「痛っ・・・」
想像以上の痛みでびっくりして、手に持っていた包丁を反動で勢いよく浴室の床へ落とした。
冷たい水が、意識と痛みを緩和して、次第に体の力が抜けてきた。
深い深い眠りに誘われていった。
このまま眠ってしまえば、楽になれる。
この地獄から解放される・・・
良かっ・・・・・・
「・・・・・は?」
ここは、僕の家の風呂場の入り口。
何故か、僕はタオルを片手に、浴室の前に立ち尽くしていた。
僕は、さっきまで浴槽の中で、安らかな眠りについたはずなのに。
僕がこの状態が飲み込めず頭が真っ白になり立ち尽くしていると、台所に向かう途中僕を見つけた母親が後ろから不思議そうな顔で、
「どうしたの?もうすぐ水道屋さんが来るから、お風呂はもうちょっと待っててね。」
と言って、去っていった。
ますます状況が飲み込めず、声をかけてきた母親に返事をする事を忘れるくらい、僕はその場に立ち尽くした。
驚きの中、何かを確認しなくては事態を理解出来ないと思い、さっき渾身の勇気で切りつけた腕を見たが、さっきまでの光景が嘘のように、僕の腕には切り傷どころか傷一つなくキレイなモノだった。
さっきの自殺成功の光景が夢で、実際は何も起こっていない。
そんな状況が僕の頭をさらに混乱させていった。
落ち着け僕。
落ち着くんだ僕。
まずは、自分の部屋に行こう。
挙動不審になった僕は、他から見たら何かとんでもない隠し事をしているようにしか見えないだろう。
まずは状況の整理からだ。
ゆっくり深呼吸をし、今起こっている事を整理すると、段々と頭の中の霧が晴れていった。
落ち着いたところで微かに感じるジンジンとした痛みは、さっき勢いよく切りつけた自分の腕からだった。
落ち着きを取り戻すと、さっきまでの記憶はふわっとした感覚で、現実はさっき母親が言ったように、僕の家の風呂は壊れているのは確かだ。
思い出したという表現が正しいのか分からなかったが、とりあえず言われたような気がした。
昨日の夜に、湯沸かし器とお湯が出るところの調子が悪くなり、今日は風呂に入れないんだ。
その記憶は、自殺した時と混同していたが、しっかりと理解出来た。
頭の中で二通りの記憶か混在しているような感じがしている。
いや・・・・おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい・・・
何がおかしいって、全部がおかしい。
だって、さっきまで家に誰もいない事を確認し、よく考えて調べた自殺方法を実行し、確実に成功したはず。
僕は、勢いよくベットの頭の方に置いてある目覚まし時計を確認した。
「・・・!」
僕はその時計が指す時刻に驚いた。
また目の前の現実が理解出来ず、
「はーーーーーーー?!」
思わず叫んだ。
僕の、突然の叫び声に驚いて、部屋の扉の外から母親が、
「どうしたの?大丈夫?」
地震か何かが起こった時のような驚きで、声をかけてきた。
母親らしく、部屋のドアを開けずに声だけをかけてきた為、一呼吸おいて、慌てた声のまま返事を返すと、いらぬ心配をかけると思い、
「・・・大丈夫だよ。何でもない。転んだだけだから。」
その場を繕うだけとはいえ、まったく説明になっていなかったが、ひとまず母親の呼びかけに伝えると、
「あらそう・・・本当に大丈夫?」
と、母親が心配そうな声でもう一度確認してきた。
僕は、この現実を早く飲み込まないといけないと思い、
「大丈夫だから心配しないで。ところで、水道屋さんはもう来た?」
話を切り替える事で、ひとまずドアの前にいる母親を遠のける事しか考えられなかった。
質問に反応した母親は、
「そろそろ来ることだと思うから、終わったら呼ぶわね。」
と言って納得はしていなかったものの、とりあえず去っていった。
やっとドアの向こうの母親を遠ざけた安堵感から、もう一度目覚まし時計に目をやる。
さっき、自殺を実行した時間から、4時間も経っている。
驚いたのは、ほんの一瞬で4時間も経過していた事に加え、謎の痛みが僕の腕をジンジンさせているからだ。
自殺した事がなかった事になっているのに、さっき切った腕の痛みの余韻が残っている。
考えろ僕、考えろ僕、考えろ僕・・・・
こんな事は現実で起こるはずがない。
だって、死んだはずの僕が、こうして何事もなく今を生きている。
理解は出来なかったが、目の前の現実は変わらないのだから、とりあえず納得をしよう。
小学生ながら、自問自答した。
結果、僕の初めての自殺は、未遂どころか、なかった事になった。
そして、何事もなく次の朝を迎えた。
だが、この不思議な出来事は、始まりでしかなかった。
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