第75話それぞれの課題
手柄山。山と言えば木々や河があり、鬱蒼とした印象を持ちますが、この山はそれらがなく、岩と石に囲まれた不毛な土地でした。
山菜や川魚が取れるわけでもない、地元の人間から見捨てられた場所ですが、手柄山という名前と修行に集中できる面から武者たちの修練場として関東の武者たちの信仰を集めている名所でもありました。
「さあ、楽しい修行の始まりじゃ。お前たち、気合を入れて励むのじゃよ!」
吉備太郎たちをそんな言葉で迎える白鶴仙人。
吉備太郎たちは何故そこまで白鶴仙人のほうに気合が入っているのか理解できませんでしたが、自分たちが強くなるために声を合わせて「はいっ!」と元気よく返事をしました。
「良い返事じゃ。それでこそ鍛え甲斐のあるものだ。それでだ。わし一人で教えると非常に効率が悪い。そこでお前たちに課題を与え、それを乗り越えたら次の課題を与える形式にしようと思う」
それを聞いた朱猴は「でもよ、俺様たちに何が足りないのか、それくらいは最初に教えてもらいたいぜ」と言いました。
「何を目標にしていいのか、それが分かれば効率が上がるぜ」
「ふむ。焦るでない。ちゃんと考えておるわ。それではまず、お前から伝えておこう」
白鶴仙人は皆から背を向けて、何やら呪文のようなものを唱えます。
すると石と岩しかない地面からにょきにょきと木が生えました。次第にその木は形を造りだし、大きな鬼の姿へと変化しました。
「この鬼を火遁で焼き尽くすことがお前の課題だ。ただし、たった一度だけでだ。火力が弱いと燃えないように工夫してある」
そして朱猴に言いました。
「お前は攻撃力が足りない。いくら火遁が得意とはいえ、それは人に対してだ。鬼を一撃で倒せるように火遁を磨く必要があるのだ」
朱猴は自分が得意である火遁が不十分だと言われて、屈辱を感じると思われましたが、そうではありませんでした。
むしろ自分でも気づいていたのです。自分に足りないのは圧倒的な攻撃力だということ。
自分の姉、猿魔を思い出します。彼女は遁術をほとんど使えません。しかし里でも最強の力があります。
それは攻撃力でした。苛烈なまでの攻撃力で他の追随を許しませんでした。
自分がどうして里長に指名されなかったのか。それは搦め手ばかり得意で正攻法が不得意だったことに起因しています。
「分かった。焼き尽くしてやるよ」
「うむ。それができたら知らせよ。次の課題を与えるからのう」
朱猴が課題に取り掛かるの見て、白鶴仙人は「次はお前だ」と蒼牙を指差しました。
「拙者ですか……」
蒼牙は自分が未熟だと知っていました。名田川の戦いでも一人で鬼を倒すことができませんでした。それが悔しくて仕方がなかったのです。
それに蒼牙は吉備太郎の役に立ちたいという気持ちが強くなっていました。
伝説の武者の子孫。そして伝説になりつつある吉備太郎を見て、憧れないものはいません。
嫉妬ではなく羨望であるのは蒼牙の性格や性根に由来するのですが、蒼牙は吉備太郎のことを仲間ではなく主君と思いつつありました。
そこが蒼牙の美しさであり、限界でもあるのです。
「そうじゃの。お前にはこれを授けよう」
そう言って鉄製の長槍をどこからともなく取り出した白鶴仙人。
「これはお前の扱っている長槍と同じ長さだが、重さと頑丈さは一目瞭然、こちらのほうが上じゃ」
「これをどうすれば良いのですか?」
「ふむ。あそこに大きな岩があるじゃろ」
白鶴仙人が指差したのは四尺ほどある大きな岩でした。
「あれを砕け。一撃とは言わぬ。お前と同じ背丈になるくらいになるまで砕くのじゃ」
蒼牙はどういう意図なのか計りかねました。
「鬼を倒すには力が必要じゃ。しかしお前は足らぬ。筋力が足りないのじゃ。それでは何も倒すことはできぬ」
そして白鶴仙人は蒼牙に言いました。
「ただ愚直に突くのじゃ。その果てにお前が求めるものがある」
蒼牙は頷きました。そして巨大な岩に向かいます。
「次はお前だ。翠羽」
白鶴仙人に言われて、翠羽は一歩歩みを進めました。
これから自分は何をさせられるのか、それが不安で仕方がありませんでした。
翠羽は分かっていました。いくらなんでも火遁であの木造を焼き尽くすのは無理ですし、鉄槍で岩を砕くのも無謀でした。
だから白鶴仙人の課題がどのようにツラく困難なものなのか分かっているがゆえに、自分にどんなものが課せられるのか、心配でした。
「お前は自分が非力だと思い込んでいるのではないのか?」
翠羽はずばり自分が気にしていたことを言い当てられてどきりとしました。
自分に戦う力が無いことは痛いほど分かっていました。妹が攫われてから痛感しました。ゆえに頭脳と知略を尽くして戦うことを決意しました。
しかしただ見ているだけのは悲しくてやるせない気持ちになるのです。
「はっきり言うが、お前に戦う力などない。武芸を習ったことのないお前が鬼を倒すことなど不可能に近い」
翠羽は聡明な頭でその言葉を受け取りました。冷静に受け止めて「ではどうすれば良いのでしょうか?」と訊ねました。
白鶴仙人はにっこりと微笑みました。
「お前には守る力と癒す力を与える。簡単に言えば仙術を教えよう」
翠羽は「ぼ、僕に仙術が使えるのですか?」と驚きました。
「この中では一番才能がある。まずは仙術の基礎を教えよう。仙術の源である『仙気』を体内に蓄積させる方法を授ける」
翠羽は言われたとおり、その場に胡坐をかいて、両の手を合わせて集中しました。
「仙気を引き出すのはお前なら一ヶ月はかかるじゃろ。ひたすら集中するのじゃ」
翠羽が修行に向かうと、最後に吉備太郎と向かい合いました。
「吉備太郎、お前の修行は鬼の総大将を倒すためのものだ」
吉備太郎はその言葉に心を動かされました。
両親と友人と村人の仇である鬼の総大将を倒すこと。そうしてようやく吉備太郎の復讐は果たされるのです。
「私は何をすれば良いのですか?」
率直に訊ねる吉備太郎。
「お前には既に武器がある。自分でも分かっているだろう?」
白鶴仙人は逆に訊ね返します。
「私の武器ですか? それは父上の形見の刀のことですか?」
「違う。お前だけにしかない、お前だけが鬼に対抗できているものがあるだろう」
吉備太郎はそういえばと竹姫が言っていたことを思い出しました。
「速さ、ですか?」
「そうじゃ。お前には速さがある。人間が持ち得る限りの速さという武器が」
すると吉備太郎にどこからか取り出した草鞋を差し出しました。
「この草鞋を履くがいい。この草鞋はお前の動きを鈍くする。これを履いて、わしと戦うのじゃ」
吉備太郎は怪訝な表情をしながら、明らかに重くなさそうな草鞋を手にします。
手に取ってみても、重いとは感じませんでした。
しかし足に身につけると、自分の足が鉛のように動かなくなるのを感じました。
「こ、これは……!」
「さあ。吉備太郎よ。わしに一撃でも攻撃できたら合格じゃ」
白鶴仙人はすたすたと吉備太郎から離れて、大きな岩に腰掛けました。
「ぐぬぬぬ……! なんと面妖な……!」
唸り声を上げますが、なかなか歩むことはできません。
「お前の速さは音も超えた。次は光を超える番じゃ」
吉備太郎がようやく一歩歩き出しました。
「お前の力を昇華させるには地道に鍛えるしかないのじゃよ」
白鶴仙人は四人の様子を窺いました。
朱猴は火遁を繰り出しますが木像を焼き尽くすことはできません。
蒼牙は自身の得意技、牙槍を放ちますがヒビ一つ付けられません。
翠羽は仙気を生み出そうと集中していました。
そして吉備太郎はなんとか歩くことができています。
「この修行を終えた後、お前たちは強くなる。鬼を超えし者となるのじゃ」
そして白鶴仙人は誰にも聞かれないように呟きました。
「これでわしの役目も終わるじゃろう? やっと楽になれるはずじゃ」
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