第76話蒼牙の修行

 ひたすら岩を突いていく蒼牙。しかしなかなか砕くことはできませんでした。


「鉄槍には問題がないはずだ。拙者の力が足りないのか……」


 修行をやり始めて三日後にようやくに気づいた蒼牙。巨大な岩は少しも大きさを変えていませんでした。


「白鶴仙人さまに助言していただくか。一人で考えても仕方が無い」


 蒼牙の愚直なまでの素直さはときとして自分の成長を阻害してしまうことが多々ありました。自分で気づかなければいけないのに、どうしても易きところへ流れてしまいます。


「お前は何故、鬼退治をするのだ?」


 白鶴仙人を探そうとして、辺りを見渡すと、耳元にぼそぼそと声がしました。


「白鶴仙人さまですか?」

「いかにも。さあ答えよ。何故、鬼退治をするのだ?」


 蒼牙は「吉備太郎殿が望むからです」と率直に答えました。


「拙者は吉備太郎殿のために鬼退治をするのです」

「それがお前の本当の望みなのか?」

「望みとは違います。拙者の望みは、一族郎党を再結集させて、元の生活に戻ることです。父上と母上が居た、あの頃の生活に」


「ならば鬼退治をする意味はないではないか。わざわざ危険な真似をせずとも、お前なら家名を高めることもできよう」

「それでは駄目なのです」

「何が駄目なのじゃ?」

「吉備太郎殿に協力すると誓ったのです」


 蒼牙は話しながらも鉄槍を持ち、再び岩に向かいます。


「拙者は吉備太郎殿を主君のように敬愛しているのです。それに命を助けられた。その御恩にも報いなければならないのです」


 そして岩を穿き続ける蒼牙。


「一心。ただただ、吉備太郎殿の助けになりたい。あの人は仲間と呼んでくれた。一族郎党を集めるのはその後でいい。家名を高めるのも武名を轟かせるのも後でいい。今は――吉備太郎殿の役に立ちたい」


 自分の想いを打ち明けた途端、蒼牙は何かに気づきました。

 巨大の岩が徐々に形を変えて、巨大な鬼の姿に変わっていきました。


「お前の想い、真実かどうか確かめよう。この巨大な像を壊してみせよ」


 蒼牙は振り下ろされる手のひらを避けながら「いきなりですね! 拙者を殺す気ですか!?」と大声をあげます。


「さあどうする? 鬼を殺さなければ生き残れないぞ?」


 蒼牙は巨大な像を見上げます。


「まずは動きを止めなければ……」


 蒼牙は素早く像の下に潜り込み、左脛を思いっきり鉄槍で叩きました。

 しかし――


「ああ、そうか。生き物じゃないから痛みは感じないのか!」


 逆に踏み潰されそうになる蒼牙。

 蒼牙は間合いを広げて、一旦落ち着くことにしました。

 迫り来る像と向き合って、蒼牙は考えます。


「白鶴仙人さまはどうしてこのような修行を設けた? これでは死んでしまうじゃないか。なんとか倒さなければいけないが……」


 蒼牙は死と隣り合わせの修行に恐れを抱いていました。けれど同時に自分が強くなっていくのを感じました。

 自分の神経が研ぎ澄まされていく感覚。

 蒼牙は像の攻撃を避けつつ、反撃していますが、像にはまったく通用していません。


「くそっ! ええい、考えても仕方ない! 効くまで攻撃し続けるだけだ!」


 蒼牙は何度も攻撃し続けます。

 休むことは無く、一日中戦い続けました。


 そしてそれは突然訪れました。

 蒼牙の攻撃、突きが右くるぶしに当たった瞬間、その辺りが崩れていくのが見えました。


「……? 特別強く突いたつもりはないのだが?」


 蒼牙は不思議に思いました。それは偶然、当たっただけの攻撃でしたが、蒼牙は再び同じ箇所を突きました。

 すると右足にひびが入りました。


「まさか……一点を突くと、壊れる仕組みになるのか?」


 蒼牙は像の単調な攻撃を避けつつ、その考えに至りました。

 蒼牙は左くるぶしにも同様に攻撃しました。しかし今度が崩れませんでした。


「なるほど。箇所によって損傷を与えられるのか」


 蒼牙は像の動きを観察しました。武芸を習う者に特有の観察眼がここで生かされました。


「何かを庇う動き? 左脇腹を庇っている? だったら、そこが弱点なのか?」


 蒼牙はさっそく左脇腹を攻撃しました。

 突いた箇所から放射状にひびが入り、胴体の一部が砕けました。

 蒼牙は確信しました。これは相手の弱点を突くことで砕ける仕組みになっているようでした。


 蒼牙はそれから半日かけて、像を砕き続けました。

 砕いて。

 砕いて砕いて。

 砕いて砕いて砕いて――

 そしてようやく、自分の背丈まで近づきました。


「これで、おしまいだ! 牙槍!」


 必殺の一撃を繰り出して、バラバラに砕け散った像。蒼牙はその場に倒れこみました。


「はあ、はあ、はあ……なんとか倒せた……これで拙者の修行は終わり――」

「そんなわけなかろう」


 蒼牙の前に白鶴仙人が現れました。


「まさか一日半で終わるとは思わなかった。素晴らしいぞ」

「へへ。ありがとうございます」

「次の課題に移る前に腹ごしらえでもするがいい」


 白鶴仙人は蒼牙に握り飯を差し出します。


「いただきます!」


 蒼牙は一心不乱に握り飯を食べました。


「それでじゃ。次の課題じゃ」


 白鶴仙人は砕けた像の破片に何やら呪文を唱えました。

 すると砕けた岩が形を縁取り、鳥の姿へと変化しました。

 それは鷹だったり、雀だったりと千差万別でした。

 そして鳥たちはどのような仕組みか分かりませんが、羽ばたいて宙に舞っています。


「お前はこの鳥たちを仕留めてもらう。しかし当てただけでは仕留めることはできぬ。先ほどの像と同じ、弱点を見極めるのじゃ。お前の課題はいかにして一撃で鬼を倒せるかにある。他の三人と比べて、著しく攻撃力に乏しいのがお前だ」


 白鶴仙人は蒼牙の顔を見ました。蒼牙は黙って白鶴仙人の言葉を待ちます。


「いいか? お前はその目がある。武芸を極めた者しか到達できぬ、相手の弱点を見極める力を未熟ながらも備わっているのじゃ。お前の技や能力は二の次よ。その洞察する力が今後の戦いに必要となる。考える前に見よ。そして感じるのじゃ!」


 蒼牙は鉄槍を持ちました。


「分かりました。やってみます」

「この課題はなかなか終わらぬぞ? 覚悟せよ。そして乗り越えるのじゃ」


 白鶴仙人はそう言い残して煙のように消え去ってしまいました。


「像と違って、素早く動き回る鳥。それを仕留められれば、一撃で鬼を倒せるようになるのか……やってやるさ」


 蒼牙はこの修行で多くのことを学びます。

 襲い掛かる鳥には交差攻撃。

 逃げ回る鳥には先読みしての攻撃。

 そして全ての鳥の弱点を見極める目。

 これらを会得するのに、蒼牙は二ヶ月かかったのです。


 最後の鳥を鉄槍で突いて、ようやく二番目の課題は終わりました。


「ふむ。これでようやく『目』は完成できたようじゃな」


 白鶴仙人は蒼牙の前に現れます。


「二ヶ月もかかってしまいました。修行は間に合うのですか?」


 不安そうに訊ねる蒼牙に白鶴仙人は「最後の修行は威力だ」と答えます。


「お前には既に必殺の技がある。『牙槍』と言ったのう。それを昇華させる」


 白鶴仙人は持っている杖を槍に見立てて、技を繰り出しました。

 杖を持った右腕は弓を引くように後ろに下げて、左手は手のひらを相手に向けます。

 左脚を前に出し、右脚は右腕と同じように後ろにおきます。

 そして空気を突き刺すように、大気を切り裂くように――

 槍を高速で――前に押し出します。

 ずどんと大きな音を立てて、当たってもいないのに、目の前の岩にひびが入り、そして砕けました。


「名付けて『狼牙槍』じゃ。お前に授ける技であり、お前だけの独自の技じゃ」


 蒼牙は目の前に起こった現象を見て、自分にできるのか不安でしたが、とにかくやるしかないと思いました。

 その素直さが蒼牙の武器でした。


 修行の終わりまで、一ヶ月を切っていました。

 狼牙槍ははたして完成するのでしょうか。

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