第70話明かされた真実

 日が暮れて真夜中になると、大きな満月が竹姫と魯蓮を見下ろすように輝いていました。

 その満月から何か輝かしいものが望郷山の頂まで下りてきました。


 それは青白い光の筋でした。竹姫たちへと向かっている大きな一本の道となっていました。そこから見慣れない『鉄の塊』が山頂へとやってくるのが分かりました。

 細長くて黒い鉄の塊はゆっくりですが、竹姫たちのほうへ迫ってきます。


「迎えが来ましたね。さあ参りましょう。かぐや、あなたの故郷へ」


 魯蓮が仰々しく言うと竹姫は頷きました。


 鉄の塊はどうやら乗り物のようでした。塊の下部には車輪のようなものがあり、くるくると回転してます。また一塊ではなく、六つの同じのようなものが鎖か何かで連結されています。先頭の塊には頭に煙突のようなものが付けられています。

 それが山頂まで到達すると、横を向いて塊の側部に扉が現れて、開きました。


「お待たせしました。魯蓮さま。望月汽車の到着です。どうぞ中にお入りください」


 望月汽車と名乗る鉄の塊の先頭から、無機質な声がしました。


「さあ。行きましょう。かぐや」


 魯蓮は竹姫を促して望月汽車に乗り込ませようとしました。竹姫は無言のまま、従って中に入ろうとして――


「待て! 待つんだ竹姫!」


 大声で叫んで制止させようとする者。

 その者の声を聞いて竹姫は振り返って、そして聞き間違えでないことを確認しました。


「どうして、ここが分かるのよ……? なんであなたがここに居るのよ……?」


 嬉しくて悲しくて、そして驚きと怒りが入り混じった複雑な感情を胸に抱きつつ、その者の名を言います。


「来ないでよ……吉備太郎……!」


 竹姫の眼前に居たのは父親の形見の刀を抜いて正眼に構える――吉備太郎でした。

 吉備太郎だけではありません。

 長槍を構える蒼牙。

 苦無を持った朱猴。

 そして羽毛の扇を携える翠羽が傍らに居ました。




 話は三日前、白鶴仙人が吉備太郎たちの元へ訪れたところまで遡ります。


「お前たち、竹姫を救いたいのなら、月見沢の望郷山に行くのだ」


 白鶴仙人の言葉に吉備太郎は「つまり、奪い返せということですか?」と訊ねました。


「そうじゃ。そうしなければ竹姫は死ぬ。それでもいいのか?」


 仲間たちは吉備太郎の言葉を待ちました。


「良くないに決まっています」


 吉備太郎は覚悟を決めていました。

 鬼を滅ぼすことを決めたときのように、揺るがない気持ちで満ちていました。


「竹姫は必ず助ける。このまま別れるなんて御免です」


 その言葉に蒼牙も頷きます。


「手伝いますよ。竹姫殿にも恩がありますからね」


 朱猴もにやりと笑います。


「このまま黙って行かせるのも忍びねえからよ。ちょっと文句も言いたいしな」


 翠羽は神妙な顔をしています。


「僕の策のせいですからね。責任は取りますよ。行きましょう吉備太郎さん」


 仲間たちの言葉に吉備太郎は胸に熱いものを感じました。


 白鶴仙人はにこにこして吉備太郎たちに告げます。


「お前たちの覚悟はたとえ月の民だろうと容易に退けられぬだろうよ」


 こうして吉備太郎たちは一路望郷山へと向かって。

 今、ここに居るのです。




 吉備太郎は一歩進み出て必死に止めました。


「そのような面妖な乗り物に乗るな! 月に帰るな! 死なないでくれ! 竹姫!」

「…………」


 竹姫は悲しげに黙っていました。


「まったく、しつこい人ですね。それに仲間まで連れてくるとは。かぐや、あなたはまた罪を重ねてつもりですか?」


 ぎろりと睨む魯蓮に対して朱猴はわざとおどけて言い返します。


「罪を重ねる? おかしな話だぜ。竹姫は何も悪くないじゃねえか」


 魯蓮は「かぐやの両親の罪はかぐや自身にも適用されるのですよ」と冷静に言います。


「それに日の本の争いに手を貸した。それだけで罪深いのですよ」


 すると今度は翠羽が言い返します。


「それは僕が発案した策が原因です。竹姫さんは僕がやれと言ったからやったんです。だから裁かれるのなら僕じゃないですか?」


 魯蓮は軽く笑ってからやれやれと肩をあげました。


「日の本の民を裁ける権限は私には無いのですよ。だから黙っててください」


 次に口を開いたのは蒼牙でした。


「どうしても竹姫殿を許してくださらないのですか?」


 魯蓮は話すことはないとばかりに首を横に振りました。許すつもりはないみたいです。


「だったら仕方ないな」


 吉備太郎は八双の構えを取りました。


「力づくでも、奪い取らせてもらうぞ!」


 吉備太郎は魯蓮に突貫しました。

 蒼牙も朱猴も同じく魯蓮に向かいます。

 翠羽は一歩下がって様子を窺っています。何かあれば指示できるようにするためでした。


「愚かですね。日の本の民ごとき、この呪術で十分です」


 魯蓮は天高く十束剣を上に向けると、赤い稲妻が生まれ、吉備太郎たちに襲いかかります。光の速さで発せられる稲妻はいくら反応が優れている吉備太郎でも避けることができませんでした。

 光の矢は吉備太郎たちに突き刺さり、受けた者はその場で動けなくなりました。

 まるで石像のように固まってしまいました。


「なんだ、これは……!」


 ほんの少しも動かない身体に朱猴は焦りを感じました。


「これは日の本の民の動きを止める呪術です。まあ月の民には効かぬものですが。これで十分でしょう。そちらの方はいかがなさいますか?」


 光線は翠羽には届いていませんでした。しかしどうすることもできないと理解していました。

「くっ! 竹姫さん!」

「あなたには戦う力はないことは分かります。だからこれで邪魔はできないしされません」


 翠羽は自分が無力であることに憤りを感じました。いくら先を見通す力があっても武力がなければ意味がないのです。


「さてと。私も忙しいので、失礼させていただきますよ」


 慇懃無礼に振舞う魯蓮。そして再度竹姫を望月汽車へと誘いました。

 竹姫は抵抗しようとせず、乗り込もうとしました。

 すると――


「ふざけるな……ふざけるなああああ!!」


 吉備太郎が、呪術によって動けないはずの吉備太郎が、魯蓮の眼前まで迫っていました。

 魯蓮の思考は一瞬停止しました。日の本の民であろう吉備太郎が何故呪術が効かないのか。その疑問が頭の中に占められていました。


 しかし一瞬だけでした。

 吉備太郎の振るった一撃をなんとか避けて魯蓮は竹姫を抱え込んで望月汽車から離れました。

 魯蓮は吉備太郎を警戒しつつ、他の者の様子を見ました。

 蒼牙も朱猴もまだまったく動けないのを見て呪術が作用しているのは確認できました。


「あなたは、只者ではありませんね。呪術が効かない体質なのですか?」


 吉備太郎は肩で息しながら「呪術が効かない? 意味が分からないな」と一応答えました。


「そうじゃないですね。治癒の呪術は確かに効いていました。だからあなたはここに居る。この矛盾は……?」


 ぶつぶつと呟き続ける魯蓮。そしてある答えに辿り着きます。

 その答えは吉備太郎の数奇な運命を明らかにする重大な秘密だったのです。

 そしてそれは吉備太郎が鬼に対抗できる唯一無二の武者である理由なのです。


「……まさか、ありえない……」


 魯蓮は細い目を見開きました。恐れ慄いているようでした。


「何なのよ? 吉備太郎がどうしたって言うのよ!」


 竹姫は魯蓮の動揺を見て、嫌な予感がしました。今までの吉備太郎との関係に戻れない気がしたのです。


「かぐや。あなたはこの人に出会うべくして出会ったのかもしれませんね」


 ここで魯蓮は初めて竹姫に同情を覚えました。この少女に強いられた呪われた運命を悲しく思いました。


「かぐや。この人はもしかすると、とんでもない人物ですよ」


 そして魯蓮は吉備太郎に向かって言いました。


「あなたは日の本最強の武者であり、月の民最大の罪人である、桃太郎の子孫ではありませんか?」

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