第58話地下牢と信用
吉備太郎たちは甲斐の領主、文田の命令によって地下牢へと投獄されてしまいました。
必死に抵抗したものの、両手足を縛られてしまい、自由が利かなくなってしまいました。これでは暴れることもできなくなりました。
「ちくしょう! あんな女、信用するんじゃなかったぜ!」
朱猴が横に転がらされて、身動きの取れない状況の中、毒づきました。
「しかし、何が目的で拙者たちを捕らえたのだろう。部下になれとか訳の分からないことを言っていたが」
蒼牙は不思議に思っていました。
「詳しいことはこいつに訊きましょう」
竹姫が顎で指差したのは、一緒に牢屋に入れられた高梨名人でした。いえ、もう名人ではありません。
「私も君たちが何故、閉じ込められているのか分からない。いや、もしかすると……君たちは高名な武者なのか?」
高梨の言葉に素早く反応したのは竹姫でした。彼女は高梨に対して答えます。
「ここに居る吉備太郎は鬼退治の若武者と呼ばれるほどの武者よ。現に鬼を何匹か討ち取っているわ」
それを聞いた高梨は「やはりか……文田さまも面倒なことをする」と一人納得していました。
「あなた、何か知っているの?」
詰問する竹姫。高梨は自分の考えをまとめてから言います。
「甲斐の領主、文田さまは蒐集家だ。それもただの蒐集家ではない。才のある者を愛でるのだ」
それを聞いた一同は意味が分かりませんでした。才のある者を愛でる?
「あの、意味が分からないから、一から説明してもらいたいんだけど」
竹姫の言葉に高梨は頷きました。
「文田さまは才のある人間が大好きなのだ。特に優秀な人間は何としてでも集めたくなる。まあ病気のようなものだな。だから、あなたたちは見込まれてしまったのだろう」
その言葉を竹姫は咀嚼して、そしてはっきりと言いました。
「つまり、金や宝石ではなくて人材を集めるのが好きなの? 気持ちが悪いわね」
竹姫の言葉に苦笑いする高梨。
「まあ傍から見れば不気味な話だ。加えて期待に添えなくなると私のようにお払い箱になってしまうんだ」
「はあ? お払い箱? 何だそりゃ?」
朱猴の疑問に力なく笑って答える高梨。
「処刑される。もしくは甲斐から追放される。良くて私財の没収かな」
その言葉に吉備太郎たちはゾッとしました。名人でなくなってしまっただけで死ぬとは恐ろしく感じたからです。
「……たかが遊戯でそこまでの仕打ちをするのか?」
蒼牙はようやく言えました。
「それが甲斐の実情だ。貧しく穀物もない、都から離れた土地が生き残るには、人材を集めなければならないんだ」
そして最後に独り言のように言います。
「文田さまが黒と言えば、例え白だとしても黒になる。それが領主ってものだ」
朱猴は嫌そうに言います。
「そんなんじゃいつ反乱が起きてもおかしくねえな」
「まあ、起こさせないくらい強い奴が館に居たりするんだ」
すると蒼牙は高梨に訊ねます。
「あなたは翠羽に身体を要求したと聞いているが、それは真か?」
高梨は「とんでもないことを言うな!」と怒りを見せました。
「私は翠羽に求婚したんだ。婚姻してくれって頼んだんだよ」
竹姫は「それじゃあ話が違うじゃない!」とこちらも怒りを示します。
「あたしたちは、翠羽が困っているから、助けようと思ったのよ?」
「そんなこと私が知るわけがないだろう」
がっくりと肩を落とす竹姫でした。
「誤解も解けたようですね。良かったですね、高梨」
牢屋の外から聞こえてくる声。
みんなは牢屋の外を注視します。
そこに居たのは――翠羽でした。
「見事に僕の策に嵌ってくれたみたいで嬉しいです。いや嬉しくないですね。いつだって、人を騙すのは虚しい」
「よくもまあ、俺様たちの前に出てきたな」
朱猴は威嚇するように歯をむき出します。
「そんな怖い顔をしないでください」
翠羽はおどおどした雰囲気が嘘のように、落ち着いていました。
「ねえ。訊きたいことがあるんだけど」
竹姫は冷たい声音で翠羽に訊ねます。
「なんですか? 答えられる範囲でなら、答えますけど」
「自殺しようとしたのも演技なわけ?」
「ええ。演技ですよ。芝居です。見事に引っかかってくれましたね」
竹姫は悔しそうな表情を見せました。
「本来なら、溺れている僕を救ってくれる手はずだったんですけどね。吉備太郎さん、あなたの脚は速いのですね」
「…………」
吉備太郎は黙ったまま、何も答えませんでした。いえ、牢屋に入ってから何も話しませんでした。
「あなたの目的はあたしたちを捕まえること? 文田っていう領主に近づいて報酬をもらうためかしら?」
翠羽は無表情のまま「そうですね」と答えました。
「領主さまとは取引したんです。もしも吉備太郎を捕らえることができれば、人質を解放してもらえるってことを」
蒼牙は「人質? それが目的なのか?」と言いました。
「ええ。僕の可愛い妹、陽菜(ひな)です。彼女と離れ離れになって、もう一年が経ちます」
ここでようやく、翠羽は感情を出しました。嬉しいという表情でした。
「可愛い可愛い、陽菜。ようやく会えるよ。そのためにお姉ちゃん、どんなにツラいことでも頑張ってきたんだよ」
そして竹姫に向かって言いました。
「陽菜は竹姫さんと同じくらい――十才です。独りきりで淋しいでしょう。でも、もうすぐ終わります」
そして、牢屋に近づこうとして――
「うん? 朱猴さん、あなたは、縄抜けできるんですか?」
朱猴の動きに違和感を持った翠羽は素早く後ろに飛び退きました。
「……ちっ。なんて洞察力だよ」
朱猴はもしも近づいてきたら翠羽を逆に捕らえるつもりでした。
「油断も隙もないですね。流石、草の者――いえ、忍者ですね」
「はあ? 忍者ってなんだよ?」
「ご存じないんですか? 草の者ではなく、忍者と名乗るようになったんですよ。あなたの故郷ではね」
朱猴は「ふん、忍者か。姉貴らしいな」と一人納得していました。
「それで、なんでここに来たわけ? あたしたちの悔しそうな顔を見るためなの?」
竹姫が皮肉混じりに言うと翠羽は「これだけは言っておかないといけません」と冷静に言いました。
「いいですか。明日、あなたたちは領主さまの前で部下になるのかならないのか問われます。しかし、その場で何かが起こります」
誰も翠羽が言っていることが分かりませんでした。
「僕が何を言っているのか分からないでしょう。でもこれだけは言っておきます」
翠羽は無表情のまま、こう言いました。
「僕を――信じてください」
その言葉に激高したのは竹姫でした。
「あなた何言ってるの!? 信じられるわけないじゃない! 騙した相手を信用しろ? あなたねえ――」
「分かった。信用しよう」
なおも続けようとした竹姫を制して、口を開いたのは――吉備太郎でした。
竹姫は信じられない思いで吉備太郎を見つめます。
「吉備太郎、何を言ってるのか分かってる?」
「吉備の旦那、そりゃああまりにおかしな話だぜ?」
「吉備太郎殿、拙者にも何を考えているのか、分かりません」
仲間たちの言葉を受け止めて、それでも吉備太郎は言いました。
「私は、翠羽を信じる。目が信じてと言っている。だから――信じる」
それを聞いたみんなは呆れていいのか、怒ればいいのか、まったく分かりませんでした。
そして翠羽自身も驚きを隠せませんでした。
「僕はあなたたちを裏切ったんですよ。騙したんですよ。なのに信じるんですか?」
吉備太郎は真っ直ぐ翠羽を見つめました。
「……信用してくれてありがとうございます。では明日また会いましょう」
吉備太郎の視線に耐えきれなくなったのか、翠羽はその場を去りました。
「……お人よしだぜ、吉備の旦那」
朱猴の呟きは吉備太郎に届きましたが、彼は何も答えませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます