第54話朱猴
山猿衆と沢蟹衆が統合されて、新たな集団となることは両方の里に伝わりました。
戦いが終わって喜んだ者。
戦いの恨みを忘れない者。
統合を認める者や認めない者が半々居ましたが、これからどう折り合いをつけるのかは初代の頭領となった蟹入道に任されることになります。
それはこんな会話から決められたりします。
「しかし統合したものの、新しい名前をつけなければならん」
蟹入道は猿魔と向かい合って話します。
「新しい名前ですか? そうですね。猿蟹衆とか蟹猿衆などはいかがですか?」
猿魔の提案に蟹入道は首を振りました。
「いや、どちらが先になってもいざこざが起きてしまう。猿のほうが偉いのか、蟹のほうが偉いのかとなってしまう」
「難しいですね。では、これならばいかがですか? 柿川衆というのは」
蟹入道は「わしらが争った場所か」と驚きました。
「ええ。あそこは中立地帯ですし、不可侵の場所でした」
「戦場の地名を集団の名前にするのか」
うーむと腕組みをする蟹入道。
「逆に言えば私たちの共通するものはそれくらいしかないのですよ」
猿魔は悲しげな表情を見せました。
「互いに憎み合った時間、時代が長かった。それを忘れないように、戒めるように名付けるのは妥当でしょう」
蟹入道は頷きました。
「それも大切だな。よし今日から我らは柿川衆だ。そう決めよう」
こうして山猿衆と沢蟹衆は柿川衆へと統合されました。
「そういえば、吉備太郎たちはどこだ?」
蟹入道が訊ねると猿魔は答えます。
「二日前に去っていきました」
合戦が終わった翌日。
解放された竹姫とともに、吉備太郎と蒼牙は旅を再開することにしました。
里の出入り口で元山猿衆に見送られています。
「すまなかったな。この戦いに巻き込んで」
すっと頭を下げる猿魔。傍に控えている草の者も同じく頭を下げます。
「はあ。元頭領が頭を下げないの」
竹姫は呆れて言いました。
「それよりも別に言うことがあるんじゃないの? 謝ることなんてないし」
猿魔はしばし考えて、笑ってしまいます。
「ああ。協力してくれてありがとう、かな」
竹姫もにやりと笑いました。
「そっちのほうが気が楽よ。あたしの作戦は半分しか成功しなかったから、逆に申し訳ない気がしてたの」
吉備太郎から事の顛末を聞いていた竹姫は冗談ぽく言いました。
「竹姫殿でも読み外れることがあるんですね」
「蒼牙はあたしをなんだと思っているの? 軍師でもなんでもないんだから」
「うん? 吉備太郎殿の奥方ではないのですか?」
「蒼牙はあたしをなんだと思っているの?」
二人の微笑ましいやりとりを見守りながら、吉備太郎は猿魔に訊ねます。
「朱猴はどこですか?」
猿魔は首を振りました。
「それが里には居ないみたいだ。一体どこに行ったのか――」
「俺様ならここだぜ」
吉備太郎が後ろを振り向くとそこには朱猴が木に寄りかかっていました。
「なんだ。そこに居たのか。朱猴、吉備太郎たちに挨拶を――」
「別れの挨拶は不要だぜ」
そう言って朱猴は吉備太郎に近づきます。
「俺様は吉備太郎について行く」
その場に居る全員が呆然としました。
いえ、一人だけ喜んだ者が居ました。
「おお! それはありがたい!」
吉備太郎は朱猴の手を両手で握りました。
「あなたが居てくれたら百人力だ」
「話が早くて助かるぜ吉備太郎。いや、吉備の旦那」
朱猴も握り返します。
「ちょっと待って! あたしは反対よ!」
「当然、私も反対だ!」
「拙者も反対です!」
竹姫、猿魔、蒼牙が吉備太郎に抗議します。
「どうしてだ? 理由を言ってくれ」
吉備太郎が訊ねると、竹姫は言いました。
「そもそもこんな軽薄なやつを仲間にすること自体考えられないのよ!」
続けて猿魔も言います。
「里が弱っているときに草頭の朱猴に抜けられるのは駄目だ!」
最後に蒼牙が言いました。
「拙者のことをガキとしか言わない男と仲良くできるわけがありません!」
吉備太郎は頬を掻きながら一人ずつ答えます。
「蒼牙。それなら私が約束しよう。蒼牙のことはガキとは呼ばないと。それで構わないか?」
蒼牙は「それならまあ……」と渋々納得しました。
「朱猴。蒼牙のことはガキとは言わないように。いいかい?」
「吉備の旦那に言われたのなら仕方ないな」
そして蒼牙に言いました。
「今まで悪かったな、犬っころ」
「ぶっ刺してやる!」
蒼牙は朱猴に向かって槍を繰り出します。朱猴は避けつつ、その場から逃げました。
「えーと、竹姫。軽薄でも実力は確かだし、仲間として認めてもいいと思う」
「あたしは実際に実力を見てないから認めない」
「私に毒を盛ったじゃないか」
「それは卑怯な真似をしたからよ」
「そう。それが必要なんだ」
吉備太郎は竹姫に言いました。
「私は考えることが苦手だ。ましてや卑怯なことも考えられない。しかし卑怯とは裏を返せば搦め手が得意ということになる」
「まあ良く言えばね」
「だから朱猴が必要なんだ」
竹姫は追いかけっこしている蒼牙と朱猴を見ました。そして溜息を一つ吐きます。
「分かったわよ。あなたに従うわ」
吉備太郎は竹姫に「ありがとう」と礼を述べてから、今度は猿魔を説得します。
「猿魔さん、朱猴は鬼退治に必要な仲間なんです」
「鬼退治と里の力が弱まることは関係ないだろう」
「朱猴が抜けることと里の力が弱まることこそ関係ないでしょ」
竹姫が吉備太郎の代わりに矛盾をつきます。
「沢蟹衆と統合するんだから、戦力が前よりも多くなるし、四天王も加わるんでしょう? 三人も居るんだから差し引き二人になるわ」
猿魔は「しかしだな」となおも納得しないようでした。
「姉貴。引き止めても俺様は行くぜ」
朱猴は蒼牙を振り切って、猿魔に直談判します。
「俺様は吉備の旦那の鬼退治に興味がある。純粋に助けたいと思うしな」
「朱猴……しかし、お前が居なかったら、私はどうすればいいんだ?」
猿魔の言葉に朱猴は怒りを示しました。
「いい加減、弟離れしろよ! 情けねえ!」
猿魔はハッとして朱猴の顔を見ました。
朱猴は既に覚悟を決めていました。
猿魔は深く呼吸をして、言いました。
「……朱猴を草頭の任を解き、破門とする」
その決定に草の者はどよめきました。
「……破門? 絶縁じゃなくて?」
怪訝な表情をする朱猴。
「ああ。絶縁ではない。さっさと行け」
猿魔はそのまま背を向けて、里へと戻りました。
「竹姫、破門と絶縁ってどう違うんだ?」
竹姫はすぐさま答えました。
「絶縁は里との繋がりは絶たれるけど、破門だったら里に戻れるのよ」
「なるほど。そのようなことがあったのか。朱猴がいないわけだ」
「……私も弟離れしなければいけません」
それから猿魔は蟹入道に言いました。
「それから草の者という名称も変えます」
「……思い切ったな。どんな名前にするのだ?」
猿魔は竹姫の言葉を思い返します。
「私たちは雑草のように生え変わるものではありません。こうしてできた恨みを耐え忍ぶ者にならなければいけません。だから、私たちは『忍者』と名乗りましょう」
蟹入道は「忍者か……」と繰り返します。
「案外悪くないな」
「はい。賛成してくださりますか」
蟹入道はにこりと笑いました。
「忍ぶ者でありつつ、偲ぶ者でもあるのか。気にいった。それではわしらは忍者だ」
これから、柿川衆は信濃の草の者を纏め上げて、新しい集団、忍者になるのです。
吉備太郎たちの旅は続きます。
新たな仲間が増えて、向かう先は東国。
その前に彼らはもう一人の仲間と出会います。
最後の仲間になる人物とは――
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