第10話陰陽師の吉平
吉備太郎と竹姫が屋敷の中へ招き入れられると、内装の品の良さに二人は驚きました。
先ほどから驚いてばかりですが、それも仕方がありません。
吉備太郎は田舎育ちですし、竹姫は生涯を竹の中で過ごしていたのですから。
まあ貴族の屋敷の中でも凝りに凝った内装とだけ言っておきます。下級の貴族も驚くような高貴な装いだったのです。
屋敷には下男や下女が数名居ましたが、中納言の下男と違い、こちらは格式の高いところで働いているという自覚があるようで、高水準の教育を受けている印象を受けました。
屋敷の奥へは吉平と名乗る陰陽師が自ら先導して案内しています。門番や小さい男の子は居ません。いつの間にか居なくなりました。
その間、吉備太郎と竹姫は一言も話しませんでした。豪華絢爛な内装に圧倒されたことも原因の一つでしょう。
屋敷の一室に吉平と二人は入りました。外には入り口の庭が一望できるゆったりとした部屋でした。
「悪かったね。試す真似をして。どうしても知りたかったんだ」
吉平は並んで座る二人に頭をすっと下げました。流れるような所作で頭を下げたというのに優雅さを感じます。
「いや、それは構いませんが、どうして試すような真似を?」
「それに知りたいことって何よ?」
二人の質問に吉平は「順番に答えようか」と爽やかな笑みを見せました。
「まず試すような真似をしたのは、吉備太郎ちゃんが本当に鬼を倒せるかどうかを見極めるためだよ」
「……なんで私の目的を知っているのですか?」
吉備太郎は白鶴仙人のことを思い出しました。その老人もこちらが何か言う前に全てを見通していました。
「まさか、あなたも未来が見えるのですか? だから私の目的を?」
「それこそまさかだ。俺には完全な未来は予知できない。できるのは――そうだな、地震がいつ起こるか程度だ。真実を明かすと白鶴仙人さまから文が届いたんだ」
吉平は懐から竹簡を取り出しました。
それは二人が白鶴仙人からもらった竹簡によく似ていました。
「これには『わしの札を持っておる二人の男女がお主の悲願を叶えるだろう。男のほうは鬼退治を強く望んでいる』と書かれていた。しかし子どもだとは思わなかった」
吉平は苦笑いをして竹簡を仕舞いました。
「次の竹姫ちゃんの質問の『知りたかったこと』は俺の悲願を叶えられるかということだね。その点では、危ういけど合格だよ」
さらに訊かねばならないことができてしまった吉備太郎は吉平に問いました。
「吉平さんの悲願ってなんですか?」
「さんは要らないし敬語も不要だよ」
「いえ、年上の方にそのようなことは、亡くなった母上に叱られてしまいます」
「そうかい? まあいいさ。俺の悲願は『鬼を倒すこと』だ。吉備太郎ちゃんと同じさ」
吉平は笑っていましたが、目は真剣そのものでした。
「なんであんたも鬼を倒すのよ? 悲願ってどういう意味よ?」
吉平にずけずけと物申す竹姫。
「今の世の中の混乱は鬼が原因なんだ。京の都を守る役目を御上から仰せつかっている俺としては絶対に退治しなければならない」
吉平は何の感情を込めずに言いました。
吉備太郎は気づきませんでしたが、竹姫はなんとなく嘘を吐いていると感じました。
正確には鬼を倒したいことは嘘ではないけど、何かを隠しているような雰囲気を覚えた竹姫。
しかしそれを指摘することはありませんでした。
竹姫の気まぐれでしょうか? それとも嘘の確証が持てなかったからでしょうか?
竹姫本人にも分かりませんが、ここで指摘しなかったことが後々に影響を起こすことになるのです。
「だから俺は二人に協力したいと思う。鬼の本拠地を教えることは当然してもいい。だがこちらの要望に応じてもらうことが条件だ」
吉平の条件という言葉に竹姫は美しい眉を顰めて「勝手な申し出ね」と不満を述べました。
「まあ不満があるのは分かるけど、こちらの条件を飲めば都での暮らしを保証してもいいよ。衣服も食事も満足の要るものを提供するし、欲しいものがあれば何でも買ってあげよう。家も欲しいなら建ててもいい」
これは破格な申し出でした。
「何故私たちにそのように面倒をみてくれるんですか? 合格したからですか?」
吉備太郎は腕組みをして、考え込みましたが全然分からないので、訊ねてしまいました。
「鬼に勝てるかもしれない人間は貴重だからね。是非そのような人材を確保しておきたい。青田刈りのようなものさ」
「あの門番さんはどうなんですか?」
吉備太郎が受けた傷は既に塞がっていますが、痛みは未だ残っています。まあ痛みというよりはかゆみが勝っています。
「門番? ああ、虎秋ちゃんか。あれは駄目だよ」
吉平は手を振って否定しました。
「その門番――虎秋さんはどうして駄目なんですか?」
すると吉平は軽く笑って言いました。
「あれは人間じゃないんだよ」
二人とも吉平が何を言っているのか分からずに顔を見合わせました。
「に、人間ではないって――」
「まさか、あれが式神なの?」
竹姫が遅れて気づきました。
「そのとおり。俺が創った式神の一人だ。名前は虎秋。それと幼子が居ただろう。あれも式神だ。というより、使用人全てが式神だ」
ここに来るまでの間に居た人間全てが式神。その事実に二人は慄きました。
「竹姫、そのようなことが可能なのか?」
「いえ、できないことはないけど、そこまではできないわよ」
驚く二人に対して吉平は「たいしたことではないよ」と明るく言いました。
「親父のほうが凄かったしな。まあそれは良いとして、虎秋ちゃんでは駄目だ。とても鬼に対抗できない」
「……それでは私にも敵わない道理になりますよ?」
吉備太郎は自分よりも実力のある虎秋でも鬼に勝てない事実に落ち込むことはありませんでした。吉備太郎は勝つために戦っているのではありません。死にに行くために戦うのです。だから敵わないと言われても仕方ないとしか思えませんでした。
「いや、希望はあるんだ。吉備太郎ちゃん、それは君が人間であることだ」
吉平は吉備太郎に言いました。
「人間でありながら式神に奥義を使わせた。それは素晴らしいことだ。もしも成長したら虎秋ちゃんも倒せるだろう」
「しかしそんな時間はないですよ」
吉備太郎は悠長なことを言ってられないとばかりに吉平に話します。
「私が住んでいた地方、伊予之二名島の人間は食い尽くされました。いつ鬼共が畿内に来るか分からないのです」
「もう来ているよ」
吉平は厄介だなあと思うような気だるい表情をしました。
「来ている? どういう意味ですか?」
吉備太郎は反射的に刀を取りました。
両親と村人の仇が居る。そう思うだけで身体中の血が熱く燃え盛る気分でした。
「先ほど言った条件の話をしよう」
吉平はそんな吉備太郎を冷静に見ました。
竹姫は吉備太郎を悲しげで儚げな目で見ています。
「丹波国の大江山に鬼が住み着いた。首領の名は酒呑童子。多くの鬼を引き連れて京の都を襲っている」
吉平は吉備太郎に言いました。
「京の都の活気のないのはそれが原因だ。だから戦うんだ、武者よ」
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