第8話陰陽師の門番

「あのね、都の往来でいきなり殺し合いなんて野蛮人よ? これからは自重しなさい」


 本当は吉備太郎は悪くない、むしろ女性を助けたのだから良いことをしたと思いましたが、これからのことを考えて説教しなければならないと竹姫は歩きながら吉備太郎に言います。

 しかし説教といっても強い口調ではなく、なるべく穏やかなものでした。


「確かに軽はずみだった。反省するよ」


 吉備太郎は素直に自分の非を認め、竹姫の説教を甘んじて受け止めました。


 まあ吉備太郎一人ならば切り抜けられるでしょうが、もしも竹姫が万が一殺し合いに巻き込まれたら守りきれることはできないでしょう。その可能性を考慮できない吉備太郎はまだまだ精神的に子どもと言えましょう。


 一応説教を終えた後、二人は『陰陽師』の屋敷へ足を運びます。もしかしたら都でも鬼の本拠地の情報が手に入らないかもしれないと内心二人は思ってしまいました。それは大通りの活気のなさを見た結果、そう判断してしまったのです。


「都に歩いている人たち、顔色悪かったわね」

「何かあったのか、元々そうなのか判断つかないな」


 だとしたら現在頼れるのは白鶴仙人からもらった札と助言しかないのです。

 真実を述べますと、都では鬼の本拠地の情報くらいありますが、世間に疎い二人は知る由もありませんでした。

 二人ははっきり言いまして世間知らずです。いや、自分たちの視界が狭いので世界が小さく見えているのです。


 それは二人の育った環境にもよるのです。

 吉備太郎の場合は両親が貴族や御上のことを教えていないことに起因しています。御上のことは父親からそれとなく教えられていますが、一割ほどしか理解できていないでしょう。だから吉備太郎は貴族という特殊な身分がどれほど日の本に影響を及ぼすのか全く知りませんし、中納言がその貴族の中でもどれほどの序列で権威を持っているのかも知りません。


 一方、竹姫日の本の貴族制度を理解していません。『月の民』だからでしょうか。彼女は単純に『なんか偉そうな人たち』という印象しか持ち得ていないのです。

 だから説教の内容としては『人の迷惑になる場所での殺し合いは良くない』という程度に留まったのです。

 貴族という人種を知らないこと。それが後に彼らにとって大きな障害へとなるのです。


「そういえば『陰陽師』について話してくれよ竹姫。『陰陽師』ってそもそもなんだ?」


 後の障害について露ほど知らない吉備太郎はのんきに竹姫に訊ねます。


「そうね。『陰陽師』は簡単に言えば呪術の一種である『式神』と『占い』に特化した専門家よ」


 竹姫は自信たっぷりに言いました。


「式神と占い? 呪術にも種類があるのか」

「そうね。あたしは作成、つまりは練丹術の亜種を用いているの」

「練丹術? 聞いたことないぞ」

「大陸のほうの呪術よ。それは後で説明するわ。それで式神は鬼神の力を使役するの」

「鬼神? 神様の力を借りるのか?」

「この場合は精霊と言うのが正しいわね。一般的には式札と呼ばれる和紙に呪術を込めて使用するわ」


 吉備太郎にはいささか判然としない話でした。あの高価な紙に精霊が宿るとは思えなかったのです。


「占いのほうは言うまでもないわね。未来のこと言い当てるのが役目なのよ」

「でも白鶴仙人さまは言ってた気がする。予知した内容を変えてしまうのは、未来を言い当てたことにならないと」

「だから良いじゃない。未来を変えられるのであれば希望が見えるのよ。明日死ぬはずだった者の運命を変えられるなら、誰だって変えるでしょう?」


 竹姫はそこで憂いた表情を見せました。まるで変えたい未来――いや過去があるかのように。

 しかし一瞬だけだったので、吉備太郎には分かりませんでした。


「未来は誰にだって変えられる。たとえ子どもや老人でも、未来を知ることで筋道を変えることができるのよ」


 吉備太郎には理解することが大変でしたが、なんとか飲み込もうと努力しました。

 まあ元々理解力に欠けている吉備太郎には難しい話なのかもしれません。


「もうそろそろ着いてもいいのに、どこにあるのかしら」


 竹姫は辺りを眺めました。道を聞いたおじさんの言葉を信じるならば、もう到着してもおかしくないのですが。


「あそこに居る門番に訊いてみよう」


 吉備太郎は大きな屋敷の門の前で立っている男性を指差しました。


「……あれ?」


 竹姫はおかしいなあと思いました。そこに人が居ることに気づかなかったのに、見ると居たのです。まるで気配がなく、急に出てきたような気もしました。


「すみません。『陰陽師』の屋敷はどちらですか?」


 吉備太郎は別段不思議に思っておらず、正面から堂々と訊ねました。


「……我が主に何用か?」


 門番は感情を込めずに吉備太郎に聞き返しました。


「え、ここが『陰陽師』の屋敷ですか?」

「そのとおりだ」

「竹姫、ここだって。ようやく見つけられたな! えっと、それで――」


 竹姫も門の近くによって、改めて門番を見ました。

 門番にどこか違和感を覚えましたが、その違和感が何なのか分かりませんでした。

 だから気のせいと思ってしまったのです。


「えーと、あなたの主にこれを見せれば力になってくれると言われたんだけど」


 竹姫が門番に札を見せました。

 門番は札を見て「受け取っても良いか?」と訊ねました。


「我が主に見せたいのだが」

「構いませんよ。竹姫も良いだろう?」

「うん。別にいいわよ」


 門番は竹姫から札を受け取りました。


「お主たちの名は?」

「そういえば名乗ってませんでしたね。私は吉備太郎。こちらは竹姫です」

「……しばし待たれよ」


 門番は門を開けて中に入り、また閉めました。


「……強そうな門番だったな」


 真剣な表情で吉備太郎は言いました。


「ふうん。分かるものなの?」

「ああ。こちらを警戒してた。不審な動きをしたら斬られてた」


 ゾッとしない話でした。



 それからすぐに門が開き、先ほどの門番が戻ってきました。


「我が主が通しても良いとおっしゃった」


 端的に言うと、門を開けて中に招き入れる門番。二人はそれに従って中に入りました。


「……なんと面妖な」

「凄い庭ねえ」


 門を開くとそこにはなんとも美しい庭がありました。

 キラキラと輝く池には鯉が優雅に泳いでいます。松の木には雀。四季の花々が彩っており、まるで一つの世界が創られているようでした。

 二人はこんなに美しい庭を見たことはありませんでした。

 吉備太郎も竹姫も呆然としてしまいました。


 その刹那――


「――っ! 竹姫!」


 素早く反応したのは、吉備太郎でした。呆然としながらも咄嗟に反応できたのは、流石と言えるでしょう。

 後ろから竹姫を狙った一閃を、吉備太郎は竹姫を手元に抱きかかえることで回避させました。


「え、ちょ、吉備太郎!?」


 急に抱きしめられたと勘違いした竹姫は身体を硬直させました。


 それが生死を分かれました。抵抗しなくなった竹姫を抱きながら次の攻撃をしようとした『門番』から大きく間合いを取りました。

 その際、竹姫が「ひゃん!」と可愛らしい声をあげたのは仕方のないことでした。


「……いきなり何をするんですか?」


 吉備太郎は混乱している竹姫を放して、門番に向き合います。

 門番はいつの間にか腰に差してあった刀を仕舞って吉備太郎に言いました。


「我が主からの命令だ。腕試しをせよと」


 吉備太郎は門番から目を切らずに竹姫に「下がっていてくれ」と言いました。


「あ、え? 今、斬られかけたの?」


 なんとか状況を理解した竹姫は吉備太郎の言うとおり、庭の奥へ離れました。


「不意打ちなんて、卑怯だと思わないか?」

「…………」

「……あなたを倒せば、『陰陽師』と会えるんだな?」


 門番は頷きました。


「分かった。じゃあ――」


 吉備太郎は刀を構えて門番に言います。


「覚悟してもらおう。私は手加減などできないからな!」

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