コーヒーの恋人ー4

 駅前では茶色い服の集団が大量の段ボール箱をバックに何かを配っている。

「あれ、なんの騒ぎですか?」

 大黄が近くの初老男性に声をかける。

「おお、大ちゃん!高いコーヒーを配るイベントらしいよ?」

 どうもきな臭い。あの集団に商店街関係者は一人もいなかった。

「おい、そういうイベントやるって話あったか?」

「ないですね。少なくとも商店会には連絡なしです」

 大黄の親は商店街店主らで結成している商店会の会長も務めている。

 そこに連絡なしでイベントをするなんて、どんなゲリラだろう。

「それにしても、駅前でティッシュとか配るのとは全然違うよね、なんでだろ?」

「ああ、桃ちゃん!どうやら、とっても高いコーヒーを配ってくれてるようなんだよ。フーコーヒー、フフコーヒー?なんか、そんな感じの」

「そんなばかな……!」

 蒼白なレイは桃亜を取り落とした。あぶねえ!

 慌ててキャッチする。

「おいレイ!いきなりなんだって」

「……おそらく配っているのは、フンコーヒーだ」

「なんだよそれ、なんかブランドのコーヒー?俺よく知らねえんだけど」

「……ありえませんよ、それ」

 大黄も顔色を変えて唇を震わせている。

「ねえ、それってなんなの!教えてよー」

 桃亜がせがむと、レイは息を吐いた。

「……1杯8000円ほどのコーヒーだよ。ジャコウネコのが一般的かな。コーヒー豆を食べた動物のフンを集めて、洗った豆を集めたコーヒー。産出量は少ない」

「日本でも流通はしてますけど、普通の店では出しませんよ。それをあの量、配るなんて……」

「偽物ね、あのコピ・ルアク」

人ごみを突っ切っていったセーラー服は、スカートとポニーテールを揺らしていった。

「ちょっとあんたたち、何してんの?」

 カウに問い詰められた茶色い人間は、ひるまずににたりと笑う。

「ああ、コーヒー豆を配っているんですよ。どうです?滅多に出回らないコーヒー――」

「ふざけないで!こんなコーヒー配るなんて許せないわ!」

 差し出されたサンプルを、カウは払いのけた。

「……もったいなくねえ?」

 ついつい出てしまう貧乏症。

「え、あれで正解じゃない?なに入ってるかわからないし」

「そうですよ。紅彦さん、高級品あんなに配ったりします?しかも流通量が限られてる代物をあれだけ用意できるのもおかしいです」

 商店街の看板娘、カウの顔は広い。誰もが固唾をのんで見守るなか。

「タダで配られたら店の売り上げに影響するじゃない!」

 そっちか!

「しかも奥にいるあんた!この前うちにきた喫茶店やぶりね!」

 まじか。

「あ、ほんとだ、あいつよ」

「さすが、肩車してたら違うねえ」

 ほのぼのとした兄妹みたいな様子が、長く続かないことを知っている。

「もう限界。あんたは商売敵兼敵!」

 待て、商売敵を先につぶしたいのか?

「みんな、変身よ!」

 待て待て待て、こんな公衆の面前で変身なんて。

「桃が薬品まいてったぞ、よかったな」

「は?」

 さっきまでレイの肩に乗っかっていた小学生は、もういない。

 周りは昏倒した人間ばかりだ。

 見た目は子供。頭脳も子供。ただしマッドサイエンティスト。

 おまえはどこの組織の人間だ。

「あいつら暴走するぞ、さっさと止めてこい」

 レイと二人で見た先には、光り輝く3つのシルエットがあった。

「待て待てあいつらたぶん一般人――!」

「i am faighter ミルマーブル!」

 聞いちゃいねえ。

「あいあむふぁいたー ミルピンク!」

 この3人組。

「アイアムファイター ミルイエロー!」

 独断専行にもほどがある。 

 光が消えた後には、戦隊服を着たカウ、桃亜、ダイキがいた。

「変身したな、あいつら」

「もう知らねえ……」

 あっけにとられる茶色い人間にかまわず、一人が叫ぶ。

「カウアターック!!」

 ドガッ。

 カウの服には肩当てとメリケンサックが標準装備だ。

 あー、骨折れたな。

 桃色服はどこからか取り出した毒々しい色の壺に、大きなスプーンを突っ込んでいる。

「ヨーグルトウェーブ!」

 何人かがヨーグルト状の物体に取り込まれている。ぱっと見チョコレートアイスみたいに見えなくもない。

「チーズ分銅~!」

 ぐしゃ。

 黄色がポケットから放ったなにかは巨大なチーズとなって落下した。

 ……圧死してないといいなあ。

「ほら、変身しないと本当に死ぬぞ」

 レイがそう言う。戦闘服を着ている。いつのまに。

 隣にいたのにあのこっぱずかしい文句は聞こえなかった。

「……その服も掛け声も、あと止めるのも無理」

「……you are faigher MIL RED!」

 本場の人間も真っ青な発音でレイがつぶやく。ちょー待て。強制的な変身ってありか!?

 光が遠のいたとき、紅彦は赤い戦闘服姿になっていた。

「ほら、見た目ちびで赤だけど攻撃全部あいつらがやって全然そうは見えないけどリーダー、止めるぞ」

「帰っていい?」

 問答無用で牛乳をぶっかけられた。


 すっかり墓場と化した駅前では、3人のヒーローがだらだらと敵をいじっていた。

 そこにカビの生えた牛乳が当たる。におうし不衛生だ。

 3人は顔をしかめた。

「レッド、ホワイト~。仲間にそれはないでしょう?」

「るせー!お前ら一般人にやりすぎなんだよ!っていうかピンク!スプーン持つのやめろ、お前の武器はチートすぎるんだよ」

「コーヒー団はとかしても仲間は溶かさないよ?」

 嘘つけ、スプーンをツボに突っ込んで臨戦態勢待ったなしのくせに。

 ピンクの壺から出されたものは、周りのものを溶かす。

 みるレンジャーの中でも危険度が高い。こっちも喧嘩はしたくない。

「それにしても、こいつら本当にコーヒー団なのか?」

 世界をコーヒーで満たすことを目標としているコーヒー団。

 真っ白いものを目の敵にしているので、牛乳を愛し守るみるレンジャーとは相いれない。

 ただし今回、全くと言っていいほど反撃されなかった。

 やっぱり、ちょっと怪しい一般人なんじゃ。

「まったく……君たちのおかげで計画が台無しだ」

 ゆらりと姿を現したのは、喫茶店やぶりだった。

「あの店をつぶして、希少なコーヒーを出す純喫茶開店プロモーション戦略が、台無しじゃないか……!」

「いや、モノクロームはあんたの店じゃないから」

「あの完璧な内装!店員の制服!なのにごはんものを出す、喫茶店としてはいかがなものかという姿勢!ああ本当にがまんできない!高いコーヒーで客をとって店を買いたたいて僕がバリスタになるという夢が……」

「うるせえな」

 どすのきいた声で、大きなライフルを突き付けているのはホワイトだった。

「オレは今の岩市南商店街が好きなんだ。それに、仲間の店を好きになるならともかく、横取りしようなんて悪役、野放しにするわけにはいかねえんだよ」

 大量の段ボール箱付近で、牛乳爆弾が破裂する。

 これで豆は使えないだろう。

「3,2,1。発射」

 ライフルから瓶入り牛乳が発射される。容量無視の牛乳があふれた。

「おのれ、みるレンジャーめ……!」

 あとには茶色い服の人間だけが残された。



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