コーヒーの恋人ー2

「だからっ!異常なんてないだろ!なんでおれがおまえみたいなぬいぐるみ頭にのっけて街中歩かなくちゃいけないの?え?俺18なんだけど!男なんだけど!」

「紅彦は小学生みたいだし、大丈夫だろ。それにみんなで歩いているんだから。一人でやるか?」

 レイにあしらわれた紅彦の頭には、牛がべたりと寝転がっている。

「かわいいよ、それ!」

 そんなに嬉しそうにするなら、桃亜、代わりに乗っけてよ。落ちないようにするの、結構大変なんだけど。いやそもそも牛!知らない間にかばんのなか入ってたってことは歩けるんだろ?歩けよ。100歩譲ってもかばんの中入っててくれ。頼むから。

「それに私服だからいいでしょう?」

 俺の私服、桃亜に布巾投げつけられてからまだ時間たってないから半渇きなんだけどな、大黄。かといって戦隊服なんか着たくないけど。

 いつもと変わらない岩市南商店街。……なんも異常ないじゃないか。

「特に何も変わりありませんね…」

 大黄もそう言ったときだった。

 ガシャーン!

 ガラス食器が割れる音がする。

「あの喫茶店からだ!」

 レイが指差す方向に、カウが走り出した。

「ちょ、危ないぞ!」

 紅彦の声をカウは無視して走り去った。

 今まで任務といっても、敵が現れるわけでもなし、恥ずかしい戦隊の格好をして商店街のPRをしたぐらいだ。他にはひったくりを捕まえたりおばあちゃんを道案内したり。

 危険度はあまりないといっていい。それがなんだよいきなり!こんなへんぴな町で凶悪犯罪なんか起きたことねえのに!

「待ってください!」

 カウに遅れて現場に着くと、大黄が制止した。

「ここ、カウさんの実家ですよ。……様子を見てみましょう」

 紅彦たちは、十分とはいえないボリュームの植え込みから、喫茶店『モノクローム』の店内をうかがった。

 水の入ったコップが床に砕け散っているのが見える。

「なんだこのコーヒーは!豆のよさがないじゃないか!」

「申し訳ありません……!」

 マスターはカウの父親だろうか。ひたすら頭を下げている。 

 その姿に我慢できなくなったのだろう。カウはマスターの前にずいと出た。

「親父、ぺこぺこする必要ないわよ。……うちの味が気に入らないんだったらお引き取りください。代金はいりませんから」

 カウ!と小声で叱咤するマスター。それでも客は出て行かなかった。

「おれはなあ、コーヒーを愛してるんだ。こんな煎れかたされて黙っていられるか!」

「味の批評については感謝します。ですが変えるつもりはありません。好き好きですから。それにこのような迷惑行為、他のお客様に迷惑です」

「どこに他の客がいる。ええ!?味が悪いから来ないんだろう!」

 その場にいた全員が押し黙る。確かに他に客がいない。全国的に商店街離れが進む世の中。商店街に連なる飲食店は、どこも似たような状況。常連さんに来てもらっているから持っているようなものだ。

「……これ以上の侮辱はやめて。どうしてこんな因縁をつけるの!!」

 カウが泣きながらぶちきれた。だが理性を総動員させているのか、手をあげることはない。

 客はふっと嘲るように笑った。

「決まってる。俺が愛している銘柄をここまで落ちた味にしているからだよ!」

 客はカウンターのコーヒーメーカーを払い落とすと、悠々と出て行った。

 紅彦たちは慌てて脇へそれ、見つからないようにする。幸い隠れていたのとは別の道を歩いていったので見つからずにすんだ。

「……カウさん!」

 大黄筆頭に4人で店内に入ると、うなだれているマスターと、これ以上泣くまいとしているカウ、惨憺たる状態の店内が目に移った。

「ごめんみんな。……今日は帰ってくれないかな」

「カウ……」

「帰ってよ」

 そう目を合わせないように言われた紅彦は、なにも言えなかった。

「紅彦、あとイエローにピンクにホワイト。任務だ。……グレーも大丈夫になったら合流してくれ」

 頭の上が静かにそう言った。


 カウが抜けた4人でミーティングをした結果。因縁をつけた親父をみつけるまで、喫茶店周辺で張り込みと、パトロールをすることに決まった。店主は相当な落ち込みようで、カウが高校を休学して店を切り盛りするらしい。遅刻早退を繰り返すカウが届けを出した事で、高校側も並々ならないことだと理解したようだ。

 そしてあの事件から1日経った今日。紅彦はレイが作った張り込みシフト表を見ていた。

 

 張り込み、パトロールは2人体制のローテーション。年齢の関係で桃亜&大黄ペアは不可。街での聞き込みは4人体制で、商店街組は客に、配達組(紅彦)は得意先などに情報を聞く。

 ○張り込み当番表

  月曜~金曜 9時~12時 紅彦

        13時~15時 紅彦

        15時~18時 桃亜&白水

        18時~20時 大黄&白水

  土曜 9時~12時 白水&桃亜

     13時~18時 大黄&紅彦

     18時半~20時 紅彦

 

  日曜 全日 紅彦

 

  無断欠勤は厳禁。報告もすること。

「……」

 紅彦は近くの公衆電話から、迷わず電話番号をプッシュした。

 呼び出し音。呼び出し音。呼び出し音。

「……はい、白水」

「あ、おれ」

「オレオレ詐欺は間に合ってます。というか最近はアメリカでもはやってて、It`s me!っていうんですよ。時代遅れですね」

 無機質な声は無慈悲だ。しかもなにげに罵倒しやがった。

 声で分かってほしい。レイの口調からは冗談か本気かが分からない。

「……張り込み中の牛飼紅彦です」

「ああ、なに?今大学なんだけど」

 レイの声が一気に野太くなる。あれか、さっきのは事務口調か。それにしては怖かったけど。ひとまず本題に入ることにする。

「あのシフト表なに?俺の負担多くね?」

「順当と言ってくれないかな?」

 どこが順当なの、どこが?バイトに精出す大学生よりひどくないか?というかそんな小さい子に言い聞かせるような声で言うのはやめてくれレイ。

「小学生の桃亜や、中学生の大黄に平日学校さぼれって言える?二人とも義務教育だよ。アルバイトですーってサボれるような年齢でもないし、病欠も家の人にばれるでしょう。あの二人商店街の関係者なのに。そりゃ一日二日くらいだったらなんとかなるかもしれないけど、連続で休むと言い訳だってできない」

「でもカウは」

「高校生のカウは義務教育じゃないし、進学するんじゃなかったら最低限単位とって、出席日数足りてれば卒業はできるよね?家の手伝いですって言ったらもしかしたら大目に見てくれるのかもしれない。あのこは自己責任で学校さぼってるの」

 確かに、うかつだった。ローティーン2人は体力的にも、時間拘束的にもこのシフトで限界、か。

 ……ん?ちょっと待て。

「いや、でもレイだってもうちょっと出てこれるだろう!?大学生なんだし」

 電話越しでため息をつかれた。

 なんだよ、おれそんなに馬鹿なこと言ったのか?

「大学生は、バイトに明け暮れたりサボれたりできると思ってる~?まあ大学にもよるけどさ~。一回生は基礎科目っていう絶対ちゃんと受けなきゃ卒業できない科目がいくつもあって、それさぼると後々面倒なの。これでもこっちは出席日数と単位計算やって、サボれる分だけサボってあのシフト表なの」

 もうなにもいえません。学生も大変だよな、時間的拘束が。

「でも日曜は休息日にしたけどな、紅彦以外」

 前言撤回。

 こっちも本業、家業があります。

「ちょ、待てやレイ……」

「あ、悪い、そろそろ講義始まるから切るわ。それじゃ」

 テレホンカードが音を鳴らしながら出てくる。

「即効で切りやがった……」



 ある晴れた火曜日。

 牛飼紅彦は、喫茶店の前でたむろしていた。

 昼下がり。親父のお下がりの古い腕時計では1時過ぎ。腹の虫が鳴り響く。人影はない。

「腹減った……」

 通行人の視線は慣れてしまった。人からどういうふうに見られているのかな。けれど慣れって怖いな。なんでもできる。紅彦が販売経路の構想をつらつらと考えていたとき。

「ふーしーんーしゃー!!」

 聞き覚えのある声。

 どんどん近くなる足音。

 近づいてくる。

 分かっているけど振り返りたくない。いや、振り返ったほうがいいのか?

 紅彦の足は結局動かず、張り込んでいた10代の社会人は道路にぺしゃんと大の字に倒れる。


「店の前での迷惑行為はお控えくださ…って、紅彦?」

「………よっ!」

 声だけは空元気で言ってみたが、起き上がるのもやっとな状態では決まるものも決まらなかった。元からきまってなんかいないけど。


「まったく、店の前で警備してくれるのなら最初からそう言ってよね」

 店舗兼住宅。2階、カウの部屋。畳敷きの和室にはミスマッチな洋物が多々並んでいるが、基本的に和洋折衷といったコンセプトの部屋だった。

 救急箱片手に打ち身や擦り傷を手当てしてくれるカウ。消毒液が傷にしみる。戦隊でも、そのスピードとパワーで特攻するカウは、同時に回復役でもある。

「……昨日のミーティングが長引いたし、夜に電話するのもどうかと思ったんだよ」

 言い訳がましく言ってみると、カウは優しい表情を浮かべていた。

「みんなで助けてくれるんだね。……ありがと」

 その笑顔に少しどきっとしながら、カウは救急箱をしまいにいく。

「紅彦、お昼食べてないなら食べていきなよ。サービスするから!」

 その言葉に、紅彦は甘える事にした。


 セーラー服にエプロン姿。カウはウエイトレスのときはフリルのついた白エプロンだが、料理のときは普通の綿エプロンに替えているらしい。どっちも似合うけど。って変態か俺は。別にエプロンマニアとかじゃない。ただ単に、いいなって思っただけだ。

 でも、こんなこと口にでも出したら、ただじゃすまないんだろうな。確実にレイにからかわれて、下手したらカウに一発いれられる。あいつの愛情表現も攻撃手段も全部一緒くただから。

 カウンター席で厨房に立つカウを見て、考えを変えるために紅彦は置いてある漫画群へと向かった。

 えーと。一昔前の漫画。ヒット作を書く前の漫画家のデビュー作品がある。これは少女マンガだからパスとして、……バスケ漫画読むとするかな。

 漫画を数冊持って席へ戻ると、材料を確認し、メニューを持ってきたカウが待っていたところだった。

「なににする?」

 ひとまずメニュー表を見る。喫茶店だからドリンクメインだ。定番でもあるモーニングの時間はもう終わっているので、紅彦はピラフを頼む事にした。

「ピラフね、オッケー。ちょっと待ってて」

 厨房にはカウの姿しかいない。親父さんはまだ寝込んでいるのだろう。カウは材料を出してきて、くるくると動き回っている。フライパンも出してきていた。

 漫画のページを繰っていると、かたんと音がした。

 机の上には業務用のガラスコップ。氷が浮いていて、置いたときの衝撃だろうか、水がまわりに飛び散っている、

「遅れてごめん、お冷です!」

 普段と変わらない、少しがさつで大雑把なカウ。そういう面ばかりしか見えていないけど、忙しそうなときでも笑顔を浮かべているのを見ると、些細なことはどうでもよくなってしまった。

「ありがと」

 お礼を言う頃には、カウはもう奥に引っ込んでしまっていた。

 持ってきた漫画1冊を読み終わる頃。そろそろできてもいいだろうという頃合でふと厨房を見ると、なにかおかしい。

 テレビの中で見るような、本格中華料理をつくる過程で出る火柱。

「!?」

 カウ、おまえいったいなにを。

 続いて焦げ臭い匂い。煙。

 そのそばでおたおたしているカウがいた。は?おろおろしている場合じゃねーし!てめーいつもの強気はどこいった!

「カウ、まずは換気扇だ!おまえスイッチ入れてないだろ!」

 その言葉で、初めて換気扇のスイッチを入れたようで、ぶおおおおんといううるさい音が聞こえてきた。

「次、火元を切れ!店燃える!!」

 続いてガスコンロのつまみを回して切る音も。なんだか指示しながら見ているだけでは怖くなって、紅彦は内心失礼しますと言いながら、厨房に入った。

「…………」

 フライパンの中には、原材料がなんだか分からないような物体が黒こげで鎮座していた。

「……ごめん、紅彦……。あたし、料理と裁縫苦手で……」

 どうやらカウの器用さは、自分が不利益にならないぎりぎりのラインを計算する事と、包帯を巻くなどの治療行為のみに発揮されるらしい。確かに器用さと大胆さ、繊細さと大雑把を同居させているなんてほとんどといっていいほどいないけど。

「……とりあえず片付けよう」

 まあ、何事にも極端なカウらしいといえばカウらしい。

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