第5話 転機

 三日月宗近との手合せを終え、予定していた演習をいくつかこなし、無事、本日の役目を終えた夕食後の自分の時間。

 メールチェックをすると、一通のメールが届いていた。

「あっ、『暁』さんからか~」

 差出人に書かれた名前『暁の風神』を見て、協力者は頬を緩める。

 ――協力者に名前はない。その為、協力者同士のやり取りをする際は、区別するために本丸の名前で呼び合っていた。『暁の風神』とは、先日演習を組んだ青い目をした協力者だった。

 また演習の誘いだろうか。

 内容を確認するために、カーソルを移動し、クリックした。

 すると、そこには《件名:お疲れ様です。 本文:トークできますか?》と書かれてあった。

 トークというのは電話のようなものである。

 パソコンを操作し、アイコンをクリック。協力者ボディに内蔵されているマイクとスピーカーに自動的に接続され、相手と会話するのだ。

 何十人といる相手から『暁の風神』という名前を探す。

 それはすぐに見つかり、コールする。

 すると、数回コール後に繋がる。

『あっ、もしもし』

「もしもしー。暁さん、先日はお疲れ様でした~」

『結さんもお疲れ様~。この間はありがとうね~』

 ――ちなみに、『結』とは正式名称『結ノ杜』の略称であり、この本丸の名前である。さらに余談だが、この名前は、ここの主である男協力者の好きなAV女優の芸名から取っている。

「こちらこそ、ありがとうございました~。それにしても、トークなんて珍しいですね? 桃戦サードの話、聞きたくなりましたか?」

『いいねぇ!! ……って、言いたいところだけど、今回は違うんだなぁ~』

「なんすか? そんな溜めないで下さいよ」

『――会ったんだよ』

 暁は笑うように言った。

『今日の戦場、京都に行ったんだけどよー、そしたらさ、噂の新手が現れたのよ』

「マジすか!? それで、暁さん、大丈夫なんですか?」

『それが、一人駄目にしちまった』

「っ……!」

 衝撃的な一言に言葉が詰まる。しかし、相手は構わずに一方的に言葉を続けた。

『歌仙をな……持ってかれた……あっけないもんだな、別れってのは』

 歌仙――正式名称、歌仙兼定。擬人刀である。その擬人刀は、暁の最初の擬人刀だったと言う。

 最初の擬人刀には思い入れもあろう。咄嗟に何と言っていいのか分からない。

「暁さん、その…………」

『あーあー! 慰めんなよ!! 慰められると逆に惨めになるからよ! ――とにかく、今回は情報を教えてやろうと思ったわけよ!! だから、聞いとけ』

 無理に明るい声を出す彼の心を汲んで、協力者は「はい」と静かに答えた。

『よし。いいか。耳の穴かっぽじって聞けよ! まず、奴らは正道神教たちじゃない。なぜなら、オレがあいつらの手駒と戦っていたときに、横から割り込んで、奴らは正道神教の兵たちに斬りかかっていったんだ』

「敵の、敵?」

『ああ。こっちが突然の乱入者に呆気にとられてたら、あっという間に兵は全滅した。すると奴らはこちらにも斬りかかってきた』

「敵の敵は味方じゃない、ってことっすね」

『だな。奴らが口上で言っていたが、自分たちは歴史の異物を取り払うんだと。だから、オレたちも排除すべき異物なんだとさ』

「なるほど……確かに、傍から見れば、どっちも時間移動をしている歴史の異物だ」

『それで応戦したんだが……ま、結果はこっちの被害が、中傷が一人。重傷が四人。そして、破壊が一人だ』

「…………」

『いいか、奴らと戦うもんじゃない。こっちはレベルが99から80までのを揃えて出たんだが、あいつら、こっちの手を知ってるみたいで、まったく歯が立たなかった。きっと、しばらく戦闘を見ていたんだ。だからこっちの手を知っている。手を知られちゃ、勝てる勝負も勝てないからな』

「暁さん……」

『聖騎士――それが奴らの名前だ。逃げられないかもしれないが、その時は防御陣営を取って、粘れ! それしか道がない』

「……分かりました。情報ありがとうございます」

『いや、礼には及ばねえよ。それじゃ、これだけなんだけどよ。つまんないことで連絡して、すまなかったな。――それと、すまんが、しばらく演習はしないから、それだけ、伝えたかったんだ。桃戦サードの話は、また、トークで話そうや』

「――……いいですよ。いつでも声掛けてください。あと、演習、暁さんの気が向いた時にまたやりましょう」

『ああ、そうだな。じゃ、これで切るな。そろそろバッテリーが切れそうなんだ』

「あっ、はい。それじゃ」

『じゃな』

 それで音声が途切れた。回線が切れたのだ。

 ――彼は、もう二度と自分に連絡を取ってくれないかもしれない。

 協力者はそう思った。

 身近な者の別れ。それはどんな時でも、誰であっても、少なからずショックを受ける。まして、協力者と擬人刀は家族のような存在だ。たとえ普段は邪見にしていても、それはいなくならない前提で邪見にしているのだ。

 もし、自分も蜂須賀虎徹がいなくなったら――

 協力者は想像して、居ても立っても居られなくなった。

 立ち上がり、部屋の外へと出る。

 空には月が上っていた。

 いつもと同じ空の上の月。

 『いつもと同じは退屈か?』と聞かれれば、『退屈だ』と答える。

 『この日常を辞めたいか?』と聞かれると、『別に』と答える。

 『この日常を守りたいか?』と聞かれたならば、『もちろん』と答える。



「俺は、この生活が気に入ってるんだ。あの世界より、ずっとな」



 月に向かって決意をし、協力者は身を翻し、廊下を闊歩する。

 向かうは擬人刀たちの部屋。

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