第3話 入場

 ゲートをくぐり抜けた瞬間、ピリっと静電気のようなものが走る。

 一瞬の抵抗があり、それを無理に抜ければ、肌の表面にプラズマが走る。プラズマが流れた部分から、肌が作り変えられていった。肌理の細かな肌が肌の上を覆い、服が分子レベルでの分解、再構築がされ、身に着けていた服があっという間に黒の和服になった。

 体も細身で、いわゆるイケメン体型へと変わる。

 魔法少女顔負けの変身である。

「おぉ! すげー!! なぁ、どっかに鏡とかない?」

「ありません。無事、装着が完了したようですね。それでは、前方に鉄の扉が床にあると思いますが、その上にお立ちください」

「『鉄の扉』?」

 男は女性に言われ、前の方へと向けば、確かに床にそれがあった。マンホールサイズの円形の鉄。扉という言葉に多少の引っ掛かりを覚えながら、男は素直にその上に立った。

「立ったぞー」

「そのまましばらくお待ちください」

 女性はそれからタッチパネルをピコピコと操作する。

 男はそれに手持無沙汰を覚えながら、周囲を見回した。自分たち以外に人影は見かけない。だが、このゲートの数だけ自分と同じように選ばれた人がいるのだろう。そう思うと途方もない数に、現実感が薄れる。それから床にある鉄の扉と言われたものをしゃがみ込んで眺める。表面には模様が描かれ、『OPEN』と中央に書かれていた。

「『オープン』? ……オープンって、ちょ、これ、もしかして、開――」

「それでは、お気をつけて」

 女性のその言葉とほぼ同時に男の足元が消えた。男は穴へと落ちて行く。

「へっ? うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっぁんだこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 男は絶叫を上げながら落下していく。頭上をふり仰げば、真っ白な天上だけが見えた。

「ちょおぉぉぉいっ!! 何このイベントぉぉぉぉぉ!!!」

『これから基地へ行くんですよ』

 落ち続けながら叫ぶ男の横手から声がした。先ほどまで一緒にいた女性の声だ。男は驚きながら周囲を見回しても、不思議の国のアリスの穴のようなそこにはガラクタが浮いているだけで、人影は一切見当たらなかった。

「えっ、どこだ?」

『こちらです』

「はっ?」

『ですから、こちらです』

 男は自身の頭の上に何かが乗った感触を覚え、それをむんずと手で掴んで目の前に持ってきてみれば、それはハリネズミだった。

『痛いです』

 ハリネズミはそう口を開いて言った。

「ハリネズミが喋った?!」

『ハリネズミではありません。先ほど案内していた者です。ここからの時空空間は生身では行けないので、簡易ボディでご案内させていただきます』

「あ、あっそう……」

『これから貴方は協力者です。もう番号も名前もありません』

「ふーん」

『驚かないんですか?』

「いや別に名前なんて、ただの記号だし。普段、親からだって名前呼ばれないし。『おい』とか『お前』とか『馬鹿』『クズ』『役立たず』『糞豚』が呼び名だったから」

『寂しい人生だったんですね……』

「うっせ。ほっとけよ。――ところで、この不思議の国のアリス穴はいつまで続くんだ?」

『この亜空間状態はしばらく続きます。この間に協力者について、もう少し詳しくご説明いたします。先ほどのゲートをくぐった時に、貴方に与えられた能力は二つ。まず一つ目。これは先ほども申し上げました通り、武器に生命を与える能力。命を与え、人の姿を与えられます』

「へぇ~。それじゃあ、あそこに浮かんでるフォークなんかも擬人化できるの? あれも武器になるっちゃ武器になるでしょ」

『いいえ。命を与えられるのは心がある物だけ。――付喪神、という言葉はご存知でしょうか? 長い年月使い続けていると物に心が宿るという性質。その性質を利用しているので、あんなニ○リで売っているような既製品には心がないので、擬人化はできません』

「お前ニ○リに謝れよ! ニ○リ良いだろぉ! 俺は好きだぞ!!」

『人の趣味嗜好どうこうの話ではないのですよ。ただ事実を言っているまでです。それに、別に物に心があろうとなかろうと、関係ないじゃないですか。物なんてものは使い勝手がよければいいでしょう? 物に心がなくても問題ないですよ』

「……あんた、女のくせにすっげーサバサバしてるな」

『その発言は女性差別ですか? 裁判します?』

「――前言撤回します」

『はい。――話は横道に逸れましたが、つまりはそういうことなんです。長い年月の時を経て、心を持った武器。その武器に宿った心を表層に呼び起こし、命を与え、人の姿を取らせます。そして武器たちが、正道神教たちが操る敵を倒す、という仕組みです。次に、二つ目の能力。それは、時空間転移能力です。通常の基地は亜空間の中に作られた場所になりますが、その基地から正道神教たちがいる時空間へ移動するための能力が備えられてます』

「つまり、武器たちを移動させるのは俺の役目ってこと?」

『そうです。武器たちと一緒に戦場へ赴き、戦闘が終了したら基地へと帰還する。日曜日に運転手をさせられるパパみたいな存在ですね』

「うわー、くそつまんねー。面倒くせぇ。――つか、この能力があれば、俺の過去も変えられるんじゃ……」

『そういう風に思う方もいらっしゃるので、この能力には制限が掛かっています。こちらの方で確認できた、正道神教たちが活発に活動している時代・空間のみ行き来できるようにしています。直近二百年程度は行き来不可に設定されてます』

「ちっ! つっかえねぇ!」

『ただ、どちらにしても、貴方が過去をやり直したとしても、その糞みたいな性格じゃ、やり直しも利かないと思いますけどね』

「グッ!? 毒舌が心を抉る!!? 表情だけだと思って油断してたぁぁぁっ!!」

『何をふざけていらっしゃるんですか? さて、その他の説明としては、ボディの機能として、武器の能力やレベルが分かるようになっているので、武器と対面した時に試してみてくださいね。起動の仕方は思い浮かべるだけでできますので』

「レベル? なんだ、ゲームみたいだな」

『最近の方はその方が気分が盛り上がるみたいでして……昔は能力を数値化していなかったのですが、要望により実装しました。当然戦闘すれば経験値が貰え、一定値がたまるとレベルが上がります』

「マジかぁぁぁ! うわっ、ちょっと気になってきた!! えっ、必殺技は?! 『火炎斬』とか、『鬼斬り!』みたいなのとかないの!!?」

『ありませんよ。あるわけないじゃないですか。ゲームじゃないんだから。あと一応言っておきますけど、助けるお姫様もいませんからね』

「んだとぉぉぉ!!!」

『助けるのは全人類の未来です。ぜひ、頑張ってくださいね』

「……うわー……急に重くなった……マジかー……」

『マジです。――あっ、そろそろ着きますので、気を付けてください』

「あ、ああ」

 バサバサバサッと和服が落下するのに合わせて音を立ててはためく。真っ暗な空間だが、やがて足元が光って見えた。次に男の視界に映ったのは想像以上に近くにあった畳だった。

「うわっ!」

 忠告を受けたにも関わらず着地に失敗し、男は無様に床を転げた。そのせいで、己の額を己の膝で打つ始末。痛みに苦しみ床の上をゴロゴロと転げた。

「いってぇぇぇぇ!」

『だから気を付けてください、って言いましたのに。鈍くさいんですね』

 男の隣ですっくと立つのはハリネズミである。いつの間にか男の手の中から抜け出たようだ。可愛い顔で無慈悲な言葉を放つハリネズミに苛立ちと己の不甲斐無さに男は悲しくなった。

 ――到着したそこは和室だった。

 真っ白で綺麗な障子が陽の光を部屋の中に誘い込む。柔らかな光を受けた床はオール畳。新品らしい匂いが部屋中に立ち込めていた。天上には梁がむき出しになっていたが、それは優雅な曲線を描き、荒々しさと自然の壮大さが表されていた。

「はぁぁ……立派な物だな」

 痛みから回復した男は胡坐を掻いてぐるりと部屋を見回した。

『それはもう協力者は大役ですから。それ相応の待遇は保障してます』

「まっ、あんまりひでぇ環境だとその役目もやりたくなくなるしな。飼い犬に手を噛まれないための対策にしてはいいんじゃね?」

『上の方でどのような考えでいるのか私には分かりかねます』

「あれ? 随分反応が薄いじゃん。……はーん。もしかして、さっきまで態度デカかったのって、監視がいなかったからだったりしてぇ~? ここだと監視カメラみたいなのが付いてて対応が丸見えだから差しさわりない態度取ってるとかぁ~?」

 男がにやっと笑いそう問いかけると、ハリネズミはそっぽを向きながら答える。

『ソンナコト、アルワケナイジャナイデスカ。――さぁ、こちらへ。武器がお待ちですよ』

 ハリネズミは床の間の方へトコトコと歩く。そちらをみれば、十二畳ある部屋には床の間があり、そこには掛け軸と、そして一振りの刀が台座に置かれていた。

『これが、蜂須賀虎徹です』

 男は立ち上がり、そちらへと近づく。すると自然、男の目は台座の刀に目が釘付けになっていた。金の装飾がなされた刀。先ほど刀を選んだ時の補足説明として、この刀が打刀という種類だということは教えられていた。それ以外何も分かっていない。

「ふーん。で、俺はこれからどうすればいいの?」

『手で触れてください』

「こうか?」

 男は刀を手に取り、その場で構えて見せた。

「おー、カッコいいカッコいい。やっぱ刀ってカッコいいな~。昔の武士って、こうヒュンヒュン振り回してたんだろうなぁ~」

『あの、気を付けてくださいね』

「大丈夫だって、部屋とか傷つけないから安心しろって」

『いえ、そうではなくてですね』

 男はハリネズミの言葉に耳を貸さず、夢中で子供の頃にしたように刀を振った。ひゅんっ、と空気を裂くたびに気分が高揚し、男はますます熱心に振り回した。

 その時である。

 閃光が部屋に走る。一瞬の出来事だった。驚いた男は刀を手放した。その直後、何故か急に重みを感じ、男はそのまま床に倒れる。何かが圧し掛かってきて、男は「ぐえっ」と呻いた。

 光が収まる。

 しかし、男の目はまともに光を見てしまい、しばらくの間使い物になりそうになかった。

「な、なんなんだ……?」

 状況が分からない男は誰にともなく声を上げた。

『刀が擬人化したんですよ』

 それにハリネズミが答えた。

 そしてこれ見よがしにため息を大きく吐き出し、呆れたように言った。

『だから言ったじゃないですか。気を付けてください、って。なんでそう貴方は鈍くさいんですか?』

「わかるわけないじゃねぇか! てか、なに、触るだけで擬人化すんの!? 先に言ってくれよ!!」

『私、何をすればいいのか、という貴方からの質問に、刀に触れてください、って言いましたよね? 話の前後から触れると刀が擬人化するのは分かるでしょう』

「エスパーか! 何でもかんでも察せると思うのは日本人の悪い癖だぞ! 言わなきゃわかんねぇもんはわかんねぇよ!」

『私、日本人ではないのですが』

「知るかよ! てか、今どうなんてんだ?! 俺、目が光にやられてよく状況が分かってないんだけど!」

『今は、擬人化した蜂須賀虎徹が貴方の上に乗っています』

「えっ、俺の上に乗ってるの?」

『えぇ、まぁ、はい』

「あっ、ようやくおぼろげに分かってきた。もうちょっとで……――見えた!」

 男はパッと自分の上にいるであろう蜂須賀虎徹を見た。

 それに目を見開く。

 桜の花びら。それがあたりを舞っていた。どこから入ってきたのか。そして、その奥。藤色の髪をした男がいた。まつ毛が長い。審神者のボディも中々に整ったイケメンフェイスだったが、それとは比較にならないほど花がある顔立ちである。芸能人顔負けだ。マイクを持ってグループで歌ったらさぞかし売れるだろう。それが嬉しそうにしていた。それはもう泣きそうなぐらいに顔を歪めていた。この表情を見たら、女性なら一発ノックアウトKO間違いないだろう。――真っ裸姿を除けばではあるが。

「主、会いたかったー!!」

「どけぇぇぇぇ!!!」

「あうっ!」

 抱き付いてこようとした真っ裸の男――蜂須賀虎徹の股間を蹴り飛ばし、男は慌てて後ろに身を引いた。

 男の心臓は驚きと恐怖のせいで一気に鼓動が加速する。

 説明を求めるようにハリネズミの姿を探すと、ハリネズミは手の届かない部屋の端に陣取っていた。

「おいっ! なんだこの変態!! どういうことか説明しろ!!」

『いやだからですね、鞘を抜いた状態で擬人化したので、服を着ていない状態で出てきたわけであって、別に彼は脱ぎたがりの変態じゃないんですよ?』

「俺、初めて会った人に、あんなに下手くそに振り回されたのはじめてで、感じちゃった……」

「ど・こ・が、変態じゃないんだッ?!」

『武器の態度としては正常です』

「お前の目と耳は腐ってるのか?」

『いえ、そうではなくて、武器は協力者に心酔するようなっているのでこれが普通なんです』

「……なんだって?」

『つまり、武器たちに裏切り行為をさせないように、協力者に好意を持たせるようにしているんです。正確に言えば審神者ボディの能力の一つですね』

「…………………」

 男は顔をヒクつかせながら、床に転がり潤んだ瞳で見つめてくる蜂須賀虎徹を見た。

 すると蜂須賀虎徹は顔を真っ赤にさせたかと思うと「やだ、俺、裸じゃないか、恥ずかしい」と言って近くに落ちていた服(注意:元鞘)を手に取った。

「主……俺、主のためなら、たとえこの身が朽ち果てても守るから、安心してくれ」

「うるせえ、黙れ、変態」

 男は苛立ち紛れに蜂須賀虎徹を蹴り飛ばす。

 ――どうやら、死後も楽じゃないようである。

 これから先の出来事が思いやられる。

 審神者となった男は、ここではじめてため息を吐き出した。

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