第2話 案内

「なぁ、ここってなんなんだ?」

 天井が高い廊下。装飾はなく、質素な造りだ。男は前を歩く女性に声を掛けた。すると、女性は振り返り、男を上から下までじろりと見て、口を開いた。

「天界の役所ですが?」

「うん、すまん。さも『えっ、知らないの? お前、馬鹿か?』って表情されても知らないものは知らん。お前の常識を俺に押し付けるな」

「――失礼しました。私、顔に出やすい性質なので」

 女性は思い切り歪めた表情を元に戻し、そして、笑顔を浮かべた。

「いつも彼氏に言われるんです。『君の視線と表情はナイフだ』って」

「うん、そうですね。もういいです。ここの職員あんたみたいなのばっか」

「失礼ながら、正しくは私、こちらの職員ではなく、委託を受けている『公益社団法人全時空調整協会』の職員でして」

「その『クソが』って目でこっち見んな!! ――え、えっと、とりあえず、ここはなんなの?」

「パンフレットはお読みになりましたか?」

「あんたの言うパンフレットって、電話帳並に分厚いあの本のことを指してる? もしそうなら、読んでない。つか、読むわけないだろ。フォントサイズ六ぐらいのちっせー文字を千ページ読むとか、ねーよ。渡された瞬間読む気失せて、床に座るときの下敷き代わりにしたわ」

「そうでしたか」

「だから止めてくださいその顔……全力で顔歪めて『阿保だこいつ』って顔しないで……俺がすごく惨めになる……」

「失礼いたしました。以後、気を付けますね」

「……お願いします」

「それではご説明差し上げます。――ここは天界にある役所となります。ここでは死者の魂と面談して今後の進路について相談をしたり、悪霊となった死者の魂を滅したり、神が決めた寿命を管理したりと、つまり、神の仕事の下請け場所ですね」

 女性はカツンカツンとヒールを鳴らし、廊下を突き進んだ。時折、同じような制服を着た人物たちに会釈をする。

「なるほど。あんたの組織は?」

「私が所属している組織は、一言で言えば、時空間の管理を担っています。『公益法人全時空調整協会』、通称『T・A・S』。歴史が正常に進んでいるか確認するのが主な役割です。ただ、昨今は時間移動が悪用され、過去を改変しようとする輩のせいで、それを取り締まるための組織となりつつありますね。簡単に役割を言ってしまえば、役所は自殺者の中から抽選で『協力者』を選ぶ。そして私たち『T・A・S』が、『協力者』に過去の改変を阻止する力を与え、その後の『協力者』をサポートするのが仕事です」

「そう、それだよ! 時間移動についてはもうこの際いいけど、『協力者』ってなによ?」

「はい。この場合の『協力者』は職名となります。『協力者』は武器に命を吹き込み、擬人化させ、武器を指揮して歴史改変を目論む組織――自分たちで『正道神教』と名乗っていますが、その者たちを倒す方々を指します」

「へぇー。擬人化。夢が広がるな。でも、俺そんな能力無いよ? あったら今頃世界で一番の有名人だろ」

「えぇ。ですから、これから機械で貴方に能力を与えるんです」

「機械かよっ! てか、霊体でも機械とか平気なの?」

「物質単位が霊体にあわせられているので問題はないです。それと、便宜上『機械』とは言ってますが、そもそも現世でいう機械とは全くの別物です。暗黒物質と同じと考えてもらって結構です」

「あー、つまり、仕組みはよく分かってない。けど、存在自体は確認されてるものってことか?」

「そうです」

「アバウト過ぎだろ」

「世界には秘密が一つや二つあるものです」

「世界にある秘密は一つや二つじゃねぇだろ。分からないことだらけだよ。死んでからこんなことになるなんて、誰が思うよ」

「生きてる人は思いませんね。――さぁ、この部屋です」

 話している間に着いたそこは、ドアがガラスでできていて、外にいながら部屋の中の様子が分かった。

 その場所を他にたとえて言うなら、空港の入場ゲート。

 というか、そのまんま。

 門のような機械があり、そのわきにベルトコンベアがある。

 それがずらりと並んでいて壮観。ウィーン、と間抜けな音をしながら開く自動ドアから中に入ってもやはり壮観の一言に尽きる。広大な部屋である。部屋の修飾語として『広大』とつけるのは場違いのように感じるが、やはり、広大としかいいようがなかった。

 端から端が見通せない。ゲートを越えた向こうには白い床しか見えず、地平線が彼方に見える。では屋外なのか、と言えばそうでもないようで、床より少し濃い目の色をした天井が頭上に広がっている。建築法違反どころではない。柱は一本もないので、両脇にあるであろう壁が天上を支えているのだろうが、地震が起こったら一巻の終わり。この部屋は間違いなく崩壊するだろう。そう思うと、男は恐ろしさから身震いした。

「こちらです」

 女性が言うので男は仕方がなく付き従う。

 男がちらちらとゲートを見ていると、上の方に番号が振ってあった。今通り過ぎたゲートには、A二十万九千五百八十八と記載されてある。

「……なぁ、このゲートの番号ってなんなんだ」

「あぁ、これは四月に入って何番目に協力者になったかを意味してます。『A』は『April』の『A』ですね」

「って、四月に入ってからこんなにもう自殺者がいるのかよっ!?」

「いえ、今期だけの四月というわけではなく、ここ数百年の四月ですね。数字は抽選で当たった方の番号なので、通算の人数ではありません。一人一つの転移ゲート。そして、これが貴方のです」

 女性はA二十万九千六百七と記されたゲートの前で立ち止まった。

 男はそれに倣って立ち止まり、繁々と眺めた。

 深い青色をした機体は実に静かにこちらを見下ろしてくる。

 隣では女性が機体に近寄り、液晶パネルをいくつかタッチしていた。

「それでここでは、ボディと初期の武器を選んでもらいます。さっ、こちらの画面を」

「ボディ?」

「お忘れかもしれないので念の為言っておきますが、貴方は今霊体です。現世に出現するには現世用の体が必要になってきます。そこで、我が『T・A・S』が特別開発した、このボディです。太陽光発電で、食事・睡眠を必要としないスペシャルボディ。機動性は抜群。五十メートルを七秒で走り、走り幅跳びでは四メートルまで飛びます」

「それ、ちょっと運動が出来る子ぐらいの能力だよね?」

「なんと今なら炊事家事の能力も完備! 野菜の千切り、乱切り、輪切りの機能や、少ない道具で火を熾す機能まで付いてます! レシピもボディについている記憶回路に搭載されているので、古今東西あらゆる料理が作れます!!」

「それ必要か?」

「必要です」

 女性はニコリと微笑み、そして、液晶パネルから退いた。

「では、どうぞ、お選びください」

「はあ」

 男は気の抜けた返事をしながら、その液晶パネルを覗き込む。

 そこには四つの男性の画像が出ていた。

 皆同じ背格好で、皆同じ端正な顔立ちの白髪男性。全員が黒い和服で袴を履いていた。

「……なぁ、この四つってどこか違うのか? 全部同じに見えるんだが」

「えぇ、目の色が違います。今ならオッドアイのボディも空いているのでそちらも選べますよ?」

「うわっ、無駄! すげー無駄! 何やってんの『T・A・S』! 違うだろ、そうじゃないだろ! 色違いじゃないだろ! 今時のランドセルじゃないんだから!」

「そうですか? 女性には人気ですよ?」

「俺は男だ」

「難しい方ですね」

「なぁだから、『うるせえ黙ってさっさと選べよクズ』って顔しないで、俺の心が折れる」

「早くお選びいただいてよろしいですか?」

「は、はーい」

 男は女性から冷ややかな笑顔を向けられ、慌ててパネルを見る。

 ボディについてはどれがどれだかわからなかったので適当に選んだ。目の色は金色になった。武器についてだが、何故かすべて日本刀だった。正直違いがよく分からなかったので、先ほど男性職員が言っていた虎徹――蜂須賀虎徹という刀を選んだ。

「ほいっ。これでいいか?」

「ええ、結構です」

 男と女性は立ち位置を交換し、女性がいくつかパネルをタッチしていくと、ゲートの中が発光しはじめた。それから、隣にあるベルトコンベアがギッと音を鳴らして回り始めた。

「もし、持ち物がありましたら、そちらのベルトコンベアへどうぞ」

「持ってねーよ。てか、死んだのに持って来るもんなんてないだろーが」

「それが時々いらっしゃるんですよ。現世のことを忘れられずに、気が付かず、一番大切な物をお持ちになられる方が。――ポケットの中身をご確認ください」

「えっ?」

 そう言われて男は驚いたように自身のズボンのポケットを探った。すると、左ポケットの中に何か小さな物体が入っていた。不思議に思いながらそれを取り出せば、USBメモリが掌にあった。

「……それが、貴方の一番大切な物のようですね」

「あっ、そっか……俺の一番大切なもの……」

 男は感慨深そうにそれを眺めた。そして、女性に向けてぽいっと投げた。

 女性は反射的にそれをキャッチする。

 驚く女性。

 男はニッと笑った。

「やるよ、それ」

「……いいのですか?」

「いいさ。どうせ、中身はもう見れないだろうしな。あんたにやるよ」

「――ありがとうございます。それでは大切にさせていただきますね」

「おうっ!」

「……ところで、中身はなんなのですか?」

 女性は掌のUSBメモリをコロコロと転がしながら尋ねた。

 それに男は少し恥ずかしそうに、「俺の大好きなAV女優の動画や画像がそこに詰まってるんだ」と笑った。

 女性はそれに――

「死ね」

 蔑んだ目と表情で、USBメモリを掌で握り潰した。粉々になったUSBメモリは人工の風に乗り、跡形も無く消え去るのだった。

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