第十二動

 夢見たちは強い潮風にふかれながらも、額に汗をにじませている。

 小夜は目を固くとじたまま、四つんばいの夢見の下腹部に抱きつくようにしている。

 魅力的かつ危険過ぎる肉体を誇る真由良まゆらも、左側から下半身に抱きつくようにして目を閉じている。その異様とも言える三人を、来島は海風に耐えつつ見おろしている。

「うわあああ!」「なんだっ?」「誰かとめろっ!」

 水兵たちの叫び声がする。驚いて来島がふりむくと、高さ二メートル半はある鋼鉄の化け物が、甲板上の小型作業車を蹴り飛ばして近づいてくる。

「あれは……」

 重量物の運搬に使うパワーローダーが進化し、無人でも使えるロボット状の機械を「オペラートル」と呼ぶ。黄色い縞模様の厳つい巨人は、まさに軍用のオベラートルである。

 それでも一応人がのって操作する規則だったが、和ダンスの燃えカスに無骨な手足が生えたようなそれは、まったくの無人だった。

「作務中断、斑鳩一曹、大神おおみわ二曹、遊部あそべ三曹!」

 命令され、三人の能力者スペリーはいっに覚醒し現実界にもどった。

 破壊音と罵声に驚き、夢見は少しよろめきつつ立ち上がる。ふりむくと、虎縞塗装の無骨でユーモラスな機械がよたよたと近づいてくる。

 遠隔操作されているようだ。

「無人オペラートルの暴走だ。退避しろ」

 四人のスガル挺進隊は、甲板上をまとまって走り出した。だが人間が歩くよりも早く、暴走オペラートルは四人を追う。

 水兵の一人が軍用オペラートルに飛び乗ろうとした。四角い操縦部がオープンになっている。

 通常、作業員はその部分におさまり、手足をベルトで固定するのである。

 若い上級兵卒は横手からとびのって、なんとか操縦部にはいりこんだ。するとオペラートルは身もだえするように胴体部分を左右にふりだした。

 ベルトで固定するまもなく、上級兵卒はふりおとされた。

「分散、迎撃!」

 来島は叫んだが、武器は来島のもつ拳銃ぐらいだった。作業用オペラートルは拳銃弾ぐらい跳ね返す。普段はおっとりしている小夜は、いざと言うときに落ち着いて適切な判断を下す。

「夢見、訓練と同じよ。やつの主電脳の回線を焼ききって。わたしと真由良でひきつける。フル・オートマティック・セントリーと同じ、オオワダ製中央制御システムのはずだから」

 夢見は横倒しになったヘリのかげて、力強く頷いた。


「誰がうごかしているんだ。止めろ!」

 艦長は艦内全体に命令した。しかし緊急戦闘指揮所は外部からコントロールできない。そこからの操縦で、運搬オペラートルが暴れているらしい。

「副長はどこへ行った!」

 大崎雄一副長は、モニターにうつった甲板の騒動を見つめている。

 市ヶ谷から特殊部隊が到着し、なんらかの妨害を行うと聞いていた。だが特殊部隊の正体までは知らなかった。

「あんな娘達に、いったいなにが出来るんだ……」

 見ると童顔で少しふくよかな女と、大柄でひどくグラマラスな女しかいない。

 そこへ緊急連絡が入った。艦長だった。

「大崎! 誰がオペラートルを動かしているんだ」

「艦長、奴等は偽物です。艦隊司令部から特殊工作班を送ると連絡ありましたが、若い女性ばかりなんて考えられない。

 それに彼女たちの戦務IDは、検索できません。

 つまり、本当は市ヶ谷にあんな連中はいないんです!」

 もともと存在しないはずの情報第十一課「エルフィン」の、存在しないはずの秘匿特殊部隊なのである。

 スガル挺進隊の四人たちは、市ヶ谷軍令本部や国防省ではなく、別々の地方部隊に一般下士官などとして勤務していることになっていた。

 その存在しないはずの女性兵士たちは、オペラートルをたくみに誘導する。

 しかし制海護衛艦の飛行甲板は、本格空母ほど広くはない。他の水兵たちも、棒などでオペラートルを阻止しようとする。

 発砲は許可されていないが、艦長は決断しかねていた。

 この混乱のすきに後に立った夢見は、オペラートルの頭部にある半円状のカメラを見つめた。

 頑丈だが、古い形式のものだった。夢見は足をふんばって立つと右手をのばして掌を広げ、右手首を自分の左手でしっかり握った。

 それに気付いた小夜も、オペラートルの正面で同じようなポーズになった。

 続いて真由良もPSN=ポテスタース・スペルナートゥーラーリスを使いはじめた。

 小夜と真由良の能力は夢見の半分もなかろう。しかし三方からPSNに圧倒され、無人オペラートルは立ち往生してしまう。戦闘指揮所の平面モニターを見つめていた大崎はあわてた。

 カメラ画像が乱れ、コントロール不可能になってしまう。

「な……なにがおきているんだ」

 大崎はいいようのない不安に襲われた。珍しく蒼ざめている。

 画面には小夜と真由良がうつっている。

「後だ。なにかがうしろに!」

 見えにくくなっている画面を操作して、オペラートル後方へカメラを回した。

 細身だがグラマラス、やや長身の影が仁王立ちになっている。

 大崎は息を飲んだ。アップにはしなくても、夢見の人形のような顔のなかで輝く黒目がちの瞳が、大きく見える。

「な……なんだ」

 全身が硬直してしまう。その視線にくぎづけになった。

「て……天女か」

 奇妙にも、そんなことを考えた。次の瞬間、映像がとだえた。モニターが白く輝く。その直後、大崎は白目をむいてその場で気絶してしまった。

 作業用オペラートルの「目」である主カメラの回線が焼ききれた。ほぼ同時に予備カメラも無力化された。

「うまい! 一番防御のやわい回線を狙ったのね」

 小夜が肩の力をぬいた。オペラートルはコントロールをうしなって、コンテナにつまずいて倒れてしまう。

 そこをすかさず水兵たちが襲い掛かって、主電源を切ってしまった。

 夢見は片膝をついた。息が荒い。小夜より早く、真由良が飛び出して夢見を助け起こそうとする。

「平気、それより春雷は……」

 遠方に水柱がたった。飛び出した黒く寸詰まりの機体は、ふらつきながら急上昇する。

 包囲艦隊各艦艇の乗員が驚いて見つめていると、突然春雷は逆さになったまま低空水平飛行をはじめた。そのまままっすぐ「ふたがみ」にむかってくる。

「! 夢見、もう一度よっ!」

 力強くうなづくと、立ち上がった。

「真由良も手伝って」

 夢見は足をふんばり、両掌をかさねて突き出した。せまりくる黒い機体にむかって、その両手首を小夜と真由良が両手で握り締める。

「いきましょう」

 小夜も真由良も迫り来る機体を見つめた。夢見は大きな二重の目を見開いた。

 同志二人のエネルギーが自分に流れるのを感じつつ、瞬きもしない。試作春雷はふらつき、薄く黒煙を吐きつつ迫る。各艦艇は迎撃するべく、ファランクスなどをあわてて準備した。

 夢見は見たこともない、春雷の主コントロール部を勝手に想像する。そしてその回線を電子が逆流する様を思い浮かべた。しかし春雷はふらつきつつも突入してくる。時間がなかった。

 制海護衛艦「ふたがみ」前部のファランクスが作動した、電動ガトリング砲が二十ミリ機銃弾を大量に吐き出し、ステルス性の高い黒い機体を破壊しだした。

 ついに春雷は爆発し、破片を撒き散らしつつ「ふたがみ」につっこんでくる。

「今よっ!」

 夢見がするどく叫んだ。三人のひたいに血管が浮かび上がる。夢見たち三人の魔女は自分の血が煮えたぎるような感覚に震えた。

 火の玉となってつっ込んできた春雷の残骸は「ふたがみ」の数十メートル手前ではじけた。燃える破片を甲板や艦橋にふりそそいだが、致命傷にはならない。

「伏せろっ!」

 三人の後ろから飛びついたのは、挺進隊長の来島だった。甲板に伏せた四人の上を、火のついた破片が飛び交う。

 甲板上は大騒ぎになっていたが、自動消化装置が海水をまきはじめた。

「……うう」

 来島が呻いた。夢見の上に重なっている。夢見はその痛みを感じ取った。

「隊長!」

 小夜たちも起き上がった。来島の背中を破片がかすめて飛び、防弾ベストと戦闘服を破っていた。背中に十センチほどの傷ができて、血が流れ出している。

「た、隊長! 血が」

「たいしたことはない」

 小夜は手をあげて、近くの水兵に応援を頼んだ。

 幸い傷はそれほど深くなかった。来島のまとった筋肉も、防御板となった。


「田巻です。統合警務隊本部から連絡がありました」

 田巻は統合戦闘指揮所最上段の、上田たちのいる最高司令部に有線電話をかけてきた。古風だが、盗聴がされにくい。

「副総監の居場所を通信から割り出しました。

 なんと北深山みやま郷のフラックトゥルム一号です」

「な、なんじゃと。ヤツラが最初にねらっとったところか」

「その地下の緊急指揮所でしょう。そこなら、春雷の特攻ぐらいではビクともしない。まったく、うまく考えたモンですわ」

「例の記者見学は続いておるのかね」

「酒の大盤振る舞い中ですな。

 なんせ事件はおこってないことになってますから。

 現在、地元州警察と統合警務隊が急行してます。珍しく呉越同舟で」

「……なんとかここまで隠しおおしたんだ。マスコミに気付かれんようになんとかちょうらかさんとな」

「多少の無茶は、おまかせくださいますか」

「……仕方ない。しかし過激なことはするなや」

 田巻は細い目をさらに細めた。隣に立つ御剣みつるぎ真姫まひめは、何かを感じて呆然としている。


「うあああああああああ」

 コクーンから救出された那須准尉は、遠井と鹿島が押さえつけても叫んでいる。黒井はあわてて鎮静剤を打った。

「なにがおきたんだ、あの幽霊か」

 那須は自分の心に広がった言いようのない恐怖心を説明できなかった。

 叛乱艦「天津風」での異変は、遠く離れた北深山地区にも伝わった。

 巨大な特殊鋼材と特殊ベトンで固められた塔の基底、戦術核にも耐えられる緊急指揮所の中で、統合警務隊副総監はいつもの冷静さを捨て焦りだしていた。

 実験段階での謎の「幽霊」と言い、石動が送り込んだらしい正体不明の特殊部隊といい、予想外の事態が計画を台無しにしつつある。

「なぜだ……いったい何者が我々の緻密な計画を」

「一佐殿、連絡がはいっています」

 シンパである若い赤澤副官が緊張して言う。驚いた洲到止は、古風だが信頼性の高いインカムを受け取った。いつも自信に満ち溢れている人物は、その自信を失うときに激しく動揺する。

「た………田巻? どうしてわたしがここにいるとわかった」

「ようも警務隊に僕をマークさせてくれはりましたな。まあそんなことはもうどうでもええ。天津風ののっとりも、『しなとべ』計画の横取りも、これで失敗ですわ。みぃんなバレてます」

「……まさか君が、君が我々の計画を」

「ともかく今は、犠牲者を少なくすることが一番。一佐が降伏を命令してください。さもないと血のケの多すぎるマル特戦のモサクレが、自爆しはりまっせ。

 言いたいことあったら、隊律法廷で堂々と言うたらよろしやん」

「………君は上田国防大臣の、執行人と言うわけか」

「交渉人と考えてください。しかし執行人になる自信もあります。

 時間はありません。早く『天津風』を解放せんと、それこそ同志をみんな失うことになります」

 通信を終えたあと暫く考えていた洲到止は、暗号化もせずに黒井に連絡した。

「総ては終わった。今は生き延びることを考えよう」

 もっとも積極的だった「黒幕」たる洲到止の弱音が、黒井たちに衝撃を与えた。育ちのいい鹿島も、一佐に反論できない。

 千賀佐和久ちがさわひさ現役一等曹長は、戦闘気乗りを目指していた。

 度重なる喧嘩が原因で弧航空学校を追放、降格されていた。しかし愛国心と操縦技量は誰にも負けないつもりだった。

「先生、飛ばしてくれ。俺には幽霊もクソも関係ない。

 精神集中訓練も受けている」

「……洲到止一佐は降伏するつもりだ。もうあきらめろ」


 軽く負傷した来島は「ふたがみ」の医務室で治療を受けていた。

 天津風では黒井たちがついに降伏し、夕方になって浮上してきた。部下たちは一応無事である。

 本間会の過激派だった大崎副長も逮捕され、警戒艦隊は夜になってひきあげ始めた。実験空母「天津風」は浮上したまま帰還しはじめる。

 すんなりと投降したのは黒井だけだった。

 鹿島一等尉官は警務隊到着直前、拳銃で自決した。

 海外実地訓練履修特殊技能戦術兵、通称「マル特戦」戦士である榛名元一等曹長と那須予備役准尉は、気を失ったまま収容された。

 通信士官と下士官も拘束され、駆逐艦に収容された。しかし一人、血気盛んな千賀一曹の姿はなかった。

 意気消沈している黒井は気にもせず、身投げでもしたかと考えていた。

 傷口をかためた来島は、医務室で検査を受けていた夢見たちをねぎらった。

「これで一段落だといいけどね」

 夢見は敬礼した。あちこち、軽い打撲傷があった。

「あの……あとは御剣生徒のお姉さんです。ただちに東部衛戍えいじゅ病院に行かせてください。

 もうお姉さんも陰謀を阻止する必要はないし、その……」

「どうするつもりだ。またやるのか」

「そうです」

「……富野課長に意見具申してみる」

 来島は乗ってきたSTOL輸送機「やまばと」の、整備状況を見に行った。


「つまり、タケミカヅチの破壊かね?」

 事態が収集にむかって一息つき、国防大臣上田はコーヒーを飲みつつ今夜の党幹部との宴会のことを考えていた。

 連絡は中部州北深山へむかっている、田巻の車の中からだった。

「そうです。旧東黎とうれい協会はタケミカヅチをのっとろうとしました。 失敗したとは言え、もっとどんなプログラムしこんでるか判りまへん。中央演算脳幹を、取り替える必要がありますな。

 当面はブラフマン三世と、各鎮守府のメインコンピューターの連携作業でしのげるそうです。

 あんなことあったばっかりや。もうタケミカヅチは信用できひん」

「……国防に損害はでないのかね」

「二年前まではタケミカヅチなんてなかったけど、立派に国を守ってました。

 わが国の国防を一基のハイパーAIに委ねるちゅうのも、考えたら危険です。

 今から僕は、副総監一佐の投降に立ち会います。いよいよ黒幕登場ですな」


 夢身たちは、乗ってきたヤシマの多目的STOL輸送機「やまばと」の機上にいた。

 もうすっかり夜である。輸送機と言っても地上掃討用の空中砲艦や、爆撃機としても利用できる基本機体である。

 疲れた夢見たちは、座席でうとうととしかけていた。

 そこへ警報がなる。おきていた来島は、コックピットに顔をだした。

「なにごと?」

「警戒警報です。回航中の天津風で緊急事態発生」

 護衛艦に付き添われて佐世保を目指していた実験潜水空母の大型発射菅は、海水が抜かれ封印され、さらに兵士が守っていた。

 しかし試作春雷三号機の影に、潜水服姿の千賀佐和久一曹が潜んでいた。海水がなくなったあとコックピットに潜入、格納扉を災害時緊急ハンドルで開けてしまったのだった。

 異常に気がついて警務隊が発射菅へ踏み込む直前、ロケットエンジンが火をふいた。海中発射用の水中ジェットブースターを吹き飛ばした。

 ブースターは隔壁を半分こわした。そのまま発射菅を炎でつつんで、試作春雷三号機は浮上航行していた天津風から飛び出したのである。

 続いて市ヶ谷地下の石動情報統監部長から連絡が来た。

「君たちとほぼ同じ進路を春雷は飛ぶ。きわめて低空を、市街地を選びつつね」

「誰が操縦しているんです」

「粗暴でやや精神に問題のある元パイロット候補者よ。奴は自分を認めなかった上層部に恨みを抱いている。

 迎撃すれば地上に被害の及ぶルートを通って、ここ市谷を目指すだろう。

 すでに山口市街地を、高速道路にそって東へむかっている」

「邀撃機は上がってますか」

「二機が追跡しているけど、攻撃のチャンスがつかめない。人家のない地帯に入った一瞬の隙をつくしかないが、衝撃波で被害がでるほどの低空を実にたくみに飛んでいる」

 さほど大きくなく、速度も出ない試作機である。千賀一曹は大きなたてものをかすめ、谷間などを選び、追跡機や待ち伏せ機をたくみにまく。

 実験機にはミサイル迎撃用の機銃も装備されていた。

 正面からつっこんでくる戦闘機に対して発砲すると、戦闘機は黒煙を吐いてなんとか海へと脱出していく。

 市街地でパイロットが脱出し機体が墜落すれば、大災害になる。幸い戦闘機はパイロットを射出したあと、瀬戸内海につっこんでいた。春雷は市街地が続く瀬戸内海北岸を、山陽地方にむかって飛びつつ付けている。

「問題児千賀一曹は、一切の通信手段をたっている。タケミカヅチの指示をうけず、マニュアル操縦で市ヶ谷に達するつもりね」

「つっこむつもりですか」

「多分ね。クー・デタ派はおおむね逮捕されて、残るは彼一人。もう自暴自棄のようね。

 市ヶ谷国家永久要塞地下は、シェルター内部に全司令機能を退避させている。 春雷ごときの特攻にはさして被害もない。でも首都のどこに突っ込んでも、大変な被害になるわ。

 試作春雷は、新開発の高性能液体ロケット燃料を満載しているのよ」

「我々にやらしてください。我がPSN戦士たちに」

「頼みます、来島二尉。

 パイロットに思いとどまらせるか、少なくとも海につっこませて」

 夢見たちの乗るSTOL機は、双発のジェットだがそれほど速度が出ない。  速度の出ない「やまばと」では、春雷においつけない。PSNが発揮出来る距離まではとても近づけない。

「!……なに、この思い」

 夢見は言いようのない不安を感じた。

「どうしたの」

 小夜は正面から顔をのぞきこんだ。

「あの、敵意が……悲しみのまじった敵意が……近づいてくる」

 ハッとした小夜はベルトを外して、コックピットをのぞきこんでいる来島に言った。

「部隊長、春雷三号機の予想進路を」

 市ヶ谷の地下司令部では、その奇妙なルートを算定して頭をかしげていた。

「石動だ。春雷はまったく応答しない。あいかわらず市街地を低空で東へむかっている。しかしこのルートは、東京を目指しているのではない。

 このままだと君たちに接近する」

「どう言うことです。まさか、我々を狙っている?」

 千賀は「ふたがみ」の大崎副長からの最後の暗号通信で、噂にきく情報統監部の秘匿特殊部隊が乗り込んできたことを知っていた。計画挫折の原因は、その特殊部隊にあるらしい。

 その部隊を「無力化」することで、せめて一矢報いてやりたかった。

 頭に地がのぼった血性男児は、レーダーで「やまばと」を追いつつ無線を傍受していた。

「……乗っているのは女か、かまわん。敵は敵だ。日本の再生のために邪魔なヤツは許さん」

 千賀は、亡き東光寺一佐の言葉を思い出していた。激動の時代、世界の再編成がはじまっている。日本もその波に乗れなければ滅亡する。

「お国のために、命を燃やすぜ」

 民間機並の速度で飛ぶ「やまばと」に、音速の倍近い速さで春の雷鳴が近づいていた。


 来島郎女は「やまばと」の兵員輸送部に戻り、夢見たちに事情を説明した。

「春雷を操縦しているのは、千賀と思われる。われわれに復讐するつもりだ」

「断固迎撃します。ね、夢見」

 普段おっとりとしている小夜は、こう言うときはいきり立つ。

「あの……今度は人が乗ってるんですか。なんとかパイロットの心に働きかけてみます」

 その時コックピットから副操縦士が叫んだ。

「後方から友軍機接近」

 来島は叫びかえす。

「春雷だ! 全速回避、山間部へ逃げ込め。市街地を避けろ!」

 夢見も安全ベルトを外した。

「こ、後部搬入口を開いてください」

 危険だが、来島はパイロットに命じた。耐圧扉に続いて下面のランプ扉、最後にペタル扉が左右に開いた。強烈な風がふきこむ。真由良もベルトを外した。

 夢見は天井レールの安全ベルトを腰ベルトにつないで、機体後方にむかった。

「気をつけてください」

 真由良が続く。夢見はすでに暗くなった西の空を見つめている。赤い光が近づいてくる。

「来た。……その、わたしたちを憎んでいる」

 STOL輸送機「やまばと」内に警報が響く。春雷の索敵レーダーにロックされている。しかし幸い、ミサイルなどは搭載していない。

「攻撃してくる!」

 夢見が叫ぶと、真由良たちは身を伏せた。春雷はごく短い時間、電動ガトリング砲をつかった。

 STOLジェット輸送機の薄い装甲を貫いて、完全被甲弾丸がとびかう。

 やまばと内部に火花を散らす。大型弾丸が数発、機内に立つ夢見むかって直進した。しかし弾丸は直前で左右にそれてしまう。

 そんな一発が「やまばと」の開け放たれた後部扉からカーゴ内を直進、コックピットの壁をやぶって正面風防に皹をいれた。

 パイロットの左肩をかすめたのである。

「うう……」

 パイロットは左肩の骨を砕かれた。風防の破片で、副操縦士も傷つく。高度がさがり各種警報がけたたましく重なる。

「大変!」

 小夜が立ち上がり、コックピットに飛び込んだ。負傷の激しいパイロットを後部座席にうつして、斑鳩一曹自ら操縦桿を握った。

 少し負傷した副操縦士はきく。

「……このタイプは慣れているのか」

「ううん、はじめて。でもなんとかなる」

 また警告音が鳴る。ロケット戦闘機春雷が、薄く青白い炎を噴出しつつ夜空を引き返してきたのだ。小夜はインカムに叫ぶ。

「また来た! 回避するからつかまって」

 寸づまりの黒いブーメラン春雷は、真正面やや上からからつっこんでくる。

 小夜はとっさに高度をあげ、なんと春雷との衝突コースをとった。副操縦士が叫ぶ。

「なにするんです!」

 春雷の千賀は、機銃をまさに発射しようとしていた。

 しかし正面に「やまばと」が飛び込んできたので、あわてて操縦桿を左へとたおした。すんでのところで二機はすれ違った。

「無茶しやがって」

 コックピットをのぞいていた来島は、冷や汗をぬぐった。

「敵は完全マニュアル飛行です。どんなパイロットトでもとっさに回避行動をとります。奴の反応が早くて助かった」

「ダメ、早すぎて」

 開け放たれた後部扉付近で強風にさらされつつ、夢見は言った。

「彼の心にアクセスできない。敵意だけは感じる」

「夢見、奴は戻ってくる。できるだけひきつけるから、奴に恐怖心でも流し込んでやって」

 赤い光はゆっくりと旋回し、輸送機に近づいてくる。今度は確実に後部から近づいてくるだろう。

 夢見は天井を走るレールにつかまったまま、小夜に連絡した。

「春雷の上に出られないかしら」

「なにするつもりだい。ともかくやって見るけど、無茶しないでよ」

 春雷は後方から急速に迫る。輸送機「やまばと」は夜空目指して、高度をあげていく。逃がすかとばかりに、春雷も高度をあげる。

 STOL機「やまばと」が二つのターボジェットをふかしても、試作ロケット機の速度にはかなわない。

 春雷は、やまばとの真後ろ数百メートルにはりついた。そして今度こそしとめようと、機銃を輸送機にむけた。

 そのことを察した小夜は、突如速度を落としたのである。

 春雷の正面に「やまばと」の開け放された後部扉が迫る。千賀はあわてて操縦桿を倒した。

 春雷は「やまばと」の真下をくぐって飛び去る。二つの低い垂直尾翼が、輸送機の腹をかすめそうだった。

「あの……相手の心をつかめなかった。でも恐怖心を少しおくりこんだと思う」

 操縦桿を握る千賀に、奇妙な焦りが見られた。言いようのない不安がこみあげてくる。血塗られた戦場で何度も死に掛けた彼にも、はじめての経験だった。

 とっさに衝突を回避する直前、あの開け放たれた後部扉に確かに白いかげを見た。まるで天女かなにかが、風に短い髪をなびかせていた。

 夜でもあり、輸送機カーゴの中は暗い。

 しかし制服を着たその女だけは、妙に浮かび上がって見えた。

「なんだったんだ、あれは……」  

 すでに市街区を離れている。追跡機が二機、春雷を追っている。

 千賀は一度大きく高度を下げつつ、旋回した。沢地形を走る一般自動車道の上を、古風な低燃費水銀灯すれすれにとぶ。

 襲撃波で水銀灯が揺れ、猛烈な砂埃が舞う。この状態で追跡機は攻撃など出来ない。

「もういちどやってやる。今度はぶつけてもいい!」

 千賀はあのSTOL多目的輸送機にのっている連中こそが、今回の失敗の元凶であると確信していた。同志達が見て身悶えた「女の幽霊」も、あの特殊部隊の連中のなんらかの心理工作かも知れない。そうとしか考えられない。

 自分が追跡されていることはもう、どうでもよかった。千賀は高度をあげると、また「やまばと」の後方についた。今度は衝突してもいいと覚悟していた。 しかし出来れば、自分をないがしろにした市ヶ谷へつっこみたかった。特殊ロケット燃料にそろそろ余裕はなくなってきたが。


 輸送機に、友軍機から連絡がはいった。現在二機の国産邀撃機は紀伊山地のほぼ無人森林地帯上空にいる。

 ここで春雷を撃墜すると言うのだ。うまく「やまばと」が脱出できればだが。

「もう一度来るよ。夢見と真由良でヤツの攻撃心を萎えさせて」

 小夜は操縦桿を握り締め、最大速力にした。春雷の特殊液体アンモニアと液体酸素も、残り少なくなっていた。ここらで「ケリ」をつけたい千賀は、「やまばと」の後方につけた。

 今度はあまり接近せず、残った二十ミリ機銃をすべて浴びせかけるつもりだった。目標まではまだ距離がある。

 失敗は許されない。操縦桿のトリガーに指をかけた。

「な……なんだ」

 強い不安を覚えた。撃ってはならない、なにかよくないことがおきる。そんな気がしたが、千賀は目をつぶってトリガーをしぼった。

 機銃弾は爆発性のあるものではなかったが、目標機の尾翼や主翼に火花を散らした。後部扉から飛び込んだ弾丸は、カーゴ内に火花を散らした。

「危ない!」

 来島は叫ぶ。小夜は床に転がった。弾丸の一発は天井のレールにつながっていた夢見の安全ベルトを打ち抜いて、天井に穴をあけた。

「きゃっ!」

 次の瞬間、春雷が光につつまれた。紀伊山地の森林地帯上空に出たことで、邀撃機「はやて」がミサイルを発射したのだ。

 黒いブーメラン春雷は夜空に吹き飛び、残骸は分解しつつ広い紀伊山地の人跡まれな森の中へと落ちて行く。銃撃された「やまばと」は大きく揺れたが、なんとか態勢をたてなおそうとする。

 しかし安全ベルトを切られた夢見は、後部扉から転がり落ちてしまう。小夜が小さく悲鳴をあげた。挺進部隊長は大きな目を見開いた。

「おおみわ二曹っ!」

 真由良は無言で自分の安全ベルトのフックを外した。座席下から落下傘をひっぱりだすと、急いでそれを身にまといつつ、走り出した。

 小夜も来島も、なにが起きているかわからない。

「ま、真由良っ!」

 遊部真由良は見事な肉体に落下傘を背負い、後部扉から飛び出しつつ安全フックをあわててかけた。

 落下しながら猛烈な風圧を受けるが、瞬きせず夢身を追っている。

 両手両足を広げ、重力のなすがままにされている夢見。真由良は手をのばして極力空気抵抗を弱め、空中を泳ぐように夢見に近づいた。

 誰かが接近してくることはわかった。

「真由良?」

 夢見は後から抱きしめられた。

「こちらをむいて自分にしっかりつかまって。衝撃がきます」

 夢見と真由良はしっかりと抱き合った。真由良はパラシュートを開いた。衝撃がきて、夜空に純白の花がひらく。

 しかし一人用の落下傘に二人は重すぎる。まだかなりスピードがある。

「真由良、力を合わせて」

「やってみます」

 二人は固く抱き合ったまま目をとじ、念を通じ合った。地上はせまっている。 暗い紀伊山地の山の中である。ほどなく二人の落下速度は、やや落ちた。地上に叩きつけられても、さほど怪我はしない速度にまで。

 だが落ちたのは鬱蒼たる夜の森だった。大小の枝をいくつも折って、二人は草地に落ちて転がった。

 個人用軽量装甲パンツァーヘムトは、しっかりと二人の肉体を守ってくれた。



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