第十一動


 元東部方面隊参謀長、本間河南かなみ将帥補は、ベッドの上でゆっくりと呼吸をしていた。

「……最後に、諸君らに言う」

 涙をうかべた洲到止すどおし新任一佐や東光寺二佐、別所二佐が顔を本間の口に近づける。

「世界財閥クライネキーファーの目論みは、見事にはずれたよ。やがて国際連合を継ぐ国際連邦は、反先進文明国の旗幟を鮮明にしだすだろう。

 スポンサーを裏切り、激怒させてもな。

 世界賢人会議ワイズメンを継いだ、トリニタースの連中は大騒ぎさ。

 むしろ先進文明国の犠牲のもとに、発展途上国を支援し、均衡発展の為には科学文明の発展すら停滞させようとする。

 そんなことで、あの先進国同盟が黙っているはずはない。

 そう……波乱の時代がくる。避けられない。人類史を塗り替える大波の中で、わが国がいかに生き残るか。

 それを君達で慎重に考えて欲しい。わたしにはもう、時間がない」

 日ごろ冷静で、血も涙もないと言われる別所も嗚咽しだした。

 弟子達との別れの二日後、本間河南かなみ将帥補は、みまかったのである。

 翌日、関係者だけの質素な隊葬が行われた。葬儀委員長は改進党総裁の上田哲哉国防大臣だった。


 小牧航空基地は、舞鶴鎮守府を司令部とする第三航空機動艦隊の隷下にある。そこをとびたったヤシマの多目的STOL輸送機「やまばと」は、一路対馬海峡を目指す。

 挺進隊を見送った後、田巻は真姫を連れマグレヴ新幹線「いなづま」で市ヶ谷へ戻っていた。

 なにかと理由をつけてスガル部隊と行動をともにしたがる田巻だが、攻撃にさらされたばかりであり、さすがに天津風包囲網には加わりたくなかった。

 夢見たちは「やまばと」内部で軍医による健康診断を受け、栄養補強もできた。なんと災害地用の簡易シャワーまで使えた。

 そして愛用の装備ではないが、個人用軽量装甲パンツァーヘムトや、軽量特殊ヘルメット、三三式突撃銃なども用意されていた。完全武装である。

 四人がけっこうおいしい機内糧食を食べていると、第十一課長の富野三佐からテレヴァイザー通信がはいった。いつもながら冷静、と言うより感情の乏しい話し方である。

 統合自衛部隊Japanese Unified Self-defense Troops略してジャストきっての射撃の名手だが、およそ世俗のこと、いや人間そのものに興味が薄い。

 己を磨くことのみに日々精進している。しかし責任感は驚くほど強い。

「凡その事態は知っていると思うが、三七二地点で停止している実験潜水空母天津風が、急進派にのっとられたままだ。

 交渉は続いているが、事態は好転していない。

 反乱派は、亡くなった東光寺一佐を精神的な柱とする旧・東亜黎明協会の残党と、新国家戦略研究会即ち本間会の過激派だ。

 天津風では伊地知いちじひさし艦長以下の乗員が発令室と居住区に監禁され、人質となっている。

 そして政府に対し、何か要求をつきつけてきている」

 来島はいつもの鋭い視線で、液晶スクリーンを見つめる。

「奴等の具体的な要求はまだ我々には知らされていないが、上田国防大臣が交渉にあたり、なんとか時間を稼いでいるらしい。

 首謀者は軍令本部軍務課員の鹿島正輝一等尉官。中央技術研究本部中央高等研究所の黒井宗義工学・理学博士。あと艦内に複数のシンパがいると推定される。

 さらに海外実地訓練履修特殊技能戦術兵、通称マル特戦の榛名康彦元一等曹長、那須祐一予備役准尉、数々の暴力事件で警務隊からマークされている千賀佐和久一等曹長が、『甲号しなとべ計画』実験要員としてのりこんでいる。

 君たちは天津風に接近、超心理攻撃でなるべく犠牲者を出さずに、事態を解決してほしい。詳細は今後、現地で指示する」


 小さな部屋全体を振動が包み込んでいる。若い赤澤准尉は、彫の深い顔を緊張させる。小さなモニターの明りが、統合警務隊副総監の顔を闇の中で浮かび上がらせている。

「一佐、フラックトゥルムが稼働しだしました」

 赤澤准尉は少し青ざめていた。

「マスコミ連中へのデモがはじまってるな。そろそろ上田に決断を迫るか」

 古風な平面スクリーンだった。しかし各種妨害システムがあり、どこから通信しているかをカムフラージュできる。軍事通信は、医療関係以外ではほとんど三次元映像を使わない。そこへ音声電話がかかってきた。

 洲到止勝人統合警務隊副総監は緊張する。相手が誰がわかっていた。

「これはミスター・ホールドマン。わざわざ電話とは、危険すぎませんかな」

 陽気に答えるが、目は真剣だった。

「亡き本間閣下は、『微笑みの寝業師』こと上田先生の御友人でした。お任せください。

 たぶん白瀬の説得に時間がかかっている。我々もできれば血は流したくない。 黒井くんたちが無事に戻ってくるためにも、焦りは禁物です。

 ……しかしもう少ししたら、督戦のために多少驚かせてもいいかな」


「あと五分で東京に到着です」

 車内放送が流れた。マグレヴ新幹線「いなづま」は青森から博多まで走る。

 現在北海道と鹿児島までの延伸工事中である。田巻はその一等車デッキでユニ・コムを使っている。

「それで、洲到止すどおし一佐の行方はまだ判らんのかいな」

「本部では大騒ぎです」

 生真面目な田沢三尉は心底悔しそうに言った。統合警務隊本部は、ある意味ライバルである内務監査部特別班の捜査を受けている。

 屈辱的な事態に、総監将帥もいらだっていた。なんと副総監が静かな叛乱の黒幕らしい。洲到止一佐と副官赤澤准尉の行方は判らない。

「一佐も本間会のメンバーやったか。迂闊やったなあ。すると上田センセとは」

「わたしは副総監の命令で、田巻三佐殿をずっとマークしていました。

 情報統監直率の非公然特殊部隊を使ってクー・デタを画策している、などと言われて。まことに申し訳ない」

「まあ、あの子らつこたら世界征服かて夢やない。いやなんでもない、冗談や。

 ともかくおたくのボスを、はよう捕まえるこっちゃな。僕は市ヶ谷の地下にこもる」

 ほどなく「いなづま」は東京駅についた。国家永久要塞までは直通の地下カーゴがある。不安げな真姫と共にそれにのりつつ、田巻は考えた。

「今は亡き本間将帥補は温厚な方やったそうや。そして上田先生と親しかった」

 田巻の細いインケンな目が見開かれた。

「まさか、上田センセがほんまの黒幕なんか!!」


 沖縄北方、海中での膠着は続いている。人質の艦長以下は、居住区や食堂を自由に使える。

 しかしいっさいのコントロールは叛乱派に握られていた。

 外への通信は、外殻をたたく古風なモールス信号しかなかった。黒井たちもそれぐらいの行為は見逃している。しかし時間もたっていた。

 通信士官がまた、信州北部からの通信文を伝えてきた。鹿島は、はがき大の薄いモニターを取り出した。

「一佐からです。つぼみは七分……か」

「いよいよゆさぶってやるか。よし、春雷一号準備」

「いつでも発射できます。一号コクーンの接続開始」

 一号コクーンは、榛名後備一曹だった。元々航空部隊のパイロットを目指していたが、素行不良で尉官から降格されていた。しかし腕は確かである。

 コクーンの中に小さな羽音が満ちる。脳神経に作用して、催眠状態に陥らせる。半覚醒状態のまま待機していた榛名の意識は、沈んでいく。

 そして目の前が真っ暗になった次の瞬間、淡い光の渦の中に飛び込んだ。意識ははっきりしだしたが感覚はない。

 光がやむと、暗い海中が現れた。意識の中で合成音が響く。

「外殻開門。発射準備ようそろ」

 続いて黒井の冷静な声が響く。

「榛名くん、いよいよだ。君の腕前を見せてくれたまえ」


 試作「春雷」一号機は、天津風の格納部から射出された。ただちに水流ジェットで、海中を魚雷なみの速度ですすみはじめる。

 日本列島へむかって。取り囲んでいた潜水艦や水上艦艇、航空機は一斉に緊張した。各種通信が平文で飛び回る。暗号化している余裕などなかった。

 包囲艦隊の司令官は市ヶ谷の許可を得て、春雷攻撃を命じた。

 駆逐艦と哨戒機から海中ミサイルが発射された。しかし春雷はミサイルの進路を予想し、たくみにコースをかえる。

 三基発射されたがあたらない。春雷は艦艇のあいだをぬって進む。

 これでは友軍に近すぎて攻撃できなかった。

 五十ノットほどで包囲艦隊を突破した春雷は、海中ジェットを分離してロケットブースターに点火した。

 そして海面を突き破って、大空へと飛び出したのである。

 艦隊の哨戒機や攻撃ヘリは待機していたが、邀撃機は出動していなかった。春雷は海面上十数メートルの高さを、一路信州北部めざして飛ぶ。

 榛名の意識は、春雷先端のカメラの映像を自分の視界として感じていた。コクーンの中で榛名は、空を飛んでいた。警告音がする。後方からミサイルにロックオンされている。

 哨戒機が迎撃ミサイルを発射したらしい。警告音が大きくなる。榛名は一度上昇し高度をあげた。追尾ミサイルも上昇しつつ距離をつめる。

 突如春雷は急降下をはじめた。ミサイルもそれを追い、急速に接近する。

 やがて春雷は海中にそのままつっこんでしまう。空対空ミサイルも海面につっこんだが、対艦仕様ではなかった。海面に衝突した衝撃で爆発してしまった。

 ロケットで海中をすすんだ春雷は、ふたたび海から飛び出した。


 市ヶ谷地下戦時最高司令室では大騒ぎになっていた。服部軍令本部総長は無人攻撃機の迎撃を命じた。しかし自動迎撃システムが命令の再確認を求めている。 攻撃指揮官が叫ぶ。

「タケミカヅチが友軍攻撃をためらっています」

「なんじゃと」と激しく反応したのは、雛壇の最上部にいる上田だった。

 春雷は識別コードをタケミカヅチに送っている。統合防衛電子中枢は「叛乱」と言う事態を想定していない。

 友軍機に対する攻撃は出来なかった。敵または正体不明機と認識してこそ攻撃できる。

 服部は命じた。この紳士の声は珍しくうわずっている。

「春雷の識別コードを緊急解除。北陸方面の対空警戒部隊に、独立ミサイルでの迎撃を命じよ」

「いったいやつは、どこにむかっておるのかね」

 上田の前にあるモニターが、予想目標をしめす。それは現在マスコミを集めて公開している、信州北部の統合防空可動堡塁の一号塔だった。

「フ、フラックトゥルムじゃと?」

 ここを攻撃されれば、集まった記者たちもまきこまれ、事件が大々的に報道されてしまう。

「いかがですか。説得は終わりましたか」

 画面がきりかわり、黒井の顔が現れた。微笑んでいるが青ざめていた。

「……黒井君。時間をくれと言うておるだろう。大物をいざらかすのは大変じゃ。なかなかやっきゃーだで」

「時間切れです。あと十分もありません。

 そうそう、迎撃するなら海上にいるうちか、山岳地帯に入っててからにしたほうがいいでしょう。春雷は市街地を低空で飛ぶので、下手なところで迎撃すれば、地上に被害が出る。

 しかも撃墜されるぐらいなら、大きそうな建物につっこみますよ」

 春雷は海岸から発射された地対空ミサイルを、海面スレスレをとぶことで回避した。ついに陸地にはいったが、対空砲火のある一帯はたくみに避けて飛ぶ。

 春雷のコンピューターには、友軍の陣地も基地も部隊の動きもすべてインプットされている。そして機体を生き物のように動かしているのは、ベテランパイロットの意思だった。

「なんとか攻撃でけんのか、どえりゃあこった!」

 国防大臣は焦る。石動はどんなときでも沈着冷静である。

「フラックトゥルムのレーザー速射砲が確実です。春雷は現在市街地や人家のある谷などを低空で飛行、深山郷を目指しています。

 山岳地帯にはいってからしか迎撃できません。しかしその防空要塞そのものがタケミカヅチに支配されていて、友軍に対する攻撃がまだ不可能です」

「………な、なんたることじゃ。処置なしか」

 黒い寸詰まりのブーメランは、谷をとび高速道を掠めて東へとむかう。人口希薄な旧長野県北部にはいっても、迎撃できる時間は数分しかない。

 超低空を音速を超えて飛ぶ、統合自衛部隊機による被害報告と各地からの抗議が、集まりだしていた。マスコミもそろそろ問題視しはじめている。

「上田先生」

 黒井の冷静なこえが腹立たしい。

「あの頑丈なフラックトゥルムに衝突しても、さほど被害はでませんよ。

 それよりもそろそろ記者を避難させてはどうです」

「そんなことしたら、なにもかもバレてしまうがや!」

「今こそ、救国のために立ち上がっていただきたい。上田先生!」

「微笑みの寝業師」は細い目を見開いて、椅子から立ち上がった。

「万事休す……た、ただちにフラックトゥルムから記者を……」

 そのとき巨大スクリーンの近く、雛壇の一番下にいた情報補助士官が叫んだ。

「タ、タケミカヅチから攻撃許可申請っ!」

 驚いて、服部総長もたちあがった。

「許可する。しかし識別コードが」

 高さ五メートル、幅十メートルはある巨大平面スクリーンの左上に、十二ケタの数字とアルファベットがあらわれた。

「なんじゃねこれは」

 それは現在フラックトゥルムに接近しつつある、試作春雷の個体識別コードである。最初のJは日本機であること、次のAは統合自衛部隊攻撃機であることを示している。

 突如その二つのローマ字が消え、赤いXが二つあらわれた。これでは国籍、機種ともに不明機となってしまう。つまり「敵」と認識されだしたのである。

 地下の巨大な戦闘指揮所がざわめいた。服部上級将帥が小さなマイクに叫ぶ。

「だ、だれが識別コードを操作した」

 情報補助士官が叫ぶ。

「そんな真似はできません。タケミカヅチが全機を個別に認識しています」

「…よし服部さん、攻撃許可してちょうせんか。地上の人的被害は最小限にな」


 テントの下で記者とジャスト関係者の懇親会が続く。将校の一人は、青ざめつつも笑顔をふりまいていた。帽子にとりつけた通信機が小さな発信音を出した。

 接待係はウイスキーグラスを置き、ポケットから手帳大の端末をとりだした。

「……第二種迎撃準備だと」

 巨大な八角系の塔の先端はすでに開いている。そこからレーザー速射砲の砲身がのぞきだした。そんな指令は誰も出していないはずだ。実戦モードである。

「ありゃ、動いてる。なにかのデモかな」

 記者の一人が赤い顔をして見上げた。「なんか光ってるぞ」

 ほろ酔いかげんの別の記者は、西の空はるかかなたを見つめる。沈みつつある日に輝いて、なにかが急接近しつつある。

 寸詰まりのブーメランのような黒い機体は、ロケットエンジンを全開にしてつっこんでくる。巨大な防空塔に警報が響きだす。

 しかし記者もカメラマンたちも動揺しない。これもデモンストレーションの一種と思っている。

「お、来たぞ来たぞ」とだれかがうれしそうに言った。

「どれどれ」「本当だ」「なんだありゃ」「まさか攻撃か?」

 次の瞬間、直径三十メートル高さ五十メートルの統合防空可動保塁頂上から、細く輝く光がパルス状に放たれた。発射音はしない。小さな警報が響く。

 強力なレーザーは正確に春雷のコックピット、エンジンなどに穴をあけた。春雷は火を噴出して高度をおとし、ついに鬱蒼たる森に墜落、爆発してしまう。

 フラックトゥルムから一キロもはなれていなかった。

 爆音があつまった人々に襲い掛かると、拍手がまきおこった。

「いやあ、サービスいいなあ」「迫力!」「おみごと」などと、みんなは笑いあった。


「ぎゃあああああああああっっっっっ!」

 コクーンの中で、榛名予備役一曹がさけんだ。

「いかんっ!」

 コントロール部にいた黒井は、コクーン内に沈静効果ガスを噴出させた。

 無人特攻機春雷は頑丈なフラックトゥルムに激突する直前、コクーンとの接続を断って操縦者を覚醒させることになっていた。しかし切断直前に、迎撃されたのである。

 「痛み」を感じてしまったかも知れない。ガスをすって榛名は意識をうしなった。黒井が銀色のコクーンをあけると、鹿島がかけよってのぞきこむ。榛名は青ざめ、気をうしなっている。

「あまり近づくな。ガスがまだ残っている。

 肉体的には問題ないが、精神的ダメージはどれほど受けているか判らない」

「なにがあった。攻撃を受けた? タケミカヅチが友軍を撃ち落したのか」

「………誰がタケミカヅチを操ってるんだ。しかしこの次は海外施設だ。

 タケミカヅチだろうがブラフマンだろうが手はだせない」

 鹿島は他のコクーンも見てまわった。

「しかし、いったい誰が妨害したんだ」

 

 夕方前、ヤシマの多目的STOL輸送機「やまばと」は警戒中の制海護衛艦「ふたがみ」の飛行甲板に無事着陸した。全長二百メートルほどの甲板だったが、パイロットも浮かぶ船に降りたのははじめてだった。

 ただちに来島隷下スガル挺進部隊四人は、完全武装で「ふたがみ」に降りた。

「本艦への乗艦を許可します」

 むかいに出た副長の大崎三佐は小柄で痩せた、エリートらしい顔立ちの浅黒い人物だった。

「情報統監部情報偵察班、班長来島以下四名です」

 それが表向きの名前だった。艦長も来島たちの正体と任務はしらない。ただ軍令本部総長から全面協力せよと命令されている。

 休む間もなく、夢見たちは飛行甲板のすみに立った。

 小型昇降機にはてすりがついている。そこから、海をのぞきこんだ。過激革新派にのっとられた「天津風」はまさにこの真下にいる。

「夢見、なにか感じる?」

 夢見は海の底に、漠然とした敵意と不安を感じていた。


 市ヶ谷地下第三層の戦時最高司令室では上田が汗をぬぐっていた。

 近くの平面モニターには黒井博士の緊張した顔がうつっている。もともと色白で、顔色は悪い。

「もう少しで大勢の犠牲者が出るところだったがね。

 恐がいことを…鳥肌さむいぼたったがや」

「激突しても、フラックトゥルムはびくともしなかったでしょう。もともと爆弾など積んでなかったし。

 しかし次はああはいきませんぞ。これ以上回答を引き延ばすなら、いよいよ一度地獄を見ていただかなくては」

「なにをしようと言うんじゃ。また犠牲を出すつもりかや。たいがいにせんと」

「時間稼ぎには飽きました。やはり危機に臨まないと、人は奮いたてない」

「なんじゃと、君っ! 脅してもだちかんだわ」

「……ご安心を。同胞を傷つけるつもりはありません」

 黒井は一方的に通信を終え、傍らの鹿島に言った。

「第二段階だ。二号機を発射する。一佐に報告を」

「……半島の国際共同管理原子炉ですね」

 青ざめている上田に、田巻からの連絡が入った。上田は古風な電話型の通信装置を耳にあてた。

 田巻は市ヶ谷に戻ると、不安げな真姫を連れて雛壇の一番下にいる。

「統合警務隊の田沢三尉からの情報です。副総監の居所は判らないのですが、一佐らしい人物が東京中央駅のカメラにとらえられているようです。

 どうも特急で新潟へむかったらしくて」

「に、新潟じゃと? なんでそんなところへ」

「それを調べます。特別許可で鉄道の監視システムに侵入させてください」


 夢見は四つんばいになって、甲板の上から海を見つめている。両脇には小夜と真由良が片膝ついて項垂れ、片手を夢見の肩にあてている。

「夢見、どう?」

「人の意思は感じますが、あの……大量の海水と固い特殊鋼板に阻まれて、どの意思が操縦者のものかわかりません」

 突如夢見は立ち上がった。

「なにかが、おきつつある」

 その時、制海艦ふたがみに警報が鳴り響く。旧軍の航空戦艦の現代版駆逐艦である。

 ついに那須祐一予備役准尉の精神派コントロールする春雷二号機が、海中発射された。包囲艦艇から魚雷や水中ミサイルが発射されるが、春雷はたくみに避けてすすむ。しかも駆逐艦の下をくぐった。

 追っていた魚雷三基は、駆逐艦に接触する直前に安全装置が作動し、自爆した。しかし三千トンの新鋭駆逐艦は三つの水柱に翻弄されて、かたむく。

 ついに二号機は包囲網を突破し、公海にむかう。公海での作戦は国際問題をひきおこしかねない。また周辺各国には演習中の事故と通告している。

 市ヶ谷地下戦時最高司令室でモニターしていた上田国防大臣は、あわてて「天津風」に連絡した。

「どう言うことだ。どこへむかっておる!」

「原子炉ですよ」

「なんだと! 大量殺戮をおこすつもりかっ! まぁあかんぴっまり」

「半島で停戦委員会が建築中の旧式原子炉です。多少の人的被害ですみますよ。

 これはささやかな警告です。稼動中の原子炉でも狙えるのですよ」

「は、半島の! やっと戦火のおさまりかけたアジアを、また燃え上がらせるつもりか、たわけらしいことを……」

「おそかれはやかれ、この腐った世界は大変革をむかえます。人類のうち淘汰されるものは淘汰される。それが自然の掟です。

 そして生き残った人々で新しい歴史をつくる義務がある」

 服部総長は青ざめた。国際連邦停戦監視軍に、警報を発しなくてはならない。 しかしそれでは事態を世間に報せてしまうことになる。また、退避する時間もそれほどない。上田はまっかになり、言葉を失った。


「判らない……どこにいるのか」

 甲板の上では夢見が四つんばいになり、金属手すりのあいだから飛び出さんばかりに頭を突き出している。

 小夜と真由良が肩をつかんで落ちないようにしている。飛行甲板を持つ制海巡洋艦は停止しているが、波しぶきと海風は強い。

 夢見は「意思」を感じた。

「ここにいる」

 心の中で、確かにその声を聞いた。夢見はさらに身を乗り出して海をのぞきこむ。海に落ちそうなのを二人が支えた。

 黒く波打つ海の底に確かにそれは見えた。黒くうずくまる、特殊金属でつつまれた鯨。それは震えつつ救出をまっている。意思を確かに感じている。

 その意思は自分に語りかけているかもしれない。実験潜水空母「天津風」のセイルよりやや後方にある特設実験室。そこに「意思」はいざなおうとしていた。


 艦内特設実験室の薄暗い空間に、小さな警報が鳴り響く。黒井はのっぺりした表情を強張らせた。鹿島も静かにあわてる。

「那須准尉が苦しんでいる。生命維持システムに不具合が」

「なんども実験し、システムは同調している。彼の精神はいま、確かに二号機に宿っている。

 この脳波の乱れは……あれだ。あのときの……幽霊を見ているのか」

 黒井は静かに青ざめる。大きなコクーンの中で意識を「飛ばした」まま那須が身悶えだした。モニタースクリーンを見て、黒井が叫ぶ。

「タケミカヅチと遠隔接続されている。誰がこんなことを。遠井っ!」

 情報収集室を占拠している少し肥えぎみの通信士官遠井二尉はあわてた。

 眠らせた通信士や情報統制官は占拠区画の外へ運び、ハッチを溶接している。ここにいるのは自分と、買収した借金まみれの下士官だけのはずだ。あわててマイクに飛びついた。

「遠井です。なにも操作していないのに、タケミカヅチが本艦のコントロールに強制アクセスしています。包囲艦隊が発する電波にのって」

「なんだとっ! 誰がそんな真似を? ただちにプログラム防御措置を」

 魚雷なみの速度で海中を進んでいた春雷二号の進路が、乱れはじめた。今や蛇行しつつ、ゆっくりと右へ旋回しようとしている。

 空中を追跡する哨戒機や攻撃ヘリも、あわててあとを追う。


「哨戒機の動きが変だ?」

 小型双眼鏡で遠くヘリなどの動きを眺めていた来島が言った。

 しかし夢見たちは四つんばいになったままだ。真由良と小夜は、海に落ちそうな夢見を支えている。

「…教えてるんだ。いえ……自分を助けて? 手伝って? あの……判ったわ」

 夢見はまた固く目をつぶった。意識が海の底へと沈んでいく。それを小夜と真由良の精神が後押ししてくれている。そのことを感じていた。

 夢見の魂と言うべきものが冷たくさかまく海の中へ飛び込む。目は堅く閉じられていても視界は確かに暗い海の中を沈んでいく。そして黒く巨大な天津風に近づく。また意思を感じた。

 ふと女性の顔が見えた気がした。それはすぐに、汗を流し悶える若い男の表情にかわった。


 海中を進んでいた春雷の動きが妙なことになっていることは、制海艦「ふたがみ」の艦橋でもとらえられていた。

 公海にでることなく、日本領海内部を迷走している。

 モニターしている士官たちも驚いている。

 艦橋の緊張と困惑をよそに、電子双眼鏡で窓から甲板の端を深刻な表情で見つめているのは、副長の大崎三等佐官だった。

 制海艦「ふたがみ」はカタパルト式ではない飛行甲板からVTOL機やSTOL哨戒機を発着させる、武装高速准空母である。

 艦橋からの報告は、市ヶ谷地下にもタイムリーに届いている。市ヶ谷でもこの妙な動きに困惑していた。情報統監の石動だけは、めだたないように微笑んだ。 上田は不思議そうに頷く。

「では周辺国への通告は当分しなくていいか。しかしなんとか春雷を止めんと」

「天津風の上には制海艦ふたがみが居座っています。艦長松田一佐も副長の大崎三佐も自衛隊時代からのベテランで、潜水艦ハンターと呼ばれています。

 ただ試作春雷は、あと一機。この混乱の中で発射されたばあい………」

「まてまて服部さん。大崎三佐とは大崎雄一かや?

 商船大学から幹部学校に入った変り種の」

「確かそうです、非常に優秀な人物でしたが、大臣がご存知とは」

「!ふたがみに乗っておるのか? 本間会を過激すぎて追放された奴だっ!」


 「二上」艦長の松田一佐は、小型立体モニターにうつる春雷の奇妙すぎる動きが、なにかの罠ではないかと考えた。

 横をみたが、艦橋の副長席に大崎の姿はなかった。商船高校から当時の防衛大学校、やがて統合幹部学校にはいった大崎雄一三等佐官は、とっくに艦長になってもおかしくなかった。

 しかし自信過剰でしばし上官と衝突し、昇進が遅れた。そのことがプライドの高い彼を、過激な方向に走らせることになった。

 艦の防水区画には戦闘指揮所がある。これは艦橋が使用不能になった場合の緊急用であり、普段は封鎖されている。

 下士官が一人守っていたが、副長の命令で外へ出た。

 大崎雄一は一部を起動して、コントローラーを立ち上げた。そして艦長と副長しかしらない緊急コードを解除し、艦搭載のオートローダー「オペラートル」を動かしだしたのである。


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