第十動


 その頃、情報統監部は第七課長で次長兼任の二等佐官加川美麗が、「留守居役」だった。

 その彼女に対し通信部から妙な報告がある。統監部付情報参謀補である田巻の動向について、統合警務隊総監部から問い合わせてきていると言うのだ。

 しかも副総監洲到止すどおし勝人一等佐官自らである。

「特殊作戦中で、教えられないと答えて」

 石動から、田巻は箱根へむかったとは聞いている。しかし任務の内容は知らない。あの小心で姑息な謀略マニアがなにを考えているのか、判るはずもない。

 統合警務隊の立場も微妙である。一応統合自衛部隊に属するが、主として警察では対応しきれない大規模擾乱、外国からのテロなどにも対応する。最高命令権は首相にある。

 地方人と武官の両方に逮捕権を持つ。とは言え、将校以上の事情聴取には一応、所属部署長の同意がいる。

 田巻を取り調べたいなら、まず統監部に事情を説明するはずだった。


「わたしが、やってみます」

 つかれてベッドに座り込んでいる夢見たちに、御剣真姫がおずおずと言った。

「……危険よ。いくらあなたのお姉さんでも。

 あの……わたしたちが力を合わせても無理だったもの」

 夢見は寂しげに微笑んだ。

「でも、姉ちゃんはわたしのことを拒否したりしない。仲はとてもいいんです」

 夢見はゆらりと立ち上がると、小柄な真姫まひめの両肩に手をおいた。

「あなたなら、かえって真っ先に拒否される。わたし、なにも見えなかったけど、あなたの姉さんが言いたいことは、何となく判るの。

 その、危険だから誰にも来て欲しくないのよ。お姉さん、今おきている大変な事態を一人でなんとかしたいみたい。これ以上犠牲を増やさずに」

「……姉ちゃん、一人で?」

「うん。そうしたいだと思う。真弓さん、知らないうちに恐ろしい実験にかかわって、意識が戻れなくなっちゃった。その、田巻三佐も関わった実験で。

 いま魂が、あの……タケミカヅチの中にとりこまれている。いつ戻れるか判らない。

 でも今はクー・デタかなにか企んでいる人たちの恐ろしい計画を知ってしまって、それを阻止しようと戦ってるの。間違いないわ。

 世界各国で戦って体を壊した戦士たちが、精神で兵器を操作しているとき、それを妨害しようとあらわれたのも、お姉さん。きっと、あなたには一番来て欲しくないはずよ」

「……姉ちゃんは、なにかを阻止したら戻ってこられるのですか」

「それは………」

 来島の通信機が発信音を出す。連絡は田巻からだった。

「もうすぐそっち着く、真弓はどないかなったか?」

「大神君たちがアクセスしようとして失敗しました」

「さよか、仕方ない。そっちはもうええ。ただちに屋上のヘリポートへ出い。あまこまに乗りこんで舞鶴かどこかに向かう」

「!例の潜水空母ですか」

「統監部長の許可はもろてある。異例の事態やが幕僚統制や、僕が指揮する」

「我々は統監直卒、所属は第十一課エルフィンですが」

「だからその統監部の許可はもろてる言うたやろ。緊急時にはその現場の最高位官が指揮権とれるの、知ってるやろ。緊急幕僚統制や。

 ごちゃごちゃ言わんと用意せい。お国の危機やしっ!」

御剣みつるぎ上級兵卒はどうします」

「……本人の希望しだいで連れていく。一人でもPSN戦力は多いほうがええ。

 どっかから文句が入ったら、戻すがね」


 国防大臣の上田が白瀬首相と協議する、他の賛同者を説得すると言って時間をかせいでいる間、舞鶴要塞を基地とする、第二航空機動艦隊による天津風包囲陣は膠着していた。

 巨大潜水空母の実験室でも、静かな緊張が続く。濃いコーヒーをいれて鹿島がもってきた。黒井は実験制御室のモニター見つめ続けている。

「や、ありがとう」

「歴戦の勇士たちは」

「しばらく眠らせている」

「東京では時間稼ぎか」

「まあ確かに時間は多少かかるさ。あと三十分もしたらこちらから動こう」

「スドオシ一佐には」

「予定通り行動すると遠井に連絡させよう。

 連送三回、あらし・あらし・あらし」


 東部衛戍えいじゅ病院本館屋上にすさまじい爆音を叩きつけて、「あまこまⅡ型」は着陸した。

 二つの可変ローターは回転速度を落とすが、停止はしない。ダブルローターヘリであるⅠ型よりは早いが、ダクテッドファン機であるⅡ型改よりは遅い。

 しかし比較的値段もやすく、頑丈な機体だった。

 いつもの制服に大仰な参謀飾緒を吊るした田巻が降りた。すでに来島くるしま以下のスガル挺進隊の四人と、御剣上級兵卒が待っている。

 五人は、少し得意そうな田巻に敬礼した。

「べっぴんさんたち、勢ぞろいやな。やっぱり神は、二物も三物も与えよるな。

 ともかく出発や。舞鶴か小牧か小松か。なんか足の速い飛行機にのりかえる。

 さ、乗りや。ちょっとうるさいけど、我慢しいや。中に食べ物もあるよって」

「あの、地下に収容されている御剣生徒のお姉さんは、その……」

「心配しいなや、ユメミン。ここが一番安全や。このまま何もせん方が、エエ」

 ヤシマ「多目的可変回転翼垂直離発着輸送機あまこまⅡ型」は、五人を収容して西の空へと舞い上がった。

 この五人の乙女が、確実に世界最強のPSN武力集団だった。

 ほどなくして、「あまこまⅡ」パイロットが無線に叫びだした。

「輸送機、こちらの予定進路を妨害しています。回避してください」

 美女に囲まれて自然と顔がだらしなく崩れている田巻が、いぶかしんだ。

「どないしたんや?」

「輸送機がタケミカヅチの指示だと言って、こっちの衝突コースに入ってます」

「タケミカジチのやと? ……それもしかしたら」

 その時、ティルト・ローター機あまこまⅡ型の中に警報が鳴り響く。

「みんなつかまって! 進路をあわてて変えた輸送機と、すれ違います」

 肉眼でも「あまこま」を確認したジェット輸送機は、左へ旋回した。そして「あまこまⅡ型」の右二十メートルほどをかけぬけたのである。

 機体は二発のターボジェットで飛んでいた。その爆風と衝撃は、あまこまの飛行を狂わせる。

 後方乱気流にまきこまれ、大きく揺れだした。あまこまⅡ型は、機体両側の二つのローターで推進する。その右側が大きく乱れた。ティルト・ローターが止まりそうになる。機体が、回転しつつ失速しはじめた。

「墜落する、つかまってっっ!」

 パイロットが叫ぶ。副操縦士はなんとか態勢をたてなおそうとする。

 田巻はこんな時いつもそうであるように、傲慢な仮面を割って青ざめた。

「あわわわわわ。ユメミンっ! なんとかして」

 はっとした夢見は正面に座る小夜さよと、その横の真由良まゆらの顔を見つめた。思いは伝わった。

 シートを外した夢見が前のめりになって両手を差し出すと、二人も同じようにした。三人は三角形に手を握り合い額を近づけた。そして目を閉じたのである。

 御剣真姫にはなにがおきているのか判らない。回転する機体の中で驚いている。そして心の底から、なにか熱いものがこみあげてくるのを感じていた。

 それは下腹にもさがり一種の快感となっていく。ベルトで座席に固定されたまま、真姫は少し喘ぎだした。

 田巻は青ざめたまま、「南無八幡大菩薩……」などと小さく唱えている。

「いくわよ!」

 夢見は心の中でそう言った。三人は手を固くむすぶ。お互いの力が、自分の心に流れ込むのを感じた。三人の子宮が熱くなる。

 機体はゆっくりと回転しつつ、高度を落としている。下は森である。木々が近づく。浅黒いパイロットは操縦桿を握ったまま、小さく叫んでいた。副操縦士は目を瞑る。

 その時である。不思議なことに機体の回転がとまった。高度は下がっている。パイロットはあわてて二つのローターを上にむけた。

 「あまこまⅡ型」は浮力を取り戻し、ほどなく正常飛行にうつった。夢見は目をあけて、小夜と真由良の顔をうれしそうに見つめた。

「やったね、夢見」

「……いえまだ。敵意を感じます」

 夢見はベルトを外して、コックピットにかけよった。

「あの、安定したら森すれすれを飛んで。高度を上げると危ない」

「ど、どうして判るんです」

「な、なんでもええ。ユメミンの言うとおりしたって。

 あと、急いで救援呼んでくれ。緊急コードは10253や。石動ハンに直接つながる」

「夢見、まだ敵がいるの?」

「はい一曹……さっきの輸送機には感じられなかった。でもわたし達を狙っている誰かが近くにいます」

「ジェット輸送機は、タケミカヅチの指示に従って飛んでた。こっちとの衝突コースを。誰が偽の命令を出したんだな」

 隊長の言葉に夢見ははっとして、窓から下界を見つめる。下には樹海が広がっている。

「わたしも感じる」

 真由良にそう言われて、小夜も気づいた。

「パイロット、避けて!」

「って言われてもどっちに」

 突如左手の森の中でなにかが光った。夢見はパイロットに叫ぶ。さほど大きくない声だが、操縦士と副操縦士の頭の芯に響き、二人は同時に操縦桿を右に倒していた。

 樹海から飛び出したミサイルは追尾式だった。しかし「あまこま」は近すぎた。突如右に傾いた目標機体を修正追跡する前に、小型地対空ミサイルは機体の先を通り過ぎた。

 空気を切り裂く音が、機体をゆさぶる。田巻はまた腰を抜かしかける。

「な、なんやっ!」

 こんな事態になっても、「古武士」来島はあわてていない。

「クライネキーファー社のパンツァーシュレックですね。地対空誘導弾の特徴的な音が」

 他目的個人携帯ロケット兵器である。

 ミサイルの種類を変えることによって、航空機でも戦車でも小型艦船でも攻撃できる準万能噴進砲だった。操縦士が叫ぶ。

「またくるっ! 今度は左!」

 またもミサイルが、機能回復した右のローターをかすめるように飛んだ。

「ゆ、夢見……」

 後から小夜が抱きしめた。夢見は温かみと、微かな「下心」を感じた。

「キリがないよ。今度は撃たれる前に、ね」

「は……はい」

 ためらっている暇はなかった。夢見は目をとじた。小夜は夢見のかたちのよいバストのあたりを後から抱きしめている。

 自分の豊かな胸を夢見の背中に押しつけて。夢見の視界に薄暗い森の中が浮かび上がる。そこにぼんやりと人らしいものの影が二つ。

 一人は電子双眼鏡をのぞき、一人は長い筒になにかを詰めている。

「あの……見えるわ」

「夢見。意識を集中して」

 真由良と真姫は、座席から立てなかった。来島は二人を見つめている。PSNの作戦利用にしては、斑鳩小夜に任せている。

 夢見は男のかたちをした影が筒を肩に担ごうとしているのを知った。しかしまだだった。出来れば敵ですら傷つけたくない。

「あと少し……」

 ついにイメージの中で光が炸裂した。樹海の中で、またミサイルが発射されたのだ。「あまこまⅡ型」はレーダーにロックされている。

 今度は避けようもない。長さ一メートルほどの小型ミサイルは軽量発射筒を飛び出すと、三枚の安定翼を広げた。

 その先には「あまこま」が、ふらつきながら飛んでいる。

「いまです!」

 夢見は小さく叫んだ。しかしそのいつも少しはにかんだような声は、「あまこま」に搭乗している全員の頭に、確実に響いた。

 はじめての体験に、真姫は驚いた。

 対地対空兼用パンツァーシュレックから飛び出したミサイルは二秒以内に、自爆した。爆風が射手と観測員を吹き飛ばす。しかし致命傷ではなかった。

 小夜は目をあけて、大きくため息をついた。

「やったね、夢見!」

 ベルトで椅子にしばりつけられたままの田巻も、大きくため息をついた。

「な……なんちゅうこっちゃ。ほんま危ないとこやった。ユメミン様様やな…」

 副操縦士がふりむいて叫ぶ。

「後方から友軍機接近、助かりました」

「さよか。今来てもおそいけど、護衛してもらおか」

 来島は表情を険しくした。

「友軍機は何機だ。どこから飛んできた」

「……一機。厚木ではないですね」

「認識番号を確認、作戦コードを市ヶ谷に確認しろ」

「どないしてん。救援やろ」

 夢見は立ったまま機内後方を見つめる。

 あまこまⅡ型の後部は全面ハッチになっており、低高度偵察機「エア・トライク」などがシートに包まって固定されている。

「なにかその………敵意が近づいている」

 小夜が反応するより早く、真由良も感じ取った。二人とも表情を厳しくする。

「な、なんやて、他にもおるんか」

 若い副パイロットが叫ぶ。

「ロックされました! ゆ、友軍機にですっ!」

 レーダーでロックされた。次は当然ミサイル発射である。

 あまこま内部に鋭い警告音が響く。

「大神二曹!」

 挺進隊長が言いたいことはただちに理解した。三人のPSN戦士はカーゴ中央に集まり、肩を抱き合って急いでスクラムを組んだ。

「夢見、リードして、力を預ける」

「おねがいします」

「うん……」

 真由良と小夜は項垂れて目を固く閉じる。夢見だけは顔をあげ機体後部を見つめた。

 近くに座っていた真姫は、また自分の下腹部から熱いなにかがのぼってくるのを感じ、あわてだした。田巻は慣れているが、顔を強張らせるしかなかった。

 夢見の視界が突然明るくなった。紺碧の青空の中、急速に近づく光るなにか。それは発射されたミサイルに違いなかった。

「きたっ! みんな力を集めて!」

 夢見も目を固くとじた。警告音が高まる。ベテラン操縦士がさけぶ。

「だめだ、回避できない!」

 次の瞬間、国産空対空対艦ミサイルは自爆した。爆風がティルト・ローター機を衝撃波で揺さぶる。立っていた夢見たちは飛び跳ねた。

「なにかにつかまれっっっ!」

 叫んだ来島に、往年のハリウッド肉体派女優なみの真由良が覆いかぶさった。

 二人の飛行士はなんとか態勢を立て直したが、またレーダーにロックされる。

「夢見、もう一度よ」

 まだ揺れている機体の中で、三人は立ち上がってスクラムを組んだ。

「操縦士! 攻撃したんはどんな機種や」

 旧式の双発ジェット哨戒機である。ミサイルは二発しか搭載していないが、強力な機関砲を積んでいる。航空自衛隊時代末期に就航した機種だった。

 二発目のミサイルはそれ、あまこまを掠めて飛び去った。しかし旧式哨戒機は接近し、あまこまに機銃を浴びせかけて飛び去る。

 かろうじて防弾版が貫通を防いだ。

「あわわわわわ、もたへん!」

 旧式哨戒機は大きく旋回してきた。正面から攻撃するつもりだ。さすがに夢見たちにも、二十ミリ機関銃弾総てをそらせることは不可能だろう。

「あのパイロットを攻撃せい! 心臓わしづかみにしたれ!」

 ハッとする夢見。

「パイロットを! ただ命令にしたがっているだけかも」

「そんなん知るか。命令や、みんな死んでしまうんやで。十条東寺じゅうじょう・とうじで、留めさせぃ!」

 多目的輸送機である「あまこまⅡ型」にはろくな武装がない。ただ前方に一門、五十口径の電動ガトリング機銃がついている。

「ともかくないよりましや、反撃せい!」

 あまこまの機銃が火を噴いた。高速で飛ぶ哨戒機は跳ね返す。偵察機、情報収集機にも使える複座の旧式機だが、丈夫だった。

 それを操縦している航空兵科の若い一尉は、敬愛する「師」に連絡確認する。

「本当に迎撃してもいいのですね」

 一等佐官、洲到止すどおし勝人かつひと統合警務隊副総監は、通信が傍受されている可能性を無視して、直接指示した。任務に一途な田沢昭二法務三尉が尊敬する、数少ない上官のはずだった。

「やりたまえ。さもないと同志達に危機が訪れる。存在するはずのない第十一課の、存在してはならない特殊部隊だ。わが国のためにもならない」

 東黎とうれい協会に心酔していたベテランパイロットは、前席の三尉に急降下攻撃を命じた。上から突入して「あまこま」のコックピットを二十ミリ機関砲で破壊しようと言うのだ。

 三尉は操縦桿を前にたおし、急降下をはじめた。射撃手は、後部の一尉である。すでに目標をロックしている。外すはずはなかった。

 その時、操縦桿をたおしていた三尉の心の中に急速に正体不明の不安、いや恐怖感がひろがっていく。それは若い航空士官を戦慄させた。

「だ、だめだ……」

 突如操縦桿を引き起こした。すさまじいGが機体を振動させる。

「な、なにをするっ!」

 叫んだベテラン一尉の心にも、得体の知れない恐怖心がひろがる。

「旋回しろ、もう一度やりなおす。今度は後からローターをやる」

 しかし大きく旋回しつつまたあの恐怖心が増していく。

 来てはだめだ。近づけば破滅だ。そんなことを、誰かが頭の中で叫んでいる。

「だめです、離脱します!」

「いかん、攻撃続行。コントロールはこちらにもらう」

 後部座席でベテランパイロットが、機関砲を自動照準にして目標を追跡する。 あまこまⅡ型は全速で逃げようとするが、所詮速度はターボプロップ機程度しか出ない。

「だ……だめだ」

 旧東黎協会でもない、ただ先輩一尉に心酔しているだけの若いパイロットは、夢見たちの超心理攻撃に耐えられるはずもなかった。

「ダメだぁぁぁぁぁ!」

 三尉は右にあった脱出レバーをひいてしまった。

「馬鹿っっ!」

 風防がふきとんだ。つぎの瞬間、前部座席が射出される。後部座席を熱風とすさまじい風が襲う。もう攻撃どころではない。

 速度が急に落ち、急降下状態になる。恐怖が頂点に達していたベテラン一尉も、思わず脱出レバーを引いてしまった。

 急速に上昇しつつ西へと急いでいた「あまこま」の後方、旧式哨戒攻撃機が落下していく。

 それは樹海の中に墜落して、爆発した。

 ヤシマあまこまⅡ型の中では汗だくになった夢見が、その場に崩れ落ちた。 まっさきに助けおこしたのは真由良だった。真姫はベルトをしたまま、座席で硬直していた。

「古兵殿、しっかり」

 小夜もふらついたが、夢見を座席に座らせて制服のボタンを外した。

「真由良、お水と医療キットを」

 夢見のみならず三人のPSN戦士は大量の水を飲んで、ぐったりしてしまった。やっと落ち着いた田巻はコックピットに顔を出した。

 まだ少し震えていて貧血ぎみだった。

「墜落箇所を報告。あとの処置は任せとけ」

「救援機が近くに来ていますが、なんと連絡しましょう」

「…今更おそいわ。それもヤツらの回し者やないのか。市ヶ谷に直接確認せえ。

 ところで、この機の目的地は、そもそもどこや」

 ベテランパイロットもかすかに声が震えていた。

「小牧です。輸送機を用意してあるそうです」

「よっしゃ、もう飛行にさしつかえないな。ともかく急いでくれ」


「もう時間ぎれですな。日没までは待ってくれんでしょう」

 市ヶ谷地下の戦時最高司令室で、上田は白瀬首相に迫っていた。中空に立ち上がった立体画像の首相は、青ざめ憔悴している。

 人当たりはよく敵もすくないか、押しが弱い。

 統合自衛部隊発足以来、ずっと国防大臣をつとめ続けている「微笑みの寝業師」が、実質的にこの長期安定政権を牛耳ってきた。

「一応、日本改革クラブに、ちゃっと秘密会談を申し込んでください。

 なに、片野の御大は明日まで身動きできん。それはワシが保証します。松島さんはこっちの味方ですよ。

 ただ首相自ら、本気で挙国一致内閣に乗り出したと言うことを、例の新国家戦略研究会、通称本間会を通じて叛乱派に知らしめればいいのです。

 本間会も本間将帥補亡きあと、暴走しだしてましたからな。

 あそこまで東黎協会残党に取り込まれておるとは、迂闊でした。田巻君が言うとりましたが、本間閣下は、過激派のまあ息抜きと言うか、暴走の歯止め役でしたからなあ。ともかく黒井たちは、挙国一致高度国防国家作りには時間がかかる言うて、ちょうらかします」

「それで上田さん。時間を稼いでなんとかなるのですか。

 アメリカなど同盟諸国も騒ぎはじめていますが」

「石動くんとこのとっておきの『切り札』がむかっておりますでな、今日中には決着をつけます。このままでは、いかんでかんわ。

 ほんだで安心あんきにしとってくだされ。任せてください!」


 多目的輸送機あまこまⅡ型は、航空隊小牧基地に近づいていた。スガル挺進隊の面々は、落ち着きを取り戻している。怯えていた真姫には三人の落ち着きが「伝染」していた。

 田巻は後見人である上田からの直接連絡に、答えていた。

「はい。僕から『甲号しなとべ計画』うばった連中に、きっちり仕かえししたります。戦略ロケット制限条約の中で、『無人特攻しなとべ』は切り札や」

 と上機嫌である。夢見たちは、田巻のややかん高い声を無視しようとした。

 夢見は前に座る御剣真姫が、意気消沈しているのが気がかりだった。

「……お姉さんのこと、考えているの」

「ええ。姉がなにをしようとしているのか、判って来ました」

 この小柄で可憐、美しい少女の過去について、夢見はほとんど知らない。愛してやまない姉との関係も。

「酷い実験の犠牲になって意識が戻らなくなった。

 まさか人間の意識がプログラムとして、世界最高水準の電子脳のなかをさ迷っているなんて。まだ信じられないわ。

 その……そして恐ろしい陰謀を阻止しようとしている。立派だわ。お姉さんにしか出来ない。

 だから……わたしたちもお姉さんに協力しなくちゃ、ね」

「もしうまく行ったら、姉は意識を取り戻せるのでしょうか」

 真剣な表情で、まだ身分的には「生徒」である上級兵卒は聞く。

「……さあ、それはあの」

 夢見は悲しげに視線をおとした。


 統合軍令本部情報統監直率武装機動特務挺進隊、通称スガル部隊が小牧からSTOL輸送機で飛び立ったとの報告を田巻から受け、国防大臣上田哲哉は、少しほっとしていた。

 しかし未成年の御剣みつるぎ真姫は、さすがに連れて行けない。

 来島たちは強硬に主張したが、まだ正式には統合術科学校生徒である真姫を、統合作戦令による正式の出動に加えることは、規則上不可能だった。

 石動はそう命令する。仕方なく田巻は真姫を連れて、東山道マグレヴ新幹線で市ヶ谷へ戻りつつあった。

「まああとは、世界最強の特殊部隊にまかしとき。強いねんで、あの子ら」

 統合軍令本部総長、服部最高総帥は、一時間ほど前に正式命令を通達した。「天津風」奪還作戦は、「早雲一号」と名づけられた。

 大臣室に戻り濃いコーヒーで元気をつけていた上田の元に、音声だけの電話がかかってきた。

 なんと行方が判らなくなっている、統合警務隊副総監の洲到止勝人一等佐官である。

「君は今、どこにいるのかね。発信箇所不明となっておるが」

「上田先生、それよりも挙国一致内閣です。白瀬首相の秘書が、改革クラブにアポをとっていますね。いよいよ動き出したようですね」

「……よく知っておるな。それで君らは今、なにしやあすか」

「しかし我々は優柔不断な首相ではなく、上田先生にこそこの国を率いていただきたい」

「我々だと、つ、つまり君は……」

「亡き本間閣下には、薫陶を受けましたよ。公私共に。本当に立派な方でした。

 改進党が改革クラブと竹中派を取り組めば、政友党と合わせて、衆議院議員の七割をしめることになります。そして一種の全権委任法を設定し、挙国一致政府を築くのです。

 無論参議院も説得してね。そんな離れ業は、上田先生にしか出来ない」

「な、なんじゃと……なんと君が、黒幕だったか! でら魂消た!」

「同志の一人ですよ。わたしも憂国の志士の一人にすぎない。亡き東光寺くんと同じくね。

 先生もご存知でしょう。人類史を塗り替えるような嵐が、変革の大津波が来る。その時、全員が箱舟に乗れるわけではないのです」

「……例の、トリニタースとか言う連中の世界最編成計画のことかね」

「ええ。変革なくして、わが国は次の時代に生き残れないのです」

 洲到止勝人は静かに、そう断言した。



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