第七動
御剣真姫は遠隔精神制御装置「コクーン」の中で、横たわっていた。額や頭側には電極がとりつけられ、腕などにも観測機器の端末がとりつけられている。
今は睡眠誘導電磁波によって、深い眠りについていた。そのあいだに脳の血流量、脳細胞の電子の流れなどを測定するのである。まだおだやかな実験が続いている。手続きが終われば、一度呉の学校へ戻れるはずだった。
御剣は夢で、むかしを思い出していた。彼女はまだ都内の一般中学生。父母といっしょに新東京駅まで姉の見送りにきていた。
父は大柄で温厚な一級農業技師である。すでに正式任官していた姉は、ある研究のために箱根へむかう。任務については国家最高機密だと言う。機械農園を経営する父は、大任を得た娘がほこらしげだった。
しかし
「かえってきて、ねえちゃん。きっと戻ってきてね」
「なに心配しているのよ。出世して戻ってくるわよ」
結局姉は戻ってこなかった。技術開発本部では事故のあと昏睡状態が続いている、と言っていた。しかし父母が一度面会しただけで、今ではどこに入院しているのかもわからない。
「姉さん、まだ生きているよね。どこにいるの」
「無論総ての責任はわたしにある。わたしが命令し、許可したのだから」
中央棟地下第一層の平時情報統監部では、グレーの詰襟制服に珍しく総ての略章をならべた石動麗奈が、緊張する田巻を前に事情を説明していた。
田巻も勤務服である。自慢の飾緒の付け方もだらしない。十数分後、田巻はエレベーターホールへととぼとぼとむかっていた。ホールの隅でなぜか立っていた夢見と小夜が、敬礼する。
「ああ………ユメミン、サヨリン」
小夜は、いつにない田巻の沈んだ顔に驚いた。夢見はこの小心な策謀家が、心底落ち込んでいることを感じ取っていた。
「まあ、東光寺の仲間が父島におることをチクったんは、僕やけど。まさか二人も溺死するとはなあ。怪しいボート押さえさせたんが、間違いやったか………。
それで結局、二人の将校を海の藻屑と消してしまった。そして三人目も」
「その、一佐は覚悟の自殺でしたし」
夢見もいつもはいやなこの男が、少し気の毒になった。
「石動はんも苦しい立場や。今度こそ僕が責任とらななあ。策士なんちゃらか」
田巻は厚いレンズの底から細い目で、夢見の顔を見つめた。悲しそうだった。
「超常の力を持つべっぴんさんたちとも、当分はお別れやな。永遠ではないやろうけど……」
とゆっくりとエレベーターへとむかった。夢見は挙手の礼で見送る。
情報参謀三等佐官田巻己士郎は、譴責こそ受けなかったが、「甲号しなとべ」計画や「統合防衛整備計画たてなみ」からは遠ざけられることになる。
かわって中央高等研究所の黒井工学博士が、「しなとべ」と「弓七号」を統括して指導していく。石動からそう聞かされたのである。
夢見たちは一応地下第一層の情報第十一課に戻り、来島に報告した。
「そう、仕方ないな。あんなやつでも、一応我々のことは守ってくれたからな。
いや奴のことだからまたさまざまな謀略で、よみがえるさ」
「あの……隊長。例の御剣上級兵卒は、その」
「よくわからない。田巻三佐がはずれた以上、一度江田島に戻されると思う」
正式の卒業手続きが、まだ終わっていないはずだ。小夜もやや不安だった。
「わたしたちももう、当分は関わらないんですよね。それはそれでいけど」
「当分は訓練の日々だ。出動のないのがなによりさ。
田巻三佐はなぜか統合警務隊からマークされているし、また当然教育総監部からも抗議がきている。
常日頃、なにかと評判がよくないからな。また国防大臣に泣きつくさ」
田巻はその夜から馴染みのバー「ミスター・デーニツ」で荒れることとなる。
発射試験を終えた潜水空母実験艦「
しかしその最終実験計画について、軍令本部では正確に把握していなかった。
一切は技術開発本部中央高等研究所が秘密裏に行ったことで、所員の黒井工学博士が主任実験員として差配していた。極秘実験開始にともなう無線封止前の実験工程最終確認連絡で、艦隊司令部がこの計画に気付いたほどである。
多少問題にはなったが、官僚的保身が作用して、実験は続行された。ただ臨時実験要員として「天津風」に乗り込んでいる何人かが、多少上層部わけても人事部門で問題になっていた。
実験検閲官として特に黒井が参加をもとめた鹿島正輝一尉は、旧制度の統合防衛大学校首席で、軍令本部軍務課員のエリート。しかしかねて
さらに「マル特戦」と呼ばれる世界各地で戦った猛者たる榛名康彦元一等曹長、那須祐一予備役准尉、千賀佐和久一等曹長など、警務隊や統合警務隊からマークされている人物が乗艦していることも問題視された。
だが実験潜水空母の
この最後の薩摩隼人は、今は国防に寄与する新計画の実験を、成功させることにしか興味がなかった。
江田島にある統合幼年術科学校は、戦術、航海術など各技術ごとにクラスが分かれた全寮制の下士官養成学校である。かつての海軍兵学校の建物を引き継ぐが、陸海空の全兵科を教える。
そこに正式に戻ることが決まっていた御剣真姫は、少し残念そうだった。
教育総監部と技術開発本部との役所間のかけひきなどもあって、呉帰還は多少手間取っていた。夢見は同室の真姫が、心底悲しんでいるのを感じていた。
「心配しないで。すぐ卒業で、またこっちに来られるわよ。卒業前に希望出すといいわ。あなたほどの能力者、あの、情報統監部がほっとかないから」
「おねがいします」
この日は、スガル挺進隊「専属軍医」とも言うべき橋元軍医正が、改めて御剣上級兵卒のPSN、即ち特殊超常能力の検査を行う。
場所は市ヶ谷中央永久要塞地下第三層にある特殊実験室である。通称は「パンドラ」と呼ばれ、夢見たちにはなじみの、そして嫌な場所だった。最近、模様替えしていた。
小夜はこの日、訓練計画に関する会議で来島とともに一日中忙しい。
「さ、今度はこわくない。あなたの能力を測定するだけよ」
コクーンとは違い、飛行機のファーストクラスシートを機械でデコレーションしたような椅子にすわる。そして額や首筋に電極を貼り付けられた。
腕や足にも観測装置がつけられた。円形の薄暗い実験室の中央に、その「玉座」がおかれている。白い上下に着替えた真姫はリラックスしていた。
大きな観測窓からは夢見がのぞいている。そして「落ち着いて」との思いを送っていた。
上から釣鐘のような機械がおりてきて、真姫の目から上を覆う。実験室の壁面に並べられた各種機器が、きら星のごとくまたたく。少し肥えて背の低い橋元医務正は、どうみても二十代には見えなかった。
最近若くして医学博士号をとっている俊英である。
「いよいよよ。あの子、ちょっと能力にムラがあるの。時によっては斑鳩一曹以上の能力を発揮するけど、普段は遊部三曹とどっこいどっこい」
真由良は少し悲しげな顔をした。ある事故があるまでは、その特殊超常能力は小夜をも上回っていた。
橋元はうれしそうに実験を開始した。夢見は実験窓の中を見つめている。
真姫の意識が薄れていく。催眠誘導波で眠りに落ちている。そんな真姫の脳に、さまざまなイメージを送り込むのである。
元々イメージ投影技術は、昏睡状態の人などとコミュニケーションをとるために開発されたと言う。夢見は、真姫が反応しはじめたことを感じた。
「はじまったは夢見。心配は判るけど、あくまでパッシブモードにしていてね。
あなたの強いPSNが介入したら、データがとれない」
「…………わかってます」
真由良は少し微笑んだ。この肉体派三等曹長、かつては夢見を激しくライバル視していた。いまでは勝手に直弟子兼ボディーガードのつもりでいる。
「よし、段階をあげて行って」
橋元医務正は目を輝かせて、両脇にいる白衣の技官たちに命じている。
低いうなりが伝わる。各種警報が小さくなっている。
「よし、高度シミュレーションを投入。シークエンスごとのPSNの強度と大脳各部位の活性度をモニターしていってね。
シークエンス転移は全自動。『たけみかづち』の判断に任せて」
夢見は気になる言葉をきいて、ふりかえった。独立した「統合国防電子脳たけみかづち」。
前回の真姫の「事故」の時も、あのマル特戦ベテラン兵士の精神波遠隔制御実験の時も、あの「たけみかづち」と被験者の精神がリンクしていた。
「……なにこの数値?」
橋元の顔がくもる。夢見ははっとして、パンドラの中を見つめた。例の釣鐘型の機械がぼんやりと輝き、その下で真姫が悶えはじめた。
「まただ。橋元先生! 中止してください」
係員が叫ぶ。橋元も今までの記録は分析していた。
「どうして、単なるイメージ・シミュレーションなのに。この異常値は」
「早く!」
叫んだ夢見の前にある観測窓にひびが入った。警報がいくつか鳴り出した。
「き、緊急電源遮断!」
しかし電力をとめても、異常事態は続く。
「たけみかづちとの接触をたたないと」
夢見は実験室に通じるハッチに飛びついた。しかし電源を急にきったために、開かない。さきほどまで見ていた、実験用の観測窓に気付いた。
「真姫っ!」
夢見が叫ぶと、強化特殊グラスの観測窓がすべて内側にふきとんだ。
科学者たちが凍りつく。
「自分が!」
とパンドラの内部に飛び込んだのは、真由良である。特殊実験椅子にとびつき、真姫に取り付けられていた各種端末やコードを引き剥がしたのである。
真姫に異常はなかった。悪夢に苦しめられていたが、目覚めると平気だった。
「……やっばり、姉さんに会った気がする」
うわごとのように、そんな奇妙なことを言った。
「なに? ワシの署名じゃと?」
数代の内閣で国防大臣をつとめる上田哲哉は、後援会の集会のために名古屋の料亭にいた。そこへ妖艶でどこか危険な不破秘書が、ノート大のソフト・タブレットをもってきたのである。
『甲号しなとべ』と『弓七号』がいっしょに、研究開発本部中央高等研究所特殊開発部直轄事業になっている。しかも特殊開発部副部長の黒井が指揮をとって、「天津風」を予定より早く最終確認試験のために出航させているのだ。
公開試験までさほど時間もないのに。
「ワ、ワシの署名を誰が偽造した!」
大臣の命令書には特別印と花押を用いる。上田の花押はそれほど複雑なものではない。
「ともかくわしゃ、二次会をキャンセルして市ヶ谷に戻る」
しかし総てはおそかった。極秘作戦であることが災いして、一切は「順調に」進んでいた。
特殊実験潜水空母天津風は、屋久島沖を時速四十ノットで西進している。ソナーでも探知しづらい特殊艦であり、また黒井の偽造命令書によって無線封止状態だった。
横須賀にある統合艦隊最高司令部からの実験中止命令は、黒井の同志たる艦の通信士官がことごとく握りつぶしていた。
国防大臣で国防会議議長たる上田は、まだ市ヶ谷に帰り着いていない。しかし軍令本部では実験命令が偽とわかり、静かな騒ぎになりつつある。
午後から行きつけのUボートバーで酔っていた田巻己士郎の個人通信装置にも、非常呼集の連絡がはいっていた。
天津風は、深度二百メートルを保ちつつ進路を北にむけた。いよいよ実験海域だった。
全長二百メートルの巨大潜水空母を動かしているのは、わずか二十人ほどの士官と下士官だった。水兵や通常の戦闘要員はほぼいない。艦乗警務兵すら一人だけだった。
エリート然とした鹿島正輝一尉は、やや背が低いが端正な顔立ちだった。同志たる故・東光寺に私淑していただけに、なんとしても計画を成功させたかった。
各地で戦火をくぐってきた榛名元一等曹長や那須予備役准尉、そしていつも血の気の多い千賀一等曹長も、前回の事故にも決してめげてはいない。
彼らは国家の命令で、半ば非合法に各地の最前線で戦わされた。まだ自衛隊の頃から、わが国防力には実戦経験者がほぼ皆無だった。それが最大の弱点とも言われていた。
そのため連続大震災の前から、アメリカその他の特殊部隊やフランス外人部隊に少しづつ体験入隊させ、実戦経験を積んできた。アフリカや東南アジア、中国大陸奥地で。その数、十年間で千人以上。うち百人ほどが帰らぬ人となった。
しかしそれら戦病死者は、ほとんど省みられることはなかった。そして帰還できた戦士たちの三分の一は、傷ついていた。また精神的ストレスも大きかった。
帰国後彼らは戦技教官としてそれなりの処遇を受けはしたが、やはり統合防衛大学校や統合幹部学校、幕僚総合学校出身者に比べて低いものに見られた。
そんな彼らの「有効利用」を考え、東光らに提案したのが黒井宗義だった。三十代半ばの工学・理学博士であり、他の「覚醒せるエリート」同様独身だった。
旧・統合防衛大学校教授から兼務の中央高等研究所に転籍したとき、別所たちの「結社」に誘われていた。今は白瀬首相の科学・軍事顧問の末席に名をつらねている。
伊地知艦長とは大学校時代に知り合っている。その艦長大佐からは、発令室に特別の椅子を用意されていた。
その温和な容貌と人柄に、騙される者は少なくない。
端正なマスクの鹿島一尉が、コーヒーの入ったカップをもって近づいてきた。
「ありがとう。いよいよだな」
「いよいよです。艦長も協力的だし、通信室は……」
「手回しがいいな。しかしタケミカヅチに関する例の」
「幽霊の噂なんて、マル特戦の連中も恥ずかしがっています。今度こそタケミカヅチから」
鹿島は周囲を見回した。発令所員はそれぞれの任務に集中している。
「東京からの指令はすでに受けています。
あとは『しなとべ』が吹くだけですよ……風の神が、ね」
「あの……田巻三佐。顔がその……赤いですよ」
訓練にむかおうとする夢見たちを、市ヶ谷の地下駐車場で待ち受けていたのは、まだ酒の残る田巻だった。
小夜も真由良も少し驚く。半ば「追放」されつつあるはずだ。
「上田先生から直接連絡をもろた。なんやエラいことがおきとる」
夢見は大きな目を見開いた。この謀略参謀が興奮しつつ怯えているのを感じとった。本当になにか重大事件がおきつつあるらしい。
「富野課長には先生からあとでよう言うてもらう。君らの挺進隊長つかまえて、すぐに駅や。国防大臣お迎えして、市谷へ護送する。急ぎや」
小夜がおっとりと質問する。
「大臣には護衛もついていますし、我々はなにも報告を受けていません」
「これはクー・デタや。第七課のほうにも確認した」
三人は驚き、顔を見合わせる。
「実験潜水空母天津風が、上田大臣の偽命令で実験航海に出てもうた。
しかも統合艦隊最高司令部からの呼びかけには、一切応じない。軍令本部ももうすぐ大騒ぎになる。
いま、無人索敵機とばして直接警告したものかどうか、審議しとる」
夢見はこの男が、少しよろこんでいるのを感じ取った。
「あの……でもなんの警戒令も待機命令も出ていませんが」
「上のほうも判断しかねてんのやし。上田先生が戻ったら判断を一切押し付けてしまうつもりやろ。外国からの侵略やったら断固対処やろうけど、まさかこのご時世にクー・デタとは。
しかも天津風にのっとるのは、黒井言う科学者と、東光寺一佐に心酔しとった鹿島言うやっちゃ。それに例のコントロール・コクーンと、マル特戦のモサクレたち。これが何を意味するか判るか。どや、ユメミン」
「三佐殿の考えた『しなとべ』計画ですか。その実験がクー・デタなんですか」
「そうや。命令のない実験はな。ええか、精神波でコントロールする春雷は、言わば無人カミカゼや。
AIロボット機と違って戦闘で対空防御避けつつ、目標に接近できる。
敵のミサイル基地でも原子炉でもな。わが国は震災後から政策大変換して、太陽光や核融合炉や言うて、原子炉なんてもう少ない。
でもいまだに世界では、主力発電システムや。特に途上国ではな」
「カミカゼ……そう言えば『しなとべ』って風の神様とか」
「そうや小夜リン。『しなとべ計画』は無人カミカゼ特攻計画や、言うてもええ。今はバカでかいフロギストン爆裂筒が将来小型化されたら、まさに無敵の攻撃兵器になるわ」
田巻は得意げに、思わず本音をはいた。三人は硬直してしまった。
銀色の大きな繭が、闇の中に並んでいる。大きな強化ガラス窓の外では、黒井と鹿島が見守っていた。
冷たい表情の黒井は、弁当箱大のコントローラーを操作している。
「統合防衛電子脳から、中央国政制御電子脳ブラフマン三世にアクセスする。
これでわが国の全防衛システムは吾らの手に」
霊峰富士のふもと、南側のその山はなだらかでやさしげだった。二つの頂をもつために双子山と称されている。
山の中腹には東部衛戍病院があり、その山頂にはかつてジャストの保養施設があった。しかしとある「事故」で破壊されて以来、山頂付近への立ち入りは禁止されている。
その双子山の硬い岩盤に守られて、国家脳とも言うべき世界最高最大の電子脳「ブラフマン」三世が再建されつつあった。正式名称は国立国政補助機構電子演算複合体中枢。
その地下コントロールルームはむやみに天井が高く、かつてのノーラッド、北米防空宇宙司令部の地下司令室を思わせる。
しかしくらく静かな指令室につめる人数は、十人もいない。
当直の主任はデスクの二次元モニター画面を見て、かたわらの係員に叫んだ。
「なんだこれは。タケミカヅチから指令が介入しようとしている?」
「!ハ、ハッキングです。こんな。しかしブラフマンが……」
警報がいくつか鳴り響く。大型モニターには「敵性プログラム邀撃開始」の文字が出る。小さく警報が響くほか、広く暗い制御室は静かである。
世界最大の電子脳は、自分の子分とも言うべき国防専用電子脳を敵と認識し、反撃を開始していた。
「い、今のうちになんとか障壁をとりもどせ」
吾にかえった主任は、眼鏡の係員に命じた。
「タケミカヅチが攻撃意志を示している。ブラフマンの自律防衛反応だ。なぜタケミカヅチが攻撃意思など。
正規のものでないね不可解なプログラムが介入しているのか?」
「どう言うことです、先生」
実験潜水空母「天津風」内部の特別実験室では、黒井がコントローラーを操作しつつ、険しい表情を作っている。エリート然とした鹿島も不安そうだ。
「まただ。タケミカヅチの中にときおり現れる不思議なプログラムだ。
ブラフマンに対して敵対意思を示している。それでブラフマンが一種の抗体反応を示しているようだ」
「敵対意思? タケミカヅチは国家脳が機能障害をおこした場合にかわって国政を司る補完機能をもってる。なぜ敵対意思なんて」
「………例の、幽霊かも知れない」
「先生までがそんなことを」
「先生」
と通信機から声がした。那須祐一予備役准尉は、幼年学校時代からやや過激な思想で問題視されていた。
幹部候補試験は受けたものの、論文が過激すぎて将校の道は閉ざされた。
特務曹長で自主的に退役したが、即応予備統合防衛官である。
「特にブラフマンに侵入できなくてもかまいません。ぜひやらせてください」
「しかし、タミカヅチはこちらを攻撃しなくても」
「ブラフマンにタケミカヅチの補完機能があることは知っています。
同士討ちはないでしょう。ぜひやらせてください」
鹿島正輝一等尉官も頼んだ。
「連絡はとれませんが、あの方もそれをお望みですよ」
国防大臣の上田は飛行機ではなく、名古屋からマグレヴ新幹線「いなづま」に乗った。特に面倒な手続きもなく、約四十分で新東京駅に到着した。
特等車の専用出口には警衛の警官と、一般勤務服姿のスガル挺進隊の四人、そしていつもの制服に銀色の参謀飾緒を吊った田巻が待っていた。
うってかわって細い目を輝かせている。服装もどこか引き締まっていた。
「いやあ田巻君、ごくろうご苦労」
鼻の下にチョビひげをはやした上田は、扇子で右掌を叩きながらおりてきた。 グラマラスで危険なまでに妖艶な私設秘書の不破久美は、田巻にウインクして見せた。田巻はひきつったような顔を見せる。
来島以下は敬礼する。しかし田巻はこのタイプの女性が、少し苦手だった。
「いつも美しい女戦士たちもいっしょか。いつもけなるいのう」
上田はうれしそうに特別改札へとむかう。国防省さしまわしの車は、軽装甲の要人護送用四輪駆動車である。
前後をパトロールカーではさまれて、市ヶ谷へとむかう。田巻と来島、夢見が上田の車に同乗した。他はパトロールカーに分乗した。
「まったくエラいことになってきたな。石動さんからも連絡をもらったがや。
キミと挺身隊をワシ直属の用心棒として借り出すことを、納得してもらった」
「恐れいります。ほんま国家的危機ですわ。まさかヤツらがここまでやるとは。
この来島挺進隊長も先生のために命投げ出す、言うてはります」
そんなことを言った覚えはなかった。むしろ第十一課長をとばして、統監部つきの情報参謀が命令することに抗議していた。
しかし今はどうも非常事態らしい。女武者は黙って田巻に従う。
「せっかく過激な東亜黎明協会潰したら、穏健な本間会が過激化しよりました。
これは本間会の連中が天津風の乗員を人質にとって、政権ひっくりかえそう言うクー・デタに違いないです。二・二六以来の国家危機や」
「しかしあの本間会が、国策研究会がこのワシにたてつくとも思えん。
本間会を利用した東黎協会残党の策謀に違いないがね、たわけたことを」
「それと、背後にいる外国勢力ですな。世界賢人結社ワイズが復活したちゅう噂もあります。今、三課四課で調べてもろてますが。
服部軍令本部総長は警戒レベルを、三に引き上げはりました。でも部隊のほとんどは通常警戒状態、天津風は衛星と無人索敵機で捜査中です」
「勝手に実験航海なんかしおって、奴らはなにをするつもりかね」
「演習と称して、たとえば他国の艦船を攻撃したらどないなことになりますか」
「な、なんじゃとっ!」
「先生は関ヶ原の戦いのあと、なんで西軍の島津だけがほぼ無傷で残ったか、知ってはりますか。天下人の家康を脅したんですわ。琉球に出入りしている明の交易船を攻撃するぞって。
ヤツらも、同じことを主張しかねまへん。やっと大陸の混乱も収拾に向かいつつあるのに、わが国がまた火ぃつけるようなことになったら」
「そんなことが出来るのかね」
「試作機春雷が三機、そしてコントロール・コクーンが三基。しなとべシステムは潜水空母から春雷を海中発射。そして目標間近で空中に飛び出して高速飛行。
春雷には迎撃小型ミサイルや空対空レーザー、機関砲までついてます。
邀撃ミサイルかて地上すれすれ飛んでかわせます。なんせ、歴戦の勇士がコントロールしてはります。
確か三人とも、空挺作戦の空中援護機なんかを操ってたはずです」
田巻はカバンから書類を取り出した。上田は電子ペーパーを見て驚く。
「……三人とも危険人物ではないかね。なんでそんな奴を泳がせた」
連立与党の「要」たる「微笑みの寝業師」は、現内閣の危機に焦りだした。
「一人は挺進落下傘部隊。航空支援隊、そして空中突撃団。三人とも世界各地で戦った生き残り。戻ってきたときには身も心もぼろぼろ。
当時確か、野党がマル特戦の行動は憲法違反やとかなんとか突き上げてはりましたな。
その政争にまきこまれて、こいつら冷や飯食わされることになりました」
「そうだったかね。覚えとらんがや」
「それに黒井統合防衛大学校教授と、鹿島一尉。極端な思想を持つエリート。そしてなくなった別所二佐や東光寺予備役一佐のシンパつうか同志。
穏便にすませよ思て、泳がせたんがまずかったか」
「なんだ知らんが、警務隊はなにをしとったのかね」
「黒井博士も鹿島一尉も、いろいろ大きなバックがありますよって」
「どうしたらいいものか。春雷を発射されてしもうたら、エラいことだがね」
「あの……コクーンに、いれてください」
突然、不破秘書の正面に座っていた夢見が言った。隣の田巻が驚く。
「おおみわ二曹、どないした」
「あの……中央高等研究所に、御剣上級兵卒がつかったコントロール・コクーンがありますよね。
あれに入って、その、タケミカヅチにアクセスしたいんです」
「そんなことして、どうするのかね」
「マル特戦の戦士の意思にたどけりつけると思います。それよりも例の……」
田巻もなにかに気づいた。
「そうや。天津風の電脳かて、作戦時にはタケミカヅチの制御を受けます。
天津風は海中の電波では不安定なので、小さなブイを海面に出してタケミカヅチからの指令を一方的に受信する。それを妨害する手ぇもあったか」
「識別コードの変更ぐらい、彼らはやっているでしょう」
と来島は淡々と言う。
「その……御剣生徒やマル特戦の方たちも、あの、コクーン内で事故を経験しています。わたしも確かに………タケミカヅチの中に意思を感じました」
「意思……じゃと?」
「医師のまちがいちゃうか」
「その、うまく言えないんですけど。その……タケミカヅチが、あの統合中央国防電子中枢が鍵です。
そこにアクセスして、潜んでいるなにかをさぐりあてたいんです」
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