第六動
「統合警務隊本部がかぎつけて、やいやい言ってきてるぞ」
三原三等佐官は、情報統監部に所属する法務将校だった。特徴のない生真面目な秀才タイプだが、夢見はかすかに動揺をかぎとった。
彼女たちが持つ特殊超常能力の「発揮」は、厳しく制限されている。警官の銃の使用よりも厳しい。また彼女たちも安易に人の心をのぞいていると、その醜さに自分たちの精神がおかしくなってしまう。だがその能力ゆえ、他人の「気分」は自然に判ってしまう。
真面目な三佐は、汗臭い来島や胸をゆらして歩く小夜、そして往年のハリウッド肉体派スター顔負けの真由良の出現に、たじろいでいた。
「東光寺一佐は、お元気でっか」
夢見はこの謀略好きな田巻の心には、極力近づきたくなかった。
下心でも出世欲でもかまわない。しかし彼が夢見達に本気で感じている好意が、不気味だったのだ。
「ああ、元気すぎてこまっているよ」
三原は、本心でそう言った。三佐のはいているブーツの靴音が響く。
富士のふもと、風光明媚な高台にたつモダンな保養施設と言った趣の
三原にともなわれて、その地下にある特別病室へとむかう田巻とスガル挺進隊の四人は、何度も機械検問を通らなければならなかった。
夢見は不思議な不安を感じた。その不安は、隣を歩いていた小夜にも伝わる。
「どうかしたの」
「その…判りません。でもなにか、いえあの、誰かが警告しているような気が」
石動の信頼する三原三佐は警備兵に命令書を見せ、特別室に五人を案内した。 なかは比較的明るく、陰気な雰囲気はない。ただ窓もなにもない。
「ランツベルク・アム・レヒ要塞刑務所のヒトラー特別室程度には、ええ身分ですな」
東光寺は田巻をよく知っていた。しかし敬礼する四人の若い美女たちには、少し驚いた。
「謀略参謀殿が美女軍団連れて、わざわざお出ましとは。目の保養だな」
田巻が大切にしている不思議な女性部隊の噂は、聞いていた。
「……一佐。エラい目にあいはりましたな。しかしお元気そうでなにより」
「君の策略ではないのかね」
田巻がなにげない話を続けるあいだ、夢見と小夜、そして真由良は打ち合わせ通り、予備役一佐の心にアクセスし、一種の不安感をうえつけようとした。
田巻の作戦である。強靭な精神力をほこる東光寺にゆっくりと不安を植えつける。いつしか三乙女の呼吸と、一佐の呼吸が同期しだしていた。
夢見たちは壁ぎわに立って、「やすめ」の姿勢でベッドを見つめている。呼吸が自分のペースでなくなっていることに気付いた予備役一佐の顔色が、悪い。
言いようのない不安が、深層心理から湧き上がってくる。田巻がほくそ笑む。
「どないかしはりましたか。なんか顔がこわばってはりますな」
「……君がわざわざここへ乗り込んで来るとは、何かをつかんだと言うことか」
「東光寺一佐、革新的青年将校なんかの結社の生き残りたるあなたが、またとんでもないこと企ててるちゅうのは、みんな知ってます。
せっかく予備役から退役でことを収めよう思てた上層部、おかんむりでっせ。 いっそのこと密かに消しときゃよかった言う、過激な意見もあるぐらいや」
無表情な東光寺予備役一佐がやや動揺したのを、夢見は感じ取った。田巻は細い横目で、夢見のほうを一瞥した。この「心理尋問作戦」は、情報統監部長の命令をとってあった。
「二人も同志を失ってる。これ以上失わはるおつもりですか? 殺生な話や」
東光寺のふてぶてしく端正な顔に、怒りが走る。
「………やはり貴様か、貴様が別所たちを」
「さぁ、知りまへんな。心臓マヒおこしたパイロットも僕らのせいとでも?
そちらはんこそ、この僕から『甲号しなとべ』奪って、かいらしい
仕事とられるんは慣れてるけど、美少女は許せへんなあ。
ひょっとしたら……二年前の過酷な実験の再現と違いますか」
東光寺のみならず、夢見たちも驚いた。
「例の『たてなみ計画』の根幹を為すはずの『弓七号』。僕の『甲号しなとべ』と一体化するのはまあ当然の流れでしょう。しかしあんたら過激派にまかすわけには、そりゃいきまへんやろ。
おエラいさんかてそう考えてはります。ただ計画そのものは、評価してはるみたいやけど」
「……それで君は、俺になにを言わせたい」
はじめて深刻な表情を見せた。顔色は悪い。夢見はちいさくため息をついた。
「また取引と行きましょう。まずは総てを白状することですな。私利私欲の為に動いてたんやないことは、みんな知ってます。これもすべてお国のため。
一佐たちの理想たる、高度防災国防国家作りの一貫や。さすがは一佐ですわ」
「……ああそうだ。決して自分たちの利益のためじゃない」
呼吸が荒い。すでに夢見たちの呼吸とは同調していない。しかし心理的に防壁が破られたのは確かなようだった。小夜は壁面を見た。
壁に埋め込まれた各種モニターが、血圧などの上昇を示している。たちあった医師が心配そうにしている。田巻は三原のほうを見て頷いた。三原が言う。
「一佐殿。それではお考えを一度、上層部にお話になられたらいかがですか。
たしか一佐殿は亡き本間将帥補の薫陶を受けてらっしゃいましたが、今も本間閣下を慕う上層部は多いですし、中々の人物だったようですな」
田巻と三原が交互に説得しているあいだ、夢見は壁際で奇妙な不安を感じていた。誰かが、ひょっとしたら自分と同じような力を持つものが近くにいる。
小夜たちですら、不思議な感覚をかすかに感じていた。
ロビーで病院側からお茶を振舞われて待っていると、謀略参謀が「かざりお」を揺らしてうれしそうにやって来た。統監部付情報参謀と言うより、政治裏工作参謀と言うにふさわしい。
「ようやった、ベッピンさんたち。特にユメミン」
妙に嬉しそうである。大神夢見は、少し不安げに聞く。
「あの、一佐殿は総てを話されましたか」
「市ヶ谷連れてってくれたら、エラいさんの前でブチまけるそうや。
石動閣下とか服部総長とか、そう言う人たちやろね」
「しかし危険です」
と来島が立ち上がった。女性にしては低い声だった。
「三佐殿もご存知ですね。東亜黎明協会はもとより、比較的穏健だった本間会に集まった各界のエリートたちが過激に走り出したのは、正体不詳の外国勢力の影響であることを」
「え、えらいこと知っとんな。政治方面疎いと思とったけど」
暗殺の危険性は田巻も承知していた。今はそのことについて三原法務三佐が電話で、市ヶ谷永久要塞の「エラいさん」たちと交渉している。
場合によってはスガル挺進隊も、東光寺予備役一等佐官の護送に立ち会うことになるかもしれなかった。
名は武装特務挺進隊でも、今は飾りの短剣ぐらいしか持っていない。
また護衛など、本来の任務ではない。田巻の点数稼ぎではあろうが、石動情報統監部長が直接使える「手ごま」は、来島率いるスガル部隊しかなかった。
しばらくして三原三佐が戻ってきた。話をつけたのだ。諸手続きと受け入れ態勢のため、護送は翌朝となった。おかげでスカル挺身部隊の四乙女は、一晩ゆっくりとすることができる。
保養所を併設する衛戍病院には、温泉大浴場があった。夢見たちはゆっくりと湯船につかることが出来た。真由良の肉体はあいかわらず見事である。
しかしいつも、スリムで均整のとれた夢見をうらやましがる。
「胸だけは、わたしが勝ってるわよ」
小夜は真由良の胸を後からもんだ。年のわりに大人びた三曹が、甲高い悲鳴をあげた。
東光寺の退院と護送は翌朝となった。肉体的なダメージはほとんどない。手続き上の問題も市ヶ谷が徹夜でクリアしていた。服部総長は上田国防大臣に私的に相談し、なるべく隊内でで、東光寺たちにしかるべき処分を下したかった。
上田も国会問題にはしたくなかった。今は与野党間でまた色々と揉めていた。
東部衛戍病院地下駐車場には、ヤシマの六輪小型多目的装甲車が待っていた。公道でも走れるし、頑丈に出来ている。
田巻と夢見は、先導する半自動四輪駆動車だった。小夜が乗るべきだったが嫌がったのだ。田巻がおっとりとして頼りがいのある小夜に、「ただならぬ好意」を抱いているのが嫌だったのだ。
小夜はあまり慣れていない多目的装甲車を半自動で運転する。東光寺は後部の兵員輸送室に軟禁されている。真向いには三原が一応拳銃を吊って座っている。
一般自動車専用道路は、使わない。むしろ地方道から湘南にある地下兵站道へ入るほうが、目立たず安全だった。
「やっぱ海見て走るほうがええ」
田巻は後部座席でそんな暢気なことを言う。夢見は助手席である。
「どないしたユメミン、なんか浮かん顔してるやん」
「あの……衛戍病院で、奇妙な感覚にとりつかれました」
「幽霊でも見たんかいな、真姫ちゃんでもあるまいし」
壁に埋め込まれた各種装置群から、奇妙な「気配」を感じた。しかしそんなことは言い出せなかった。自分でも説明出来ないし、「力」のない人には判ってもらえない。
二台は旧神奈川県下に入ると山へとむかう。現在は関東州相模郡と言う。山岳部に地下施設があり、そこから緊急地下兵站道へ入ることが出来る。
東海・東南海連続地震の復興時に作られた、主要地下交通線の一つだった。
日本列島には各地に地下要塞や地下兵站道、統合防空塔などが建設されつつある。言わば列島そのものを、地下永久要塞化しようと言うものだった。
災害時は避難施設にもなる。
四輪駆動車と六輪多目的装甲車は、森の中の道路を北東へとむかう。四輪駆動車を半自動で運転していた真由良が、レーダーに動くものをとらえ、後続車両の来島に伝えた。
「識別信号では武装したなにかが、この先にいます」
「移動中の友軍ではないのか」
「武装モードは戦闘中となっています。ここらで演習はありますか」
「あの、隊長」
助手席の夢見も報告した。
「妙です。この先に人の気配はないのに……」
突如木々のあいだから銃弾が飛んできた。先頭車両はジープのような多目的車だが、装甲はなきに等しい。五十口径の弾丸がフロントグラスを砕いた。
「あわわわわわわ」
田巻がひきつる。後部座席で身を低くした。参謀殿は拳銃すら帯びていない。
真由良は運転を手動に切り替え、弾丸をさけようと木々のあいだにつっこんだ。後続の六輪装甲車も銃弾を浴びるが、ダメージはない。火花に包まれる。
操縦していた小夜はブレーキを踏んだ。助手席の来島は通信機を握り締める。
「田巻三佐、ご無事ですか!」
道路のさきから、「敵」が姿を現せた。頭に大きな円盤をのせた、四本足の巨大な「ファージ」、高さは二メートル半ほどある。全体が戦車と同じ粘性特殊鋼鈑だった。
近くで停車している夢見たちの車は無視し、六輪装甲車にせまる。
「フル・オートマチック・セントリー!」
夢見たちが訓練で使っているものより、装甲が厚い。右手に重機関銃、左手に連射ロケット砲をもっている。
夢見は左手首の多目的通信装置ユニ・コムに叫ぶ。
「隊長! 歩行タイプのFASです。五十口径旧式機関銃と、三十年式百十口径噴進弾連射筒をもっています、危険です」
「は、はよひきかえせ。あんなもんにやられたら一発や」
「それ……だめです! 市街地に戻れば犠牲者がでます。
目的は東光寺一佐の奪取、いえ抹殺ですきっと」
「だ、だったらどないすんねん」
「真由良、いけるわね」
「任せてください。こう見えても十五の時から運転してます」
「……えっとそれって、その」
「後へ回り込みます。奴は足が弱点だ」
田巻は後部座席で攪拌され、文句がいえない。
いっぽう六輪装甲車も後退しようとしたが、来島が小夜を叱咤した。
「市街地に近づくな。森の中で決着をつける。今、応援を呼んだ」
フル・オートマチック・セントリーは対戦車ロケット弾をはなった。至近で爆発し、小さな防弾窓ガラスが皹だらけになった。
「こっちはともかく、夢見の車、直撃したらたまらないですよ!」
小夜は叫ぶ。来島は夢見たちに、セントリーを霍乱するように命じる。
擾乱射撃中になんとかやつをやり過ごして、地下兵站道へ逃げ込むんだ。田巻三佐!」
「な、なんや……聞こえとる」
「PSNの緊急作戦外使用許可を」
「そんなもん……ああ、なんぼでもつかたらええ。僕が全責任取る! 緊急幕僚統制や!」
夢見は訓練のように、セントリーの電子脳の内部を想像しようとした。特殊超常能力を動かすものは想像力である。
現実の姿ではなく、頭にイメージする描像が、PSNを働かせる。機械に働きかける時は、回路の中を走り回る電子を想像する。
また銃弾が真由良たちの偵察車を襲った。
「ぐああああああああ!」
田巻が叫ぶので意識が集中できない。また真由良の荒っぽい運転は、体にこたえる。
「奴の後ろに回りこんで。なんとかその……隊長たちに合流しないと、真由良、出来る?」
「こっちはヤワすぎます。抗堪性低い車種ですよ」
「時間を稼ぐだけでいいわ。あの……兵站トンネルから応援が来るまで」
敵は夢見たちにもロケット弾を浴びせる。近くの大木にあたってくだけた。
「こっちの企図を読んでる気がします。遠隔コントロールではないですね」
「……確かに、人の意思を感じる。あのFASから」
「え? それってひょっとしたら」
「あのコントロール・コクーンかも」
通信機が音声だけを伝えた。
「こちら来島。攻撃を受けている。そちらはどうだ」
「今のところ全員無事です。でもあの、FASからなにか意思を感じます」
「なに? つまり精神波遠隔操作か。よし、突撃銃ぐらいしかないがこっちでひきつける。近くにコントローラーがいるはずだ。
大神二曹は操縦者を感知しろ。必ず近くにいる。そして三曹は援護に回れ」
四輪装甲偵察車から飛び出した夢見は、かすかな意思を追って森の中をかけだした。後方で銃声が響く。FASは訓練用弾ではなく、実弾を使っている。
爆発音もするが、敢えてふりむかなかった。
小夜の意志を感じる。ともかく相手を探せ、そう言っているようだった。
「あった!」
木々のあいだに偽装されたトレーラーが停まっている。バスほどあり、偽装網その他がかけられている。
そしてその中から、明確な敵意を感じ取ったのである。
夢見は腕の通信機で来島に伝えた。
「中から意思を感じます」
「武器も持ってない君一人では危険だ。コクーンの中は想像できるか」
「……あの、歴戦の勇者が多分一人」
「そいつの意思を妨害してくれ。FASはデクの坊になる」
太い幹の陰で、夢見は片膝をついた。背後では銃声や爆発音が続く。そして偽装されたトレーラーを見つめる。目をあけたままの夢見の視界が、暗転した。
闇の果てに浮かび上がった淡い光が拡大する。それは人の形となっていく。
「……見つけた」
夢見はその「意識」からすさまじい戦意と、ためらいを感じた。何度も修羅場を潜り抜けてきたであろう意思は、友軍の一等佐官の抹殺に躊躇しているのかもしれない。
「そんなことをしては……だめ。やめて」
夢見は意識に語りかける。
「あなたの仲間、上官よ。友軍に銃口をむけるの。歴戦の猛者が」
意識は動揺しはじめた。人の形をした淡い光が悶えている。
半自動六輪装甲車に積まれていたわずかな火器では、太刀打ちできない。セントリーは四本の足で木々のあいだをすりぬけ、装甲車に迫る。小夜は兵員輸送部の法務三佐に進言した。
「だめです、市街地へ逃げましょう」
「だめだ。もうすぐ応援が来る。ふんばれ」
「わたしを出してくれ。やつらの狙いはわたしだ」
東光寺は、正面に座る三原に言った。何かと法を踏み越えることの多い情報部の礎だった。
「そ、そんなことが出来るか。あなたは大事な証人だ。
しかし同志を抹殺しようなんて、なんと言う奴等なんだ」
「わたしがそう命じた。これは予定の行動だ。同志が捕まれば奪取せよ。無理なら抹殺せよ」
驚いて来島もふりむき、兵員輸送部と運転毛期のあいだの小窓を見つめる。。
「……なんてことを」
操縦している小夜は、セントリーの異変にきづいた。
「隊長、射線がぶれています」
正確に発射していた完全被甲五十口径十二・七×九九粍弾丸が、装甲車周囲の木々にあたって大きく振動させる。発射された対戦車ロケット弾もあらぬ方向へととんで炸裂した。
「夢見です。感じます」
「攻撃しているのか」
「……いえ、説得しています」
その説得によって、コントロール・コクーンからの精神波制御が乱れはじめていた。来島は操縦する豪胆な「のんびり屋」に命じた。
「いまだ、つっこめ。あの足にぶつけろ」
「わっかりました。つかまっていて下さいっ!」
小夜はアクセルをふみこんだ。低木をなぎたおして、突進する。
周囲に銃弾を撒き散らしていたFASの右側の二脚にぶつかると、敵はそのまま横にひっくりかえった。
傾きつつ百八十度方向転換した装甲車はふたたび突進、倒れたFASの後方からかなりのスピードで接近し、その円盤状の頭部にぶつかった。各種センサーの入った装甲頭部は粉砕され、こうしてセントリーは動きをとめた。
「大神二曹殿、やりましたよっ!」
車からかけつけた真由良が、来島からの連絡を伝えた。
「応援部隊もやっと応答しました」
吾にかえった夢見の視界に、真由良の肉感的で大柄な姿があった。
そのころ、銃声をかけつけた地元警察のパトロール無人偵察ヘリがサイレンを鳴らして飛んできた。またようやく近くの警備部隊が偵察車を急行させていた。
「来島から大神二曹、無事か?」
「挺進隊長! あの、田巻参謀殿がひっくりかえってる以外、無事です」
「セントリーを無力化した。よくやってくれた」
「前方五十メートルにトレーラーを視認。中にコントローラーがいます。どうしましょう」
「応援部隊が五分以内に到着する。我々は東光寺の護送を続ける。
そっちの車輌は動くか」
「あの……無理みたいですね」
「では迎えに行く」
目の前でトレーラーが動き始めた。偽装網をひきちぎり、草木を撒き散らす。 それはバスほどもある大きさのオリーブ色の車体だった。牽引しているのは、意外にも民間のトラックらしい。
「あの、隊長、トレーラーが動きます。その、こっちへむかってくる!」
「三曹とともに急いで退避。無茶するな!」
真由良とともに田巻のところへ戻ろうとした。トレーラーは夢見たちを無視して、一番道を南西へとむかう。夢見はあわてて無線を使った。
「トレーラーがそちらにむかっています、危険です!」
ぶつけようと言うのか。しかし来島たちは六輪装甲車である。トレーラーは外壁を次々とおとしていく。皮がはがれるように落ちると、中からは真っ赤な車体があらわれた。
どうみても民間の有人輸送トレーラーである。
それが轟音とともにゆるやかな坂を下り降りてくる。一方六輪装甲車は道をそれ、木々のあいだに身を潜めている。後部の狭い兵員輸送部では、東光寺と三原がにらみ合っている。
来島は、大きな胸を深呼吸で揺らしている小夜に命じた。
「相手の出方をみよう。攻撃控え。こちらにぶつければ、相手が破壊されるが」
強力牽引車のエンジン音が近づく。三原法務三佐は不安そうだ。
ふと小夜は、強い戦意を感じてふりむいた。そのとき東光寺は三原に飛びかかり、突き飛ばした。痩せた法務三佐は小夜の脂肪がちな肉体にぶつかって、二人とも倒れた。
驚いた来島がふりむくと、東光寺は手錠のままで後部ハッチをあけて、外へ飛び出したのである。
「いけないっ!」
来島も横手のドアから飛び出す。小夜が止める間もなかった。
東光寺は木々のあいだを走り抜け、一般道路を目指す。偽装トレーラーの爆音が急速に近づく。そしてついに予備役一佐は、道路の路肩に達して立ち止まり、ふりむいた。来島が叫ぶ。
「逃げられると思っているのかっ!」
「逃げはしないさ。………残念だったな。君はいい女だよ。いや君達全員な」
と微笑む。来島は東光寺の意図を察し、叫んだ。
「やめてっ!」
次の瞬間、東光寺は道路に飛び出した。トレーラーは速度をおとさずつっこんでくる。その均整のとれた肉体が宙に高く舞い、トレーラーの通り過ぎたあとの道路にいやな音ともに落ちた。
来島の鍛え上げられた肉体が、立ったまま凍りついていた。
ほどなく応援部隊が夢見たちを回収した。地元警察もかけつけ、警務隊と担当のことで話し合いをはじめた。こんな時でも、「役所」間の駆け引きがある。
東光寺一佐は即死だった。はねた偽装トレーラーは港近くで発見されたが、中はもぬけの空だった。夢見たちは午後には市ヶ谷に戻り、しばらく休憩した。
ショックから立ち直った田巻が石動の元に出頭したのは、夕方である。かすり傷だが、左手や首に仰々しく包帯をまいている。
「大変な目にあったね。軽武装のあなたたちに護送を命じた、わたしのミスだ」
「あの、コクーンにはいってFASあやつっていた奴は、どないなりました?」
「いま警務隊が追っているけど、多分誰もつかまらないと思う」
「……闇から闇、ですか。地元州警察は納得しまへんやろ」
「FAS運搬中に、なにかの原因で暴走。とめようとした予備役一佐が殉職。
そんなところでおさまるわ」
「……一佐もかわいそうに。使い捨てか。
自信過剰なエリートの末路は、いつも哀れやな」
「本間会などの過激派取り締まりの中心、
「取り締まり? 洲到止さん言うたら、どっちか言うと東黎協会に主張近い思てたけど」
「強硬派の東條英機に、陸軍の暴走をとめさせるみたいなものね。
ともかく今日はもうゆっくりしていい。君も大変だったろう。報告書は来島くんたちと相談して、明日以降出してください」
田巻は力なく敬礼した。
エレベーターホールに出ると、来島と夢見が敬礼した。田巻はちょっと驚く。
「ああ、ユメミンにも世話なったみたいやな」
さすがに気落ちしていて覇気がない。いつもの皮肉もない。
「僕はまた、大事な計画を失いそうや。ホンマ会の連中にしてやられた」
世話にはなっているが、いけすかない男である。しかし気落ちした姿は見たくない。
「あの……東光寺一佐殿も、お気の毒です」
彼の心にアクセスした彼女は、多少責任を感じていた。
「君のせぇやない。覚悟のこっちゃ。病院に置いておいても自決しよったやろ。
東光寺正光一佐。たしか関東屈指の名刹、総本山東光寺管長の息子や。東黎協会では穏健なほうで、新国家戦略研究会つまり本間会との橋渡し役やったのに。
いつの間にか過激な連中にとりこまれたか。ともかくこれで東亜黎明協会は壊滅、本間会も重鎮を失のうた。上の方は案外ホクホクしてるかも知れへんなあ」
寂しげに微笑むと、とぼとぼと去って行った。
紺碧の海が広がっている。おだやかな波は太陽の光に輝いている。その海原に浮かぶ豪華なヨットは、古風なスクーナーに近い。その制御は完全に自動化されていた。
豪華ヨットのキャビンは締め切られている。マホガニー製の高価な調度に囲まれてすわる男は、長身の端正なコーカソイドだった。
四十代はじめらしい男は、世界財閥ククライネキーファー商会の極東総支社の「番頭」をしていた。世界の富の二割を支配している同財閥も、内部は分裂していると言う。
ホールドマンは高級なブランディーをなめつつ、白い顎鬚をはやした羊に似た老人の虚像に話しかけていた。アメリカ国籍だが、両親はドイツ人である。
「わたしはクライネキーファー商会に雇われているが、決して一族ではない。
本家にもシンパはいるが、ゴットフリートのような甘い人間は、そもそも本質を理解していない。カッツ博士、あなたもおっしゃっていたではありませんか、今こそ変革の時代だと」
「しかしホールドマン、本家の意思に反した暴走は必ず処罰される」
「腰ぬけの本家には従っていない。確かにね。かの一族にも仲間はいます。
人口の爆発と資源枯渇はもうどうしようもない。誰にも止められない。選ばれた国々で世界的な資源コントロールを行い、人口を調整するしか生き残るチャンスはないのです。
違いますか。秘密総会ではあなたも賛成したではありませんか」
「……それで、日本に新しい支配層を作り上げて、どうするのかね」
「もちろん、世界の浄化ですよ。その第一歩をここから踏み出します」
世界的科学者は、瞳孔を見開いた。
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