第四動

 暴走した「キサント」がお互いにぶつかりあっている。幸いにも硬貨ゴムの模擬弾しか積んでいない。しかも撃ち続けた電動バルカンの弾は尽きていた。

 それでも高さ三メートルはある特殊粘性鋼板の巨像が暴れ、ぶつかりあうとまるで手に負えない。上空ではでたらめに飛んでいたダクテッドファン多目的機「あまこまⅡ型改」がついに失速して、森におちた。幸い爆発炎上はしない。

 実験ゆえ、小火器以外の武装はなかった。研究員が大型トレーラーの前であわててミサイル攻撃を申請している。

「も、もう手がつけられない。燃料電池はあと二時間はもちます。

 お互いにぶつかりつつ、こっちにせまってきます。ただちに攻撃許可を!」

 夢見は、青白い研究員にくってかかった。

「何故とめないんです。中の人たちは。目覚めることのない悪夢に苦しんでいる」

「……覚醒ショックに応答しない。

 下手におこせば精神がむこうに行ったままになって、一生植物状態なんだ」

「あの……やって見ます。トレーラーの中にいれて」

「だ、だめだよ。君は誰だ。最高機密ランクの……」

「その、時間がないの、ごめん」

 夢見は大きな目を見開き、人さし指を研究員の額にあてた。あわてていた研究員は、瞬時に固まってしまう。少しくちをあけて、長く息を吐き出した。

「……ドアをあけて。お願いします」

 茫然とした研究員は、ポケットから取り出したコントローラーを操作した。ドアがスライドすると、夢見に続いて田巻が薄暗い中にはいった。

 研究員はその場に、腰が抜けたように座り込む。真姫が段に足をかけて、中に入ろうとしたとたんに頭の中で声が響いた。

――だめ」

「え?」

 真姫は入り口で立ち止まる。ドアは自動的にしまってしまった。大きなトレーラーの前半分には、両側の壁にぎっしりと観測、記録機器がならんでいる。

 後ろ半分は暗い空間で、銀色の大きな繭のような装置コクーンが並んでいる。

 慌てふためいている研究員三人が驚くなか、夢見は強化ガラスにはりついた。コクーンの中では三人の男たちが身悶えている。

「早く目をさましてあげて、このままじゃ」

 年配の研究員が叫ぶ。

「覚醒装置が働かない! 無理におこすと、精神がもどらない。一生痴呆だ!」

 ふりむいた夢見は、研究員をにらみつける。

「そ……そんな危険な実験を」

 おそるおそる田巻も入ってきた。小心者だが、夢見のことが気になっていた。

 夢見は強化ガラスに額をおしつけ、目を固く閉じた。

「な、なにしてんだっ! 君はいったいどうやって………」

 柔道家タイプの実験主任将校が驚いてどなる。田巻が張り付いた笑顔を見せる。

「あ、実験主任の坂田技術三佐。検閲の田巻三佐です。もしコクーンの中の三人を助けたいなら、その子にまかせておいてください。全責任はこっちで取ります」

「……君が例の謀略参謀か。全責任をとるなら、まかせてみよう」

 狂った「キサント」二基が絡み合うようにして、木々をなぎ倒しつつ実験トレーラーに迫る。若い研究員が叫んだ。悲壮な声だった。

「キサント接近、あと十五メートル。退避してください」

 木木のたおれる音と、機械のぶつかる音が響いてくる。坂田は叫ぶ。

「だ、だめだっ! 中の三人を助けないと……」

 夢見は三人の意識に、自分の思念を送りこもうとする。

 ……お願い、わたしの声を聴いて」

 普通の人間に対しては無理かもしれないが、三人のベテラン戦士は一種の昏睡状態に陥り、意識そのものが無防備な状態になっているはずだ。

―目覚めて、敵が近い………」

 突如夢見の視界にぼんやりとした影が現れる。それは女の形をとっているかも知れない。敵意は感じられない。困惑しているようだ。

「邪魔しないでっ!」

 夢見は小さく叫んだ。

「主任、三人に覚醒反応が!」

 若い研究員が叫ぶ。坂田三佐は叫び返す。

「よし、弱電気ショックだっ! 覚醒させろ!」

 キサントはからみあい火花を散らしつつトレーラーなどの車輌にせまる。警備兵が攻撃するが、三三サンサン式突撃銃とグリネードランチャーしかない。

 トレーラーのまえで御剣上級兵卒は茫然として立ち尽くし、その光景を見つめていた。不思議と恐怖心はなかった。兵士の一人がはしってきて叫ぶ。

「逃げろ、もうここはだめだ」

 小さな爆発音がする。吾にかえった真姫が見たのは、二体寄り添うようにして停止している高さ三メートル以上ある鋼鉄の象だった。

 それが煙を噴出しつつ真横に倒れ、大きな地響きをたてた。コントロールトレーラーから、二メートルも離れていない。

「うおおおおおおおおっ!」

 三つのコクーンの中から太い叫び声がおこった。強化ガラスに額をくっつけていた夢見は、目を大きく見開いた。

 うしろで茫然としていた主任三佐が叫ぶ。

「覚醒した! コクーン解放! 沈静ガス噴射。回収いそげ」

 無色透明なガスが出ると三人はまた眠りについた。二人の研究員は排気を待ち医療ボックスをもって強化ガラスのむこうへと入り、眠っている歴戦の猛者達に圧縮注射をうった。

「キサント、あの歩行兵器はどないなった」

 吾にかえった田巻はトレーラーから飛び出した。少し惚けたように立ち尽くす御剣真姫のすぐこうで、折り重なって倒れる巨象が火花を散らし煙を噴出していた。

「ま……まひめちゃん、大丈夫か」


 市ヶ谷駅近くに「ミスター・デーニツ」と言う変わったビール「ブロイ」があった。第二次世界大戦中のUボートに擬した、狭く薄暗い店内で、ドイツからの留学生などがビールを出してくれる。時々ソナーの音なども流れる。

 店員は艦長即ちバーテン以外は女性で、胸のあいたセクシーな水兵服である。田巻のお気に入りの店の一つだった。時々「ドイツ語を磨く」と言って一人で来る。

 極めて特殊な三等佐官と言っても、特別職国家公務員、たいして俸給はない。しかも関西の家族に仕送りしている田巻は、いつも金に困っている。

 亡き父が政策参謀をしていた国防大臣の上田に料亭でタカる以外、高級店には近づかない。

 この風変わりのバーが唯一の贅沢かも知れない。あまり女性むきの店ではない。

 その奥まった薄暗い個室は「艦長室」などと呼ばれ、四人も入れば窮屈だった。 Uボートの手狭なキャビンに模してある。常連だけが予約制で使用出来た。青みがかった灰色の略服姿の田巻は上機嫌で、小夜や夢見に食べ物をすすめる。「地方人」から情報特別雇員を経て正式武官になった変わり種である。

 生まれは丹後半島の海辺で、大学は京都市内の旧制私大だった。

「ここのソーセージ、ほかにはあらへん。ドイツ直輸入やし」

 法的には成人になっている夢見は、もともとあまり飲めない。小夜は遠慮なくどんどん注文しては食べている。北陸出身の小夜も相当飲める。

「いいんですか、そんなに嬉しそうで。弓七号があんなことになって」

「おかげで別所の息のかかった連中が罪かぶってる。僕は特に被害ない」

 夢見は例によって、視線をあわさないようにやや俯いている。

「しかも犠牲者ださへんかったのは、ウチのベッピンさんらのおかげ。こっちの株があがったわ。

 まあこれは軽いお礼やね。こんなもんで悪いけど、あんまり懐具合ようないし」

 小心者の汚い策略で、残念ながら夢見たちは何度か救われている。

「そうそう、平行してやってた『甲号しなとべ』のほうは、水中発射訓練がうまく行った。今度は公式試験なので、僕も立ち会う。夢ミンたちも来たいか」

 海兵隊に相当する強襲上陸部隊などではあだ名で呼び合う。

 しかし田巻が言うユメミン、サヨリン、マユランは最初皆いやだったが、いつの間にか彼女たちも使いだしていた。

「いえ、あの……わたしは別に。でもなんの水中発射実験ですの」

「これも極秘やけど、フリューゲルロスってあるやろ。パテント買って試作段階やけど、水空両用のロケット戦闘機。まあ空でたらジェットやけど、まさに天駆ける馬や。

 あれをちょっと改良してな。日本お得意の超改造や。まあ見ててみ」

 「艦長室」の中は、廊下からは見えない。

 統合警務隊の田沢三尉は魚雷室に見立てたバーカウンターから立って、トイレへとむかった。はやりのネルーカラースーツである。

 古風だが電波の状態のいい小さな携帯通信機器を取り出して、報告する。

「田沢です。例の三佐、ご機嫌ですね。しかし大声で軍事機密を話してます」

 電話のあいては、抑揚の乏しい声で話す。

「しばらく監視を続けたまえ。予定時刻までは」

「……洲到止すどおし副総監。別所技術二佐らの失踪と田巻三佐の関係については、その、まだ釈然としないものがあります。

 坂田三佐らは一切関わっていないことは判明しましたが」

「これは別班の報告だが、三人が失踪した夜、父島から一隻のボートが出ようとしていた。それが密輸船だ、とどこかからの通報を受けて、現地警察に朝まで捜索を受けた。

 その船をチャーターしたのが、東亜黎明協会の残党だったらしい」

「どう言うことでしょうか。そのボートが、東光寺一佐と落ち合おうとしたのでしょうか」

 副総監の考え方は短絡的に思えた。あるいは田沢には言えない、裏の情報があるのか。

「関連性はまだ判らない。地元警察に通報した相手を教えて欲しいと要請したが、なんと東京特別区内としか判らない。それ以上は追跡不可能だったらしい」

 大震災以降の社会再編成で、都道府県ではなく州郡制となっている。

 州はほぼかつての「地方」に匹敵し、郡は維新前の「国」にあたる。行政首都東京だけは武蔵郡に属さず、旧東京市域が「東京特別区」となっている。

 震災後の復興五か年計画で、最も脆弱と言われた東京都心は、高度防災都市に生まれ変わったとされている。しかしかつての下町の風情などは、ほとんど失われていた。また政府中枢のある永田町と、国家中央永久要塞のある市ヶ谷は、政府直隷地だった。

「今の世の中に、警察すら追跡できない電話、通信があるなんて」

「そうだ。今の日本国内でそんな真似ができるとすれば」

「我々か情報関係部署でしょうね」

 だからと言って謎の失踪と、あの謀略参謀との関係がわからない。

「ともかくやつは危険だ。なにかとな。今後この件に関しては総て、中央警務隊の上官ではなくわたしに直接報告したまえ。いいな、そして他言無用だ」


 まぶたを開くと、薄暗い天井が見えた。

「あ……」

 頭が痛む。東光寺予備一等佐官は、自分がベッドに寝かされ、頭になにか取り付けられていることを知った。ベッドにはベルトで固定されている。

「……助かったのか、俺は。同志たちは?」

 覚えているのは、救命胴衣をつけて波間で気を失いかけているところへ、ボートが近づいてきたことだった。それは約束の船ではなく、自動漁業の監視船だったらしい。

「助かったのは、俺だけなのか」

 また同志を失ったかも知れない。強気で冷静な彼も、涙がこぼれた。


 田巻は朝から上機嫌で、夢見の部屋をノックした。目的は真姫だった。

 昨夜は深酒だったらしく、まだ酒臭い。夢見は少し嫌な顔をする。上官でも女性の私室を訪ねることは少ない。

「隊長の許可を得ないと……」

「心配だったらついて来ぃや、この子はまだスガルちゃう。統監の許可は夕べのうちに送信してあるやろ? なにも怖いことせえへんから」

 真姫も不安そうだが、出かける支度をする。一般業務服に略帽だった。

 田巻たちが市ヶ谷から出て行ったあと、夢見は来島に連絡した。

「あの、なんとか止める方法、ないんですか」

「奴のことだ。手続きは完璧だろう。昨日のことで、弓七号にケチがついた。その調査も査問も終わってない状態で」

「あの……本当はわたしもついて行きたかったんですけど」

「ヤツもそれを望んでいたろう。でも近づかないほうがいい。

 第七課の方から聞いたんだけど、何故か統合警務隊副総監の洲到止一佐が、田巻を目の敵にしているみたいだ」

「すどおし? なぜ統合警務隊が」

 統合警務隊は英語では「マーシャル・ポリス」と呼称される。自衛隊時代の警務隊以上の権限を持つが、米国などの憲兵MPよりは権限が弱いとされる。

「わからない。洲到止って人も政治的に動きすぎて危険らしい。

 ともかく御剣上級兵卒に危害を加えるようなことはないと思うが、居所をさぐってみる。PSNの実験が出来るところなんて限られているからな」


 上級兵卒の御剣みつるぎ真姫まひめは窓に目隠しをして、四輪偵察車にのせられた。やがて潮の香りがしてきた。車から降ろされると、床から振動がかすかにつたわる、広い倉庫のような中だった。

「さ、行こか。君のためにあわてて用意したんや」

「あの、わたしはなにを」

「あんな怖い目ぇにわさへんように、シミュレーションや。

 ここやったらなにが起きても、誰にも迷惑かけへん」

 真姫は無骨なエレベーターに乗せられた。実験施設に近づくにつれ、不安が高まる。昨日森のなかで聞いた声を思い出していた。

「もう一度言うが、今日は市ヶ谷地下でやってたことの延長や。

 まあ君なら幽霊見たりせんやろから安心やな」

「幽霊、ですか」

「……せや、幽霊。歴戦の勇士の失態、見たやろ。なんか意識の中に怖い顔した女があらわれたなんて、エエ歳して寝言言いおって。

 あんな連中でも、そんなアホな夢を見るとはなあ」

 小柄な真姫は実験施設に近づくにつれて、不安を覚えだした。


 闇の中で遊部あそべ真由良まゆらは、二つの意思を感じていた。完全武装で闇の中に佇む。目が慣れると言うことはない。

 しかし同志の二つの意思を感じる。強く感じるのは夢見か小夜か。PSNの強い夢見は、意図的に意識を抑えている。どちらが小夜かは、近頃やっと真由良にもわかってきた。

 今は二人のうちのどちらかから、敵意を感じ取らねばならない。一人が彼女の「敵」であり、一人は味方なのだ。

 真由良は感じあぐねていた。敵と言っても演習状況でのこと。本心の敵意ではない。その微妙な心理を読み解かねばならない。

 歩きはじめた真由良は、ふと雑念を感じた。右側の「意思」が動揺しはじめている。それはわが国最大、おそらくは世界一の特殊超常能力をもつ下士官のもののはずだ。

「どうしたの、夢見」

 禁を破って小夜が声をだした。

「……わかりません。でも、誰かがおびえて……真姫?」

御剣みつるぎ生徒がどうかしたの」

「状況中止! 状況中止!」

 夢見はただちに訓練を注意させ、明りをつけてもらった。

「いったいどうしたのよ」

「あの…田巻三等佐官が彼女を。その彼女が、苦しんでいる」

 しかしどこにいるのかは軍事機密である。例のコントロール・コクーンの実験だろうが、技術開発本部とは別の方向から「叫び」を感じる。

「でも……いったいどうしたら。どこへ」

 小夜は走り出した。大きな胸が揺れる。

「南七号倉庫よ! 偵察用車両があるはず」

「あの、借りるのに許可証がいりますよ」

「そんなこと言ってられない」

 夢見と小夜は倉庫に飛び込んだ。そこでは、修理係二人がなにか作業をしている。小夜は慌てて二人に言った。

「使えるオート三輪車トライクはある? エアロ・トライクでもいい」

 エアロ・トライクは小さな三つのダクテッドファンからから排気を地上に叩きつけ、高度数メートルを飛ぶことが出来る。

 しかし長距離は進めないし、操縦にかなりコツが要る。

「はい? あのぅ、オート・トライクならこれですが。エアロは奥です」

 自衛隊時代は、斥候はバイク偵察兵だった。ジャストになってから細身の軽装甲三輪車が様々な目的で使われている。

 幸い、整備し燃料をいれたばかりの一台が待機していた。

「そっちの方が足が長いし、慣れてるわ。借りるよ、さあ夢見」

 二人の整備工兵は驚いて抗議しようと立ち上がった。その前に立ちはだかった夢見は、両手をつきだして、それぞれの額を人差し指で押した。

「ごめん……急いでいる。邪魔しないで」

 若い工兵は二人とも、呆然と立ち尽くす。

「あとはまかせてユメミン、操作の仕方はわかるね」

「なんとなく。あの子の意思を追います」

「新首都高速は通行禁止。その下のメンテナンスウエイに沿って走って」


「ど、どないなっとんのや。マル特戦と同じかっ!」

 狭く薄暗い実験室の中で、小心者の田巻はパニックになっていた。白衣を着た二人の実験係も、あわてて電力をきろうとしている。

 銀色に輝く「コクーン」の中では、御剣一号生徒が身もだえしている。周辺に雑然と並べられた各種機器がスパークし、火花と煙を噴出している。

「強制終了や、電源おとせっ!」

「そんなことしたら、意識が戻らず彼女も昏睡状態におちいります」

 年配の科学者は「彼女も」と言った。

「ならはよ、覚醒させ。どないなっとんのやこの実験はっ! あの子も霊の幽霊みたんか」


「夢見、今どこ?」

 オート・トライクは一般国道の路側帯を、たくみに車輌を避けて飛ぶように進む。半ばロボットされた車輌とは言え、慣れない夢見に操縦は楽ではない。

 夢見は、左手首の多目的通信機ユニ・コムに答えた。

「南下を続けてます。その……もうすぐ新東京港にでてしまう。

 でも確かにあの子の意思を追ってます」

「いったい、なにされているの」

「……………苦しみ、悲しんでいる」

 すでに港湾施設が見えてきた。三輪偵察車両は二百キロ近いスピードで、二輪車走行禁止の自動車専用道路にとびのった。潮風が夢見の顔をゆがめる。

「真姫、どこ……」

 正面にコンテナの自動荷受施設がみえだした。巨大な各種コンテナが整然と並んでいる。それを完全自動化した装置が、半ロボット化したコンテナ船に積み込んでいく。

 この時代でも国際運輸の花形は、自動貨物船だった。乗員は数人程度である。

「あの船……」

 黒っぽくほぼ長方形に近いコンテナ船が接岸している。そこは駐車場のようなところで、コンテナの積み下ろしは出来ない。

「あの中?」

 夢見は感じた。あの黒い不可解な輸送船の中から、御剣真姫の悲鳴を感じる。

「まちがいない! あんな中に」

 オート・トライクの正面からトラックがせまる。夢見は自動車専用道路から飛び出し、十数メートル下のコンテナヤードに落下していく。

 この高さでは、三輪走行車トライクが壊れる。

 夢見の童顔が硬直する。重力に捕えられて落下していたトライクはベトンの地面に衝突する前、下からの「力」によって衝撃が緩和された。まばらに車や無人カーゴのとまる広い駐車場のむこうに、黒く巨大な半ロボット化コンテナ船が停泊している。夢見はそれを目指して、オート・トライクを飛ばした。


「な、なんとかせな……」

 田巻は狭い実験コントロールルームの椅子で、腰を抜かしていた。年配の科学者が叫ぶ。

「駄目です、覚醒しません。しかしこのままでは混乱が、統合国防電脳に逆流します。緊急強制電源切断の許可を!」

「そないなことしたら、あの子ぉは……あの子は一生」

「こちらの身が危ないんです。許可をっ! あなたが責任者です」

 田巻が青ざめ冷や汗を流していると、突如別の警報が大きく鳴り響いた。

「こ、今度はなんや」

「侵入者発見、第二種警戒警報!」

 コンテナ搬入口から飛び込んだ軽装甲偵察オート・トライクは、立ちはだかる運搬用ロボットを蹴散らして、真姫の意識を追う。

―真姫……どこ?」

 非常階段のハッチに車体ごとぶつかりそれを破壊し、そのまま螺旋状の階段の中心、直系二メートルほどの竪穴にむかってつっこむ。

 三輪車トライクの前後が階段のてすりなどにぶつかって激しく火花を散らし、変形していく。

―待ってて、すぐ助けてあげる」

 ついに最下層についた。その広い廊下の奥に真姫の意思がある。夢見はバイクをぶつけてまた非常出口のドアを飛ばした。薄暗い廊下に出ると正面にヘルメットをかぶった兵士がいた。あわてて突撃銃を構える。

「と、停まれ! なにものだ」

「軍令本部情報統監部オオミワ二等曹長! 田巻三佐の緊急命令よ!」

 田巻の名に反応したのか兵は銃を捧げて敬礼し、一番奥のドアを両側スライドさせた。夢見は軽く敬礼しつつ、通り過ぎる。

「……え? あれでよかったのかよ。確かに情報統監部って言ったよな」

 兵士は実験室に緊急連絡した。自分が夢見のPSNに操られていたとは、夢にも思っていなかった。あわてていた田巻は、もうなにも聞こえない。

「侵入者接近!」

 誰かが叫んだ。続いて悲鳴と怒号が飛び交う。田巻はさすがに立ち上がった。

「な、なんや、この忙しい時に」

 夢見はトライクごと床に転がった。夢見がはなれたトライクは火花を飛ばしてすべり、実験機器にぶつかってとまった。三つのタイヤが空回りしている。

 よろめき立ち上がった夢見は、驚き青ざめる研究者につめよる。

「あの…突然おじゃまします。その、情報統監部のつかいです。御剣上級兵卒は、どこでしょう」

「み、みつるぎ? 被験者なら中に。でもクリアランスレベルが」

 突如夢見は若い科学者の細い首を両手でつかみ、自分の額を相手の額に押し付けた。

「開けなさい!」

「ひっ? か、かしこまりました」

 科学者は左手首にはめたユニ・コムを操作し、実験室への防護隔壁をあけてしまった。四角い大金庫のような扉のむこうでは火花が散って煙がただよい、一種幻想的な見えた。

 夢見がとびこむと、茫然と立ち尽くす田巻と出会ってしまった。

「ユ……ユメミン。なんてここへ」

「御剣真姫はっ!」

「あ、あの中や……」

 頑丈な強化ガラスの中は照明も破壊され、もうもうたる煙である。しかもあの、小さな光る龍のようなものがとびまわっている。

 夢見は近くにあった椅子を、ガラスに投げつけた。皹もできない。

「そ、そっちから入り」

 田巻が実験部へのドアをあけると、煙が噴出して食らいつこうとする。夢見はとびこみ、咳き込みながらもコクーンに飛びついた。

 そして透明な顔の部分に額を押し付けたのである。

「き、急速排気! ユメミンが窒息してまう!」

 情報統監部付き情報参謀田巻己士郎は、やっと吾にかえった。排気ファンがなんとか回りだし、新鮮な空気が実験部に送り込まれる。

「目覚めて。怖くない・……そう、ゆっくりと目をさまして」

 コクーンの電力は回復し、新鮮な空気が送り込まれる。実験室内をとびまわっていた小さな雷も消えてしまい、真姫はゆっくりと目をあけたのである。


「………姉さんに、会ったかもしんない」

 医療部のカラーは薄いピンクだった。一号生徒上級兵卒御剣真姫は、橋元医師の検査を受けつつ、そんなことをつぶやいた。

「どこで? 夢の中で?」

「……実験中、いなくなった姉さんのイメージが現れた。

 そして必死でわたしを止めようとしていたんです。妨害って言うのか」

 橋元は、真姫の額に触れてみた。国防省の医務正で、三佐に相当する。

「お姉さんはね、ずっとあなたの思い出の中に生きているのよ」

 橋元によると、潜在意識が作り出した妄想と言うことらしい。ともかく真姫は一刻も早く回復し、夢見に礼が言いたかった。

 また実験は失敗した。今度ばかりは田巻も無事ではすまない。石動に対する報告書を、暗澹たる思い出書き続けていた。


 暗い部屋の中に、最新式の医療用ベッドが一つ。

 周囲にはインディケーターの各種ランプやダイオードが、静かに輝いている。 「星室」とでも呼ぶべき空間のなかで、その「眠り姫」はわずかに眉間に皺を寄せていた。


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