第三動
父島駐屯地の医務官が検視を終えたのは、明け方前である。すでに市ヶ谷から中央警務隊が到着して、遺体の運搬用意を整えていた。
パイロットは、ゆえあって退官間際の航空士一等曹長。死因は心臓発作だった。もともと持病があったが、酒と非合法の昂揚剤で身体はボロボロだった。
外傷はない。あきらかに飛行中に麻痺して死んでいた。その直前、完全自動制御システムを作動させていた。また飛行中に扉を開けた形跡はなかった。随分早くからレーダーを避けるように低空飛行をし、三つの車輪を下ろしていた。
搭乗していたはずの三人の痕跡はない。コーヒーを飲んだあとはあった。室内の監視カメラなどは切られていて、キャビンの様子は判らない。
警務隊は一切を秘密のまま、捜査を開始した。失踪した三人は、内務監査部と中央警務隊から要注意人物と見なされていた。
東光寺予備役一等佐官を取り調べる直前で逃した田沢法務三尉は、朝九時に麹町にある統合警務隊本部で、
執務椅子に座りかけていた副総監は、中腰のままで驚いて固まった。
「な、なんだと、あの東光寺が……すぐに詳細報告書を出せ!」
その頃、父島の北方十キロの海上を、登りきった朝日を浴びて救命胴衣で漂っている東光寺の姿があった。気を失っていた。しかしわずかに薄目をあけた。
意識の底で近づいてくる小型船舶のエンジン音を確かにきいていたのである。
武官の日常は哨戒その他の任務以外に、教練と学習がある。しかし情報統監直率武装機動特務挺進隊に、一定の任務はなかった。「特殊情報業務」の出動がない時間は、基礎的な訓練か実験への協力にあてられる。
まだ「新入り」と呼ばれている遊部真由良は、持ち前の負けん気の強さから、この朝も市ヶ谷裏手の小さな屋内錬兵施設で基礎トレーニング行っていた。
「あの……あんまり根詰めるとよくないよ。あとその、水分補給はこまめに」
と夢見が飲み物を持ってきた。自分にライバル心を燃やし、かつ鍛えて欲しいと頼ってくるこの後輩が、少し苦手だった。
汗に濡れたシャツが、はち切れそうである。
「あ、ありがとうございます。少しやすみます」
二人は粗末なベンチに腰をおろした。
「朝から隊長をお見かけしていませんが」
「課長といっしょに、石動統監部長のところよ。また急な人事の話らしい。
ところであの、あなた実家は都内でしょ。なんで宿舎申請したの」
夢見は近頃やっと、後輩の肉食獣のような目を見て話せるようになっていた。
「皆といっしょにいたかったからです。それに、母は議員会館近くでホテルぐらし。父もいないし、実家は人に貸します」
「そう…うちの両親は、南紀の保養施設よ。まだ引退する年じゃないんだけど。
わたしが部隊にいる限り、お国が面倒見てくれるから助かるな」
「……古兵殿」
「あの、二曹でいいわ。前にも言ったでしょ」
「最近やっと目を見て話してくれるようになりました。ありがとうございます」
「ああ。わたしもともと……その。人見知りと言うより、緊張癖があって。
本当は、一人で空をとべる偵察パイロットなんかになりたかったんだけど」
「実は自分も、対人関係の構築が得意ではありません。若いころから、男共の視線が嫌でしたし、下心が判ってしまう。
PSNをもち、他人の本音を知ることの出来るものの宿命ですね」
「そのあたり、小夜さんはいいわね。おおらかで、人当たりもいいし。うらやましい」
その時、夢見の左腕にはめた多目的コミュニケーター「ユニ・コム」が小さく鳴った。小夜からのメッセージである。内側の軟モニターを広げた。
「……ビッグ・ニュースってなんだろう」
午後になり夢見と真由良は、地下第一層の情報統監部通常執務室にグレーの一般勤務服に略章をつけ、グレーの略帽で出頭した。緊急時は司令部が地下第三層に移る。
来島も斑鳩も来ている。
小柄な少し影のある少女は、もう濃い紺色の詰襟ではなくやはり青みがかったグレーの勤務服、即ち統合軍令本部要員の制服だった。
「きわめて異例のことだが」
古風なハンサムだが感情にとぼしい富野が、淡々と冷静に説明する。
「まだ一号生徒ながら例の大臣特別措置によって、ここ市ヶ谷で遠隔教育を受けることとなった。
残りの教育はこちらで訓練を受けつつ、行う。当面第十一課所属となるが、PSNの基本訓練と調査に君地たちの助けがいる」
いつも沈着冷静な石動将帥は、少し微笑んだ。
「変則的だけど、技術開発本部が彼女を狙っている。田巻君がやいやい騒ぐので、こう言う措置になった。
高等研究所はときどき強引なことをするから、彼女を守るためにもね」
夢見は思った。田巻はPSNの開発を情報統監部で独占したがっている。その考えは、田巻だけのものではないはずだ。
「このあいだはありがとうございました」
御剣真姫上級兵卒は夢身を見て安心している。その思いが伝わると、この子も「仲間だ」と言う意識が芽生えた。
「ここは一つ、田巻君の策略にのることにしたわ。中央高等研究所でこのところおかしな動きが見られる。
まあいつも秘密のベールにつつまれているけど、最近の動きは少し異常。これはあまり言ってはいけないことだけど、この際だから聞いておいて。加川二佐」
第七課長兼統監部次長の加川美麗は、サングラスをとって説明をはじめた。
「田巻三佐たちのチームは、御剣生徒の協力もあって、『甲号しなとべ』と言う絶対防衛計画をすすめているの。
全貌は話せないけど、現在進行中の
基本は総合防衛計画『たてなみ』に、研究開発本部の『弓七号』と、わが統監部も協力している兵器調達本部の『しなとべ』を合体させるかたちになる。
でもどちらがイニシアチブをとるかで、多少ギクシャクしているのよ」
「田巻のたてる計画は、いつもながら胡散臭いが」
と、富野第十一課長も言う。
「今回のことも、すでに上田国防大臣に手を回していた。元々、御剣一号生徒を江田島から引き抜くつもりでいたので、根回しや工作は準備万端。
全くたいしたものだ」
「来島二尉。御剣上級兵卒を現地実地訓練生徒として、訓練してあげて。いずれ卒業すれば慣例に従って三等曹長心得、そして現役部隊での実地教練になる。
少し早すぎるけど、特殊超常能力を持つ彼女を非道で謎めいた中央高等研究所から守るために、また田巻君の魔手から守るためにもね」
と石動は少し笑った。美麗や来島も小さく笑った。しかし夢見は真姫のかすかな不安に「感応」したのか、笑えなかった。
おそらくは世界最高のPSN戦力。彼女達をとりまく、政治と言う不可解で不愉快なパワーゲームの前に、夢見たちはあまりにも無力なのだ。
「当分はわたしと相部屋だけど、我慢してね」
市ヶ谷要塞の付属地北側に、将校用の低層官舎がある。こぎれいな単身者用アパートメントハウスで、長期滞在型ホテルのようだ。
しかし本来は独身または単身赴任の将校、しかもたいていは佐官級幹部専用の宿舎だった。
来島はともかく、下士官に過ぎない夢見や小夜がここをねぐらにしているのは、特例中の特例である。まして身分的には未成年で幼年学校生徒にすぎない御剣真姫を宿泊させるのには、さすがに抵抗があった。
そこで来島の従卒扱いにして、比較的広い部屋に住む夢見との同居となったのである。
いつものベッドを急遽二段に組み替え、恐縮する真姫に下をあてがった。
「そんなに恐縮しないで。今日は訓練も免除だから、あの…荷物いれたらお茶にしましょう」
人見知りが激しく緊張しがちな夢見は、この小柄で少しおどおどした少女だと、なぜか打ち解けてしまう。夢見とは頭一つ分、背丈が違う。
夢身が好意を抱いていることは、真姫にもつたわったようだ。
「いろいろとありがとうございます。なんか姉さん思い出しちゃった」
「へえ、姉さんいるんだったわね」
二人は宿舎ロビーにあるセルフのカフェテリアで、紅茶を飲むことにした。
「そう、いろいろと大変ね」
「姉はまだちゃんと生きているそうです。意識はないにせよ、いつか目覚めるだろうって。多分PSNは、わたしの倍は強かったな」
「そう……そんなスゴい人が、わたしたちの部隊より前にいたなんて」
「いつか目覚めて、ただいまって帰ってくることを信じています」
大神夢見は、これ以上プライベートなことを聞くのを控えた。
「あの……あなたもやっぱり、例の試験受けたのかな」
「ええ。はじめはペーパーで。むかしこんなことなかったか、とか。
わたしはトランプの神経衰弱とか得意だったんです。すると聞きつけた田巻三佐がきて、例のESPカードでしたっけ、あれを江田島でやらされて」
「そして本格的なテストか。わたしといっしょね」
大神夢見はむかしから人の敵意や悪意に敏感すぎて、他人が苦手だった。そんな夢見に目をつけたのも、あの田巻なのである。
随分いやな目にもあったが、現在の破格の待遇と能力の開花は、確かにあの謀略参謀のおかげだった。田巻の好色な視線は苦手だが、一応感謝していた。
「自分もあの三佐はちょっと苦手です。いろいろ良くはしてくれるんですけど。
こっちで訓練してもらえるの、ありがたいです」
「あの、彼は恩人だけど……正直いけすかない。もともと旧防衛省関係の広報会社にいて、統合自衛部隊発足の時にドサクサで幹部候補になったのよ。
上田大臣のマジックでね。若作りだけど、あれでかなりのトシよ。
学科試験や語学、論文はかなりの好成績だったけど、実技はてんでダメ。マラソンも五百メートル走れば気絶するって聞いたわ。しかもカナヅチで船酔い」
「そんな人が、どうして軍令本部勤務に。エリート組織と聞いていましたけど」
「だからバックが上田国防大臣なのよ。影の首相とか微笑みの寝技師とか言われている、あの。国防朝発足以来、内閣かわってもずっと大臣。首相も動かせる。
おかげで我が挺進隊も、いろいろと特例を認められているんだけどね」
明日からは通信授業のあいま、遊部三曹などが教練を指導すると言う。
「ちょっと怖そうだけど、すてきな方ですね。むかしのハリウッド映画に出てきそうな体で驚いたです」
「その、真正面からたちむかったらだめよ。すごく負けん気強いから」
「はい。気をつけます。あと……」
「なに?」
「斑鳩一曹なんですがその、わたしをその……好意をもっていると言うか」
「ああその……わかったの? あなたむかしの私に似ているから。
でもいい人だし頼りがいがある。あなたの嫌がることは絶対にしないから安心して。最近は少し、男にも興味もってきたみたいだから。
それと田巻三佐殿は、小夜さんに逆らえないし」
「はあ……」
現在は中部州の一部となっている。古い言いかただと信州と呼ぶ。その高い山々のあいだに目立たないように、施設がまた一つ完成しつつあった。
岩や木々のあいだに隠された、先端のゆるやかにとがった八角形の塔。正式名称は統合防空可動保塁と言う。
通称はフラックトゥルム、または統防要塞。それを五年以内に全国に十三作ることにより、日本列島全体を一つの要塞化しようとするものだった。
計画自体は「たてなみ第二期計画」と呼ばれている。そして「たてなみ」は国防のいわば絶対国防ラインを守護するものである。
それ以前に、日本海や太平洋上で敵性勢力を邀撃する必要があった。
さらには、日本を攻撃する敵拠点を破壊することも求められた。そのための防衛計画は「弓七号」と呼ばれている。
しかしその計画を実質的に取り仕切っていた別所技術二等佐官が失踪したことは、密かに大騒ぎになっていた。技術開発本部だけではない。彼やその同志を追跡していた統合警務隊でも動揺していた。
警務隊は、別所たちが地下に潜伏したと信じているが、統合警務隊副総監は「なにものかに処分された」と信じている。
情報統監部情報参謀の三佐田巻己士郎が東光寺たちの失踪を知ったのは、夕方である。第十課から連絡を受けたときは非番で、士官食堂で好物のマッキンダー・ビールを飲んでいた。
あわてて近くの通信ボックスにはいって、連絡を続けた。
「それで、第十課が消したとでも思われてんのか? ……僕が仕組んだ?
いや、仕組んではおらんが、地元にちくったのは確かやけど。ああ、別所たちの背後を警務隊やら統合警務隊やらに流しはしていたけど。
……それにしても三人も、いっぺんに」
電話の相手は、静かに告げた。
「統合警務隊副総監の洲到止一佐がなぜかあわてている」
「スドオシ? ああ、あの頑固そうなオッサンか。危険思想持つ三人が潜伏したんやから、まああわてるやろう。
いや、僕にとってはチャンスやけどな。いろいろおおきに」
田巻は陰険そうな細い目を、さらに細めた。
翌朝、田巻は石動統監の平時執務室に呼ばれた。十一課長の富野以下、スガル挺進隊の四人もそろっていたので田巻は機嫌がよかった。例によって一人一人を視線で嘗め回す。
「天は二物を与えまくっとるな。朝から目ぇの保養やし」
来島は憮然とし、夢見は視線をそらす。田巻は石動将帥に敬礼した。
「このたび、技術開発本部中央高等研究所と調達部とで、軍令本部案件である『第二次総合国防計画たてなみ』を正式に支えることとなった。弓七号と、君の『甲号しなとべ』は『たてなみ第二期』の主要プロジェクトになる」
「あ、そりゃまたありかだい」
田巻は相好を崩し、厚いレンズの底で細い目をさらに細める。しかしこれが田巻排除の一貫とは、夢にも思っていない。いつもは無表情な富野がやや気の毒そうな顔をしたのを、夢見は見のがさなかった。
「これで今までいがみおうてた二つの計画が、仲よう助けあえますなあ。
またこちらのお姫さんたちにも、協力してもらわな」
「自分は、その」
普段決して口答えなどしない来島二尉が言い出した。
「甲号しなとべについても、よくわかっておりません。ご命令であれば当然協力いたしますが、そもそも絶対極秘のわが情報特務挺進部隊の……」
「ああ、それはうまくこっちでやるよって。裏工作と根回しは任せとき。
僕の『しなとべ』の核になってる遠隔精神コントロールは、中央高等研究所のほうが進んどる。しかしPSNの利用ちゅうのは、この地下でしかできへんし、外へへ出すつもりもない」
「田巻三佐。君は全容を知っているようだが、我々はなにも知らされていない」
富野は田巻よりかなり若い。旧・防衛大学校、現統合国防大学校からの生え抜きだった。
石動の許可も得て、田巻は語りだした。そもそもは二年近く前、スガル挺進隊発足前のことである。やっと特殊超常能力の研究が開始されたころだった。
「最初にやったんが、PSNの介入による兵器の無力化。その前提として、兵器制御コンピューターをPSNで動かせるか言う実験、やっとったそうですわ。
その時かかわってたんが、大学校いかはった小林はん。そして、なんや失踪しはったらしい別所博士と聞いています」
「あの……わたしたちのほかにその、PSNを持つ協力者がやはり」
夢見の質問に、執務室にいた人々の視線が集まる。つづいて田巻が視線に包囲された。
「……その、詳しくは知らんのやけど。ユメミンほどではないにせよ。
かなり強力な人がいたそうですわ。まあ多少僕も、関わってないことなかったような、その……。
やっぱり若い下士官。当然、女性やね。弓六号か五号やったかな。
遠隔コントロール実験やってて、つまり……なんか事故があって中止になったみたいですな。よう知らんけど」
特殊超常能ポテスタース・スペルナートゥーラーリス、PSNと略される。
「あの……どんな事故なんです。その、PSNを持った人はどうなりました」
普段視線をそらす夢見が、のっぺりとした横顔を見つめる。田巻の背筋に冷たいものが走る。
「僕は計画要員でもなかったし。たとえ知っとっても話せるはずもないけど。
噂では、あくまで噂やけどその曹長は心理的ダメージ受けて、まだ入院中かリハビリちゅうらしい。
それ以上はその、国家最高機密アルカーナ・マークシマの闇の中や」
田巻の瞳が微妙に動く。嘘はついていないがなにかを隠している。夢見にはよくわかった。隣の小夜のほうを一瞥すると、小夜も同じ思いらしく小さく頷く。
「技術開発本部を敵に回すこともないし、調達本部がOKしているなら我々も命令に従うしかありません。
しかし田巻君。弓七号においては、歴戦の勇士たるマル特戦のモサクレでも、しばし精神的ダメージを受けていることは知っているわね」
弓七号は遠隔意志操作システムの開発を主体とし、負傷したベテラン軍人や歳をとった歴戦の勇士などがコントロールモジュール「コクーン」から意志で自動兵器を操る。
こうして実戦で鍛えられた戦闘技術が、安全に活用できる。
また負傷兵でも最前線で戦うことが出来るし、完全自動機械やロボット兵器にくらべて臨機応変の対応が可能だ。
「でも、その精神遠隔兵器が敵に破壊された場合、相当な精神的なショックを受け、場合によっては意識が戻らないって話も聞いているわ」
「ミサイルの直撃直前に、意識を強制遮断する方法もあるようですが。
不意打ち喰らったらひとたまりもない。また精神を返還して電磁波で送ると、どうしてもわずかなタイムラグが生じるし、場所によっては電波がとどかへん。
その点、PSNやったら海の底でも地の果てでも、グラビトンなみに無制限にとどきます。
それにPSN保持者やったら、攻撃を受ける直前にそれを察知して、精神操作をカットして心理的ダメージを回避できそうですわ」
それであれほど真姫にこだわったのか。夢見はそんなことを考えた。
「しかし我々の特殊能力は絶対極秘です。一部マスコミが嗅ぎつけていますが。
技術開発本部に、わが挺進隊の存在を、公式に明らかにされるおつもりでしょうか」
来島が珍しくくってかかる。石動もやや困ったような顔をする。
「……そこらが矛盾なのは確かね。上田大臣にも申し上げたけど。スガル部隊の存在は極秘。もっとも知る人は知ってるでしょうし、開発本部なんか当然ね。
ともかく斑鳩一曹でも大神二曹でも
「そやから、まだツバのついてへん御剣生徒をですなぁ、つこてたんですわ。
今は第十一課の教育お預かりみたいなモンで、特務挺進隊とは関係あらへん。それにコントロール・コクーンは御剣生徒にいろいろと合わせてあります」
「君は彼女を、今後も使おうと言うのかね」
「はあ。それしか統合計画でイニシアチブとる方法はおへんやろ」
「お言葉ですが」
来島郎女は鍛え抜かれた肉体を一歩前に進めた。角館の古い武家の出で、厳格な祖父から武道を仕込まれた。特殊超常能力PSNはほぼない。
しかし人一倍勘が鋭く、特に戦場での直感の鋭利さは常人ばなれしている。
「まだ法的には未成年である御剣君を、特殊実験の被験者とし続けることは危険であり、かつ我が挺進部隊の存在秘匿のためであるなら、あまりにも過酷です」
田巻は真横をむいて、来島の方を見た。来島は美しくも精悍な顔だけを横にむけて、田巻の度の強いめがねを見つめた。田巻は一瞬たじろいだ。
「平時における軍務は、嫌でも政治的な面も考慮せなあかん」
「どう言う意味でしょうか」
「真姫ちゃんも、成績優秀をもって三等曹長心得になったら我が……僕らの情報特務挺進部隊で実地教練受けることは確実や。今のうちにうっとこの子ぉや言うことをアピールしておいて、軍令本部あげての次期国防計画に情報統監部が多大な貢献したら、次年度の予算獲得に有利やろ。
それに上田国防大臣に恩売ることにもなる。そこんとこもよう考え」
「……政治に関してはわたしも富野君も、来島二尉以上に苦手ね。ここは、こう言う策略、いや駆け引きの巧い田巻君の顔をたてるしかないか。
前課長を追い出したお礼も兼ねて」
「あの……おねがいが、あります」
夢見も一歩前へ出て、石動の涼しげで威厳のある目を見つめた。
「なんだね」
「彼女、
そして彼女が引き続き実験に協力したいと言うなら、その……わたしを、監督者に任命してください」
「監督って。実験と研究はそれなりの科学者と技師がやるし、橋元医務正もつくやろう」
「でも、ほっておけないんです。なんだか、昔の自分を見るようで」
「いいでしょう。常時つきっきりと言うわけには行かないけど、未成年生徒に指導教官が必要。
その補佐と言うかたちで大神二曹に手伝っていただこう。
田巻三佐、それでいいね」
「………はい。別に異存はおへん。あと、前の厄介な課長さん追い出したのは。僕やないです」
夢見はうれしそうに敬礼した。
富士山一帯が環境保全地域となり、広大な森林が周囲に広がっている。しかしその一角、鬱蒼たる樹海の中に統合自衛部隊陸戦演習林があった。
技術開発本部中央高等研究所の特別チームは、リーダーだった別所技術二佐の失踪で少なからず動揺していたが、予定通り実証実験を開始した。
この日は、「コクーン」と称される精神派遠隔操作装置を開発した大輪田精機立ち合いの元、「マル特戦」と呼ばれるベテラン戦士たちによる屋外戦闘機械操作実験だった。
「ああ、ええ天気やなあ」
田巻は珍しく迷彩戦闘服を着ている。しかし銀色の「かざりお」を吊ったままである。これでは目立って、迷彩服の意味がない。
黒井は自分たちの神聖な「弓七号」にこんな人物が関係してくることが腹立たしかったが、別所が行方不明のまま「たてなみ」に吸収されることが決まり、急遽この実証実験の検閲官として差遣されてきたのだった。
田巻のたっての希望で、上級兵卒御剣真姫も立ち会っている。来島は夢見も同行させることで、しぶしぶ承知した。
コクーンをのせた装甲ハーフトラックにたいそうな電源車と、移動レーダーを改良した送信車輌が接続されている。それに乗り込む迷彩服姿の下士官達に、夢見たちは手を挙げて「屋外の敬礼」をする。
ふてぶてしい面構えの男たちは、冷ややかな目でいい加減に答礼して車輌へと消えて行く。見送った田巻は、夢見に耳打ちした。
「あれが、マル特戦。海外実地訓練履修特殊技能戦術兵の、猛者クレどもや」
東海・東南海連続巨大地震で、日本経済は一時的に麻痺した。
米ドルを「裏打ち」していた日本円の大幅下落は極東発の世界恐慌となってひろがり、各地での紛争と混乱をひきおこした。その余波は今も収まっていない。
アジア各地でも大小の紛争が頻発し、今日に至っている。
数年前からジャストでは旧国連軍や米軍などの平和強制部隊に兵士を出向させ、過酷な最前線で実戦経験を積ませた。それが彼らである。
「つまり、本物の戦闘に参加した人たちなんですね」
夢見は少し尊敬してしまう。
「そや。自衛隊時代から、実戦経験者の少なさが弱点やったよって。
榛名元一等曹長は怪我して退役。那須予備役准尉は負傷して半分サイボーグ、千賀一等曹長は現役やけど素行に問題あり。
ケンカっ早い言うか血の気が多い言うか。そんな戦士でも、コクーンはいったら最前線で安全に戦える」
ふと夢見は、かたわらの
「どうしたの、寒いの?」
「いえ、なんか不安が。ここに来ちゃいけないような気が」
「……あなた、未来が読めるの」
「そんなんじゃないんです。誰かが警告しているような気がする」
ほどなく実験は開始される。田巻とともに樹海の中に急遽作られた観測台にむかった。やがて木々のむこうから、象のような足音と機械音が近づく。
上空には我が国が誇る垂直離発着多目的忌「「あまこまⅡ型改」が迷走している。ビヤ樽型の可変ダクテッドファンを機体両側と、後部に三つ持つ。
その時、大きな木が二本、倒れてきた。つづいて砂埃が濛々とたちこめる。その中から機械の「象」が出現、のし歩きつつせまってくる。
続いてキサントがもう一台、出現した。ちょうど二方向から迫ってくる。
「おい、危ないやないか、どうなってんのや」
夢見は確かに、無人のキサント二基から敵意を感じた。二台目のキサントがたおした木が、倒れてきた。大音響とともに石などをとばす。
二基は明らかに、夢見たちへと迫っている。
「な、なにが起きとんのや!」
「あの、ともかく退避してください!」
夢見は真姫の手をひいて大木の陰に隠れた。観察台が倒れた木の下敷きになって、砕け散った。その衝撃で田巻は腰を抜かしてしまう。
「あわわわわわわわわ!」
「三佐殿、早く」
木陰で真姫も頭をかかえてうずくまっている。とっさにかがんだ夢見は、少女の額に自分の額をあてて、低く言った。
「おちついて。わたしがついてる」
真姫は目を見開いた。ふるえが瞬時にとまっていた。
「コントロール、なにしとんのやっ! 仲間われか」
夢見は木々のかなたに幽かに見えるオリーブ色の車輌を、仁王立ちになって見つめた。
「なにがおきてるの……」
少しうつむいて目を瞑った。両方の手は前につきだしている。両掌あたりの空間が微かにゆがんで見える。小心者の田巻は木の幹に抱きついて青ざめている。
「お、お、おおおおおおお大神二曹……」
「………苦しんでる。コクーンの中で怖れている」
「な、なんやそれ。歴戦の勇士が。機械の故障か」
「悪夢に苦しめられているみたいな……ともかく覚醒させないと」
と走り出す。
「あわわわわわ、待って……」
田巻も立ち上がり、木の根っこでうずくまっている真姫を見つけた。臆病者だが、こう言う場合は見栄を張って上官めいた態度をとる。
「さ、退避や。あののっぽのお姉ちゃんのあとに続き」
目の赤い真姫は見上げ、立ち上がった。しかしその田巻は腰が抜けたようになっており、真姫に肩をかりることになる。
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