第4話
サーシャの説明に色々と疑問に感じることはあるものの、これ以上は話が進まないと判断したクロエは全ての疑問をいったん飲み込んだ。不思議そうにサーシャを見つめるにとどめる。
サーシャはクロエの視線を受けニコニコと笑っていたが、不意にサラの方へ向き直り口を開いた。
「ねぇ、サラちゃん。お母さんちょっとクロエちゃんと二人っきりで話がしたいわ。ミーナもサラちゃんに会いたがっていたし、少し席を外してくれないかしら?」
サーシャの言葉に、サラは不審そうに眉をひそめた。しかし、文句を言う前に何かを察したようで、サラはスッと立ち上がると肩をすくめた。
「それは、大長老としての命ですの?」
「あら? そんな堅苦しい物じゃないわ。お母さんの小さなワガママよ。」
「……ま、そう言う事にしておきますわ。私もミーナには会いたかったですし。」
サラはそう言うと改めてクロエの方へ向き直った。
「それでは、少しだけ失礼しますわ。何かされそうになったら、大きな声で助けを呼んでくださいね?」
「酷いわサラちゃん……。お母さん泣いちゃいそう、くすん……。」
あからさまなウソ泣きを見せるサーシャの様子に、再び肩をすくめたサラはそのまま一礼すると扉を開き部屋を後にした。
「あらあら……。それじゃあ、あっちのソファーに座りましょうか。」
サーシャに促され、クロエは部屋の端に置いてあるソファーに腰かけた。木と繊維で編まれたもののようだが、クロエはその気持ちよさに少し顔をほころばせる。
ソファーに座ったクロエに対し、サーシャは一度部屋の中央にある机へと向かうと、その引き出しから一枚の紙きれを手に取った。そして同じくソファーへと向かいクロエの対面へと腰かける。
「……さて。今この部屋には私たちしかいません。少し、真剣な話をしましょうか。」
サーシャがポツリと漏らしたその言葉は、先ほどまでのどこかふわふわとした印象とはかけ離れたものだった。まるで矢じりのようにその言葉は鋭い。聞く者に畏怖を覚えさせる重みがある。クロエの肝が冷えた。これが
口を挟むことなどできないクロエを他所に、サーシャは言葉を続けてきた。
「私は、この国を、
きっぱりと述べられたその言葉は、一国の長としての責任を滲ませる重い物だった。一般市民であったクロエにとって、この言葉は初めて感じる権力者の、力ある者の言葉だった。その迫力に気圧され、ただ黙って唾を飲み込むことしかできない。
サーシャは手にしていた紙を、両者の間にあるテーブルの上へと置いた。クロエの視線がそれに注がれる。
何の変哲もない紙である。文字が記されているが、無論それは日本語ではない。しかしクロエはその文字を読むことができた。それはこれまでの経験と同じである。クロエ自身ももはやその事に気を取られはしなかった。
「し、『真実の誓約』……?」
気になったのはそこに記された文字の内容だった。紙の上部にただそれだけが記されており、中央部には直線が横に走っている。
サーシャはクロエの反応に対し一切の反応を見せず、テーブルの端に置かれた羽ペンをクロエの前まで滑らせた。無言の内に「ペンを取れ」という事なのだろう。そう解釈したクロエは暗黙の裡にペンを右手に握った。
「……そちらの、線の上に名前を書いてください。」
「えっ、な、何でですか……?」
一切の説明もなく、ただ名前を書けとサーシャはクロエに迫った。怪しいことこの上ない。これが例えば現代日本であったとしたら、なんとお粗末な詐欺であろうと鼻で笑うかもしれない。もう少しあの手この手でサインを求めること位はどんな悪人でも考えるだろう。
しかし、サーシャは一切言葉を発さなかった。ただただ無言でクロエを見つめるだけである。クロエは考えた。この紙は何なのか、何故名前を書かねばならないのか。馬鹿馬鹿しいと要求を跳ねのける考えも頭をよぎったが、その考えを実行に移す前にクロエは自らに待ったをかける。
「(さっき、大長老様は『全てを疑わねばならない』って言ってた……。つまり、ボクの事も疑ってるんだ。じゃあ例えば、この紙が何であれボクが名前を書くのを断ったら? そんなの、怪しすぎる! やましいことがあるって思われても仕方ないよ! という事は、何が起きるか怖いけど、名前を書くしかないんだよね……。)」
クロエは手にしたペンを紙の上に走らせた。線の上に片仮名で「クロエ」と記入する。転生前の名前を記すことも考えたが、先程の自己紹介の時もそうであったように、自らの事を何故か「クロエ」と認識しているのである。
サーシャはクロエが文字を記し終わったのを確認すると、紙を再び手に取りそこに記された文字をしげしげと眺めた。そしてポツリと言葉を漏らす。
「……なるほど、見た事もない文字ですがそこに記された内容を直感的に判断できる。
「えっ?」
「こちらの話です、お気になさらず。……さて。」
サーシャは紙をテーブルの上へ戻すと、右手を紙の上に添えた。そしてポツポツとクロエが聞き取れないぐらいの小さな声で何かを呟く。
すると、突如として紙が淡く発光した。先ほど紙に名前を書いた際も、クロエはその紙に何かしらの違和感は覚えなかった。だというのに、今目の前でその紙は不思議に発光している。サインをしたのは尚早だったかと、クロエは目に見えて焦った。
紙の謎の発光はすぐに収まった。サーシャは紙を手に取ると懐へ仕舞う。クロエはそれをただ眺めるしかなかった。
「今、あなたが名前を書いた紙は『真実の誓約』と呼ばれる魔法の道具です。この紙に名前を書いた存在は契約に縛られ、この紙を破り捨てぬ限り一切の虚偽が認められません。もし契約に背き何かしらの偽装を施そうものなら、呪いがあなたの心臓を貫くでしょう。」
サーシャの言葉に、クロエはまるで鉛を口から流し込まれたかのように臓腑の底が重くなったような心持となった。一言で言えば「やっちまった」と言う心境である。名前を書くしかなかったとはいえ、一切の嘘がつけなくなってしまったのだ。元より嘘を吐くつもりはなかったとは言え、そのプレッシャーは計り知れない。
「(あああ……!! どうしよ!? 待って待って待って、どうすればいいの!? いや、大長老様の言葉が本当とは限らないし、気にしなくても……。いや、忘れたのか? ここは異世界なんだぞ! ボクの知識なんて役に立たないし、常識なんて通じる訳がない! 魔法がある世界なんだ、呪いだってあってもおかしくない。つまり、どちらにせよ、嘘はもうつけないって事だ……。)」
クロエはキュッと口を引き締めた。覚悟を決めたらしい。ぎゅっと両手を握りしめるその様子は、傍から見ても緊張していることがありありと伺える。
「では、
サーシャがクロエに求めたのは、クロエのこれまでの経緯だった。クロエは内心少しだけ安堵する。その事についてはもとより嘘を吐くことなど考えてはいなかったのである。
しかし、一つだけ懸念することがあった。
「(ボクのロール『魔王』の事は、話しちゃっていいのかな……。サラさんは気にしていた様子はなかったけど、あんまりいい意味の言葉じゃないし……。でも、どうせ嘘は付けないんだ。だったら開き直って、全部話しちゃえばいい。)」
「実は……」
クロエが口を開く。そして、ポツリポツリと、思い出せる範囲でこれまでの経緯をサーシャへ明かしていくのだった。
部屋の外から風の音が聞こえてくる。どうやら外は、少し風が強いらしい。そんな風の音がわかるほどに静かな部屋の中、クロエはこの国へ来るまでの経緯を一切の偽りなくサーシャへ語った。
サーシャはクロエの話を黙って聞いていた。表情を動かさず、時折頷きを返していた。しかし、クロエがその全てを語り終えた後、目をつむると「ふぅ……」と大きく息を吐いた。
「そう、でしたか……。その様な事が……。
「や、あの……、ほ、本当なんです……!」
サーシャの漏らした言葉に焦りを得たクロエは、立ち上がらんばかりの勢いで弁明した。しかしサーシャはその様子を見ると軽く右手を上げてクロエを止める。
「いえ、疑っている訳ではありません。先ほどの話も、文献で読んだ転生の話に類似していますし、こうして会話が成り立つ時点であなたが
そう語ったサーシャは、テーブルに置かれた紙を手に取った。それは、クロエが元々身に着けていた服に入っていた物、クロエの転生に関することが記された例の紙である。クロエは先ほどの話の過程で、サラの家から持ってきていたその紙を提示したのだった。
サーシャはしげしげと紙を見つめる。クロエは紙を見つめるサーシャを不思議そうに見つめていた。クロエが自らの言葉の続きを待っていることを察したサーシャは、紙から視線を外しクロエへ向ける。
「ここに記されている文字は、『神代文字』と呼ばれるものです。古い時代に使われていた文字で、もはやこの文字を日常会話で用いる者はこの世界にいないでしょう。私でさえ、かろうじて読める程度です。おそらく、この国でもこの文字を読むことができるのは数人でしょう。この紙を持っている時点で、あなたが尋常の存在ではない証明になり得るのですよ。」
「そうなんですか?」
「ええ。ですが、正直この紙に書かれた内容、そしてあなたが語った話……。とてもじゃないですが、おいそれと信じられるものではないのです。この世界に来たばかりのあなたは、分からないでしょうけどね。」
サーシャはそこまで言うと、手に持っていた紙をクロエへと返した。クロエは紙を元通りに畳むと、再び服へと仕舞う。
「取り急ぎ、二つの事を教えておきましょう。まず一つ、あなたの持つ『無属性』と言う魔法属性。これは私も聞いたことの無いものです。」
「やっぱり、ですか……。」
「この世界の魔法には、10の属性があります。火、水、氷、風、雷、鋼、土、木、光、そして闇。これは不変の理であり、真理であるとされてきました。ですが、あなたの話が本当であるならば、これはこの世の常識を瓦解させかねないものです。」
サーシャの言葉の迫力に、クロエは我がごとながらどこか他人事のように感じていた自らの異端さを突きつけられたような気持ちになった。現時点においても、クロエは自らが異世界にいることは理解していても魔法の存在は半信半疑である。しかし実際の魔法を見ていないことを踏まえれば、それもむべなるかなと言えるだろう。
「そして、もう一つですが……。これはこの国で生活するうえで必ず心に留めておいてもらいたいものです。」
「は、はい……。」
「先ほどの紙に書いてあった『ロール』と呼ばれる物、あなたが聞いた話を踏まえるならば『運命』に近しい物らしいですが、あなたが背負いしロール『魔王』……。この国において『魔王』という言葉は迂闊に口にしないでください。」
サーシャの言葉は力強かった。有無を言わせぬ力がある。その迫力に若干気圧されそうになるクロエだったが、その理由ぐらいは聞いておかねば納得は出来ないと考えた。
「そ、それは……、どうしてなんですか?」
「……少し、長い話になります。」
サーシャはそう言うと、おもむろに立ち上がり壁際の本棚の一角へ向かった。そして少し高い位置にある分厚い本を手に取ると、それをパラパラとめくりながら再びソファーへ腰を下ろした。
「この世界の歴史などを一から説明することはしませんが……、簡単に言うと今からおよそ二千年以上昔、この世界は大きな戦火に見舞われました。それは、
「戦争、ですか……。この世界でも、やっぱりあるんですね。」
「ええ。他の
サーシャはページをめくる手を止めた。そしてそのページに目を落としなら言葉を続ける。
「酷い争いだったと、聞いています。人魔大戦は規模もそうですが、その期間もまた長い戦争でした。私が生まれた頃はすでに終戦近くでしたが、その頃になるとお互いの陣営の中でも争いが起きていました。もはや、誰が敵で誰が味方か分からない様相であったと、先代の大長老である私の母は語ってくれました。」
クロエはサーシャの話に聞き入っている。サーシャは顔を上げ、クロエの顔を見つめた。
「我々
サーシャの瞳には、何の感情も宿っていない。それは一国の長と言う立場故に、ただ歴史を客観的にとらえねばならないという責務もあるのかもしれない。
「その扱いは、一言で言えば『奴隷』でしょう。労働力として、戦力として、そして性欲の捌け口として。我々
サーシャはそこまで語ると、先程から開いていた本をテーブルの上に置いた。クロエの視線がそのページに注がれる。
そこには、おそらく活版印刷で記されたであろう文字の他に、ただ一文、手書きで記された文字があった。
『我らの痛みを、屈辱を忘れるな。』
文字は心を表すとはよく言った物だと、クロエは内心舌を巻いた。そこに記されたものはただの文字であるはずなのに、ありありとその文字を書いたであろう者の怒りが感じられた。
「二千年ほど過去の出来事ですが、我々
「それって……、もしかして、この世界にはまだ、魔王と呼ばれる人たちがいるんですか?」
「ええ。詳しくは、また今度教えてもらった方が良いでしょう。どれだけ簡単にしても、一つの世界の歴史です。それなりの時間をかけねば理解できないでしょう。」
サーシャは腕を伸ばしパタンと本を閉じると、あらためてクロエの目を見つめた。その視線は特に、クロエの右目に注がれている。クロエはその事実に気が付くと、連鎖的にある事を思い出した。ここへ来る前、サラもクロエの右目を覗き込んだのだ。
「(何か関係があるのかな? そう言えば昔、冒険者の目を覗き込んで倒した敵とかを把握する漫画があったけど、もしかしてこの世界の人たちはそれができる……? いや、ないか……。)」
「長々と話してしまいましたが、まとめるとこの国で過ごすにあたり注意すべきは先ほど述べた二点です。覚えていますか?」
「あっ、はい。えっと、ボクの魔法属性についてと、魔王について言及しない事ですよね?」
クロエが先ほどの会話を思い返しながら答えた。サーシャは満足そうに頷く。
「ええ、その通りです。前者については、今後の調査で何かしら明らかになるかもしれません。後者に関して、『ロール』と言う物の正体が分からない以上明言は出来ませんが、あなたが魔王である可能性は低いでしょう。『罪の証』がありませんからね。」
「『罪の証』……。サラさんもその言葉を言ってました。それって、何なんですか?」
クロエはサラが自分の目を覗き込んだ時に発した言葉を思い出した。サラもまた、クロエの右目を覗き込み、「罪の証」がないと言っていたのである。
「『罪の証』とは、簡単に言えば魔王であることを証明するものです。この世界にいる魔王の右目には、『罪の証』と呼ばれる刻印が浮かび上がっています。魔力の高ぶりと共に気炎を発するこの紋章は強者の証であり、唯一無二です。あなたの右目にはそれがありませんから、魔王ではないと判断できるのです。詳しくは、後日教えてもらうと良いでしょう。」
サーシャは立ち上がった。そして微かに口の端を上げてうっすらと笑みを浮かべると、クロエに向かって右手を差し出した。
「これが
どうやらサーシャはクロエを認め、握手を求めているらしい。それに気が付いたクロエは慌てて立ち上がると、両手でサーシャの手を握り返した。
「よ、よろしくおねがいします!」
「ふふ、こちらこそ。さて、と……」
先ほどよりも分かりやすく笑みを浮かべたサーシャは大きく息を吐いた。すると、先ほどまでの張り詰めた雰囲気は一変し、サラが部屋を去る前のほんわかとした表情に戻る。
「あー、疲れたわぁ……。真面目なお話って肩がこるのよねぇ。クロエちゃんも緊張しちゃったでしょ? サラちゃんのとこへ行きましょうか?」
そのあまりの豹変具合に、クロエは開いた口が塞がらない思いだった。視線を左右に流し迷いながらも、どうしても気になってしまいサーシャへと尋ねる。
「あ、あの……。ど、どうしてそんなに違うんですか? その、雰囲気とか……。」
「んー……、本当はね? さっきみたいな雰囲気でずっといるべきなのよ。私も分不相応だけどこの国の長だし、威厳とか緊張感に溢れているべきなんだけどね。でも、疲れるじゃない? 相手もだけど、私自身も疲れちゃうの。だから、切り替えているのよ。大長老としての私と、ただの
クロエの質問に対し、サーシャは苦笑を浮かべながらそう答えた。このようなオンとオフの切り替えができるのはやはり一国の長に立つ者故かと、クロエは感心した。と同時に、前世では社会人などの経験がなかったが故にサーシャの言葉をうまく理解できなかった。
クロエの当惑を感じ取ったのか、サーシャは懐からとある物を取り出した。それに気が付いたクロエの目が大きく開かれる。
「あっ! それ……。」
「ンフフ、これ、見覚えあるでしょ?」
サーシャが手に持つそれは、クロエが先ほど署名した紙、「真実の誓約」だった。署名した者は一切の嘘がつけなくなる魔法の紙。そう説明されたそれを、サーシャはあろう事かクロエの目の前で破り捨ててしまったのだ。クロエはあまりの驚きに声も出ない。
紙を破り捨てたサーシャはそれを部屋にあったゴミ箱へ捨てた。そして一連の行動に対し驚き声も出ないクロエの様子を、いたずらっ子のような顔で笑う。
「クロエちゃん、さっきの紙の事信じちゃってたでしょ? あれ、実はただの紙なのよ?」
「えっ……、う、嘘……。だ、だって! なんかパァーって光ってたし、凄い感じだったじゃないですか!」
クロエの立場からすれば嘘であった方が良いはずなのだが、何故かクロエはサーシャに対し反論する。そんなクロエの様子に対し、笑みを浮かべたままのサーシャがネタばらしをした。
「紙を光らせたのは、普通魔法の一種の【
サーシャの説明を信じるならば、クロエが署名した紙はただの紙であり、署名の後に光ったのはただの魔法であるというのだ。聞いてみれば単純な話である。クロエは【
それを知ったクロエは、まるで全身の力が抜けるような感覚を得た。思わずソファーに身を投げ出したくなったが、ぐっと堪えサーシャを見上げる。
「な、何でそんな事……。」
「ごめんなさいねぇ。でも、さっきも話した通り、私はこれでも国を守らなきゃいけないのよ。クロエちゃんの事疑ってるわけじゃないんだけど、これぐらいの駆け引きはしなくちゃいけないの。そ・れ・に――」
そこまで言葉を発したサーシャは、ひざを折ってクロエの目線に身体を合わせた。そして怪しげなほどに魅力的な笑みを浮かべると、片目を閉じて囁くような声色を奏でる。
「――女は、秘密で美しくなるのよ。クロエちゃんも女の子になったんだから、覚えておいて損はないわ。」
子を持つ母とは思えない色気に、クロエは思わず視線をそらした。同姓であっても色気を感じてしまうほどに先ほどのサーシャの姿は婀娜っぽかったのだ。からかわれていることを分かっていても上手く言葉を返せないクロエである。
「ボ、ボクは別に……。別にそう言う事に興味ないですし……。」
何とか言えたのはその程度の言葉だった。サーシャはそんなクロエの初々しい反応に機嫌を良くしたのか、終始ニコニコとした表情を浮かべている。
一方のクロエは、サーシャが逆立ちしても叶わない相手であることを認めていてもからかわれている事は当然面白くないので、少し拗ねたように口をとがらせていた。そんな様子もまたサーシャを喜ばせるだけである事をクロエはまだ知らない。
「さて、と。ちょっと長くなっちゃったわね。サラちゃんのところに行きましょっか。これ以上クロエちゃんを独り占めしちゃうと、あの子拗ねちゃうわ。」
そう言ったサーシャはクロエを手招きすると、部屋の扉を開けた。クロエもサーシャの後に続いて部屋を出る。そしてそのまま二人連れだって廊下を歩き、階段を登り、とある扉を開けた。
扉の先は、いわゆる展望テラスのような場所だった。大樹の幹の一角に生えた巨大なキノコの傘の上である。そこには転落防止の柵の他、いくつかの机と椅子が置かれていた。そしてその一つに、目的の人物が座っている。
「あ、やっぱりここにいたのね。サラちゃん、ここ好きねぇ。」
「国の中で、星空をきれいに眺められる場所はここぐらいですもの。それにしても、遅かったですわね。まさかお母様、クロエさんに何か変な事でも……。」
「ひっどーい! サラちゃんそれ偏見よぉ!」
サラがサーシャに向かって訝し気な視線を送る。サーシャは口をとがらせて抗議していたが、先程の会話を知っているクロエからすればサラの言葉に頷かずにはいられない。
ふと、クロエはサラの隣に立つある人物に気が付いた。それは、この建物に入り何度も目にしたダークエルフと同じ特徴を持つ人物であった。褐色の肌、大長老よりも高いであろう身長、先端の薄紫と銀に近い色の髪は、右目の部分だけ長くのばされており顔の半分が隠れている。その容貌はかなり整っており、エキゾチックな大人の女性と言った形容が適する。
だが、そんな街で出会おうものなら振り向き目で追う事間違いなしの美貌の持ち主の女性だが、クロエはその容姿よりもとあるものに目が引かれ離せないでいた。それは彼女の特徴的な容姿をもって尚、目を引くものだったのだ。
「(な、なんで……。何でメイド服を着てるんだ?)」
そう、その女性はメイド服に身を包んでいたのだ。クロエがこれまですれ違ってきたこの建物の使用人らしき人々は皆、シンプルなデザインの統一された服を着ていた。おそらくそれが制服のような物なのだろう。
しかし、サラの隣に立つその女性は、何故か一人メイド服を着用していた。メイド服と言ってもフリフリの可愛らしいデザインではなく、華美な装飾のないロングスカートのヴィクトリアンスタイルである。それがまた、不思議とその女性によく似合っていた。
「(……ん? あれ? この世界にもメイド服ってあるの? いや、あってもいいけど、この人はなんでそれを着てるんだろう……。)」
クロエが黙りこくって女性を眺めていたのを、サラとサーシャは見知らぬ人物がいることへの警戒のような物だと捉えた。その小動物めいた反応に微笑みながら、その女性の隣のサラが口を開く。
「クロエさんは初対面ですわね。こちらは、この家でお母様の秘書兼身辺警護長を務めてます、ミーナですわ。」
「お嬢様、メイドを忘れられては困ります。」
妙なこだわりを見せたミーナと紹介された女性は、一歩クロエの方へ歩みを進めると、スカートの両端を軽くつまみ深々とお辞儀をした。クロエもつられて礼を返す。
「ご紹介にあずかりました、ミーナ・アレクサンドラと申します。お気軽にミーナとお呼びください。クロエ様の事は先ほど、お嬢様より伺いました。どうぞよろしくお願いいたします。」
「は、はじめまして……。クロエです。」
頭を上げた女性は、丁寧な言葉づかいで自己紹介をした。クロエも自己紹介を返したいところではあるが、とっさには名前程度しか出てこない。緊張しているのだ。しかしミーナはそのクロエの反応を好意的に捉えたらしい。ニコリと口元に笑みを浮かべた。
「お嬢様からお伺いした通り、とても丁寧な方でいらっしゃいますね。ですが、そう畏まらないでください。大長老様がこうして連れてきてくださったという事は、クロエ様は正式にシドラの客人として認められたという事。私はお世話する立場ですから。さ、そのような場所に立ちつくされては疲れましょう。こちらへどうぞ。」
ミーナはサラの向かいの席を引き、そこへクロエを促した。誰かに椅子を引いてもらいエスコートされるという経験のないクロエは、「あ、どうも……」と言ってそそくさと席へ向かう事しかできない。席へ座ろうとしたクロエの邪魔にならない程度に、ミーナは椅子を押した。このような気配りは、まさに使用人の鑑と言えるだろう。
そして次にミーナは、サーシャの下へ向かった。そしてサーシャに手のひらを差し出す。サーシャは差し出された手を取ると、ミーナのエスコートに沿ってクロエたちの座る席に座った。
「少しお待ちください。今、お茶を用意して参ります。」
ミーナはそう言って一礼すると、扉を開けて室内へと戻っていった。まるで高級ホテルのレストランも斯くやのシーンの連続に、クロエは落ち着かない様子できょろきょろとしていた。サラとサーシャは平然としているが、クロエは日本にいた頃も平凡な一般庶民であったのだ。このようなもてなしに一切慣れていなかったのである。
「それで、お母様。クロエさんとはどんなお話をしていましたの?」
サラが沈黙を破り、サーシャに質問を投げかけた。やや詰問するような雰囲気を含んでいたのは、母娘同士の気安さもあるのかもしれない。
「やん、サラちゃん怖い。別に変な事はしてないわよ? クロエちゃんにこの国に来るまでの事を聞いていただけよ。」
「本当ですの?」
「本当よぉ。ね、クロエちゃん?」
サーシャがクロエに半ば助け舟を求めるような形で会話を振って来た。いきなり会話の矛先を向けられたクロエは「ビクッ」と身体を跳ねさせて驚く。まさか自分に会話が振られるとは思いもよらず、満天の星空を眺めていたからだ。
「え、あっ、その……、そ、そうですね……。」
「クロエさん、遠慮することはないですわ。為政者は民衆の批判を聞くのが仕事なんですもの。ねぇ、大長老様?」
「間違いないわ。でも、謂れのない批判はお断りよぉ?」
「あっ、えと、……あぅ。」
「――お二方、お客人をからかうのはほどほどになさってください。」
クロエが困っていたところに助け舟がやって来た。手に持ったお盆の上にティーポットのような物とカップを載せたミーナである。ミーナはテキパキと、そして静かな動作で三人の前にカップを置くと、順にポットのお茶を注いだ。
カップから薫る香りがクロエの鼻孔へ届く。それは先ほどクロエがサラの家で飲んだお茶とはまた異なるものらしく、クロエは初めて嗅ぐその香りに興味を惹かれカップを持ち上げ、中身のお茶をしげしげと見つめた。
「ジーフ樹海で採れるハーブをブレンドした、私特性のお茶でございます。お口に合えばよろしいのですが……。」
カップの中身を注視するクロエの様子を見たミーナが、お茶の説明をした。クロエは「へぇ……」と相槌を返すが、その内心では焦りを得ていた。
「(しまった、出されたものをじっと見つめるなんて失礼だったかな。……二人とも普通に飲んでるし、大丈夫でしょ。)」
チラと二人の様子を盗み見たクロエは、若干慌てた様子でカップに口を付けた。口に広がる風味はまろやかで、心が落ち着く味である。元々適温まで冷まされていたらしく、急いで口に含んだクロエであっても火傷などはしなかった。
「ミーナのお茶はいかがかしら? これでもミーナのブレンドは門外不出で守ってる私のお気に入りなのよ。」
「すごい……、美味しいです。香りは初めてですけど、味はボクのいた世界にあったお茶にちょっと似ていて……。飲みやすいです。」
「ありがたいお言葉、頂戴いたします。」
ミーナが軽くお辞儀をする。その軽い動作一つであっても洗練されており、クロエの中でミーナに対する評価がまた上がった。
そしてクロエの尊敬を集めているミーナは、使用人らしくサーシャの背後で立って待機していた。その姿もまた凛としており、クロエの想像するカッコいい大人の女性像そのものであった。
「ねぇ、ミーナ。」
「はい、ご用でしょうか?」
「ちょっと、あなたを含めてお話がしたいの。椅子を持ってきて座ってくれないかしら?」
ミーナはサーシャの言葉に、少し表情に変化を見せた。しかしそれ以上取り乱すことはせず、ただただ冷静に言葉を返す。
「……お言葉ですが、お客人もいらっしゃる前で使用人と主人が同席いたしますのは流石に……。」
「あら、他の誰でもない私が言ってるのよ? ミーナ、構わないから座りなさいな。」
「……かしこまりました。」
ミーナは近くの椅子を持ってくると、「失礼いたします」と断って椅子に腰かけた。一般庶民であるクロエにとってみれば何ら不自然ではない光景だったが、ミーナはやや申し訳なさそうな表情をしている。
「ごめんなさいね、ミーナ。確かにあなたの言う通り、お客人がいる前であなたにこのような行動を取らせるのは、礼儀を重んじるあなたにとって酷だったかもしれないわ。でも、ここにいるクロエちゃんは
サーシャの言葉に、サーシャ以外の三人は不思議そうな表情を浮かべた。サーシャの示す言葉の意味が理解し切れていない様子である。サーシャは少し楽しそうな笑みを浮かべた。
「じゃあ、一から説明していこうかしら。まず、クロエちゃんについてだけど……。サラちゃんはある程度知ってるわよね?」
「ええ、クロエさんからある程度は伺いましたわ。」
「じゃあ、知らないのはミーナだけね。詳しくは後からおいおい説明するとして、簡単に言うわ。クロエちゃんは
「えっ――」
サーシャの説明に驚きの声を上げたのは、ミーナではなくサラだった。先ほどクロエからある程度の事情を聞いたと自ら発言したはずであるのに、サーシャの説明に驚きの声を上げたのは何故か。その場のサラを除く三人が同じ疑問を抱く。
「ん? どうしたのかしら、サラちゃん。何かおかしなこと、お母さん言ったかしら?」
「あ、いえ、その……。ク、クロエさんは、元、男性でしたの……?」
恐る恐ると言った様子でサラがクロエに尋ねた。何を今更とクロエは内心思わないでもいたが、思い返してみれば自ら元男性だと名乗り出た覚えはなかった。クロエはそこで思い至りポケットの紙を取り出す。そこに書かれた文面を読み返してみると、確かにそこにはクロエが元男性であったという記述がなかった。
「(そっか……。これを見せたから何となくすべて説明した気でいたけど、忘れてた……!)」
「……ごめんなさい、言うのを忘れてました。」
「い、いえ、責めてるわけじゃありませんのよ!? でも、言われてみれば下着の付け方なども分からないみたいでしたし、一人称もどちらかと言えば男性のものですわよね……。」
サラは一人納得したようにブツブツと呟いていた。何となく気まずい思いで沈黙するクロエだったが、その場の全員、クロエが元男性であることに対し警戒などは抱いていない雰囲気である。彼女たちの思いとしては、「元がどうであれ今は少女であるならば問題はない」という共通認識で収まっていたのだ。
「それじゃあ説明を続けるわよ。丁度出してくれたし、クロエちゃん。その紙、ミーナに読ませてあげて?」
「えっ、でも……。」
クロエは一瞬ためらった。さきほどサーシャから、この国内において自身の秘密については無暗に口にしない方が良いと言われたばかりであったからだ。しかしサーシャはそれを見越してか、心配いらないとばかりに手を軽く振った。
「あぁ、大丈夫よ。ミーナは口が堅いわ。クロエちゃんさえ良ければ、見せてあげてくれないかしら?」
「ボクは別に構わないですけど……。あ、どうぞ。」
「ありがとうございます。拝見いたします。」
クロエが手渡した紙を、ミーナは丁寧に両手で受け取り目を通し始めた。ミーナの表情は、まずその紙に記された文字に驚き、そしてそこに書かれた文字を追うにつれ、ほんの少しだけ険しくなっていった。
少し読むのに苦労したのか、じっくりと文面に視線を落としていたミーナが数分ぶりに顔を上げた。そしてじっとクロエを見つめる。
視線を向けられたクロエは、当然というべきかその視線を真っ向から受け止めることは出来ず、ついと視線をそらしカップに口をつける。その様子は紛れもなく気弱な少女そのもので、紙に記された内容が信じがたい程である。
「……失礼いたしました。クロエ様、こちらをお返しいたします。」
「あっ、はい、どうも……。」
しかしミーナは軽く笑みを浮かべると、紙を元通りに折りたたみクロエへと返した。クロエは最悪、ミーナが自分に殴りかかることまで想定していたが故に、その呆気ないとまで言える反応に拍子抜けのような心持で紙を受け取った。
「で、ミーナ? クロエちゃんの事情を知って何か感想はあるかしら?」
「そうですね……。率直に言えば、『信じられない』と言うのが素直な感想です。数々の
サーシャの質問にミーナは半ば独り言のような回答を返した。口元に右手を当て、集中して考え込んでいる。その様子を見たサラとサーシャもまた同じように考えていたが、クロエはミーナの発言に気になる点を見出した。
「あの……。『多くのピースに会った』って言ってましたけど、それってどう意味なんですか? そもそも、『ピース』って何ですか?」
「あら? 私説明してなかったかしら。やあねぇ、うっかりしてたわぁ。」
サーシャが左手を頬に添えた。どうやら本気で失念していたらしいサーシャが、あらためてと言った様子でクロエの方を見る。
「そんな深い意味はないわ。クロエちゃんのような転生してきた人のことを、他の国では『
「あっ、いえいえ。そうなんですね。
クロエは
「それで、何故私が多くの
「あ、そうです。サラさんからも教えてもらったんですけど、
「いえ、この国に訪れた
「そうねぇ……。先代の大長老の時代でも聞いたことはないわ。」
「さて、それほど閉鎖的なこの国で私が多くの
「そ、そうなんですか……!」
クロエのテンションが高揚した。この国以外の事情を知る人物がようやく表れたのだ。ここぞとばかりに聞きたいことが思いつく。
しかし、クロエがミーナに色々と聞こうとしかけたところで、サーシャがそれを制止した。
「ごめんねぇ、クロエちゃん。色々と聞きたいとは思うけど、いったん置いといてもらえるかしら。大丈夫、後でいくらでも聞けるから。ね?」
「は、はい。」
「うふふ、良い子ねぇ。どぉ? やっぱりうちの子にならない? たくさん甘やかしちゃうわよ?」
「ちょ、お母様! 話が進みませんわ!」
「んもう、ちょっとした冗談じゃない。……えっと、どこまで話したかしら?」
「私がクロエ様の事情を把握した辺りです。」
「ああ、そうだったわ!」
サーシャが両手を打って反応した。その様子はおよそ一国の主とは言い難いものだったが、サーシャの真剣な様子を知っているクロエはその落差に驚きが止まらずにいた。一方、実の娘であるサラは「やれやれ」と言った様子で肩をすくめており、ミーナは変わらずのすまし顔である。
「みんなが知ってる通り、クロエちゃんはちょっと特殊な状況にあるわ。それに、転生したばかりで知らないことだらけ。このまま国の外に出すわけにもいかない。そこで、私にある考えがあるのよ。」
「ある考え、ですの?」
「ええ。クロエちゃんにはしばらく、家に住んでもらうわ。そしてこの世界の事を含め、いろんなことを勉強してもらおうと思うのよ。幸い部屋は一杯余っているし、お勉強に必要な資料も揃ってる。それに、優秀な先生もいるわ。ねぇ、ミーナ?」
サーシャがミーナの方へ顔を向け、笑みを浮かべた。突然話を振られたミーナであったが、クロエとは違い臆する事もなく堂々と返答を返す。
「ご命令とあらば。」
「やあねぇ、そんな堅苦しい物じゃないのよ。サラちゃんの先生をしてた頃みたいに、また色々と教えてあげてちょうだいな。
サーシャがクロエに尋ねた。クロエからすれば保護してもらえるだけで充分であったので、その上さらに様々な事を教えてくれるのだという。断る理由がなかった。
しかし、クロエが「お願いします」と頭を下げようとしたその時、待ったをかける者が現れた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし! クロエさんがここに住むんですの!? は、反対ですわ!」
サラだった。それまで事の成り行きを黙って見ていた彼女だったが、ここに来て声を上げてサーシャの意見に反対した。サラ以外の三人の視線が集まる。
「あら? どうしてかしら、サラちゃん?」
「だ、だって……! クロエさんは私が保護したんですもの! きょ、今日だって夜ご飯を一緒に作って、一緒のベッドで寝ようとか考えてましたのに……。」
「でも、それはサラちゃんのワガママでしょ? クロエちゃんの事を考えれば、お母さんの考えが一番だってわかるわよね?」
「そ、それは……、そう、ですけど……。」
サラが言いよどむ。サラ自身、自分が筋の通らない主張をしていると分かっていたのだ。しかしそれでも、自身が助けた少女が自身の下を離れていくのには寂しさを感じるものであり、ましてやその行き先が自らの母親である。様々な事情から家を出た身としては、納得しかねる思いがあったのだ。
「……お嬢様。僭越ながら、私から一つお願い申し上げます。」
「な、なんですの……?」
「クロエ様へ教育指導を致しますことを考えますと、私一人では荷が重いと考えられます。クロエ様は
ミーナが陳情のような言葉を口にした。誰かに何かを教えるという行為には、過大な労力が必要となる。そしてその相手がこの世界の事を知らない赤ん坊同然となれば、その労力は甚大であろう。サラもその事は理解していた。そしてミーナが言外に何が言いたいのかも、サラは察していた。
しかし、サラは承諾しなかった。
「……つまり、戻って来いと言う訳ですのね? 気遣いは嬉しいですが、ミーナ。私にも今の生活がありますわ。それに自分の意思でこの家を出た矜持もありますの。おいそれと戻るわけにはいきませんわ。」
「ええ、承知しております。ですので、このミーナ、お嬢様に戻ってこいなどと言うつもりはございません。私はお嬢様に、家庭教師としての役割をお願いできないかと請願したいのでございます。」
「家庭教師、ですの……?」
サラが首を傾げた。サラとすっかり蚊帳の外に置かれたクロエは上手く理解しきれなかったようだが、話を横で聞いていたサーシャがミーナの思惑をくみ取った。カップに口をつけ唇を潤わすと、何気ない呟きを装い言葉を発する。
「そうねぇ。もしサラちゃんがミーナの補助として家庭教師をやってくれるならとっても嬉しいわぁ。サラちゃんが優秀なのは知ってるし、一応ここは国の長の邸宅だからみだりに人を入れる訳にもいかないのよねぇ。その点サラちゃんだったらここに入る資格は十二分にあるわ。」
サーシャはにっこりと笑みを浮かべた。そしてここが責め時とばかりにサラへ言葉を投げかける。
「もちろん、サラちゃんが引き受けてくれるならお部屋だって用意するし食事も提供するわ。そして、国外での最終のお仕事ができない分お給金だって払うわよ? どうかしら、戻って来いだなんて言わないけど、クロエちゃんがいる間だけでもお仕事頼めないかしら?」
「私からもお願いいたします。どうか、私やクロエ様を助けると思って、なにとぞ……。」
なだめすかし持ち上げて。ここまで条件を整えられて首を横に振る事は容易ではないだろう。サラ自身もサーシャとミーナの事を恨んでいる訳ではないので、「クロエとミーナ助けるため」や「家庭教師として一時従事する」という建前を用意されれば応じることができるのだ。
「わ、分かりましたわ! そこまで言われて断ればエルゼアリス家の名折れ。サラ・エルゼアリス、クロエさんの家庭教師として従事いたしますわ!」
「あらぁ! 助かっちゃうわぁ、さっすがサラちゃん!」
「流石です、お嬢様。ご協力感謝いたします。」
サーシャとミーナがまたもサラを持ち上げる。おだてられたサラも悪い気はしないようで、少し得意そうに口の端をにやけさせていた。
「(……何か、良い様に操られているようにしか見えないけど、ボクにとってプラスである事には変わりないし、サラさんとお別れって言うのも寂しいし。ここは黙っておいた方がいよね。)」
「よろしくお願いします、サラさん。また一緒になれて嬉しいです。」
サーシャとミーナの思惑を何となく察したクロエは、最大限空気を読んだ。余計な事は言わず、ただサラに礼を述べる。サラもクロエの言葉によってさまざまな気持ちが満たされたらしく、満足そうな表情を浮かべた。
「では、さっそく。私はいったん自宅へ戻りますわ。ある程度荷物をまとめて、明日にでももう一度こちらへ伺えばよろしいですわね?」
「はい、お手数をおかけいたします。では私は、クロエ様をお部屋にお連れ致します。」
「ええ、二人とも明日からよろしくね?」
サーシャ以外の三人がテラスを後にした。一人残ったサーシャは、ミーナがいれたお茶を一人すすり、夜空を見上げている。静かな森の中、昼間とは違う鳥の鳴き声が梢を越え木霊する。一般人からすれば根源的な恐怖を想起させられる闇に満たされた森も、
「失礼します。クロエ様を客室にご案内いたしました。」
「あら、ご苦労様。」
十数分ほど経った後、ミーナがテラスへと戻って来た。サーシャは振り返り労いの言葉をかける。ミーナは一礼を返し返答とした。
「クロエちゃんは、明日からはあなた達の居住スペースで生活させましょ。その方が日常的な部分も学べるでしょうしね。」
「かしこまりました。……大長老様、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか。」
「んー? いいわよぉ。」
普段なら要件のない限りここで立ち去るミーナだが、今回は留まり質問をしてきた。サーシャはその事に少し驚きながらも、その反応を喜ばしく感じ質問を受け付ける。
「何故、クロエ様をこちらで生活させるようにさせたのですか? 大長老様の決定に異を唱える訳ではないのですが、別にお嬢様の家で生活させ私が出向くなどの形態でも問題はないと思います。何か、特別なお考えでもあるのではないかと……。」
ミーナの疑問は決して的を外したものではなかった。先ほどサラはその場の雰囲気に流されていたが、サラがクロエを引き取り同居する選択であっても何ら不自由はなかったのである。確かにサーシャの言った通り、資料などはこの屋敷に数多く揃っているが、それも決定打となり得る理由ではない。先ほどのミーナはサーシャの意図をくみ取り意見を同調させたが、内心では疑問を感じていたのだった。
「うーん、そうねぇ……。三つ、理由があるのよ。」
「三つ、ですか?」
「そう。一つ目は、クロエちゃんを監視下に置きたかったのよねぇ。」
あっけらかんと明かされた理由の一つ目にして、ミーナは内心驚きを得ていた。サーシャがクロエのシドラ滞在許可を下した理由をミーナは知らなかったが、許可を出した以上クロエの事を信頼したのであると判断していたからだ。
「つまりそれは、クロエ様にはまだ何かしら疑わしいことがあると?」
「やぁねぇ、そんな物じゃないわよ。でも、あの子はただの
サーシャの選択の裏側を知り、ミーナは深く感服した。普段の言動からは想像しにくいが、サーシャは熟考を重ね計画を張り巡らせる、策士のような人物であった。その事を改めて感じ取ったミーナは、素直に賞賛の言葉を口にする。
「そうでしたか。ご慧眼、御見それいたしました。他の理由を、お伺いしてもよろしいですか?」
「後はそんな大した理由じゃないわよ? 二つ目はねぇ、そろそろサラちゃんをこの家に戻したかったからよ。」
二つ目の理由にして、ミーナの密かに予測していた理由が述べられた。
「……やはりでしたか。てっきり、私はその理由が一番かと思っておりました。」
「丁度いい頃合いよ。もうそろそろ、自由期間は終わりね。いくら何でも、次代の大長老が国の外れでずっと一人暮らしって言うのは、民衆は良くても統率者たちは良い顔しないわ。今までは人生経験の為って周囲には説き伏せていたけど、もうそろそろ限界なのよねぇ。」
「そうですね。大長老となるための勉強も、もうそろそろ始めていただいた方がよろしいとは思っておりました。」
「サラちゃんの事だから、絶対家でクロエちゃんを引き取るって言ったら反発することは目に見えていたわ。案の定、乗って来たわね。上手くいったのはミーナのおかげよ、ありがと。」
「いえ、当然のことをしたまでです。」
ミーナとは異なり、サーシャの裏表の差が激しい事が明らかになって来た。これこそが一国の長たる証なのかもしれない。もしここにクロエがいたとすれば、サーシャの事を信用ならない人物だと判断していたかもしれないが、クロエがいたならばサーシャは先ほどまでの「ゆるふわなお姉さん」としての仮面を被っていただろう。
「最後の理由は……。本当に大したことじゃないわ。ただちょっと、気になることがあっただけよ。」
「気になる事、ですか?」
「ええ。でも、本当に大したことじゃないの。あなたが気にする程じゃないわ。」
「……かしこまりました。出過ぎた無礼をお許しください。」
「そんな謝る事じゃないわよぉ。さ、もう夜も遅いわ。そろそろあなたも休みなさいな。」
「はい。では、お言葉に甘えまして、これにて失礼いたします。」
ミーナは深々と一礼すると、テーブルの上に残されたカップなどを回収しテラスを去って行った。再び、自身以外誰もいなくなったテラスにおいて、サーシャは風に撫でられる髪を手で軽く抑えた。
「(……そう、あなたが知る必要はないのよ、ミーナ。だってこれは、この国じゃあ私と、私のお母様しか知らない事なのだから。)」
サーシャが一人、心の中で考えを巡らせる。ゆっくりとテラスの中を歩きながら、まるで夢遊病のようにウロウロと。これはサーシャが集中して考え事をする時の癖であった。
「(クロエちゃんのあの姿、あれはまさに人魔大戦における
考えをまとめたサーシャは、テラスの際、手すりの方へ向かった。そこからはシドラの国が眼下に広がる。そう多くは無いものの、そこでは多くの同胞たちが生活している。サーシャは大長老としても義務などの前に、いち
「……いざと言うときには、非情にならなくちゃいけないわね。」
覚悟を決めたその言葉を、聞く者は誰一人としていなかった。
翌朝。爽やかな朝日と少し冷えた新緑の風に包まれたシドラにおいて、クロエの姿は大長老宅の大食堂にあった。
昨夜、数多くあるという大長老宅の一室に案内されたクロエは、サラの家のベッドより数段上等であろうベッドのふかふかに包まれて眠ったが、今朝になってミーナのモーニングコールで目を覚ましたのだった。用意された服にもそもそと着替え、濡れたタオルで顔を洗う。そして案内されるままにミーナの後ろを歩き、長机が幾つか置かれた広い空間へとたどり着いたのだ。
元から朝に強い方であったクロエだったが、転生してからの疲労もあってか今朝の眠気と倦怠感はすさまじく、いまだに目をこすり眠たそうである。周囲を観察する事もなく、ただぼーっと、焦点のやや合わない瞳で目の前の机の木目を見つめていた。
「ふぁ……あ。」
「あっれー? 初めて見る顔だね? 新入りさん……、にしてはダークエルフじゃない、って言うか
クロエのぼーっとした頭が舟をこぎ始めたその時、早朝という事を一切感じさせない元気に満ち溢れた声がクロエの耳に飛び込んできた。びっくりして身体を跳ねさせたクロエが声のした方へ顔を向ける。そこにいたのは周囲にいるダークエルフと同じ褐色の肌と短めの銀と紫の髪を持つ、快活そうな少女だった。
クロエと同じ年の頃に見える少女は朝食の乗ったお盆を手に持っている。そして「隣しっつれーい!」と、クロエに断る事もなくクロエの真横に陣取ると、今度は無言でクロエの顔をじっと見つめてきた。
「あ、あの……。」
「んー?」
「いや、その……」
「あっ! そっか、君の分がないね! 待ってて、取って来てあげる!」
その少女はそう言い残すと、クロエが制止するのも聞かず立ち上がりどこかへと去ってしまった。クロエはまるでその少女に元気を吸われたかのように、どっと疲れを感じる。ついつい、目の前の長机に身を投げ出してしまった。
すると、ドサッと言う重たい音がクロエの隣で鳴った。クロエが顔を上げる。するとそこには、身の丈二メートルは優に越すであろうというダークエルフの偉丈夫が座っていた。その人物は立派な顎髭を蓄え、そして周囲の人物よりも年齢を重ねていた。顔を含め見える肌には傷跡らしきものもある。
クロエが突然現れた大男にビクビクしつつ警戒していると、その大男は図体に見合わぬ人の好さそうな笑みを浮かべ、クロエに話しかけてきた。
「うちのモンが朝から騒がしくてスマンな! あれは、久しぶりに見た同年代の存在にはしゃいどるんだ。喧しいだろうが、まぁ受け流してやってくれ。」
「……えと、そんなことより、ど、どちらさまですか……?」
大男の話す内容よりも、大男の存在自体が疑問であったクロエは恐々と尋ねた。クロエの言葉に大男は目を丸くする。そして大きな口を開けて笑った。その様子はまさに「豪快」と言う言葉が当てはまる。まるで物語に登場するドワーフだ。クロエは脳内で作り上げていた
「ガッハッハッ! そう言やぁそうだ、嬢ちゃんとは初対面だからな、知らねえのも無理はねえ! すまんすまん、俺は昨日のうちにミーナ経由で聞いてたからよ。俺の名はゾーンだ。ゾーン・アレクサンドリア。見ての通りダークエルフさ。よろしくな!」
「えっと、ボクはクロエです。種族は、その……。」
「おう! それも含め聞いてるよ。まぁ、これから俺たちと過ごすうちで分かる事もあるだろうよ。なんせ、この国で他の国に出入りするのは俺らダークエルフの役割だからな!」
ジークと名乗るダークエルフはそう言うと、またも豪快に笑った。ジークの威圧感たっぷりの容貌と、相反する親しみやすい雰囲気。その個性的な人柄をクロエは心地よく感じた。
「お待たせ! ご飯持って来たよ……って、族長!? おはようございます!」
「朝から元気良いな、シーラ! 今日の勉強もそんな調子で頼むぜ!」
「えっ!? そ、それはちょっとぉ……。」
もう一つ食事の乗ったお盆を持ってきた少女が、クロエの隣に座るジークを見て姿勢を正し、器用にもお盆を持ったまま頭を下げた。ジークはその反応に対しても笑いを浮かべている。
「族長?」
何も知らないクロエはただ首をかしげるばかりだ。シーラと呼ばれた少女はクロエの前にお盆を置く。それを見たジークは辺りをぐるっと見渡す。クロエも顔を上げて見渡すと、広い空間には多くのダークエルフが揃っていた。よく見るとそこにはミーナもいる。ミーナの側、部屋の上座に当たる部分には大長老ことサーシャも座っていた。
ジークはぐるっとそこにいる人々の顔を確認すると、サーシャの方へ顔を向けた。
「お待たせしました、大長老様! 当直以外の奴は揃いましたぜ!」
「そう? それじゃあ朝ごはんにしましょうか。」
サーシャの言葉と共に、その場の皆が食事に手を付け始めた。別段食事の挨拶などはないらしい。クロエはこれまでの習慣から、ほとんど無意識に手を合わせる。
「いただきます。」
「んぐむぐ……、ゴクンッ。なぁにそれ? 『いた、だきます』?」
「え? あっ、えっと、これはボクの国での食事の挨拶で……。」
「へー! 食事の挨拶かぁ……。そんなこと考えた事なかった。イタダキマス!」
シーラはひとしきり感心すると、クロエを見習い手を合わせ、少し調子の外れた音で「いただきます」と言った。それを見た周囲は朗らかそうに笑う。どうやらシーラはこの空間のムードメーカー的存在のようである。何も知らないクロエであっても、シーラの笑みに釣られて笑顔を浮かべてしまった。
「そう言えばまだ自己紹介してなかったよね。あたしの名前はシーラ。シーラ・アレクサンドリアって言うの。シーラって呼んで。君は?」
「えっと、ボクはクロエです。よろしく、シーラ。」
「クロエ……、だけ? ファミリーネームは?」
「おう、シーラ。その辺にしとけ。嬢ちゃんの事は飯の後にみんなの前で紹介すっからよ! お楽しみだ!」
「うぇー? 族長のケチ……」
「あん? 何か言ったか?」
「何もないですー!」
シーラはそう言うと、凄まじい勢いで食事を口に詰め込み始めた。咀嚼も間に合わず、口に食べ物がたまるその様子はリスのようである。早く食事を終えたいという気持ちが逸っているようだ。
ゾーンをはじめとする周囲の人々は、そのシーラの様子を見て笑みを浮かべていた。彼らからすれば年の離れたシーラは、娘か妹のような存在なのだろう。
そして十数分後、皆が食事を終えた。何人かは先に食堂を後にしたが、ほとんどの者が食堂に残り会話をしたりゆっくり飲み物を飲んだりとリラックスしている。シーラは一人誰よりも早く食事を終えていて暇だったのか、頬杖をついて足をプラプラとさせていた。
「ねーぇー、クロエちゃーん! 食べ終わったときはなんて言うのかしらー?」
遠くからサーシャがクロエに声をかけた。サーシャもクロエの「いただきます」を聞いていたようだ。サーシャの問いかけに周囲の皆もクロエに注目する。不意に注目を集めたクロエは緊張しながらもサーシャに返答した。
「えっと、『ごちそうさまでした』です!」
「ゴチソウサマデシタ! ……こんな感じ?」
クロエの言葉をいち早くシーラが真似をする。クロエが手を合わせ言ったからか、それを真似して手も合わせていた。
サーシャは一人何か納得したように数回頷くと、立ち上がって皆に向かい声をかけた。
「食事の時に、せっかくだから私たちも挨拶しましょ。じゃあみんな、手を合わせて……」
サーシャの声に合わせて周囲に皆が手を合わせた。クロエも場の雰囲気に乗り手を合わせる。サーシャは皆が手を合わせたのを見ると、堂々とした様子で口を開いた。
「ゴチソウサマデシタ。」
「「「ゴチソウサマデシタ。」」」
「ごちそうさまでした。」
サーシャを始めとした
クロエが一人ニヤニヤしていると、隣のゾーンが立ち上がり手のひらをパンパンと打ち合わせた。手のひらが硬いのかその音は大きく食堂に響き渡り、その場の皆が鎮まってゾーンへ注目する。
「おう、交代の奴は先に行かせたがみんなもうちっと話聞いてくれや! 今日から新顔が一人増えた。驚け、
肩を叩かれ促される。その力が存外強く、クロエは少しむせた。クロエは注目を集める中で更なる注目を集めることに一瞬ためらったが、まさかこの流れで自己紹介を拒むことなどできはしなかった。そろそろと立ち上がる。
「えっと……。さ、さきほど紹介されたクロエと言います! 先日この世界に転生しました! よ、よろしゅくお願いしまう! ……うぁ」
緊張のあまり、最後の言葉を噛んでしまったクロエ。勢いに任せ半ばやけくそのように大声で言ってしまったせいでもあるだろう。クロエは顔から火が出そうなほどに顔を真っ赤にさせて、縮こまるように座った。
「あー……。まぁそう言う事だ! クロエは国の近くに転生したみてぇで、サラお嬢様がクロエを保護なさった。そんで、何も知らねぇから俺たちと生活していろいろ勉強するってこった。要は新しい家族だ! みんな優しくしてやってくれ、以上!」
クロエの恥ずかしがる姿を見たゾーンがそれまで見せた事のない気まずそうな表情を浮かべたが、勢いに任せてまとめ上げた。周囲の皆もあえてクロエが噛んだことには触れることはない。
クロエはその優しさに感謝した。相変わらず顔は真っ赤だが、仮にも前世で二十年以上は生きてきた経験があるのだ。何とか精神力で羞恥心を抑え込む。
「へぇー、
「ク、クロエちゃ……!?」
明らかに自分より年下であると思われるシーラからちゃん付けで呼ばれ驚くクロエだったが、それは自らが少女となっていたことを半ば忘れていたからであった。自らの容姿を思い出し、ちゃん付けで呼ばれるのも仕方ないかと思い直したクロエは改めてシーラの問いに応える。
「え、えっと……。転生させられて、気が付いたらこの姿になってて。ボク自身分かってないんだ。」
「――それも含め、クロエ様が抱えていらっしゃる幾つかの謎も明らかに出来ればと考えております。」
「あ、ミーナ姐さん!」
いつの間にかクロエの背後に立っていたミーナの姿にシーラが気付いた。ミーナはシーラに対し手を振って応じると、ゾーンへ向かって話し出す。
「族長。昨夜お話ししました通り、午前は座学で午後から訓練と言う形で進めていきたいと思います。」
「おう。俺は座学に関しちゃ力になれねぇから、午前中は若いの連れて森を回ってくるわ。午後から顔を出させてもらうぜ。あ、あと……。」
ゾーンは何か思いついたように片手を上げると、ポンッとシーラの頭に手を置いた。
「こいつもついでに座学受けさせてやってくれ。」
「……えーっ!? 何であたしまで!?」
突然の展開だったのか、シーラがとても驚いた様子で抗議の言葉を上げた。抗議したという事は、シーラは座学が苦手であるらしい。出会って間もないクロエであったが、何となくシーラに抱いていたイメージ通りであることに謎の安心感を得ていた。
「座学なんてやるより訓練したいー! あたし別に魔法使えなくてもいいもん!」
「じゃかぁしい! いくらダークエルフっつってもお前は女だろうが! 純粋な力だけじゃいつか痛い目見るぞ! 大人しく嬢ちゃんと座学受けてこい。これは族長命令だ。返事は!?」
「あーはいはい! わかりました!」
ふくれっ面で納得していないことを前面で押し出す様子のシーラ。その様子を見たゾーンは軽くため息を吐くとミーナに対し「んじゃ、よろしくな。」と言い残し食堂を後にした。食堂に残ったのは不機嫌なシーラと先ほどの言い合いにおろおろしているクロエ、平然としているサラ、そして食器を片付けている者だけである。
「さ、もうすぐお嬢様もいらっしゃいますし、さっそく資料室へ向かいましょう。クロエ様は私と一緒に、シーラは準備をしてから来てください。遅れてはだめですよ?」
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