第3話 最強の前では強者も弱者もない
「よう! アンデッドの兄ちゃん!」
「違う。俺はハルタだ」
ハルタはゴブリンの集落の兵士長、デデーンに話しかけられていた。
「じゃあ、ハルタ! お前はこれからどうすんだよ? ずっとここに居座るつもりか?」
「んなわけないだろ。元の世界に戻る方法を探すんだよ」
ハルタは無性に日本がこいしくなったのだ。
こんなわけわかんないようなところも悪くは無いと1度は思っていたものの、期待と不安が相克し、後者が勝ってしまっていた。
「てか、魔王さんってどこにいんの? そいつに聞けば元の世界に帰る方法しってるだろ」
「こら! 魔族の英雄にそいつとはなんだ! だが、魔王様のところには普通にいけるぞ。この集落にリュードっつうファフニールのガキがくる。そいつにのせてもらえ」
「ファフニール?」
「魔人種のひとつ。ファフニール。俺らゴブリンは、魔獣種の中のゴブリン。兄ちゃんはアンデッド、もとい不死身種のはぐれもの。そういうかんじだ」
「へー……」
つまりは他にも多種多様の魔物やら魔人やらが混在しているということか。
ファフニールというのは、普段は人に近い形をしているがドラゴンに変身できる固有アビリティを持つという。
「でもそいつバカだから、道に迷ってる。おそらく100パーセント。その間、ハルタは俺らに協力してほしいんだけど」
「え、いやです」
ハルタは即答した。
しかし、デデーンはハルタの答えを無視して話を進める。
「実は、食料がキレちゃってさ、ちょっと手伝ってくんね?」
「いざとなったら囮に使うつもりだろ」
「そ、そんなわけないだろ~!」
隠そうにも隠しきれていないその言動を怪訝そうに見るハルタ。
「まあ、暇つぶし程度には…いいけど、俺は食料調達の手伝いだけだ」
「おう! それだけでいい!」
ハルタは渋々と食料調達の準備を始める。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ゴブリンの男兵達は森でそれぞれ浅瀬で釣りをしたり、獣の狩りをしていたり、木の実を採取していたりそれぞれの役割をこなす。
こうみると、ゲームとのイメージと違いすぎて、かえって新鮮な感覚だ。
かくいう俺はというと釣りも狩りも縁もゆかりもない素晴らしい生活を送ってきたので、サルでもできる木の実採取をしていた。
その木の実はクルミやリンゴに似たもの、というよりほぼ一緒の食べ物。
こっそりそれを味見してみると、グルメリポーターのようにうまく表現ができないが、普通の味。日本のリンゴにはみずみずしさで負けている。
そうこうしているとお昼時。
小休憩ということで、森の中心にある小さな湖で、採取した木の実を少しばかり食べながらのんびりとしていた。
「ハルタ。ちょっと質問」
兵のひとりババーンが呆けていた俺に唐突に話しかけていた。
ババーンはこの兵の中では一番最年少だという。
最年少だけあり、言動が好奇心旺盛で、純粋無垢な性格。
それゆえ危なっかしいところがあり、兵士長のデデーンから再三注意されている。
「お前が…その本当に異世界人だというなら…その…その世界のこと教えてくれ! あくまでお前が異世界人か確認するだけだからな!!」
「はいはい」
俺は内心説明すんのがくそめんどくさいが、質問されるままに適当に答えた。
それにたいし、ババーンは目を輝かせ真剣に聞いていた。
「へ、へー…よ、よくできた…作り話…だな…」
「そりゃどうも」
ババーンはものすごい羨望の眼差しでこっちを見てきた。
おおよそは、その『学校』というものにひかれたのだろうか。
ババーンは人間でいえば、まだ13歳くらいだ。学校なる教えるということはあまりなく、ほとんどは自然な本能で覚えるという。
学校というところで広い世界の事や知識をいろいろ教えてくれるなんてうらやましい。俺たちなんかそんなことをしたら集落の大人に怒られる…と、不満そうに語っていた。
千差万別、適当に詰め込まれた小さな世界で常識を叩き込まれて、いろんな問題がおきているあっちの世界はあっちの世界でいろいろ大変なんですけどね。
というのは、彼の淡い期待を壊さないように胸に留めておいた。
「お前ら!!そろそろいくぞ!! 食料調達に戻る!!」
兵士長デデーンが大声を出し、それにすぐさまみんなは反応し、支度をする。
その一連にはデデーンさんが信頼され、統率がしっかりしているのがうかがえる。
俺も立ち上がり、一回大きく背を伸ばし、あくびをした。
なんだ、全然人間来ないじゃん。これなら安心してすぐ帰れそう。ってそれフラグ―。
「おいおい。どうした、ハルタ」
ふと見上げると、俺の2倍の背丈はあるデデーン兵士長がいた。
「なにがですか?」
「いや、もう疲れたんか?」
「はい。疲れました。帰りたいです」
「うん、正直でよろしい。だが、まだ夕方までつづけるからな。がんばれよ!」
「まあ、がんばれたら」
デデーンさんは俺のやる気のない態度に怒ることはせず、ただにっこりと笑った。
その笑顔に俺はなんだかわからないが、なつかしい感覚になる。
長らく忘れていた人のあたたかさ、デデーンさんを無意識に自分の両親と重ねていた。
ゴブリンなんかで、こんな…変な話。
「デデーンさん!! デデーンさん!! デデーンさん!!、たたた、たっっっ!!!!」
突然兵士隊ではないゴブリンが湖をおぼつかない足取りで俺らの方に寄ってきた。
いやな予感がした。
そのゴブリンはたしか、ウウという名前の兵士の武器を作っているゴブリン。
ウウは、体全体がひどく汚れていて、さっきの言動からあわせると明らかに様子が変だ。
「落ち着け、ウウ。どうした?いったい?」
優しい声でデデーンさんは言うが、ウウはなおもあわてふためき、言葉がまとまらない。
「しゅ、しゅ、集落が! 集落が!」
「集落!が!」
デデーンはその一言でおおよそは勘づくことができた。
集落になにかよくないことが…もし人間だとしたら、非常にまずい。
「みんな! 今すぐ集落に戻る! 全力でダッシュだ!」
「了解!」
兵士隊はすぐさま行動にうつし、俺は僅かに遅れた。
兵士隊たちはどんどんと先に行き、体力のない俺は彼らからかなりの距離があいてしまい、ついには彼らが見えなくなってしまった。
だが、わずかに残った足跡をたどれば、直に集落につく……と思っていたのだが。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ギャッ!ギャッ!ギャッ!」
ゴブリンの拠点らしき場所を発見。
僕、改め勇者はゴブリン殲滅にとりかかっていた。
さっきからゴブリンは鳴き声をあげるだけでなにもしてこない。
ただただ僕に倒され、それに反応し逃げ惑う。
さすがに、奇襲しなくてもよかったか。
僕は剣を片手に次々とゴブリンを倒す。
ほぼ一撃で、何体もの死体が転がる。
一騎当千とはこのことかと、僕は内心爽快感を味わう。
しかしゴブリンは僕の背丈の3分の1にも満たない。案外小さいもんなんだな。
しばらくして、この拠点らしき場所のゴブリンは全部やっつけたらしい。
「や、やりましたね!ユウマ様!」
僕の侍女兼冒険仲間に任命されたエリンが嬉しそうに話しかけてきた。
エリンは回復担当だが、その必要性を危惧してか一瞬言動に躊躇があった。
「しかし弱いな」
「ユウマ様がお強いのです!」
褒めてるつもりだろうがあまり嬉しくない。
「と思ったらまだいるみたいだよ、親玉みたいなのが」
「え!?」
僕がそういうと、森の薄暗い影からゆっくりとのしのしと歩いてくる大ゴブリン。とその後ろをついてくる複数のゴブリン。
さっきのとは明らかにちがう。
本来ならこっちが、本命ってわけか。
俺の背丈の2倍くらいあるそのゴブリンの顔にはこころなしか怒っているよう。
グルル……と唸らせ、僕を睨むゴブリンたち。
思慮の低い醜い化け物ごときにそんな知性があるとは思えないが、まあそんなことはどうでもいい。
僕の任務はゴブリンの殲滅。
一匹残らず生かしてはおかない。
「エリン。君は下がってて」
「あ! はい! ユウマ様!」
僕は静かに笑った。
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