第30話 アーネスト・サトウ
1865年(慶応元年)4月、アーネストサトウは通訳官に昇進している。
この頃から伊藤や井上馨との文通が頻繁になる。
この往復書簡で、長州藩の内情や長州征討に対するイギリス公使館の立場などを互いに情報交換するようになった。
サトウはこの頃から「薩道愛之助」「薩道懇之助」という日本名を使い始めている。
「Information may be leaked
(情報が漏れている可能性がある)」
パーカー氏が英国からの手紙を投げ捨てながらファックっと付け加えたような気がした。
部屋にいるのは、いつものメンバーで、お珠、ロザリー、み星の三名と鉄、パーカーだ。
セーフハウス変りに使用しているのは大だなの桔梗屋という商家の二階だった。
一年間のリース契約を結び二階をまるごと貸し切りにしてある。
下は板の間と絨毯。ソファーは三人がけが一つと個人用が二つある。
机は大きなテーブルが一つだ。
掃除や身の回りの事は外部の人を使わずに5にんが受け持っている。
障子を締め切った部屋で
「 the information were leaked from ? 情報はどこから漏れたと?」
鉄之助は聞き返した。
「 I don't know, maybe the cover was perfect( わからんよ、カバーはかんぺきだった筈だ)」
苦々しくパーカー氏が呻いた。
「鉄さん、よく聞き取れんかったんだが、じい様は何だって?」
「情報がどこかに漏れている可能性があると」
「雪代屋からじゃなくかい?」
「アソコは尻尾切りよ、漏れたっていい情報以外渡してないノヨ ファック」
こんどはハッキリとファックと聞こえてしまった。
「だよなぁ。あたしはちげぇよ?無論、お珠や、ロザリーもだ」
「犯人はおそらく外部とみるべきです。情報を第三者経由で知られたんですよ」
なぜなら五人には漏らす先がない。
漏らせば、すぐに露見する。
五人の中で英国に繋がっているのは、鉄之助とパーカーだが、これは英国商会との取引のためだ。
ロザリーは日本で生まれてアメリカとは縁がない。すでに両親とは死に分かれている。
そして、お珠、み星はそんな情報をもっていたところで、持ち込む先が無い。
「 What is the UK saying that the leaking density is?
漏れている機密度はどのくらいだと英国はいっているんですか?」
「 It is revealed that he was in Yokohama. The fact that we are men and that we are no longer in Yokohama( 横浜にいたことがばれている。ワシらが男であるということも、すでに横浜にはいないというころともな)」
「名前、住居、性別ですか…漏れてもまだ平気な段階では?」
鉄之助は言う。しかし
「どいつも知られたらアブねえもんばっかりさ」
「名前、こいつはいちばん危険度がすくねぇ。同じなまえは居るだろうしな、住居…こいつも、引っ越しできればいい、でもよ。性別が男ってのが問題なのさ」
(なぜ?)
現代人の思考から言えば性別などいちばんさらしても問題ない項目に思える。
しかし、この男少女多の世界では隠しておくべきなのだ。
「まだ分からなイ?」
問いながらロザリーが足を組み替えた。
「教えてくださいロザリーさん」
なにが問題なのか。
「Ok、先ず男は希少で価値が高いということ。女より世界は男が必要とされているわ」
「分かってるつもりです」
「いいや、まだ認識が甘いのさ。性別がわかっちまったってのは、相手にここにお宝があるっていっちまってるってことなんだ」
お珠が付け加えた。
「宝ですか…僕たち男が」
鉄のひとりごちのあと、み星も続ける。
「そうさ。男はお世継ぎの種だ。女の生活に潤いを与えてくれる神さんからの送りもんだ。そんくらい、ここ日の本ならもう赤ん坊もしってらぁ」
「僕たちは種の存続に必要な種ってことは知ってます」
「それに、性別がばれたってことは、姿も大まかには知れちまってるだろうよ」
「姿なんてどこにでもいる男と老人じゃないですか。そんなの有効性にはなりえない」
「いいや。ふたりが一緒にいて喋ってるところを居留地近くのやつらは見てる。それも、エゲレス語でだ」
鉄之助にもなんとなく想像はできてきた。
「情報を特定しやすい」
「そういうこった。敵にしたら、さぞやり易いだろ。外見も美男だしよ」
「見てくれは関係無いんじゃないですか?それに僕はカッコいい方じゃ無いです」
「いいや鉄さんやじい様は見てくれがいい。見てくれがいいってのは、拐われる確率が上がるってことだ。鉄さん。あんた、美男だって噂になってるって聞いたことが無いのかい?」
そんな噂は聞いたことはなかった。
「…こんなオジサンなのに?」
「世の中シブ好みってのは以外と多いんだよ。気をつけたほうがいい。あたしは好みだね…」
じゅるり…とよだれをすするおとが聞こえて
鉄とパーカーは内心ヒヤリとした。
「……兎に角だ、相手が見つけやすいってことは分かったろ」
「ええ」
「確実にいえるのは、捕まったら女になぶられるってことさ」
「う…」
男は女に捕まったら性的に食われて絞り取られるのは男にとっては一種の悲劇である。
毎日毎日、腰を打ち付けられなければならないなど、腰にガタがくるのはあたりまえ。
精神的に病みそうであった。
2
伊藤や井上馨との文通で鉄之助の情報を知ったアーネスト・サトウは興味を持ち始めた。
「 It's interesting that there is a man who can speak English in Japan, where civilization is inferior.( 文明が劣る日本で英語を話せる男がいるなんて面白いじゃない)」と。
アーネスト ・サトウの文通の文面は最近、その男の情報をもっと知りたい。と始まる。
使えそうなやつなら引きこむだけだし、使えなかったら肉奴隷にして幕府になり、英国の変態どもに売り付けて金にすればいい。
と書かれていて金儲けしか頭にないことは、伊藤も井上もアーネストサトウが日本のことなどどうでもいいのは分かっている。
そんな事情もあって文通の文面は決まってこうかかれる
「 We are collecting information but there is no new information ( 情報を集めているが新たな情報はない)」
毎度、同じ文面で締めくくられた文通がくるのにアーネストサトウはあきはじめている。
「自分で動いたほうが早いかもしれない」
と考え初めてもいた
3
アーネストサトウが犯人だとの内容の英国から手紙をうけとって、鉄とパーカーは
「薩道愛之助」「薩道懇之助」という日本名を使い活動していることもかかれていた。
「 Is it Ernest Sato? It's a big name ( アーネスト サトウですか。大物ですね」
「 The name of the other party was known. Is it possible to defeat as an interpreter, Tetsunosuke, as well as a profession?
(相手の名は知れた。職業もだ、鉄之助、通訳として打ち負かすことは可能かね?)」
「If you know what your opponent thinks, your winning percentage will increase. (相手がどういう思考をするのかわかれば、勝率は上がります)」
まるで商社マンの口調でボスに報告するようにいう。
「 All right. Send a spy from England. Ernest looks like a woman, so let's arrange a man(よろしい。イギリスから密偵を出す。アーネストは女のようだし、男を手配するとしようか)」
「 Because a man can spy? (男がスパイを出来るので?)」
「 can do it. A man's words will sound sweet to the head tired of interpreting (できるとも。通訳で疲れた頭には男の言葉は甘く響くだろうな)」
パーカー氏は冷たくひとりごちた。
数週間の後
「 this is Takeda Kane-kun (武田兼くんだ)」
「どうも」
礼儀がなった様子でパーカー氏に紹介されたのは背筋が良い細身の青年だった。
「英語は?」
「 he can. It's terrible 出来る。たどたどしいがね」
パーカーが付け加えた。
「出自は?」
「は。イギリス公使館などに出入りしています、植木職人・倉本彦次郎の息子です」
「ファミリーネームが違うのは?」
「絶家していた親戚、武田家復興のため武田姓を名乗っております」
「分かった。君の任は、アーネストにちかづき情報を集めてもらいたい。とくにどんな考えを持っているかを集めてほしい」
「 It's a tough job approaching a woman. Can you do it? 女に近づく過酷な仕事だ。出来るかね?」
「できます」
兼は頷いた。
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