第10話 坂本竜女と言う女

「なんで美星とロザリーが…勝っちまうんだ!!あたいの寒天もまけてねぇハズなのに!」

「美味しかったんですよ。寒天。でもね。あれは食後のお楽しみです。お腹もすいていたしちょっと足りない感じが…」

「ソウヨネ。男の人はたくさん食べるって言うシ」

「でも、たまごふわふわは初めて食べました」

「それじゃあ…」

「ええ。実は一回食べたことあるんですよあれ(寒天)」

鉄は言わなかったのではない。

言い出せなかったのだ。

言えば、お珠はがっくりと肩を落としただろうから。

「ああ…なんてこった」

予想通り、がくっと肩を落として見せるお珠、対して、美星とロザリーは静かにいがみ合っていた。

「あたしに爺さまの票が入って二票」

「アタシが鉄之助の票を貰って二票」

「ううーん。困りましたねぇ…。ホルスターの件はナシですかねぇ」

「I agree with your opinion(賛成だ)」

Mrパーカー氏は鉄之助の意見に賛同したが、そうなると、美星とロザリーは納得しない。

「あたしの作ったホルスターヨ?アタシが付けつのがどおりダワ」

「いいや。異人に触らせるなんてぇのは危険だね。あたしが付けてやるから。寄越しな」

「Not settled( 決着が付かん)」

小声でそういったのはパーカー氏だ。

「I see , I think (そうですねぇ)」

「なぁ、納品するまでが仕事だろ?ならもういいんじゃねぇか?」

「ぐ…!」

お珠が放った一言がロザリーを突き刺す。確かに通りは通っていた。

しかし

「コレはサービス。私のお客様に対しての特典なんだから」

「特典?…いいや。コイツはアンタの特典だね。アンタは鉄さんの体に触りてぇんだ。そうだろ?」

「そっちも同じじゃない!!護衛だっていいながら、実は体が目当てな癖に!」

「なにぉう」

「fuck!」

バチバチとメンチを切り合う二人。

しかしそれを見て鉄が、

「分かりました。この案件については僕のミスです。ですから、対案として、あとで埋め合わせをお二人にするってのはどうですか?」

と言い出した。

「埋め合わせ?」

「ええ。後日二人のお願いを一つづつ聞きます。ただし、性的なことはなしでですけれど」

「!」

「!」

「鉄さん何言ってんだい?!」

お珠が止めようとしたが、鉄は首を横に振った。

「お珠さん、この状況を作ったのは僕ですから、終わらせるのも僕がやります。トラブルバスター鉄にお任せです!」

なぜか鉄之助は自信満々だった。



土佐脱藩浪士である坂本龍女は、とにかく考えの幅が広いというか、あまり物事に頓着しない、そんな性格の女だった。

 体格は167cm。黒髪を後ろでまとめ上げ、ひもで縛っているだけ。

 着物も袴の方が歩きやすいらしく常に袴姿だった。 

 いつも袴姿に大小を指して歩いているところを千葉定吉が京橋桶町に開いた道場――――通称、桶町千葉――――の辺りで何度も見かけられている。

町人曰く、

「ああ、あの外見は美人だが土佐訛りがキツイお侍ダロ?この辺りじゃ代わりモンで有名だよ」

また別の町人曰く

「ああ、知ってるよ。千葉定吉さんの住み込みだろ?佐那譲とあのお侍ぇは特に気が強いことでここらじゃ誰でも知ってラァ」

 気が強い、美人、しかし変わり者。その3ワードは誰に聞いても同じで必ず出てくる言葉だった。


「うむぅ。どこかにエエ男、エエ儲け話はないもんじゃろか」

街中を歩きながら、今日も坂本竜女は、何気なく歩いていた。

すると、女と男の二人連れが並んで歩いているのが見えて、龍女は目を光らせた。

(随分いい雰囲気じゃあ。男が女を怖がらない言うんは、珍しいのう。それに、よう見ると、えらい別嬪じゃ)

龍女は涎が出るのを感じた。



「いやぁ楽しいねぇ。鉄さんといると嫌なこたぁ忘れられるよ」

隣にいる美星は朝から上機嫌だった。今日はデート日。着物も新調し、襦袢もいちばんいいのを着て来たのだろう。化粧もばっちりだった。

(相当、頑張ってくれたんだなぁ)

鉄は隣を歩きながらそんなことを思っていた。いつもの美星とは明らかに気合いの入り方が違っているのは勿論分かっていた。

「手ぇ……にっにっ…にぎってもいいかい?」

「え?ああ、いいですよ」

美星が聞いてくるのを、鉄はあっさりと了承し、手を握ってやった。

「!!」

言っては見たものの、どうせ断られるだろうと思っていた美星は、突然握られた手に興奮した。

(――――!!うぉぉ!ドキドキする!すべすべする!あったけぇよぉ…!)

美星は一気に体が熱くなるのを感じた。

(コレが男の手かぁ。指ぃ…指絡めていいよねぇ?)

恋人つなぎというのを考えて、一瞬戸惑う。

「!?」

一方、ぞくりとした怖気を感じて鉄之助は一瞬身を震わせた。

「鉄さん?」

隣で歩いていた美星が何かに気づいて声をかけると

「いえ、なんでも…」

そう言って着物の襟合わせを、一度少し開いて――――直した。

「鉄さん!イケねぇよ!」

「?」

「そういうことをするんなら、路地の奥だっていったろう?周りを見てみなよ。女が鼻抑えてやがる。――――きっと、鼻血が出たんだろうさ」

「着物の前合わせを直しただけですよ?大げさな」

「それがイケねぇって言ってんじゃねぇか。夜鷹でもそんなにホイホイ見せねぇってのに」

 ちなみに夜鷹とは色を売る私娼の事で、個人的に囲われていたりする者もいるが、値段が高いことで有名だった。

 鉄之助の襦袢の下にある胸が、ちらちら見えるのは、この世界の女にとってラッキースケベが起こっていることと同義。

 今でいえば、胸チラを女子がしてくれているそんな状況であり、そんな状況に、女は食いつかないはずが無かった。

事実、胸チラを見た女は、

(うぉぉ。良いもんみたぁ!これは今日は捗るわ!)

などと思っている。

そして

(うぁ……良い体じゃき!もぅ、もうちぃくと見せとうせ!)

坂本竜女はガン見していた。



(ああ…いかん。修練に身が入らん。それもこれも、あの男がいかんがじゃ!)

竜女は剣術修行で江戸にきているのだ。そのことは土佐に居る姉、乙女にも知れている。

(こんなことが、ねぇちゃんに知れたらワシは生きて帰れんゼ)

 剣術修行が上手く行っていないと知れたりでもしたら、土佐に首だけで、帰ることになりそうだと龍女は本気で思っていた。

しかし、昨日見た男の胸ちらが、頭をよぎって離れない。煩悩を払おうと、剣を振ってみたが無駄だった。

(こうなったら、どこかに出かけよう)

気分転換のために龍女は出かけることにした。

外に出る。少しひんやりした空気が漂う11月の昼間。

 とりあえず何処かに行き、何かを食べて気晴らしをしようと、表通りへ出て少し歩いていた。

そんなとき。聞き慣れない会話が耳に入って来た。

「I would like eat something…(何か食べたいですねぇ)」

「well me too(私もよ)」

「Do you know that good place to eat anywhere?(どこかいい場所はしってます?)

「well…let me see (そうねぇ)」

どこの言葉だろうと周りを見返すと――――

異人とこの間の男の姿を見つけて、龍女は鼻息が荒くなるのを感じた。

(みぃつけた!今度は違う女と歩いて。しかしあれは異人じゃないか。もしかして脅されて無理やり付きまとわれているんじゃないがか?)

嫌な方向に思いが広がるのを龍女は感じながら、それでもしばらく様子を見ることにした。

(しっかし、いい男じゃぁ。尻が垂れておらんし、健康そうじゃ。良い子種がいっぱいでそうじゃ。どっかの小姓かのう)

 女の扱いに慣れているようにも見える。普通の男ならあんなに気さくに女に話したりはしないのだ。

 無論、この界隈には英語が解読できるものはロザリーと鉄しかいないし、二人にしかわからない言葉は、二人だけの空間を作ることに成功した。

「ええい、分からん。何を言っとるんじゃろか」

龍女は、やきもきした。しばらく、後ろを着けて歩いていると

「おい。あんた」

不意に後ろから、肩を掴まれた。

「なんじゃあ…今いいとこなんじゃあとにしとうせ」

「あんた。鉄さんを着けてるだろう?さては痴女だな!」

「はぁ?」

「あたしは鉄さん…あそこの旦那の護衛役だ。さっきからあたしゃ見てたんだ。言い逃れできると思うなよ」

「何をいっちゅうがか。あん二人が珍しくて少し見ていただけじゃあ」

「見ていた!? やっぱり視嬲していたんじやないか、もう許せねえ」

お珠は相手の襟首を掴み引き寄せたその時,横から杖で手を叩く者がいた。

「stop it」

「爺様何を…アイタぁ!」

ポコンと、今度は、頭を殴られた。

「ヤメなさい」

「 Tama. Lets apologizes to her(彼女に謝るんじゃ)」

「?」

「パーカさんは、謝りなさいと言ってます」

「なんでだい?悪いのはその痴女だろ」

「わしは痴女じゃないきに。坂本龍女と言うがじゃ」

「坂本龍女?」 

今度は、鉄が驚く。

「ほうじゃ、何か珍しいがか?」

「いや。…本物を見るのは初めてでして、どうも、この度は、私どもの護衛がご迷惑をおかけしました。申し訳御座いません」

坂本竜馬の伝記は知っていた鉄之助は訳の分からないことを少しいってから、龍女に謝罪した。

「!…いや、目で追ったのはこっちじゃあ。そんな謝らんでいいきに!」

驚いたのは龍女の方だった。と、同時に

(しっかと頭が下げられる、エエ男じゃ。婿に欲しい)

そんなことを考えていた。

「ありがとうございます。坂本様。では私は用事が有りますので」

そう言って彼は反転しようとした。

「ちくと、まっとうせ!」

坂本竜女は引き留める。

「?」

「まだ何か」

「おんしゃ…その異人の言葉が分かるかや」

「ええ。わかりますよ」

「凄いのう。…ほうじゃ! なぁ、おんし、ワシに言葉を教えてくれんがか?!」

「はい?」

突然の申しでに、鉄は目をはてな顔になった。

「なんで私が教える必要が?」

確かにそうである。鉄が教えてやる必要はないのだ。しかし、龍女は引かない。

「ワシは海の向こうに興味があるがじゃ。将来は海の向こうに行ってみたいち思うとる」

なぜだか龍女は熱く語りだした。

しかし

「そうですか。でも、僕には教える理由がありません」

「理由…理由」

言い淀む龍女。そしてお珠が追加で口を挟んだ。

「やい!いい加減にしやがれ!この痴女!」 

「まだ、言うがか!」

「なんどでも、言ってやらあ!男がイャがってんだろうが!そんなこともわっかんねぇとは、女として恥ずかしくねぇのか!」

「!」

「まぁ、そう言うことです。これで終わりましょう?」

優しそうな鉄の言葉は、龍女を更に引けなくさせる。今まで優しく諭される事などないのだ。ここでこの男を逃したくないと言う気持ちが強くなる。

「……ワシはおんしに惚れたがじゃ」

「?」

「おんしが…欲しい。絶対あきらめんきにぃ」

そして、龍女が鉄の腰を抱き寄せようとした。その時、今まで黙っていたロザリーが銃の台尻で龍女のテンプルを強烈に殴りつけた。

「!」

テンプルを殴りつけられた龍女は膝から崩れ落ちる。

「lets go(行きましょ)」

殴りつけたロザリーは、当然と、いった風に鉄に言う。

「well thanks you(どうもありがとう)」

「Of course don't warried(当然の事ヨ。心配しないで) 」

鉄はロザリーの行動にほっとし、またロザリーは当然のことどうだと言わんばかりに、何も変化はない。

「おめぇが悪いのさ。人の男に手ぇ出すからだ」

お珠は去り際にそんな捨て台詞を吐き、

「別に僕は誰のモノでもありませんよ」

鉄はお珠の言葉に反論した。


後日談とはなるが、このあと、坂本龍女は、鉄之助の前にたびたび出くわすように行動を始め、鉄之助にやっかいな女として認識されてしまうことになるのだが、それはまた別の談で話すとしよう。

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