第9話 戦う女達と、止めにはいり殴られる男

「I will deliver this revolver to him with my love~( - 私の愛をこめて、このリボルバーを彼に届けます)」

彼女ロザリーは出来うる限り最高の精度で磨き上げたリボルバーと40発の弾丸を、持ってウキウキしながら、外国人居留地へと向っていた。

「please give me your love~ (あなたの愛を頂戴)」

自作の変な鼻歌を口ずさみながら、特注で作ったガンケースを風呂敷で包んで抱えている。

しかし、ロザリーが浮かれていたのもそこまでだった。なぜなら外国人居留地の前には

「stop!」

二人の女――――お珠と美星が、待ち構えていたのだから。

「コニチハ。Mr.鉄之助はいるかしら?」

「ホウ。なんだ日の本言葉が喋れるんじゃねえか」

「モチロン。喋れるヨ」

前回の時は、わざと英語しか喋らない様にしただけで、喋れないとは言っていない。

「なら、その荷物を渡しな。あたしらが運んで行ってやる」

「ソレはデキないヨ。私の仕事を横取りしようっテ?」

「オメェさんこれ以上進めると思ってるのか?」

「進めないとデモ?」

「腰の物が見えねぇ訳じゃねぇだろ?」

み星は帯から差した大刀を羽織の下からすこしだけみせて言った。

「そんなもんでビビらないヨ。抜いたら捕まるのはソッチダモの」

確かにそのとおりで、ロザリーは武器は携帯していないが、どうも様子がおかしい。

もっと、怖がっても良いはずなのに、彼女には余裕があり過ぎるのが気にかかる。

「アンタら、ボクシングって聞いたことあるかしら?」

ロザリーはそう言うと着物の裾を捲くりあげてスタンスを広めにとって、顔の下半分を『いないいないばあ』をするかの様に拳で隠してみせた。

現代ボクシングではピーカーブースタイルと呼ばれ、防御を重点にした構えである。

幕●内一歩のスタイルといえばわかるかもしれない。

ロザリーは、ゆっさゆっさとからだを横に軽く振りながらジリジリと間合いを詰めていく。

「やったろうじゃないか。女らしく素手喧嘩スデゴロで勝負だ」

美星は着物の裾をまくり上げ草履を脱ぎ足袋だけになって構える。

「ただし、あたしの拳は固ぇからな?」

美星は拳を握って関節をほぐすためだろう、ぽきぽきと鳴らして見せた。



「喧嘩だ!喧嘩だ!女が居留地の前でやり合ってるってよ!」

「いいねぇ!見に行こうじゃないか」

周りに住んでいる見物人達に騒ぎはあっという間に伝播した。


「おらぁ!」

攻めているのは美星でロザリーはガードに徹しながらフットワークを使って左右によけ続けていた。

そして隙を狙ってのボディブローを美星に的確に叩き込んでいく。

「そんなもんが聞くかってんだよ!」

美星はこの時、気づいてはいない。ボディーブローの本当の怖さに。

ボディーブローは脚を止めさせ、相手の体力を奪っていく戦術だ。ボディーブローが聞き始めたら、フットワークが止まる。足を止めてしまえば、顔にストレートを入れてやればいい。

美星は今、ロザリーの術中にはまっている。と言ってよかった。


なんだか外が騒がしいと鉄之助は表に出てみると、居留地の入り口付近が何やら騒がしい。

人だかりができて、騒ぎになっている。

近づいてみれば――――騒ぎの中心には、見知った顔が3人いる状態で鉄は慌てて止めようしてひとゴミに割って入って行った。

「ああ…なにやってんですか!こんな往来で着物をそんなに捲くりあげて!そんなに生足を見せて!ああぁもう!」

鉄之助はそこまで言ってそっぽを向く。あまりにも二人のフトモモがおっさんには眩しかったのだ。

鉄に気を取られている間、ロザリーのガードが一瞬でフックへと変化し――――

コツン!

と美星の顎を引っ掛けた。

(しまった)

美星はペタンと尻もちをつく。

(フィニッシュ!)

ロザリーが上から下へチョッピングブローをみ星に叩きつけようとしたがそこに鉄の体が割り込んで来ていた。

(ヤバい!)

ロザリーは拳速を緩める事が出来ずに、しかし、軌道をなんとかそらす事には成功した。

がそれでも、鉄の胸板に拳を当ててしまうことにはなった。


(守られた?!)

一方、鉄の体の後ろに隠れる形で守られる美星は衝撃を受けていた。 

男に守られる女という、カストリ絵草紙の中にしか存在しないシチュエーションに、美星は驚きと興奮を隠せない。 


一方で、ロザリーは男を殴ってしまった事実に呆然としていた。

(Oh!my!god!(なんてこったぁぁ!)

男の体を殴るなど、この世界の女すべてを敵に回すような行為なのはロザリーも知っていたし、今まで母親から一番やってはいけない事として教えられてきたことでもあった。

「very! very! sorry! but I had no intention of hitting!(ホントにホントにゴメンナサイ!でも、当てるつもりなんて無かったのよ!)

「I’m OK」

鉄は立ち上がりながら袴の砂を払い、美星の手を取って起き上がらせてから

「大丈夫?」

と聞いた。

「――――ヘッチャラさね!」

そう言いながらもなぜか、美星の足は少し震えているようにも見える。それが鉄之助には気になった。

「ほんとに平気ですか?足震えてますよ?」

「―――でぇジョブだぃ」

美星は守ってもらったことで、軽くイキかけて股を濡らすことになったとは言いだせず、代わりに彼女の口から出てきたのは江戸弁の強がりだけだった。




「はー。これがジィ様の館かい…」

「どこの大名屋敷だろうねぇ…」

お珠はミスタパーカーの家に案内されると、目の前に広がる風景に驚きを隠せないでいた。

ワックスがかけられた、ピカピカの床、江戸間(6畳間)とは比べようもない高い天井とそして――――天井から吊るされたシャンデリア。

イギリス人商人ミスタ パーカーの扱う品目は武器から調度品まで輸入できるものなら何でも。

「Show everything from the latest guns to men's underwear!hahaha!(最新式の銃から、男性用の下着まで何でもそろえて見せよう!カカカ!)」

パーカー氏はそう言って豪語するくらいだ。

儲けた金で自分の家を居留地に、建設した時も2階建て3LDKにしたが、増設を考えるくらいには儲かっているのだ。

その家の広い客間にある革張りのソファーに座りながら

「I had gun which repaired」

ロザリーはそう言って木製の箱を手渡してきた。

「what's this box that made of wood?(この箱は?)」

「made by mine, that is service(作ったの、サービスで)]

中を開けてみるとそこには革製のホルスターに包まれたピカピカのリボルバーがあった。

「well.good job(いい出来だ)」

そう言ったのは鉄の隣で銃を見ていたパーカー氏だった。

「I appreciate(感謝します)」

ロザリーは最大限の感謝を言う。やはり男に褒められるというのは気分がいいものだと実感もしていた。しかし、鉄の後ろに立つ二人の女――――美星とお珠――――はそうはいかない。

(ああ、嬉しそうな顔しちゃってヨ!そら嬉しいだろうさ!自分の仕事を男から褒められたんだからな!)

(むっかつく!なんでぇ!にやけた面ぁしやがって!)

般若が二匹ソファの後ろからロザリーをにらみつけている。そして

(なんか背中が寒気がする)

鉄之助はそんなことを思っていたのだった。


4


「please try it on that it(付けてみて)♥️」

ロザリーはホルスターを鉄に試着して貰いたい為に、ベテラン店子の様に鉄の体に触ろうとしたが、邪魔が入る。

「させるわけねぇだろ。鉄さんの体はあたし等が守る」

「そ~だぜ。そうかんたんにホイホイ触っていいもんでもねぇんだぞ」

しかしロザリーは切り替えした。

「ホルスターを着けられるノ?」

革で出来たホルスターはつけるのは出来そうだか時間がかかりそうでもある。

つけるのであれば、さり気なくつけてあげたい。

「なぁ鉄さんあたし等がその革帯をつけるからさ。ヤラしちゃくんねえかい♥️?」

「え…でも自分でやりますよ」

「そんなこと言わねえで、ヤラしておくれよ♥️」

ヤラしての言葉が少し卑猥に聞こえたが気のせいかもしれない。

目の前のロザリーはNOを連呼し続け、後ろからは美星とお珠がぎゃいぎゃいと食い下がる。

「what will you do the next?(どうするつもりかね?)」

この騒ぎを収めるために、

「あっそうだ。ならこうしましょう。これから一時の間に3人が一番おいしいと思うものを買ってきてください。一番おいしいなと思ったものを買ってこれた人には――――ホルスターを試着する権利をあたえますよ」

時間を見ればそろそろ昼が近い。おいしいものが食べれて且つ、競争性コンペテションが取れればなお良いと、鉄之助はこの案を出した。


4


小一時間ほどたってパーカー氏のダイニングテーブルの上に3人が買ってきた江戸で上手いと評判の品が並んで居た。

「まずはこれさね。」

お珠が出したのは

冷卵羊羹ひやしたまごようかん。江戸時代の和風スイーツである。たとえるなら「和風プリン」。材料は卵5個、寒天1本、黒砂糖。片栗粉、酒を適量使用した一品であり、番付によれば関取クラスである。


「いいやこれだろ」

次はみ星が出した卵料理だ。

その名も、たまごふわふわ である。

この料理もとくに人気のあったもの。味は具のない茶碗蒸しのような味がし、江戸時代は卵は高級品であったのもあって、番付は同じ関取クラスである。


「これが一番のオススメ」

ロザリーが出したのは「天ぷらの盛り合わせ」だった。

江戸時代、搾油技術が向上し油が安価になったことで誕生した天ぷら料理が出回ると主に屋台の味として親しまれはじめた。

「お腹にもたまっテ、高級感もあるノヨ」

ロザリー買ってきたのは料亭などで出される「金ぷら」「銀ぷら」と呼ばれる代物だった。衣に黄身を使うのが「金ぷら」卵白を使うのが「銀プラ」。

「あ、きったねぇ!一番タケェの買って来やがって」

「汚くなんかナイワ。ちゃんと自分のお金で買ったシ」

そう言ってロザリーは引こうとはしなかった。


「どれもおいしそうだなぁ。卵料理もスイーツも天ぷらも好きなんですよ。じゃあみんなで食べ比べてみましょうか」

「Mr.parker, let's get a lunch with us(一緒に昼食をとりましょう)」

「sure(勿論さ)」

ソファに座りそれぞれが自分とは買ってきたものとは違うものを食べ始めた。

美星はお珠とロザリーのを。

お珠はロザリーと美星のを

ロザリーはお珠と美星のを。

(くっそぉ。やっぱり天ぷらうめぇなぁ。この寒天も甘くってうめぇや)

(たまごふわふわと銀プラ、金ぷらおぃひぃ)

(It are delicious(旨いわ)

3人は何も言わずに食べ続ける。何かしら文句が出そうな勢いだったが誰からもまずいの一言は出ていなかった。

鉄も自分のを食べ終わると、

「would you like tea or coffee ?(紅茶かコーヒーを飲みますか)」

ロザリーとMrパーカー氏にお茶を薦めた。

「I need a tea」

「me too」

ロザリーは、紅茶を選び、Mrパーカー氏も、勿論紅茶を選んだ。

「お二人も紅茶でよいですか?」

「紅茶ってのは何だい?」

「イギリスのお茶の事ですよ。日本茶の発酵が進んだものですね」

「へぇ。面白いねぇ。飲んでみようかい…ねぇ。美星?」

「ああ、あたしも異国の茶ってのが気になるね。手伝おうか?」

「いいえ。一応この家に仮住まいしてる身なんで、私が淹れますよ」

鉄はそういうと、部屋を出て行き数分経ってから、ティーセットを持って部屋に戻って来た。

「はぇぇ。キレイな入れもんじゃぁないか」

「この薬缶みたいなのが、ポットです。で、こっちがティーカップですね」

コトリ、コトリと人数分のカップを用意して、執事の様にお茶を入れていく。その様は3人の女にとっては、夢のような状況であった。

「おおお、男に茶を淹れてもらえるなんて、夢見てえだなぁ!」

「ああ、全くさ。こんなこと生きてるうちに一度、有ればいいぐれぇだろ!」

「very beautiful and wonderful!」

「さぁどうぞ」

差し出されたお茶を見て美星とお珠はまたビックリした。

「紅いねぇ。綺麗な色だ」

「これが鉄さんの淹れてくれたお茶…♥️」

がロザリーはしっかりと香りを確かめてから、紅茶を一口啜った。

「Very well」

「thanks」

ロザリーの誉め言葉に、鉄がうなずくのを見て、美星とお珠も一口啜った。

「うめぇ…」

「いい香りが喉を通るねぇ」

「ありがとうございます」

にっこりと御礼を返す鉄に、美星とお珠はでへへとだらしない顔をして見せる。

「デ――――?どれが一番おいしかったのかそろそろ決めましょう?」

ゆっくりとカップを置いて、静かに提案したのはロザリーだった。

「おう。誰が一番うまかったのか手を上げて行こうじゃねぇの」

美星の案にお珠が頷き返した。

「そうですね。3人だときっと票が割れちゃいますから、私とパーカー氏も参加でいいですか?」

鉄はパーカー氏と事前に話をし、参加を促してあった。

「Sure、Go ahead(進めたまえ)」

パーカー氏も承認した。

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