第6話 炸裂!大好締め(ダイシュキ・ホールド)



 井伊直弼の後を継いだ老中・安藤信正が、「江戸城坂下門外」で倒幕を志す浪士らに襲撃された事件を「坂下門外の変」と言う。


 安藤正信は、桜田門外の変の教訓を受けて、守りを固めていたため一命は取り留めた。しかし、その場から逃れた不名誉を追求され、彼は老中職を解かれることになる。


 安藤信正は井伊直弼のような力任せの弾圧を嫌い、正論と信義で国難に立ち向かおうとした。その代表的な策が『公武合体』であり、朝廷と力を合わせることで、朝廷の権威をバックに反幕府の意志を表明している尊王攘夷派の目的をなくしてしまおうという秘策であったのだが しかし、このことが「和宮を略奪された」とかえって反感をかい、襲撃される結果となった。


 幕府は、和宮降嫁による公武合体の交換条件として攘夷決行を約束していた。

しかしなかなか実行に移さない幕府に朝廷はいらだちを募らせた。


 このような状況のもと、勅許を携えた島津久光らによる文久の改革で幕府は「将軍家茂が上洛し、攘夷について討議する」ことを約束する。

 1863年「一刻も早く攘夷を決行するように」と念を押す使者が朝廷から送られる。


 ここまで催促されると何かしら返答を出さなければならなくなり、将軍家茂は攘夷決行について、今後の方針を検討するため上洛することになった。


 しかし、京都では「天誅」と称する倒幕を志す過激尊王攘夷派が佐幕派の者たちを斬りまくり、もはや幕府の治安維持能力では手がつけられないほど悪化している状態。そこに登場したのが清河八子やこであった。


 八子やこは幕府に対し、

「江戸周辺の浪士を集めて警護団に仕立上げてはいかが? 将軍不在で警備の手薄となります、さらに江戸からは浪士もいなくなり一石二鳥ですわよ」

 と提案し、幕府はこの妙案に飛びついた。

 

 加えて、清河八子は熱烈な尊王攘夷思想者で有ったために、心中では朝廷の名のもと自分が中心となり、攘夷を行う集団をつくりたいと考えてもいた。そのとき将軍上洛の話を聞いた八子は、「幕府の投資で作ってしまおう」と画策。

そして見事成功したのである。

 浪士隊は「攘夷のために上洛する将軍を警護する」と言っていたが、それぞれの思惑は違っていたのだ。


 1863年2月8日。清河八子、芹沢鴨、近藤勇ら江戸で募集された浪士組一行が江戸を出発したが、途中で、Mr.パーカーと鉄達は浪士隊と本庄宿で居合わせ、ある事件を起こすことになった。


 2



 清川八子、芹沢鴨、近藤勇ら浪士組一行は本庄宿にいた。

「なぁんですってぇ!予約されてないい?」

「はぁ…申し訳ありません」

 本庄宿で、ある問題が起こった。芹沢の宿が手違いで用意されていないという。

「なんでよ!あんたちゃんと予約したって言ったじゃない!」

「ですから、店側の手違いだそうで…」

 芹沢鴨は宿が手配されていないことに憤慨し、浪士組の近藤に詰め寄っていた。

 さっきから近藤勇は普段なら見せない気弱な姿を見せていた。

「いいわよ!野宿してやるんだから!――――篝火焚くわよ!」

「止めてください!火の粉が飛んで、火事になったらどうすんですか?!」

この日、本庄の辺りは風が強かった。篝火など焚いたら、火の粉が飛んで燃え移る可能性がある。

しかし、

「んなもん知ったこっちゃないわ!どーせ燃えやしないでしょ」

 立腹した 芹沢が野宿をするといって大篝火を炊き始めたのだ。火事の危険もあり、宿場は大騒ぎとなった。


 この時、Mr.パーカーと鉄ノ助一行も近くの宿にいた。

「なら、七福神巡りなんてぇどうだい?なんかいいことがあるかもしれねぇよ?」

 彼らの目的は「七福神巡り」。

事の発端は、この間、生麦で嫌な場面に遭遇したのを払拭しようと、美星の上司である幸が提案をしたことだった。

「How about going to the shichi-hukujin-meguri,which proposed from ladies.

(七福神巡りに行きませんか?と彼女らから提案がありましたが)」

「what does it means that shichi-hukujin-meguri?(七福神巡りとは何だね?)」

「I don't know that(さぁ、僕にもさっぱり)」

 はて、と困り果てる二人に、雰囲気で分かったのだろう。お珠が説明を入れた。

「七福神巡りってのは、弁天さんから順に回ってさ、福を招こうって信仰のこったよ」

「ああ、そうなんだ。為になったよ。ありがとう。お珠さん」

(男の笑顔は何時みてぇもいいやね。あたしには、あんたが七福神みてぇだよ…!)

 にこりと笑う鉄に、お珠は泣きそうになった。男に笑いかけられると感涙で涙が子零れそうになる。

鉄の後ろに後光が差している気さえした。心がほぐれていく感じさえある。

「きったねぇぞ!珠!先に言いやがって!んなこと誰だって知ってるってぇのに…」

 場がもめそうになるが、

「stop it.(止めたまえ)」

 パーカー氏の一言でその場が沈静化した。

「すとぴっと。か…しかたねぇな」

 最近、美星とお珠が英語を少しだけ、理解し始めたので、鉄の翻訳回数が減っていた。二言三言だが。

「すごいじゃないですか。美星さん。聞き取れてますよ」

「え?そうかい。いやぁ照れるねぇ」

 美星は鉄に褒められて鼻の下をだらしなく伸ばして――――

「へん。「すとぴっと」はあたしも分からぁな。調子にのってんなよ。バーカ」

「ああん?」

「Stop it, and do Quiet at dinner.」

「何て言ったんだい?早すぎて…」

「夕食のときは静かにしなさい。と」

 最後はやはり怒られて、二人はしょんぼりと肩を落とした。


 3


「おぃ。お侍がなんか騒いでるってよ!」

 本庄宿がにわかに騒ぎ始めたのは夕方を過ぎたくらいだった。

 二階で夕飯をつついていた鉄之助にも下で騒いでいる声が聞こえて、障子をすこしだけ開けて下を見た。

「なんだろう」

「どうせ喧嘩かなんかだろ。そのうち収まるよ」

「鉄さん。喧嘩なんざほっといてさ、飯を食おうよ?」

 美星とお珠は意に介さないようで、只管にオカズと飯を咀嚼していく。

「Return your seat Tetsu.( 鉄。席に戻り給え)」

 パーカー氏にまでそういわれてしまっては仕方ない。が、外の声はどんどん大きくなっていった。


「私が悪かったですから!どうか火を消してくださいよ!この通りだ」

 篝火を中心に女たちが群がっていた。一人の女は頭を下げて、もう一人は偉そうに腕を組んだままだ。

 頭を下げている方が近藤勇。セミロングに優し気な顔立ち。

 少し大柄で偉そうにしている方が芹沢鴨だった。

 芹沢に向かって近藤勇は頭を90度近くまで下げていた。いまでいう最敬礼に近い角度である。

「嫌よ!だって野宿しなくちゃいのよ?誰かさんのせいで」

「だから悪かったっていってるじゃねぇか!」

「やめて、サノ」

 取り巻きの一人が声を荒げようとするのを、勇は最敬礼のまま静かに静止した。

 サノと言われた背の高い女性は槍を担いで立っている。

サノと呼ばれた女性の着物の合わせが緩く、胸がちらちらと見える。

 もっとも、着物の着付けが甘いのはこの世界の女ならだれでも同じ。

胸が見えるくらいは何とも思ってはいない。むしろ男に見せつけるくらいが普通だった。

「Slovenly. Wear the clothes properly. Do you understand?(やれやれ。だらしないもんじゃな。身なりには気を使うべきだ」

「二人とも、襟が乱れていますよ。しっかり来てくださいね?」

鉄が訳すのとパーカー氏の目線で二人は何かを注意されたのだと察した。

「ああ――――わかってるよ。爺様はほんとに硬いねぇ」

「全くだよ」

 そう言いながらも、二人は襟を合わせなおし、身なりを整える。それを見てパーカー氏は満足げにうなずくと障子の外を再び目線をもどした。

「まったく、うるさい奴らだねぇ。爺様?ちょいと注意してきてやろうか?」

「行くならあたしも行くぜ?どうするね。鉄さん」

「待ってください。パーカーさんに聞いてみないと」

「?」

「Mr.Paker,Ladies are proposing. Should She take care to keep them quiet? (パーカーさん。二人が「あの侍どもに静かにするように言ってくる」と提案していますが?」

「well. you must go with Ladies, and you have to oversee them.(ふむ。鉄。君も行きなさい。二人を見張るんだ」

「why you don't come with we?(ええ?パーカーさんは来ないんですか?)」

「I will oversee…but from here. Please lets go.(ワシもここで見守っとるよ。さぁ行きなさい)」

「yes sir(はい)」

「爺様は何だって?」

「話を付けてこいと。お目付け役で僕も同行しますよ」

「よっしゃ。一発しかりつけてやろうじゃないか!」

 美星とお珠は護身用の日本刀を持って下に降りていった。


 4


「よぅ。お侍さん方。もう暮れ六つ(午後7時)だぜ?静かにしてほしいんだがな?」

 本庄宿にお珠の嫌味が響いた。

「ああん?なんだぁテメェら」

 黒い着物を着たポニーテールヘアーの美人が腕組みをしながらじろりと珠たちを見た。

「あたしらはここらに宿を取ってるもんさ。そういうあんたたちは何者だい?」

「あたしは土方歳三(としみ)。浪士組の人間だ」

「土方!?」

 と、後ろでひきつった声を上げたのは鉄之助だった。

「なんでぇ――――え?」

 歳三も鉄之助の声に反応して、数瞬後に遅れて二度見し、

(うぉ!良い男だ。見たとこ30か――――良いからだしてやがる)

 期待を膨らせて、顔は少しにやけた。

 その態度に、お珠と美星は割って入る様に鉄の姿を隠す。

「何みてんだ。この人はあたし達のもんだゼ」

「ふふん、良い男だろ?」

 美星の横でお珠は鼻を鳴らした。

「確かにいい男だが。そういう男は奪われない様に気を付けろよ?」

 歳三は日野の夜祭で男を襲った経歴を持っていた。

 良い男は片っ端から食ってしまうような悪さで「バラガキ」などと呼ばれてもいる。

 加えて、鉄が怯えたのは彼女が自分の知っている歴史では「鬼の副長」と呼ばれて、京都に入ってからは、粛清をしまくる未来を知っていたからである。

「なぁ色男さん?もうちょっと顔を見せてくれよ?」

 歳三は覗き込むようにして鉄を見ようとした。

 だが、ぷいっと横を向いて、鉄は視線を合わせようとはしなかった。

(いい反応するじゃねぇの!)

 しかし、その行為が歳三を熱くさせた。

 たまらない。高飛車なのかハズかしいのか、どちらにしても鉄の行動は歳三の『そそる』行動のツボだったのは間違いない。

 再度、歳三が一歩進もうとした。

「近寄んなつってんだろ?ド三品」

「ふしゃー」

 美星がメンチを切った。隣ではお珠が歳三に威嚇している。

(なんて顔してんだろうな…まったく)

 女の子のする顔ではないとこの時鉄は心底思っていたし、できることなら早く逃げてしまいたいとも思っていた。しかし、そうはいかない。

 Mrパーカーは旅籠の上から見ているだろうし、相手はあの「鬼の副長」土方歳三である。逃げおおせる確率は限りなく低いと言っていい。

(逃げれないなら――――少しでも時間を稼がないと!)

 鉄は意を決して前に出て、そのまま、歳三に抱き着いた。


 5


「!!」

 鉄が抱き着いたとき、歳三に電流がはしった。――――と、同時に脳内にはエンドルフィンとドーパミンが多量に分泌されて、イキかけた。

 腰に力が入らない。口からは

「あへぇ――――」

 と間抜けな声が出ていて、クールな表情は一転してだらしないものになった。

男に抱かれる満足感が歳三を満たしていく。

(だめだ!イッちまう!)

そして――――ほどなくして。一瞬、体が弛緩したかとおもうと

どさりと、土方歳三は膝から崩れて腰を抜かした。


「な!!」

「あ!!」

 お珠も美星も開いた口がふさがらない。目の前がちかちかして気が動転している。

 男が女に抱き着くという行為に思考が追い付かずに頭が真っ白になった。

ただ、

(くそったれぇぇぇ!)

頭が真っ白になる中でも、自分たちではない女が抱き着かれて、悔しいのだけは分かった。

(あんの糞アマぁ!なんてぇ羨ましい!)

美星もお珠も鉄を引き戻すために、必死で鉄を引っ張り、自分たちの側へ戻した。

「あんっ…!」

引きはがされた歳三は、案外かわいい声を上げて、そのまま地面に倒れた。心なしかしている。

「何してるんだい!?鉄さん!」

「正気かい!?」

鉄の起こした行動に二人は、すかさずクレームをとばした。

 しかし、心の内では――――

(なんておっかねぇ技だ。あんな抱き方されたら――――女はみんな腰砕けになっちまう。ああ、やられてみてぇなぁ…!)

などと思っていたのだ。


後に、鉄の抱き着きは、「大好締め」として広まることになり、そのことが発端でちょっとした事件になったりするのだが。

 

この時の鉄はそんなことは考えてもいない。

ただ、逃げれないなら、抱き着いて、刀を奪うつもりだったのだ。歳三がイキかけたのは、偶然で副産物でしかなかった。



「大丈夫か!トシ!」

 近くで見ていた少し小柄な女性が歳三を揺さぶった。

「ああ――――すまねぇな。新八っちゃん」

 はぁはぁと多少息が跳ねていて目の焦点が合っていない。

「おい旦那。歳三をよくもやってくれたな」

「新八……まさか…」

 鉄が小柄な女性の眼光に射すくめられて怯えた声を上げた。

「鉄さん。真っ青じゃないか」

お珠が鉄を見て心配そうな声を上げた。

無理もないだろう。目の前にいるのは新撰組でも1,2を争う腕前だと言われる永倉新八なのだから。

小柄な体に、ベリーショートの黒髪。顔は可愛かったが、目の鋭さは周りのどの侍よりも鋭かった。

しかし、

「やめなよ。あたしは平気だ」

と歳三が立ち上がり新八を制した。

「でもよ」

「いいんだ。なにちょっとしたふれ合いじゃねぇか。なぁ旦那?」

歳三は下から見上げるような格好で鉄に対して獰猛に笑って見せた。

何故だか〇玉がチジミ上がる。生存本能かもしれない。

「とにかく静かにしてくれ。五月蠅いと眠れやしない――――頼むよ」

鉄は静かに歳三に頼み込んだ。

「!」

「頼むよ」の一言に反応したのは歳三だけでなく、芹沢、近藤も同じだった。

女に対して頼み込む男などそうはいない。そしてその状況は彼女らの欲を満たすことに成功した。



「I was worried about your behavior.(見ていてひやひやした)」

パーカー氏は3人を前にして頭を抱えていた。

既に旅籠に戻っていて、3人はパーカー氏から軽い叱責を受けて居る。

主に鉄。そしてそれを止めなかった二人に対して。

「Please watch out later. Do you understand?(以後気を付けなさい。わかったかね?)」

「はい。すみませんでした」


この日はこれで済んだのだが―――――3人は鉄の行動によって一人の犠牲者を生み出したことを知らなかった。


「――――ンンっ」

厠の中から、押し殺した声が聞こえる。

「おい。土方君が厠から出てこねぇってのは本当なのか?」

「ええ。さっきから呼びかけちゃいるんですが、相当苦しいのか押し殺した声しか聞こえてきません」

「ふぅむ。困ったねぇ」

厠の前で二人の女が立ち話をしている。

山南啓子。そして藤堂たいらであった。

2人は厠に入ったきり出てこない土方を心配してきてみたが、中からは何かうめいているような声とかすかな水音が聞こえるくらいで様子がわからなかった。


鉄の刺激に歳三はしばらく悩まさることになるのだが、それはまた別の話である。

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