第7話 服を買いに行っただけで女に襲われる

「今日は護衛は不要ですから」

いつも通り、珠と美星が鉄とパーカーを迎えに行くと、居留地の入り口で待っていた鉄がにっこりとほほ笑んでそういった。

「なんでだい?」

「今日は休みなんですよ。それに出かけたい所もありますし」

鉄は休みをもらって今日から2日、買い物などを済ませる予定だった。

それに、吉原の中にある店へ行く予定もあった

「一人で出歩こうってのかい?」

「ええ。まぁ」

「危ないよ。あたしらが付いていく」

「そうだよ。どこに行くにも護衛は居るんだ。分かってるだろ?」

お珠と美星はなおも食い下がった。しかし、

「あのですね。今日はほんとに勘弁して下さい。着物も新しく買わないといけないですし。それに下帯だって」

「下帯――――」

下帯とはいわゆるフンドシのこと。現代で言えばパンツである。

お珠と美星は顔を少し赤くした。

「そう。下帯ですよ。それとも何ですか?下帯さえ一人で買いに行っちゃいけないとでも?」

「いいや。そいつは構わねぇ。だがよ。鉄さん一人で着物と下帯を買いに行くにはちょっとなぁ」

「そうだよ。ちなみにどこの店に行くつもりだい?」

念のためだと、お珠は予定地を聞いた。

「日本橋の三越屋ですよ。あそこならいい店員がそろってる」

「ああ、確かにな。だがあそこにいるのは女の店員がほどんどだ。鉄さんが一人で行ったら、舐めるように視漢される。間違いない」

「まさかぁ」

本気だとは思えず、鉄は曖昧な答えを返した。

「何言ってんだい。それに高いもんを片っ端から売りつけられるよ?着せ替え人形にされてね」

流石に鉄は少しぞっとした。お珠や美星の目がマジだったからである。

「ううん。でも――――」

「それでもいいってんなら、あたしらはお手上げだ。仕方ない。でも、酷いことになるよ?賭けたって良い。どうするね?」

「うう――――」

そして、鉄はさんざん悩んだ挙句に、珠と美星についてきてもらうことを選んだのである。



「で?要るもんは着物と、その――――下帯だけかい?」

男性の下帯を買うのは二人とも初めてである。

内心では

(男用のフンドシを一緒に買いに行けるなんて思ってもなかった。食い下がって良かった!)

等と思っていたりもするが、そこはこの世界の女だ。顔に出したりはしない。

「ええ。あとは明日小間物屋に行って、銃を手入れしてもらうことになってます」

「へぇ。短筒の手入れかい。で、どこの小間物屋だい?」

「吉原街ですが」

「はぁ?。男があんなとこに何の用があるって?大門は一回通ったら男は出られないよ?」

「通用切符がありますからね。短筒をあづけたらすぐに戻ってきますよ」

「いいや。こいつだけは許可できねぇ。鉄さんが手籠めにされちまう!」

回りは一発やって気持ちよくなろうと言う女ばかり。そんなところに鉄が行こうものなら、路地裏に引き込まれて最悪、殺され大川に浮かぶ事さえ考えられた。

「手先の器用な小間物屋なら品川にでもいっぱいある。寄りにもよって吉原なんぞに行く理由が―――」

「あるんですよ。こいつはS&Wスミスアンドウエッソン製。外国製なんです。弾も補充しないといけないし。日本人の手に負えるものじゃない。手入れできるのは、吉原にいるらしい外国人の小間物屋だけなんだそうです」

「だからって―――――」

「これはパーカーさんからのあづかりもんです。壊すわけにいかない」

「わかったよ。しかしだ。護衛はさせてもらうよ。良いね?」

お手上げだと、美星もお珠も首を振った。


天下の大通り。

その昔、日本橋は様々な呉服店が並ぶ一大ショッピング通りだった。

その中でも、三越屋は大店で、男物の扱いに長けた店として、有名だった。

「いらっしゃいませ」

呼子の店員も気品が漂う。キレイどころばかり。男が入ってきても、すぐに声を掛けたりはせず、かといって、しっかりと気を配り、時折、困りごとはないですか?などとさりげなく声を掛けていくあたりは一流店と言えた。

「さすが、三越屋だね」

「まぁね。ここらじゃ一等、男物がそろう店だからね」

店を前にして鉄はすこしだけびっくりした。

「お珠さんたちもここ来るの?」

「あたしらが?冗談言っちゃ行けねぇな。こんなとこに来れるのは良いとこの坊ちゃん、お嬢ちゃんさ。あたしらはみんな古着だよ」

「そうなんだね。まぁ、今回は客だからね。はいろっか」

暖簾をくぐると、広い店内に上物の反物がずらりと陳列されているのが見渡せる。

どれも、一見して上物だとわかる反物ばかりだ。

「いらっしゃいませ。どうぞお手に取ってご覧ください」

女の店員は良く通る声で静かに促す。

しかし、目先でほかの店員に何かを目くばせし、それに伴って二人の女店員が鉄を見て、瞬時に品定めをした。

一人が奥にいる旦那になにかをいいに引っ込んで、代わりに女優張りのキレイどころの店員が姿を見せた。

(ひさびさの色男じゃない!ちっ!護衛は2人か)

一瞬で値踏みを終えると、即座に、しかし、自然な流れで鉄に近づいた。

だが、

(通さねぇよ!)

美星がブロックし、店員を遮る。

「なにかお探しでしょうか?」

「ああ。お探しさ。この人に会う着物と下帯をね」

店員の問いに答えたのは鉄の背後を守る様に立つ、お珠だった。

(ちぃ――――邪魔な女ね!)

「着物と下帯ですね?採寸はお済でしょうか?」

「まだです。図ってもらえますか?」

今度は鉄が答えた。

(いい声してるじゃない!採寸来たわよ!)

「畏まりました!」

とびきりのスマイルで鉄に笑いかける。

「ちっ!」

これに舌打ちしたのはお珠と美星だ。採寸ばかりは手の出しようがない。

まずは店員が1勝目を挙げた。


「では、奥へどうぞ」

奥の座敷へと通されると、着物のうえから腰回りを測られ、着丈と袖丈を測られた。

「随分細身でらっしゃいますねぇ」

「ありがとうございます」

その会話を耳だけで聞きながら、お珠と美星はイライラしっぱなしだった。

対して、店員は次は胸囲を測りながら

「すん…すん…。はぁぁ…すん…すん…」

と鼻をひくつかせている。

(いいにおい…それに結構筋肉質だわ。良いからだしてる…!)

きっちり測り終えたが店員は鉄の腰にガッチリホールドしたまま動かない。

 鉄は腿のあたりに柔らかい物体が押し当てられて

股間が大きくなりそうになるのを鉄は必死になってこらえた。

「あの…まだですか?」

「もう少し…もう少し…!」

美人の女性に股間を頬擦りされるのは正直かなり気持ちよくて、こらえていたものが膨らみ始めるのを感じていた。

(あら…!)

それに気づいたのは女性店員で着物の裾から最初は弱めに手を入れてきた。

さわ…さわ…。

「ひんっ」

触られて思わず声が出ていた。

(――――犯られた?!)

外で待機していた美星も珠も、一気に中へ押し入って、女店員を締め上げる。

あっという間に店員を組み伏せた。

「なにしてやがんでい!このアマ!」

「きゃあ!何するんですか‼️」

「何するだぁ?てめえいま鉄さんの大事なところを触ってたろうが!羨ましい!」

「そうだよ!そこは触れちゃイケねぇトコだって母ちゃんに教えてもらったハズだぜ!」

本音が少し漏れているのはご愛嬌である。

「それもてめぇは店子じゃねぇか!そういうのを女々しいってんだ!採寸にかこつけてどさくさで触りやがって!」

「採寸してただけですよ!言いがかりです!」

埒が明かない。

「鉄さん。触られたかい?その―――大事なところをさ」

「いやぁ…まぁ、どうだったかなぁ」

鉄なりに言葉を濁す。が。

「構うこたぁねぇんだ。きっぱりと言ってくれ。触られたんだろう?!なぁ!」

確かに少し触られはしたが。女性経験がないわけでもない。これくらい何のことはなかったので

「その女性は触ってません」

「――――!なにいって」

「ほら!触ってないって言ってるじゃない!はなしてよ!」

「ちっ!」

しぶしぶ、お珠と美星は拘束を解くほかに道はなかった。



結局三越を追い出され、ほかの店に向かうべく3人は大通りをぶらついていた。

「なんで嘘つくんだい?」

「なんともないですよ。あれくらいは軽いふれ合い。じゃれ合ってただけです」

「いーや。あたしは見てた。あの女、鉄さんの股に頬ずりしてやがったぜ。重罪だ!」

お珠がイラつきながらつぶやく。

「なぁにぃ!許せねぇ!とっちめて――――」

「止めてください」

「あふ」

すっと、手を肩に置いたそれだけだったのだが、不思議と美星は静かになった。

美星からすれば、鉄に触られて力が抜けたのだが。

「ああ!いいなぁ!いいなぁ!」

鉄の後ろでぎゃいぎゃい騒ぎだすお珠。

その顔はむくれた子供にそっくりだった。


「呉服屋ってのはいっぱいあるけど、男用はあんまりないからねえ。仕立てなくちゃいけないのが、面倒さ」

女物なら吊しの古着で十分に用は足りる。男物は需要も少ない上に供給者はもっと少ない。欲しいのなら一から仕立てるほかはないのだ。


「よう、色男じゃねぇか」

歩を進めていくと、声がかかった。

「てめえ!この間のド三品じゃねぇか」

声の主は、土方歳三だった。


「何でここ…に」

「あたしも今日は非番なのさ。日本橋何てなかなか来やしないし。京都に行く前に遊んで行くつもりだったんだが」

聞いてもいないのに歳三は、嬉しそうに語り始める。

(自己開示の多いひとだなぁ…なんでこんなに食いついてくるんだろ)

それが土方歳三に抱いた鉄の印象だった。

「まさかあんたが居るとは想わなかったが、ついてるね」

「なあにがついてるだぁ?」

「るっせんだよ!この歳三様と色男の間に割り込むんじゃねぇよ。ブス」

「ああん!?テメェ鏡見たことがネェンダナ。そっくりそのまま返してやらぁ!」

「やっちまえ!美星!」

メンチを切り合う女二人。はやし立てるお珠。と、おろおろする鉄。

「お二人さん――――ここは穏便に…」

「鉄さんは引っ込んでてくんな。このイケすかねぇド三品をとっちめてやる」

「いい度胸じゃねぇの」

歳三が刀にてを伸ばそうとしたその時だ。

「止めろって言ってるんだ」

大きめの鉄の声が通りに響く。

そして、鉄はS&Wを歳三に向けた。


「此処でそれを抜いたら撃ちます」

既に撃鉄は起こしてあった。


きゃぁぁぁぁあぁ!


通りでは町人達が騒ぎ始める。

「どうします?ここでヤレば二人とも捕まりますよ?」

「お前さんの連れが吹っ掛けて来たんだろ?」

歳三に引く気はないらしい。

「美星さん。引いてください。お願いだ」

「なんであたしが!」

「いいから引いてください。それとも僕に引き金を引かせるつもりですか?!」

「くっ」

美星はうめいた。お珠は動けないでいた。その所に

「あ、居た居た。土方さーん」

と、歳三に声を掛けてくる華奢な女が駆け寄って来た。手に団子を持って。

「総司か」

「なんですこの状況?」

「心配スンナ。ちょっとした喧嘩さ。なぁ?色男」

「喧嘩ですよ。ここで済ませるためには、お互いが引く必要があるんだ。貴方がこの人の知り合いなら説得してくれ」

「もう、土方さんも、いい加減にしたらどうです?最初から切る気なんかない癖に」

「切る気はねぇよ。だがな。男が女に短筒を抜いたんだ。そのいじらしさが可愛くてよ」

「まぁ、気の強い男子ですよねぇ。結構美形だし」

「だろう?この気のつぇぇのが良いんだ」

「あ、それ分かります」

目の前で振り返りもせずに、総司と呼ばれた女性と話を始める歳三。

腰の大刀に指はかけられたままに、目は笑っていない。

「でも、もう引き際なんじゃないですか?そろそろ岡っ引きが来ちゃいますよ?」

「そうだな」

歳三が柄から指を離したところで、ようやく鉄もs&wを懐のホルダーへと戻した。

「まぁ、今日はここまでだ。行きなよ。色男」

「引いてくれてありがとう。土方さん」

「――――!あたしの名前覚えてくれたんだねぇ。次に会うときゃ楽しみだ」

ニタリと歳三が嗤った。



「大丈夫だったかい?」

少し離れた茶屋で、鉄は手の震えが収まるのを待った。

「ああ、何とか収まって来た」

「あのアマ。今度会ったらとっちめてやる」

しかしそれを止めたのは鉄だった。

「止めた方がいい。あれは『鬼』だ。普通の人は関わるべきじゃない。あれは近いうちに人じゃなくなる。特に京都はあれの所為で、酷いことになる」

「酷いこと?」

「あの土方って人も、後ろにいた総司って呼ばれた人も『人切り』だ。特にあの二人はヤバい。近づくべきじゃない」

そこまで言って、鉄は両隣にいるお珠と美星を肩を抱くようにして引き寄せた。

「ふぁ!」

「んっ!」

鉄に触られて、二人とも嬉しさで飛び上がりそうになるがそこは抑えた。なぜなら鉄が真面目な顔をしていたからだ。

「僕は、二人に死んでほしくない。だからあの二人に合ったら即座に逃げてほしい。お願いだ」

「約束するよ」

「あたいも誓う」

「ありがとう」

2人の言葉を聞いて鉄は感謝した。

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