第一章『今日この日まで夢を見る』5

「なるほど、そういうことか」

 後ろから、聞き慣れた声が聞こえてくる。

「もっと強引な、単純に吹き下ろした風で押さえつけるものだと思ってた。そんな方法ができるなんて、さすが風の精霊といったところ」

 イーシャの真後ろに、駆けて行ったはずのアルマの姿があった。その手にはなにやら木の棒が握られている。

「あ、アルマ……戻ってきたのですか」

「いーや。ずっと後ろの木陰からイーシャのことを見てたよ」

 あっち、と手に持った木の棒で後ろ手に示す。途中で脇道に逸れていたのはそのためだったのか。

「よく考えたら、村まで戻る必要はなかったんだよ。森は素材の宝庫だから、そこらへんに落ちてるもので十分だよなぁって思ったり、しなかったり」

「バレてたんですか……」

 溜め息を吐いた風の精霊が、両肩から力を抜いていく。

「バレバレ。何年一緒にいると思ってるの」

 手のひらに灯っていた光が消えると同時、地竜を押さえつけていた風の塊も霧散していった。下敷きにされたいた地竜は困惑したように周りを見回すも、すぐに自由になった四肢で地を踏みしめ、二人に向かって素早く駆け出す。

 ぬかるんだ土をものともしない猛き四肢を繰り出し、その右前脚の剛爪を以て、アルマ達がいた場所を盛大に抉っていった。

 弾け飛ぶ泥とは別の方向に飛んでいたアルマ。イーシャは彼の肩に止まり、前方へ両腕を差し出して口を動かす。

「風精ノ加護よ!」

 その一言で、アルマの周りに微風が取り巻く。雨に濡れた身体が途端に軽くなり、じんわりと暖かささえ感じる。

 内がずぶ濡れになったブーツを踏み出し、その手に持っている木の枝をアルマは投擲した。くるくると回転しながら地竜の鼻先まで緩やかに向かっていく。

 コンッ————

 地竜の顔に当たった木の枝は虚しい音を上げて地に落ち、濁った水溜まりの中へと消えていく。必殺の一撃とはなり得ないそれが功を奏し、いまにも駆け出そうとしていた地竜の動きを止めることになる。

「ッグゥゥウウルゥルウウウ…………」

 呻りを上げて、地竜はアルマのことを伺うような姿勢を見せる。棘付きの棍棒のような尻尾を振り回し、水溜まりに打ち付けて泥水をまき散らした。

「狙い通り? なのですか?」

「まさかここまで効果が出るとは思っていなかったけど、概ねその通り」

 地竜——というより竜の子に共通することとして、幼体期の竜というのは成体に比べても警戒心が強い。絶対王者の風格を持つ成体ともなれば、自身に脅威の及ばないものに関心を注ぐ必要はないが、幼体期にはそれが顕著であることが知られている。

「前に飛竜の巣に行ったことがあったでしょ。その時、親飛竜は堂々と近付いてきて子飛竜は岩陰に隠れて遠くから見てた——それを不思議に思って調べてみたら、幼体だと警戒心がものすごく強いらしくて」

「それで木の枝を投げつけたのですね……でもアルマ。その文献って地竜のことではないのですよね? 本当に信頼できるのですか」

 地竜から目を逸らさずに、徐々に森の側へと近寄るアルマの横顔に、イーシャは半信半疑の半眼で見つめていた。

「できるもできないも、今目の前にあるのがその証拠だよ。もし違ってたら今頃、襲い掛かられてるはずだもん」

 それもそうですね、とイーシャは手を打った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る