『お嬢様の身支度』

「おはようございます。お嬢様」

「えぇ、おはよう」


 いつも、ティアレシアはルディが起こす前に起きている。

 それがルディには少し面白くない。

 幼い頃はルディが起こしにくるまで眠っていたのに。

 まだ起きたくないと寝ぼけてお願いしてくる姿はとても愛らしかった。

 今では素直に甘えてくることも滅多にない。

 

「ルディ、今日は街に出かけるわ」


 仕度をお願いできる? とこちらに問う姿はすでに幼子ではなく、年頃の令嬢だ。


「かしこまりました」


 しかし、ドレスの着付けという無防備な姿を悪魔である自分に晒していることがどれだけ危ういのか、きっと気づいていない。

 ティアレシアの銀色の髪に似合う青色のドレスを着せながら、ルディはにやりと笑う。

 背中のボタンを留め、さらさらの銀の髪を指ですく。

 着付けが終われば、次は化粧だ。


「少し目を閉じていろ」


 長いまつ毛がふせられて、きれいな顔がルディの手に委ねられる。

 滑らかな肌に触れると、どうしようもなく奪いたい衝動に駆られてしまう。

 無理やり奪うことは簡単だ。

 だから、今はまだ。


「ルディ? どうしたの?」

「今日は日差しが強いからな。少し念入りに下地を整えていただけだ」


 不自然に思われないように言い訳をして、その肌に化粧を施していく。

 ティアレシアが着る服も、化粧も、髪を整えるのも、身の回りの世話だけでなく、口にする紅茶やお菓子も、すべてルディが与える。


――俺がいなければ生きていけないように……。


 独占欲と気づかせず、真綿に包むように優しくする。

 そしていつか、ティアレシアが自分からルディを求めるように仕向けてやるのだ。

 だから今だけは、彼女の命に従順な従者でいてもいい。


「……早く俺のものになれ」


 編み込んだ銀の髪にキスを落とし、ルディは吐息をこぼす。


「? 今、何か言ったかしら?」

「いいや、なんでも」


 毎日の身支度が悪魔の色香を誘う危険な行為になっているなんて、当の本人は気づいていない。

 もし気づいたとして、彼女に触れるこの役目を他人に譲る気はまったくないのだが。


 そうして、今日もルディはティアレシアに触れる唯一の従者――男として、彼女の側にいるのだ。

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