「追懐 ーツイカイー」
再び封印され
チャドは暗闇の中、自身の記憶の蓋がまた外れたのを感じていた。
「名前はなんと言うんだ?」
人好きのする笑顔で、エレデルトが問うてくる。
この男、本当に悪魔である自分を封印陣から出してしまった。
愚かな人間をまともに相手にする気はさらさらない。無言を貫いていると、エレデルトは勝手に納得して頷いた。
「もしかして、封印されている間に名を忘れてしまったのか。じゃあ、呼んで欲しい名前とかあるかい?」
悪魔に対して、恐れや怯えはおろか、力を利用したいという欲望さえも感じない。
馴れ馴れしい男だ。そう感じ、苛立ちから悪魔は口を動かした。
『……bullshit (ブルシット)』
たしか異国の言葉で、「くだらない」「ふざけるな」という意味がある言葉だ。
きっと、この男には理解できまい。
しかし、エレデルトは眉間にしわを寄せて、唸っていた。
「君がそう望むならかまわないと思うけれど、その名では呼びたくないな。ううむ、そうだ、『チャド』っていうのはどうかな?」
にこにこと邪気のない笑みで問われて、悪魔はどうでもいいと頷いた。
そしてその日から、悪魔は『チャド・ブルシット』となったのだ。
――国王の側近として、共に戦う宰相に。
「思いつきで付けただけの名でしょうに。どうしてまぁ、的を得ているのでしょうねぇ……」
"Chad"――戦いを意味する名前など。
「そういえば、エレデルトは一度も私を『ブルシット』とは呼びませんでしたね」
親しげに呼ぶのは、いつも『チャド』だった。
本気で戦友だと思われていたのだろうか。
逆に、彼が口にしなかった
彼の命の灯火が消える様を、あの時の自分はどんな表情で見つめていたのか。
それだけはどうしても思い出したくない。
それだけで、胸がちくりと痛むから。
「エレデルト、あなたは本当に馬鹿な男だった……」
悪魔の独白は、ひっそりと闇に消えていった。
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