「騎士団長の訓練」

 

 剣撃の音と雄叫びが響く、戦場さながらの覇気が漂う訓練場。

 様子を見守るのは、近衛騎士団長であるブラットリー。


「団長! そろそろ、休憩を……くれませんか?」


 息も絶え絶えに、一人の騎士がブラットリーのもとへ這う。

 ブラットリー考案のサバイバル訓練は、新入りの騎士たちを鍛えるために毎年行われる。

 王城を出発し、体力を鍛えるために山を登り、川で泳ぎ、訓練場で手合わせをする。険しい山と流れの急な川を経て、訓練場まで辿りついて手合わせできる体力が残っている者はほとんどいない。

 もちろん、新入りを鍛えるのは先輩の役目。

 ということで、この訓練は騎士団総出で行われる。


「ふっ、まだまだ始まったばかりだぞ。今ここで弱音を吐いていたら王族を守る近衛騎士にはなれないな」


 ブラットリーは、ハハハと声を上げて笑う。

 そして。


「ほら、フランツを見てみろ」


 と言ってブラットリーが視線を向けたのは、涼しい顔で剣をいなすフランツの姿だった。


「う、うわぁ……フランツさん、俺たちと一緒に山も川も超えて来たはずなのになんであんなに……」

 楽しそうなんだろう、と声にならない声で新米騎士が引いている。

「あいつはクリスティアン様を守ることしか考えてないからなぁ」

 フランツが近衛騎士を目指すきっかけになったのは、クリスティアン王女だ。

 フランツのことを友人だと言い、時々訓練場にも様子を見にくる。

「俺も、もし王族の近衛として選ばれたら、クリスティアン様の護衛になりたいです!」

「それなら、さっさとフランツにしごかれてこい!」

 ブラットリーは軽く背を押して、騎士をフランツのもとへ転がす。

「シュリーロッド様にも、可愛いところはあるんだがなぁ」

 がしがしと頭をかいて、ブラットリーはため息を吐く。

 クリスティアンが訓練場にくると、騎士たちの士気が上がる。

 いい意味で距離が近いクリスティアンとは違い、騎士たちはシュリーロッドとの接点はない。


(シュリーロッド様も、もう少し素直になってくれればな……)


 昔はもっと甘えることもあったように思うが、今は周囲に厚い壁を作ってしまっている。主君であるエレデルトも悩んでいる。

 心配だが、きっとエレデルトの想いやクリスティアンの親愛が、その閉ざした心を開いてくれるだろう。

 ブラットリーは、そう信じていた。


「さてと。俺も身体を動かすとしようか!」 


 そうして、騎士団長直々に騎士たちを鍛えようと木刀を手にとった。


「ふふ、みんな楽しそう」

 騎士たちの訓練を覗きに来たクリスティアンは、にっこりと微笑む。

 明らかに新米騎士たちはブラットリーに投げられ、転がされ、かなり疲弊していたのだが、クリスティアンは主君の前でかっこいいところを見せたい一心で張り切っているフランツを判断基準にしていたので気づかなかった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「なぁフランツ、この場所は変わらないのに俺たちは随分歳くったなぁ」

「いや、俺はまだ若いですよ」

「なんだと?! 俺だけがおっさんみたいに!」


 十六年が経ち、ブラットリーは四十八、フランツは三十四歳になっていた。


「ったく、真面目だけが取り柄のフランツが俺をいじる日が来るとはなぁ」


 かつての主君クリスティアンの墓参りの後、二人の足が向かったのは王城の訓練場だった。

「久々に、やるか」

 にやりと笑ったブラットリーに、フランツも笑みを返した。

 

 失った日々は戻らない。

 それでも、大切な人と過ごした思い出はずっと心に刻まれている。

 

 ――クリスティアン様、俺たちはあなたの守りたかったこの王国を、今度こそ守ってみせますよ。

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