エピローグ
ふかふかのベッドに横たわり、ティアレシアは天蓋をじっと見つめていた。薄い桃色で、可愛らしい花柄のレースが施された天蓋は、そこに眠る少女のためだけに作られたものだ。
「クリスティアン、すべて終わったわ」
ここは、〈紫黄水晶の宮〉――かつてクリスティアンが暮らしていた場所で、ティアレシアは一人呟いた。
復讐相手だったシュリーロッドは死んだ。
そして、クリスティアンを裏切ったセドリックも。
ティアレシアの復讐は終わったのだ。
復讐のために生まれ変わったこの魂は復讐を終えた時、悪魔であるルディに捧げることを契約した。胸に手を当てて、心臓の音を感じる。生きている。しかし、もうすぐこの身体を手放さなければならない。目を閉じて、大切な人たちの顔を思い浮かべる。
ジェームス、フランツ、ブラットリー、カルロ、ヴェールド男爵、公爵家の使用人たち、領民たち……。
きっと、もう会うことはないだろう。ティアレシアは胸の前でぎゅっと手を握り込む。
「寝てんのか?」
そう言って、ベッドサイドからティアレシアを覗き込んでいるのはルディだ。
「いいえ、心の中でみんなにお別れを言っていたの」
もう覚悟は決めている。一度は死んだ身だ。ティアレシアは気丈に微笑んでみせる。
「そうか。もう、いいんだな」
真剣な声音で、ルディがティアレシアに問う。漆黒の双眸に見つめられ、ティアレシアの胸はどくどくと鼓動を刻む。
(一度目は処刑で、二度目は悪魔に喰われるなんてね……)
ルディは、その形の良い唇をティアレシアのそれに重ねた。熱い吐息に、ティアレシアの身体は甘く痺れる。このまま、魂を喰われるのかもしれない。長い口付けが終わりを迎えた時、ティアレシアは自分にまだ意識があり、身体が動かせることを不思議に思った。
「俺は、どうしてもお前の“心”が欲しい」
「……は?」
「どうやら俺は、お前を愛しているらしい」
いつもの冗談かと思っていたのに、その視線はいつもとは違う熱を帯びていて、口付けの熱がまだ残る身体は自然と鼓動を速めた。
「ど、どうかしてるんじゃないの……⁉」
「あぁ。だが、もう俺はお前を手放す気はない。これからは、復讐ではなく俺を愛するためにその魂を使え」
耳元で囁かれたルディの声にぞくっとする。
(……私の方が先だったもの)
クリスティアンとしての生を終えたあの日。さ迷っていた魂に新たな命を与えてくれた時から、ティアレシアはずっと、美しい悪魔に魅了されていた。それでも、愛さないと決めていた。
でも、もし生きることを許されるのなら、殺していた恋心を育ててもいいだろうか。
「いつになるか分からないわよ?」
ティアレシアは可愛げもなく、ツンと顔を背けた。
「俺は悪魔だからな、問題ない」
そう言って、ルディはティアレシアの頬を優しく包んで、軽くキスを落とした。
はじめての悪魔のキスは、苦い復讐の味がした。
そして、愛を覚えた悪魔のキスは、甘い未来の味がした。
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