第38話 混乱の中で
「カルロを連れてきなさい」
十六年間、足を踏み入れることのなかった死の監獄に、シュリーロッドはベルゼンツと三人の騎士を連れてやって来た。夜の肌寒い空気とは別の、ひんやりとした心を抉るような牢獄の空気には触れたくなくて、シュリーロッドは馬車の窓から看守に命じる。
十六年前、カルロは解毒剤を生み出した。父エレデルトは歳のためその解毒剤は間に合わなかったが、セドリックはまだ若い。カルロが本当に解毒剤を作り出すことに成功していたのなら、セドリックは助かるはずだ。
しばらくして、看守と共におぼつかない足取りで歩いて来たのは、面差しこそやつれているものの、優しそうな瞳を持つカルロその人だった。彼の茶色の髪はぼさぼさで、髭は伸び切り、清潔感の欠片もなく、ただ茫然と虚ろな表情を浮かべている。生気を抜かれた人間とは、こういうものなのだろうか、とシュリーロッドは冷めた心で考える。
「カルロ、解毒剤を作りなさい。セドリックを死なせれば、お前を処刑するわ」
声が届く範囲にカルロが来た時、シュリーロッドは口を開いた。何十年も牢獄の中で不衛生な生活をしていた人間に近づきたくなかった。カルロに拒否権など与えない。かつてクリスティアンを選んだ愚かな男に自由など与えてやるものか。
しかし、彼はシュリーロッドの方を向いておらず、ただ虚空を見つめてかすかに声を発しているだけだ。
「……クリスティアン様」
十六年間閉じ込めてなお、この男はクリスティアンを選ぶ。ピキピキと何かが壊れる音がする。警鐘のように耳元で響くその音に、シュリーロッドは今にも叫んで何かを破壊したくなる。自分の世界が壊れるのではなく、自分が何かを壊せばそれで自分を守ることができるから。
今まで何もかも順調で、“幸せ”を作り出せていたのに。
いつからだろう、そう考えて、シュリーロッドは銀色の髪の少女を思い出す。
「ベルゼンツ、わたくしの侍女ティアレシアを捕縛しなさい。すべてはあの女のせいで狂ったのよ。あの女を犯人として処刑してやるわ」
忠実な騎士であるベルゼンツの返答が少し遅れたことにも、その表情がいつになく厳しいものであることにも、怒りに支配されたシュリーロッドは気付いていなかった。
◇◇◇
【二月十六日夕刻 王城グリンベルの審議場にて、公開審議を執り行う……】
二月十六日早朝、銀板に彫られた文字が、ブロッキア王国民を混乱させた。とはいえ、王城に出入りしていた者たちによってセドリック暗殺未遂事件についてはすでに広まっていたが、驚いたのはそこではない。『公開審議』ということだ。
本来であれば、王族や大臣、法務官のみが立ち入ることができる審議場に、国民も入ることができるのだ。王城グリンベルには公開審議用の広い審議の間がある。そこならば、百人はゆうに入ることができるだろう。王城だけでなく、王都内までもセドリック毒殺未遂事件についての情報が飛び交い、騒然としていた。女王陛下の命で出された掲示の真偽を問うために、地方貴族たちもこぞって王宮を訪ねていた。セドリックの安否を確認するため、という名目だったが、そのほとんどは野次馬だった。
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