第36話 魅惑された者

「こいつも、記憶操作されてたみたいだな」


 床に転がった女王の騎士を見下ろして、ルディが呟いた。

 華やかすぎる室内で、黒い騎士服を乱したベルゼンツは顔を腫らし、気を失っている。

 ベルゼンツは、はじめて挨拶をした時、どこか冷たい雰囲気を持っていたため、取り入ることは難しいと思っていた人物だった。感情の読めない、きれいに整った顔は今や見る影もない。


「悪魔の魔力によるもので間違いないのね?」

「あぁ。悪魔の魅惑にかかってたはずだ。魅惑が解けたのは、やはり『クリスティアン』がきっかけだろう」

 ルディの言葉に、ティアレシアはそう、と頷いた。おそらくは、シュリーロッドが契約している悪魔によるものだ。

 シュリーロッドに反発する可能性のある者で、側に置く必要があった者たちは、悪魔の力によって惑わされていた。シュリーロッドを君主として仕えるように、と。悪魔は、彼らにそれが自らの意思だと信じ込ませたのだ。

 父ジェームスについて、シュリーロッドが何を掴んでいるのかをルディに調べさせた時、この事実が判明した。


(反発する者すべてを消せば、シュリーロッドの下には誰もいなくなってしまうものね)


 シュリーロッドは、皆に愛され、支持されていたクリスティアンからその地位を奪ったが、人の心を掴むことはできなかった。

 だから、悪魔の力に頼ったのだろう。

 そして、その悪魔の魅惑を解くことができるのは、彼らが真に忠誠を誓うクリスティアンだけだった。


「悪魔も、クリスティアンが生まれ変わるとは思わなかったでしょうね」

 クリスティアンの生まれ変わりであるティアレシアが存在するからこそ、ベルゼンツの魅惑は解けた。とは言え、まさか彼がクリスティアンに忠誠を誓っていたとは思わなかった。


(クリスティアンは、すべてに裏切られてはいなかった。信じてくれる者がいた)


 深い悲しみと、深い絶望と、強すぎる憎悪を抱えて、ティアレシアとして生まれ変わった。

 しかし、クリスティアンに忠誠を誓ってくれた騎士も、可愛がってくれた騎士団長も、優しかった医師も、裏切ってはいなかった。信じてくれた人を思う度、嬉しくて、幸せで、涙が出そうだった。

 そして同時に、シュリーロッドを許せない思いが強くなった。

 クリスティアンの人生を奪い、愛する者を傷つけた。シュリーロッドの治世に苦しむ国民を見て、憤りは増した。

 シュリーロッドを血の玉座から引きずり下ろす。そのための舞台は整った。あとは、主役を舞台に立たせるだけだ。

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