第28話 女王からの呼び出し
目に痛いぐらいの鮮やかな赤と、鼻を刺激するきつい薔薇の香りに、ティアレシアは思わず眉をひそめた。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに笑顔を張り付ける。
今、ティアレシアの目の前で優雅に微笑んでいるのは、〈悪魔の女王〉と呼ばれるシュリーロッドだ。蜜色の髪を丁寧に結い上げ、胸元の大胆に開いた赤いドレスに身を包み、その滑らかな肌には香油がたっぷりと塗られ、美しいその姿をますます魅力的に魅せていた。心なしか、シュリーロッドの後ろに控えている侍女たちの顔が赤い。女王信者である彼女らは女王の美しさに陶酔しているのだ。
「女王陛下、お呼びでしょうか」
ティアレシアは完璧な所作で頭を下げる。
(銀髪の娘のこと、忘れてなかったのね……)
王城グリンベルに着いて早々、ティアレシアは女王陛下からの呼び出しを受けた。何の用か聞いても、呼びに来たキャメロットは頑なに口を閉ざしていた。
生誕祭以来、女王の侍女となってもシュリーロッドとは顔を合わせることはなかった。あれから数日が経っていたので、てっきり遊び半分で侍女にした娘のことなど忘れていたかと思っていたのだが。
ティアレシアを見つめる藍色の瞳からは、何の感情も読み取れない。
(まさかセドリックが……いえ、彼は元々シュリーロッドの夫だわ)
セドリックのことは信用していないし、当てにもしていない。しかし、もう少し役に立ってくれるかと思っていたのだが、所詮はシュリーロッドの犬だったのだろう。そう考えていると、頭を上げるよう言われた。
「あなたは度胸もあるし、根性もある。侍女仕事以外でも文句ひとつ言わずに仕事をこなす。使えないならあなたを売ろうかと思っていたのだけれど、合格よ。あなたを正式にわたくしの侍女として側に置いてあげましょう」
全く予想していなかった言葉に、ティアレシアは一瞬何を言われたのか分からなかった。
(正式に……侍女?)
キャメロットたちに取り囲まれたこと、下働きの仕事ばかりさせられていたことは、シュリーロッドの指示だったのか。
自分が寛大な王であるかのように微笑むシュリーロッドの様子から、セドリックのことは気づかれていないらしい。それとも、セドリックからの報告を受けてティアレシアを監視下に置くためか。
どちらにせよ、女王信者を装ったティアレシアの反応としてはひとつだろう。
「有り難き御言葉にございます。私、女王陛下の御身のため、どんなことでも致します」
歓喜にうち震え、涙を流してみせる。興奮気味に頭を下げれば、シュリーロッドは満足そうに頷いた。
「そう。では早速なのだけれど……」
「はい。何でございましょうか」
「あなたのお父上、バートロム公爵がわたくしを欺いている、というのは本当なのかしら?」
何のことだろう。
一瞬何のことだか分からず、ティアレシアの顔は固くなる。しかし、動揺していると思われないよう、自然な笑みを作った。そして、父ジェームスの姿を思い浮かべる。いつも穏やかな優しい笑みを浮かべ、ティアレシアに愛情を示してくれる父。その姿がエレデルトのそれと重なり、ティアレシアはいつも苦しくなるのだ。ジェームスは、ティアレシアが女王の侍女になることを強く反対していた。しかしそれは、シュリーロッドを恐れていたからではないのか。
(お父様は、シュリーロッドを裏切っているの……?)
何故、今になってシュリーロッドがティアレシアに接触してきたのか疑問だったが、ジェームスに対して何らかの疑いを持ったのだろう。
「間違いなく父は女王陛下の忠臣ですわ。ですが、もし父が女王陛下を悩ませているのでしたら、私が父の潔白を証明しますわ」
その答えにシュリーロッドが満足したのかは分からない。
しかし、期待しているわ、と笑ってティアレシアを下がらせた。
◇◇◇
「ルディ」
人気のない場所まで行き、ティアレシアは契約悪魔の名を呼ぶ。ここは、先ほどまでいた〈
「どうした?」
背の高い、全身を黒で包んだ従者のルディが目の前にいた。ルディの整った顔立ちを真っ直ぐ見つめ、ティアレシアは口を開いた。
「あなたの力を借りたいの」
ティアレシアは、ルディの魔力を使うことは極力避けていた。先日はただクリスティアンの記憶を呼び覚ましただけだが、ティアレシアに注いだ魔力を奪うとなると、身体は半日以上使い物にならなくなる。ティアレシアがクリスティアンの魂を宿したまま生きていられるのは、ルディの魔力のおかげだ。
つまり、復讐を終える前に、ルディに魔力を奪われることになってはいけない。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。父ジェームスがシュリーロッドに目をつけられたのだ。
「父の周辺について調べてほしいの。シュリーロッドに目をつけられてしまう何かがあるはずだわ。悪魔なんだから、人を惑わせて情報を得るくらい簡単でしょう?」
「まぁな。だが、そんな面倒な情報収集するよりもシュリーロッドを殺した方が早いだろう。お前の望み通り、俺があの女を苦しめてやるぜ?」
「私は、このブロッキア王国に復讐をしたい訳ではないの。今、シュリーロッドだけを殺せば、国は荒れるわ。カザーリオ帝国に攻め込まれる可能性もある。私の復讐で、国が滅ぶようなことになってはいけないの」
今すぐに苦しめてやりたいという激情を抑えて、ティアレシアは落ち着いて言った。フランツに再会して、ティアレシアは自分だけの復讐をやめたのだ。かつて大切にしていた国を、滅ぼすようなことは、しないと決めた。
だから、じっと待っている。国を変えるだけの力が集まるのを。
「ルディ、お願いよ」
ティアレシアはルディを見上げ、視線を交わす。
「お前にお願いされるのは悪くない」
耳元で笑うと、悪魔はティアレシアの唇に軽く触れ、消えた。
「何よ、優しくできるんじゃない……」
ついさっきまでルディがいた場所をぼんやりと見つめながら、ティアレシアは口元を押さえる。軽く触れて消えていったルディの唇の感触を反芻し、一人赤面する。
「もう、こんなことで動揺してちゃだめ」
ティアレシアは両手で頬をぱんと打ち、気持ちを切り替える。そして、セドリックの待つ〈
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