第27話 それぞれの働き

「お父様の治世では、重役に就くことができなかったゼイレン伯爵、エイザック侯爵、アルゼン侯爵……。何故、彼らがシュリーロッドの側近として、名前を挙げられるか知っている?」

 就寝前、疲れているティアレシアのために、いつもルディが紅茶を淹れてくれる。ティアレシアの問いに、ルディはさほど興味もなさそうに答える。

「さあ?」

「クリスティアンが犯人である、という証拠を掴んだからよ。重役ではなくとも、彼らの家柄は由緒正しい貴族なの。領地も持っているし、議会での発言力もある。だからこそ、彼らのような高貴な者たちがシュリーロッドと共謀して証拠をでっちあげたんじゃないか、なんて誰も言えなかった……というか、その証拠を受け入れなければどうなるか、シュリーロッドが脅しでもかけたのではないかしら」

 クリスティアンが信頼する人物たちが証拠をねつ造だと主張したところで、庇っていると言われたらおしまいだ。

 それに対して、クリスティアンと直接関わりのない第三者ならば、公平な立場から物事を見ることができる。クリスティアンを疑いたくない者達も、そう言われて実際に証拠を提出されてしまえば、シュリーロッドの言葉に逆らうことはできなかっただろう。

 シュリーロッドが三人の大臣と共謀して証拠をねつ造した、という証拠を探す時間など、残されていなかったのだから。

「そういや、フランツが来てたぞ」

 もう寝ようとした時、ルディが口を開いた。

「は? ……なんでそれを早く言わないの。今すぐフランツをここに連れて来て頂戴!」

「……めんどくせぇ」

「私の復讐に付き合うんでしょう?」

「へいへい」

 フランツが戻ってきた、ということは何かしらの情報が手に入るはずだ。だるそうなルディの背を睨みつけながらも、ティアレシアは高ぶる気持ちを抑えることはできそうになかった。

 数分後、ルディが侍従らしく扉を開け、フランツを部屋に招き入れた。


「夜分遅くに申し訳ありません」

「いいのよ。座って頂戴」

 にっこりと笑みを向け、ティアレシアはフランツを座るよう促す。それと同時に目配せをして、ルディに再びお茶の用意をさせる。

「それで、どうだったかしら?」

 前置きは省いて、ティアレシアは問う。

「皆、快く私を受け入れてくれました」

「さすが、フランツね」

「いえ、私が受け入れられるのも、すべてはクリスティアン様の人徳でしょう」

 そう言って、フランツは過去を懐かしむように微笑を零した。歳を重ねたフランツは今、どんな風にクリスティアンを思い出すのだろう。落ち着いた大人になってしまったフランツを目の前に、ティアレシアは自分だけ本来の時から外れている存在なのだと認識せざるを得なかった。しかし、これも自分が望んだことだ。ティアレシアはすぐに頭を切り替えてフランツの話を聞く。

「私には、会ってもらえそう?」

「おそらく。ただ、バートロム公爵家の御令嬢ということは伏せておいた方がいいかもしれません」

「そう、ね」

 ティアレシアは知らず固い表情になる。

 フランツへの依頼は、フランツと同じようにシュリーロッドから逃れた者たちを探すことだった。罰せられた者ではなくとも、シュリーロッドをよく思わない者はこの国にはいくらでもいるだろう。

 ティアレシアがフランツにこの願いを託したのは、彼なら簡単に見つけられるだろうと踏んでいたからだ。

 十六年間、王都の裏街でフランツがたった一人で逃げ切れる訳がない。ならば、フランツには何人かの協力者がいて、彼らに匿われて生活していた、と考えることができる。そして当然、その協力者たちはフランツとの絶対な信頼関係で結ばれており、仮にシュリーロッドに見つかったとしても共に罰を受ける覚悟のある者たち――つまりはクリスティアンに仕えていた騎士や貴族たち、ということになる。


(シュリーロッドに対抗する先導者として、お父様ほどふさわしい方はいないものね……)

 ジェームス・バートロムは、先々代国王エレデルトの弟であり、クリスティアンとシュリーロッドの叔父である。ジェームスならば、シュリーロッドを廃しても、王家の血筋は受け継がれる。クリスティアン亡き後、シュリーロッドが女王に即位すると宣言した時、当然ながらクリスティアン派の者達はジェームスを王に担ぎ上げようとした。しかし、ジェームスはそれを断った。自分は国王の器ではない、と。

(私が生まれたから、お父様はシュリーロッドのことを静観していたのよね)

 ジェームスは国王ではなく、娘のための父親でありたかったのだ。待ち望んでいた我が子を抱く前に、シュリーロッドの策略で命を奪われることもあり得る。実際、クリスティアンは処刑され、シュリーロッドに反発した者達も皆投獄された。そして、フランツを匿う者たちは皆、ジェームスにこの国を変えて欲しいと願っていた者たちばかりだ。彼らは、シュリーロッドに従順に従い、動こうとしないジェームスに苛立ちを感じ、失望している。

 だからこそ、ティアレシアがバートロム公爵家の娘だとは名乗らない方がいいとフランツは言っているのだ。

「フランツは、お父様のことをどう思っているの?」

 いつ爆発してもおかしくない不満を抱えながらも、自分一人の力ではどうにもできないと感じている人達がいる。その人達の力をうまく利用することができれば、ティアレシアの新しい計画は完成する。しかし、その計画で重要な役割を果たすフランツがティアレシアと同じ気持ちでなければ、きっとこの先うまくいかなくなる。

 ティアレシアの問いに、一度目を閉じて逡巡した後、フランツはゆっくりと口を開いた。

「正直に言えば、何故クリスティアン様が処刑される前にどうにかしてくれなかったのか、という思いはあります。しかし、あの頃の公爵様は奥方と領地ジェロンブルクで穏やかに暮らしておられた。クリスティアン様も公爵様に心配かけないようにと気丈に振る舞っていましたし……そんな時、何の前触れもなくクリスティアン様は投獄されてしまい、次々と出される証拠の信憑性を確かめる暇も与えられませんでした……公爵様も、真相を探るために影で動いてくれていたことは後で知りましたが、どうにもならなかったと……逃げた私が、公爵様を責めることはできません」

 話を聞きながら、ティアレシアはクリスティアンとしての記憶を辿っていた。


 即位して三日後、一人執務室で報告書を読んでいる時だった。ちょうどその日は、ブラットリーはウェール地方への視察で不在、フランツもブラットリーの代わりに近衛騎士団の仕事が入り、一時的に不在だった。ノックの音がして、おそらく仕事を手伝いに来てくれたバイロンだろうとクリスティアンは思った。しかし、入って来たのは見慣れない騎士たちで、クリスティアンを乱暴に立たせて取り囲んだ。

 そうして、気が付けば冷たい牢に入れられて、クリスティアンは訳が分からなかった。

 哀しい裏切りを語ったのは、血のように赤いシュリーロッドの唇。父エレデルトの暗殺にまで姉が関わっていたのだと知り、クリスティアンの内には絶望感が広がり、強い憎悪が生まれた。


「……ティアレシア様? 大丈夫ですか?」

 心配そうなフランツの声に、現実に戻る。ティアレシアは大丈夫だと頷いて、力なく笑う。フランツの気遣うような視線に、ティアレシアはまともに彼の顔を見ることができない。顔をそらしていると、ルディがお茶を運んできた。

「この方も、侍従らしいことができたのですね」

 少し驚いたように、フランツがルディを見た。その皮肉っぽい言い方に、ルディは意地の悪い笑みを浮かべて言い返した。

「あぁ、俺が容姿も美しく、侍従としても完璧で、さらには騎士様よりもはるかに強い、というのが気にいらないんですかね。女の嫉妬はかわいい時もありますが、男の嫉妬は醜いだけですよ」

「何だとっ……!」

 この二人がまともに会話できる日はくるのだろうか。ティアレシアは睨み合う二人を見て大きな溜息を吐いた。

「ルディ、フランツをからかうのはやめなさい。フランツも、ルディのおふざけにまともに付き合うなんて体力の無駄よ」

 ルディのお茶を一口飲み、ティアレシアは二人に淡々と告げた。剣の柄に手をかけていたフランツはその言葉で手を離し、ルディは不自然に持っていたナイフを懐に隠した。

「とりあえず、私のことをフランツの”お友達”に紹介してもらえるかしら? あ、もちろん公爵令嬢だということは伏せておくわ……はじめのうちは、ね」

 フランツの協力者が、味方とは限らない。しかし、敵ではないだろう。使えるかどうか、その判断は直接会ってからでなければ分からない。

「はい。では、そろそろ私は失礼します」

 そう言って、フランツは紙の束をティアレシアの目の前に差し出した。おそらく、”お友達”について詳しいことが書いてあるのだろう。後で暗記しておかなければ、とティアレシアは気合を入れる。

「フランツ、ありがとう。あなたには無理を言ってしまうけれど、頼りにしているわ。今日はゆっくり休んで頂戴」

 部屋を出ていくフランツを見送り、ティアレシアは早速フランツの残して言った紙の束を手に取った。

 今夜は、あまり眠れそうにない。

(セドリックは、どんな働きをしてくれるかしらね)

 ふふ、と笑いをこぼし、ティアレシアは一枚目の紙をめくった。

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