第24話 三人の側近
フランツに依頼をした後、ティアレシアは落ち着く間もなく王城グリンベルに向かった。侍女としての仕事の時間に遅れそうだったのだ。それもこれも、ルディが起こしてくれなかったからだ。と、責任転嫁をしてみるも、ルディは反省している様子も気にしている様子もなかった。しかし、王城に向かうティアレシアに一言、意味深な言葉を零した。
「あの
どういう意味なのか問う前に、ルディは立ち去ってしまい、ティアレシアは馬車に乗り込んだ。
侍女部屋に行くと、早速ティアレシアを指導してくれるというマリエッタに怒られた。
「これが女王陛下の命であったなら、あなたの首は刎ねられていますよ」
こげ茶色の髪をきつく縛り、茶色の瞳をティアレシアに向けているマリエッタは、一度首を刎ねられたことがある人間に対してトラウマを呼び起こさせる言葉を容赦なく吐いた。
「……申し訳、ありませんでした」
「公爵令嬢というお高い身分の方と聞きましたが、ここでは皆シュリーロッド女王陛下の臣下です。甘えは許されませんからね」
ティアレシアとそう歳も変わらないだろう少女の冷えきった言葉に、ティアレシアは憤りを覚えるよりも呆れていた。シュリーロッドの臣下はどうしてこうも彼女に忠実なのか、と。
(シュリーロッドがどんな酷い君主なのか、知っているはずでしょうに……)
シュリーロッド信者の侍女たちの中でうまくやっていけるのか、ティアレシアは小さく溜息を吐いた。
「何をぼうっとしているの、手が止まっているわよ」
マリエッタの声に気持ちを切り替えて、ティアレシアは侍女の仕事に取り掛かった。
「ねぇ、マリエッタ。ここも、女王陛下が通るのよね?」
「当然でしょう」
「本当!? 私が磨いた床を女王陛下のおみ足が……そう思えば、仕事も頑張れるわね! あ、もしかして、女王陛下の側近の方々も通ったりするの?」
〈煙水晶の宮〉の一階、廊下を掃除している時、ティアレシアはいかにも女王陛下に憧れを持っている少女になりきって、聞いてみた。マリエッタは、はじめはつんと突き返していたが、ティアレシアが言葉を重ねるごとに自慢したくなってきたのか、答えてくれた。
「そうでもないわ。ここは女王陛下の私室がある宮殿ですもの、側近の方々でも滅多に来られない。私も、まだ一度もお見かけしたことはないわ」
「なら、女王陛下は普段どこで側近の方たちと話をしているの?」
「グリンベルの主殿、〈
もちろん、ティアレシアは王の会議室や執務室がある〈翡翠輝石の宮〉のことぐらい知っている。それでも、女王陛下についての知識を披露したいマリエッタの前では、無知な公爵令嬢を通していた方がいいだろう。
(シュリーロッドは、側近の大臣たちと私的な接触はないのね)
顔に笑みを浮かべてマリエッタの話に頷きながら、ティアレシアはシュリーロッドの側近たちを思い浮かべた。シュリーロッドの治世を支えている側近は、三人いる。
経理大臣、コルソン・ゼイレン。四十八歳。シュリーロッドに取り立てられ権力を得た男。民から多く税金を巻き上げ、その血税を懐に入れているという噂がある。
外務大臣、ボーン・エイザック。六十九歳。シュリーロッドを生んだ母レイネの父で、シュリーロッドの祖父にあたる。孫であるシュリーロッドが女王になったために、その発言力は大きい。
内務大臣、カエリム・アルゼン。五十歳。頭は切れるが、協調性はない。秘密主義者で、カエリムという人物について詳しく知る者はいない。
この三人は、クリスティアンを裏切った者たちでもある。
(シュリーロッドの治世がはじまって十六年、もう誰も逆らう者はいないと油断しているはず……)
それに、彼らの間に、信頼関係などというものはないだろう。あるのは陰謀に加担したという暗い仲間意識。一人が口を開けば、全員が地獄に堕ちるという、黒い連帯感。
しかし、そんな思いも月日が経つにつれ忘れていくものだ。
「ちょ、あれって、セドリック様ではない?」
マリエッタの声に現実に引き戻されて、彼女の視線を追うと、美しい正装に身を包んだセドリックが早歩きで近づいて来る。王族として、気品ある歩き方ではあるものの、その速度は凄まじかった。あっという間にティアレシアの目の前にセドリックの顔があり、優雅な笑みを浮かべられて引き寄せられる。
「あぁ、君から会いに来てくれるのをずっと待っていたのに……もう、君は僕のものだろう? さぁ、こんな仕事なんかより、僕と過ごそう」
ティアレシアは訳の分からないままセドリックに強引に宮殿から連れ出された。
「僕のクリスティアンはどこにいる?」
人気のないところまで来て、セドリックは開口一番に訊ねてきた。
もちろんティアレシアはその質問の答えを持っていないが、そのことを悟られてはいけない。ルディが出発前に言っていた通りになって、ティアレシアはあの時是が非でも聞き出していればよかったと後悔している。
しかし今、ルディに事情を聞く時間はない。
必死の形相のセドリックに、ティアレシアは意味深に微笑んでみせる。いかにも、その情報はすべて自分の知るところにあるのだと示すように。そして、セドリックのやや引きつった頬に手を伸ばし、背伸びをして顔を近づける。遠くから見れば、ティアレシアがセドリックにキスを迫ったように見えるだろう。
「セドリック様の心が私にあるのだと証明してくだされば、いつでもお答え致しますわ」
耳元で吐息を吹きかけると、セドリックの顔は見る間に赤く染まった。喜びに震え、ティアレシアの身体を抱き締める。うっとおしい。しかし、この男を調子に乗らせなければ、計画は進まない。しかし、こみ上げてくる嫌悪感を抑えるにも限界がある。幸い、セドリックの本性は変態であったために、数々の無礼を働いても逆に喜ばれる。嫌がっても、すがりついてくる。クリスティアンの時には完璧な王子様だと思っていたが、なんて利用しやすい馬鹿なのだろう。
こんなだから、シュリーロッドの思惑に引っかかるのだ。
「もう、準備は整っている。きっとすぐに僕の心は君にあると証明できるだろう」
「そうですか。では、楽しみにしていますわ」
さりげなくセドリックから距離を取り、ティアレシアは微笑を零す。その笑顔に見惚れているセドリックに背を向けて、ティアレシアは速足で〈煙水晶の宮〉に戻る。
(うまくやってくれるといいのだけれど……)
セドリックの愛の証明によって、ティアレシアの計画は本格的に動き出す。
ティアレシアはただ待っていればいい。彼がうまく実行してくれるのを。
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