第12話 国王暗殺
その日は、ひどく静かで、月も隠れてしまうような暗い夜だった。
「お母様、今年ようやく私とセドリックの結婚式が行われるの」
クリスティアンは、しゃがみこんで母の名が刻まれた墓石に話しかける。母は、クリスティアンが十四歳の時に亡くなった。悲しかったけれど、母はずっとクリスティアンのことを見守ってくれていると信じている。
クリスティアンとセドリックの婚約は随分前に決まっていたが、正式に発表したのはごく最近だ。それは、クリスティアンの年齢を考慮してのことだった。
「私ね、今年でもう十六歳になるのよ」
にっこりとクリスティアンが微笑むと、冷たかった風が少しだけあたたかくなったような気がした。母を近くに感じて、クリスティアンは胸がじんとする。
「クリスティアン様、もうそろそろ戻らねば皆が心配するやもしれません」
クリスティアンの後ろに控えていたフランツが遠慮がちに言った。その言葉に、クリスティアンは頷いて立ち上がる。
クリスティアンは、よくお忍びで母の墓参りに来ていた。しかし最近は、公務や結婚式の準備やらでバタバタしているため、夜中に母の墓地を訪れていた。
「また落ち着いたら、セドリックと一緒にお母様に会いに来るわね」
母の好きだったピンク色の花を集めた花束を墓石に置いて、クリスティアンは背を向けた。婚約式が終わってから、セドリックはもうヘンヴェール王国からブロッキア王国に住まいを移している。今まではたまにしか会えなかったのが、頻繁に会えるようになり、クリスティアンはますますセドリックのことを好きになっていた。
しかし、夜中に母の墓参りに付き合ってもらうのは気が引けた。クリスティアンの近衛騎士であり、友人でもあるフランツになら、我儘が言えた。
「いつも付き合ってくれてありがとう、フランツ」
フランツがいなければ、王女であるクリスティアンが城を抜け出して墓参りなどできない。クリスティアンは日頃の感謝の意味も込めて、礼を言う。
「いえ、クリスティアン様の笑顔が見られればそれで」
フランツはそう言って優しく笑った。
王城グリンベルに戻ると、いつもは静かな王城内が騒がしかった。聞こえてくる騎士たちの声には、尋常ではない響きがある。
「何かあったのかしら……」
クリスティアンは、フランツと共に急いで〈
「一体何の騒ぎですか?」
外出着であったために、クリスティアンは着替える必要もなく、皆の前に姿を現すことができた。後ろには、フランツがついている。
この騒ぎに、騎士団長のブラットリーの姿はない。おそらく、父のところにいるのだろう。クリスティアンは広間に気難しい顔をしたバイロンを見つけ、声をかける。バイロンは、現国王の補佐官であり、いずれクリスティアンが女王となった時に側近となるであろう優秀な男だ。いつも整えられている赤茶色の髪は、余程焦っていたのか乱れており、クリスティアンを捉えた栗色の瞳は悲しみに沈んでいた。
「クリスティアン様、夜分にお騒がせして申し訳ありません。落ち着いて聞いてください」
そう言い置いて、バイロンは息を整えて口を開いた。
「国王エレデルト様が、何者かによって暗殺されました」
その一言で、騎士たち以外の広間に集められた人々が息を呑むのが分かった。しかし、クリスティアンにはバイロンの言葉が音としてしか拾えず、その意味を理解することができなかった。目の前で、バイロンが何かを言っていたが、ぼうっとしているクリスティアンの耳には入ってこなかった。
「クリスティアン様! お気をしっかり持ってください! エレデルト様亡き今、次の王はクリスティアン様なのですよ!」
フランツの力強い言葉で、はっと我に返る。ここで自分が悲しみに暮れる訳にはいかない。
「バイロン、あなた今暗殺だと言ったわよね? どうしてそう言い切れるの?」
感情は胸の奥底に押し込めた。努めて冷静に、クリスティアンはバイロンに問う。
「それは、騎士たちに毒が盛られた可能性があると聞いたからです。カルロ医師を今呼びにいかせているようですが、その亡くなり様からして毒殺に間違いないと……」
「そう。父が亡くなっていると気づいたのはいつ頃? 毒は何に仕込まれていたの?」
「三十分程前かと……。毒についてはまだ詳しいことは分かっていないそうです」
「国王を暗殺できる人間だもの。外部の者ならもう城内にはいないでしょうね。王城内に犯人がいる可能性の方が高い……。もちろんもう出入りは封鎖しているのよね? この騎士たちの様子からして」
ちらり、とクリスティアンは殺気立っている騎士たちを見る。王城内に暗殺者が紛れている、と考えるのが妥当だろう。王城グリンベルは、侵入しにくい造りになっている。下調べをしっかりしていたとしても、外部から暗殺者が無事に国王の私室まで入り込むのは不可能だ。
「えぇ、ブラットリー様が指揮をとって騎士を動かしています」
この騎士の迅速な対応に、さすがブラットリーだとクリスティアンは内心感心する。
「分かったわ。お姉様は、もう知っているの?」
ふと、クリスティアンは姉のことを思い出す。何故かクリスティアンのことを良く思っていない姉だが、父を失った悲しみは同じだろう。普段はクリスティアンを否定していても、こういう時には助け合いたい。
「えぇ、知らせの騎士はシュリーロッド様のところにも行っているはずです」
「では、私はまずお姉様のところへ行きます」
父の死はまだ信じられないが、暗殺者はきっとブラットリーたちが見つけてくれる。
ならば、クリスティアンにできることは、姉と共に父の後を継いでブロッキア王国を素晴らしい国にすることだ。
第一王女シュリーロッドの〈
「こんな時に、何をしに来たの?」
取次を頼んだ騎士と共に現れた姉シュリーロッドは、呆れたように口を開いた。その顔に動揺や悲しみが見られず、クリスティアンは戸惑った。
「こんな時だからでしょう? お父様がいなくなって、私達がどうしていくのか考えなくては……」
「ふふ、あなたは次期女王としてやることがたくさんあるのでしょうけど、わたくしは何もないのよ? お父様が亡くなったその日に、まさか嫌味を言いに来たの? 帰って!」
シュリーロッドは騎士にクリスティアンを追い返すよう告げると、すぐに部屋に戻ってしまった。
「そんな、どうして……? お姉様」
姉と自分は同じではないのだ。クリスティアンの気持ちは、姉には通じないし、姉の気持ちはクリスティアンには理解できない。
レミーア暦九九九年二月十六日、国王エレデルトが毒殺された。そして、その犯人を特定できないままに時間が過ぎ、国民に正式に国王の崩御が伝えられたのは三月頭のことだった。そして、混乱する国内を治めるために、クリスティアンの即位が決定した。
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