第11話 縛られる者

 王都ローゼクロスの裏街で、ティアレシアはフランツの背を追いかけていた。しかし、その影は遠くなるばかりだ。

「どうして……はぁ、はぁ……なかなか追いつけないの……っ?」

「そりゃ、貴族のお嬢様にはきついだろ。相手は騎士だしな」

 息を切らして足を震わせるティアレシアに、ルディはにやりと笑みを向けた。この悪魔に頼るようなことは極力したくなかったが、ティアレシアは意を決して口を開いた。

「ルディ、フランツを捕まえて頂戴」

 このままティアレシアの足でフランツを追えば、そのうちその姿を見失う。というか、一度立ち止まってしまったために、ティアレシアの視界からフランツは消えていた。シュリーロッドの元へ行けば、フランツはただでは済まないだろう。フランツには聞きたいことが山ほどある。フランツをこのまま王城に行かせる訳にはいかない。多少、乱暴な真似をしてでも、フランツを止める。

「で、こいつをどうするんだ?」

 ティアレシアの言葉で、すぐにフランツを気絶させて連れてきたルディが言った。ルディの右肩に荷物のように抱えられたフランツを見て、ティアレシアは少し不安になる。

「怪我はさせていないでしょうね」

「あぁ、大丈夫だ……たぶん」

 どこか遠くを見て答えるルディを睨み、ティアレシアはフランツが正常に息をしていることを確かめた。

「屋敷で話を聞きましょう」

 そうして、気絶したフランツを加えた三人は、裏街を出て王都のバートロム公爵家を目指した。


 王都ローゼクロスの中心地、テーリャ河を越えた場所に、貴族たちの居住地ローゼニアはある。広く、豪勢な屋敷が立ち並ぶローゼニアの太い通りを、ティアレシアは馬車の窓から見ていた。気絶したフランツを乗せているために、それほど広くない馬車の中は窮屈に感じられる。

 最も王城に近い位置に、バートロム公爵家の屋敷は建っている。このローゼニアでの屋敷の位置は、どれだけ王家とのつながりがあるか、という分かりやすい図式でもあった。

「お帰りなさいませ、ティアお嬢様」

 馬車が到着するなり、メイド頭のキャシーと数人のメイドたちが現れて頭を下げる。ティアレシアはそれに応えるように微笑む。

「ただいま、みんな」

「……あの、ティアお嬢様、ルディが抱えているその方は?」

 顔を上げたキャシーは、フランツの存在に気付くと怪訝そうな顔になった。ティアレシアがフランツのことをどう説明しようかと思案していると、ルディが先に口を開いた。

「人が道に転がっていたので、お嬢様が声をかけたんです」

「あぁ、そうそう、街で倒れているところを私が見つけてね、うちで看病しようかと思って……」

 とりあえず、適当な言い訳を思いつかなかったティアレシアはルディの話に乗っかった。

「まぁ、それは大変ですこと! 急いでお医者様を呼びましょう」

 キャシーがテキパキとメイドに指示を出そうとする。

「いえ、お医者様は大丈夫よ。きっと栄養のある物を食べて少し休めばよくなると思うから。客室の用意だけ、頼めるかしら?」

 医者を呼ばれては面倒だ。ティアレシアは慌ててキャシーを止める。

「本当に、大丈夫ですの?」

 気を失っているフランツを覗き込み、キャシーが不審そうに尋ねる。

「大丈夫! 何かあったら絶対に呼ぶから! ほら、病人をいつまでも抱えておくのは良くないわ。客室に運びましょう!」

 半ば無理矢理、ティアレシアはメイドたちを納得させ、部屋を整えさせた。部屋は二間続きになっており、奥の間にベッドがある。ルディがフランツをベッドに寝かせている間に、メイドたちが水や果物を用意してくれていた。


「さてと、目覚めてもらうか」

 ルディはそう言うと、フランツの目元に手をかざした。その数秒後、フランツははっと目を覚ました。

「こ、ここは……?」

 身体を起こし、フランツは部屋をきょろきょろと見回す。そんなフランツの視界に入るよう、ティアレシアは声をかける。

「おはよう。気分はどうかしら?」

「あ、あなたは、さっきの居酒屋の……?」

「えぇ、私はティアレシア・バートロム。で、この男は私の侍従のルディよ。ちなみに、ここは私の屋敷」

 ぽかんとするフランツに、ティアレシアは簡単に自己紹介をする。騎士であったフランツは、もちろんバートロム公爵のことは知っている。しかし突然のことで信じられないのだろう。目が点になっている。

「俺はフランツです。え……っと。ここはバートロム公爵家のお屋敷で、あなたは公爵令嬢……しかし、俺は王城に向かっていたはずで……何故、こんなことろに……?」

「私は、王城に行こうとするあなたを止めたかったの。一人で行くのは無謀すぎるわ。それに、今更どうしてあなたがそこまでするの?」

 クリスティアンが処刑されて、もう十六年が経つ。フランツは、クリスティアンのことを忘れて生きることもできたはずだ。ティアレシアの声は、少し震えていた。

「……クリスティアン様のために、俺は何もできなかったんです。あの日の真実を誰かに伝えるために、俺は生き延びた……しかし、国民にその真実を振りまけば、監獄にいるカルロ様やブラットリー騎士団長の命を奪うと言われ、何もできずに逃げてしまった」

「ちょっと待って頂戴。ブラットリー……騎士団長も、投獄されているの?」

 クリスティアンが投獄された時、ブラットリーは遠征で城にいなかった。シュリーロッドは、クリスティアンの味方がいなくなる日を狙って自分の騎士たちを派遣したのだ。

「そういえばブラットリー様のことも隠蔽されていたのですね。ブラットリー様はクリスティアン様が投獄されたのを知って、国王暗殺の事件をもう一度調べ直すように命令を出したのです。しかし、クリスティアン様が犯人である証拠を消すためだと疑われて、投獄されてしまいました」

 フランツの話を聞いて、ティアレシアは何も言えなくなっていた。

「カルロ様と、ブラットリー騎士団長の分まで、俺がクリスティアン様の処罰を決定する審議で証言するつもりでした。でも、二人の命を人質にされて……くそ、そんな言葉に従った俺が馬鹿だったんだ! すべてを明らかにすることができたなら、バイロン様だって処刑されることはなかった……」

 女王クリスティアン、王宮医師カルロ、騎士団長ブラットリー、そして女王の側近だったバイロン。四人の命をフランツは背負わされていたのだ。全員を救いたいと願っていたのに、クリスティアンとバイロンは処刑された。カルロとブラットリーはまだ監獄の中。フランツは自分の選択を責めたことだろう。

「俺には、何も…誰も救えなかった……バイロン様が処刑され、下手に動けばきっとカルロ様やブラットリー様までもが処刑されてしまう。それを言い訳にして、俺は今までずっと逃げてきたんです……俺は、あなたに出会って、ようやくそのことに気付けたんです」

 そう言ってティアレシアを見たフランツの瞳は、悲しい色をしていた。

「私は、あなたにそんなことをしてほしいと思っていなかったのに……」

 ぽつり、と小さく呟いたティアレシアの言葉は、フランツの耳には届いていなかった。彼は今、自分の罪悪感と後悔と戦っている。ティアレシアは、フランツをクリスティアンから解放してあげたかった。しかし、フランツと初対面のティアレシアが言葉をかけたところで、フランツを縛っているクリスティアンの言葉にはなれない。

「フランツ、本当にクリスティアン様のことを想っているのなら、今王城へ行くのは得策ではないわ。あなたは一人ではないのよ」

 ティアレシアはそう言って、フランツのごつごつした手を優しく握った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る