第3話 出発
「さすがですわ、ティアお嬢様! 白磁のようなこのつややかな肌、まるでダイヤモンドのような輝きを放つ銀色の髪、そして長い睫毛に縁どられた大きな目……!」
キャシーの大袈裟な褒め言葉が耳に痛い。その後ろに控える侍女やメイドたちも、キャシーのわざとらしい泣き真似を見てくすくす笑っている。
「キャシー、ありがとう。わかったから……もうやめて頂戴。なんだか馬鹿にされている気分になるわ」
ティアレシアは半ば呆れながらも、つとめて優しくキャシーに声をかけた。後半は心の声が全面に出てしまったが。
「ですが、これが感激せずにいられますか! ティアお嬢様のお美しい姿をようやく皆様のお目にかけられるのですから! あぁ、きっとパーティに参加した皆様の目はお嬢様に釘付けですわね」
キャシーの言葉に、後ろに控えていた侍女やメイドたちが頷いた。キャシーのように大袈裟に表さずとも、皆がティアレシアを自慢に思ってくれていることは知っていた。それが嬉しくもあり、悲しくもあった。何故なら、ティアレシアはこれから皆の期待を裏切ることになるかもしれない。ティアレシアの本当の心を知る者は、誰もいないのだ。部屋の隅でにやにやと笑っているルディ以外は。
キャシーの褒め言葉が一区切りついた時、屋敷にジェームスを乗せた馬車が到着した。
「きれいになったな、ティアレシア」
新品の黒のフロックコートに身を包んだ父が、ティアレシアを見るなり笑顔でそう言った。その目には、たしかな愛情があった。その愛情をティアレシアは複雑な思いで受け止める。そして、罪悪感を押し込めて顔に笑みを作り、ドレスの裾を持ち上げて礼をした。
社交界デビューを迎える若い娘のために仕立てられたドレスは、上品さと可愛らしさを兼ね備えており、そのライトブルーはティアレシアの水色がかった銀色の髪によく似合っていた。娘がどこに出しても恥ずかしくない令嬢であることを改めて実感したジェームスは、思わず目に涙ぐむ。そんな公爵を見て、屋敷の使用人たちまでもが感極まって目に涙を浮かべた。
「お父様も、みんなも、涙を拭いて頂戴。まだ舞踏会は始まってもいないのよ?」
ティアレシアは、部屋にあるチェストからハンカチを取り出して父に手渡す。
「お嬢様、旦那様、そろそろ出発しませんと……」
頃合を見て、ルディが口を挟んだ。その声で掛け時計を見ると、もう針は午後四時を指していた。舞踏会の始まりは午後六時。ここジェロンブルクから王都までは、近いとはいえ馬車で一時間ほどかかる。
「そうだな。そろそろ行こうか」
父にエスコートされ、ティアレシアは王家の紋章が入った馬車に乗り込む。表情が、知らず硬くなった。
「お嬢様、いかがなさいました?」
ルディがにやけた顔で聞いてくる。
「何でもないわ。舞踏会、楽しみね」
これから、クリスティアンを死に追いやった者たちに会いに行く。ティアレシアは気持ちを切り替えて、王都へ向かう馬車に揺られていた。
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