第5話
俺が最近思い出したことがある。
それは、あの時公園で会った彼女は髪の毛が短くなかったということだ。どのくらいの長さなのか分からない髪の毛をかぶっていた帽子の中に入れ込んでいた。一緒に話していたとき、彼女はかぶっていた帽子を取り、中に入れなおしていたのを不思議とジッと見ていた。
印象だって変わってたっておかしくない。それだけ長い時間が二人の間には流れているのだから。
あの頃とリンクしないからと言って、違うとは言い切れない。
あの頃と今を見つめなおしている間に、美幸に三つ目のお願いをしてから三日ほどが経っていた。
平穏に学校生活を過ごせるはずなのに、喉に刺さった小骨のように心がスッキリしない。だから、あの日に遡って考えてみた。
絵しりとりをしていた時は動揺していた。確かに、まさか、と思ったが別に美幸があの時の彼女であってもいいじゃないか。美幸は覚えていないんだから。あの約束だって、俺だけが本気にしていた。だったら尚更、うろたえる必要はない。
でも、美幸は俺のお願いを忠実に果たしてくれている。だから、声をかけようにもタイミングと話すネタがない。別に無理やり話す必要はないのだけど。
俺は階段を上り、教室の扉を開けた。
「おはよう、悠介」
「おはよう」
俺はいつも通りの時間に登校した。だから、今日も一番乗りだと思っていた。しかし、一番は健人だった。
「今日、部活は?」
「休んだ」
またか。
健人は気の抜けた声で言った。
最近、健人は部活に行っていない。俺は少しばかりその理由が知りたかった。真面目で熱心な健人がさぼり続けるなんて変だ。放課後は何か用事でもあるのかもしれないが、朝練は出れると思う。
でも、聞いていいのか分からなかった。だから、部活は? と聞く。健人はそれに対して、休んだ、以外何も言おうとしなかったから俺も追及はしなかった。
「最近、香月さんと話してないんだな」
「もともと話すような仲じゃなかったから」
「そうだけど」
健人は何か言いたげに言葉を止めた。何が言いたかったんだろうか。
「香月さんと話してから、いい感じに変わったというか」
別に気にくわなかったわけじゃなかったが。
暇だった俺は図書室に行くことにした。入ると教室とは違い、涼しい空気が流れていた。涼しさ目的で来たが、寝るのはさすがに申し訳なく、何か本を読むことにした。
本棚を巡回していると『絵の描き方』という本があった。絵しりとりを思い出す。さんざん笑われたからな。もう少し、画力あげたほうがいいのかな。俺は手に取ってみるがすぐに興味がなくなったので元の状態に戻した。
他の本も興味が出ず、取ってすぐに戻すの繰り返しだった。
結局、題名もよく見ていない小説を一冊、暇なときに読めるように借りていった。少しは登校の時の熱を冷ますことが出来た気がした。
教室には半分くらいの人が来ていた。来たときには開いていなかった窓は全開にされていた。騒がしいな。今日も一日が始まるのか。
美幸も俺の後に教室に入ってきた。授業の準備をする俺のところに健人がやってくる。
「もう戻ってきたの?」
「本、借りたし。一時間目何だっけ?」
「体育か国語か英語だったと思う」
健人は俺の借りてきた本を読みだした。
「体育はないな、五時間目だし」
俺は周りの人の机を見て、国語の教材を準備した。
教室の入り口付近で美幸の名前が聞こえて反応する。
「香月? おはよう」
「あ、璃玖おはよう」
全く知らない男子だった。でも、ちょっと苦手なタイプの人だ。良い人なのかもしれないけれど。
「なあ」
健人が真剣な目で俺と同じ方向を見て聞いてきた。戦争でも始めるような目つきに一瞬、ギョッとした。
「香月さんって、あいつと仲いいの?」
「知らない。俺、あまり顔広くないし」
「そうだったな。ちょっと意外かも」
俺は何か普通に見える。別に違和感もないけど。
「健人は知ってるのか?」
「部活同じだから、まあ知ってる」
「じゃあ、部活行ってないの怒られるんじゃないか?」
「……かもな」
そう言うと、健人は自分の席に戻っていった。
犬猿の仲なのかもしれないな。
俺はチラッとそいつを見ると美幸と目が合って、とっさにさっき借りてきた本を開けて読んでるふりをした。
別に平然としていればよかったのに、目を背けてしまった。誰とでもそうだろう。試しに健人でやってみたが、永遠に逸らさないでいれそうだった。
「香月、どうしたんだ?」
「何でもないよ」
俺は目こそは文章を追っていたが、耳は二人の話を聞いていた。
「どうかしたの?」
「ああ、英語の辞書借りにきた。香月でいいか。借りてもいいか?」
「いいよ、ちょっと待ってて」
美幸は辞書を取り、渡した。親しいのかもしれないな。俺が話さないでほしいって言ったら、いくらでも他はいるじゃないか。
「はい。私も次の時間使うから授業終わったら返しに来てね」
「分かった。ありがとう」
「あ」
美幸が思い出したように大きな声を出したのでびっくりした。
「ねえ、嶋谷くんって人知ってる?」
この名前は知ってる。この間、覚えた。
「嶋谷なら同じクラスだけど」
「本当に!」
頼んだ俺でさえ忘れていたことを彼女は頭の中で覚えていてくれたのか。そして、話さなくてもいいはずの俺のお願いを今、果たそうとしているのか。
「何かあったのか?」
「別に何もないよ」
胸が痛かった。
「そっか。香月あれだよな、嶋谷から聞いたよ。田中とちゃんと話せ――」
俺は男子の方から自分の名前を呼ばれた気がしたが、そのタイミングで見ることはできなかった。俺の名前、知ってるのか? まあ、だとしたら美幸が言ったんだろうけど。
「ちょっと!」
美幸が男子を廊下に押しやった。そして、美幸も出ていき、扉が閉まった。
その後の話は聞こえなかった。話しているのが廊下だということもあるが、教室の中が騒がしかったからだ。でも、数分で戻ってきた。
何だかモヤモヤとする。
次の授業が始まる前、また同じ男子に美幸は呼ばれた。辞書を返しに来たのか。それで俺たちの次の授業が英語だったことを思い出した。
「ありがとう」
「次は忘れないようにね」
男子は、分かってるよ、と言う。すると、こちらを見てきて手を振ってきた。意味が分からず、後ろを見ると顔が引きつる健人がいた。
「健人、大丈夫か?」
俺はつい聞いてしまった。
「仲良かったっけ?」
美幸も、その男子に対する質問で二人の関係性を知ったようだった。意外そうな顔をさせた。
「健人?」
健人は、ハッとして俺に笑顔を向ける。
「大丈夫だって。悠介は心配性だなー」
本当は大丈夫でないかもしれない。目が泳いでいる。動作も不自然だ。
でも、踏み入ってしまうのは良いことでない気がする。だから、もう聞くのは止めておく。
放課後になると、事前に帰る準備をしていたらしい健人が教室を出ようとしていた。だから、聞いてみた。
「今日も部活?」
「あ、うん」
大丈夫なのか? 今日の体育は全然平気そうだったが、今は部活を休んだ方がいい気がする。
「じゃあ」
健人は教室を出て行ってしまった。
そして、帰る用意をしていたはずの美幸が荷物を置いて教室を出た。健人を追っかけているようにも見える。
俺は自分の帰る用意をする。今日は体操着があるから荷物が少しかさばる。
俺が準備している間に美幸は帰ってこなかった。話すきっかけなんてないな。というか話す隙も無いな。あの日みたいに教室に誰もいなかったら話せるのだが。仕方ない、帰るか。
俺はまだ話し声の残る教室を出た。階段を下りて、靴箱に向かう。しかし、階段を下りた先に怪しい人がいた。靴箱を覗き見るようにしている。
これは話そうか迷うことはないと思う。むしろ、声をかけてあげるべきではないか? 階段を降りる人たちに、怪しい、という視線を送られている。
「何してるの?」
声をかけると美幸はびっくりしたとでも言いたげな顔で振り向いた。
鞄を置いてどこかへ行ったと思ったらこんなところで一体何をしているんだ。俺は靴箱の方を彼女と同じように覗き見た。
そこには俺が知っている人はいなかった。
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