グランクレスト・アデプトの構想

笹木さくま(夏希のたね)

グランクレスト・アデプトの構想

 水野良先生のファンタジー戦記小説『グランクレスト戦記』(以下『戦記』)が、2018年1月よりTVアニメとなって放送開始となります。

 小説の方は次の10巻で完結を迎えるようで、おそらくアニメ放送中に発売されるでしょうから、ひょっとしてアニメも最後までやってくれるのかと、今から期待が高まるばかりです。


 そんなグランクレスト企画の最初期に、私も参加させて頂きまして、シェア・ワールドの小説『グランクレスト・アデプト 無色の聖女、蒼炎の剣士』(以下『アデプト』)を執筆させて頂きました。

 この『アデプト』は売り上げの問題で、残念ながら1巻で終了となってしまったのですが、もし続きが出ていたこんな話でしたという構想を、僭越ながら公開させて頂こうと思います。


 要約すると「発売から四年以上も経ったし、本家の『戦記』が完結目前で、アニメ化で盛り上がっているし、今なら没ネタを公開しても怒られないよね!」という事です。

 説明の都合上、『アデプト』1巻のネタバレを含みますので、もしも読む予定のある方がいらっしゃいましたらご注意下さい。

 また、グランクレストを知らない方向けに、最初に世界観や用語の説明、『アデプト』1巻のあらすじを挟みますので、ご存じの方は読み飛ばして下さい。



【グランクレストとは】


混沌カオス』という力が支配する、アトラタン大陸という世界を舞台にした、いわゆる中世ファンタジーです。

 この混沌は『自然法則をメチャクチャにしてしまう』という困った力で、「リンゴが真上に落ちる」「水が急に沸騰する」なんて事から、果ては「異世界から魔物を投影する」などの酷い現象を起こします。

 そのため「物理法則もクソもねえ!」という科学者絶対殺すワールドになっており、お陰様で火薬や電子機器などがまともに機能せず、技術が停滞しているのです。


 こんなイカレタ世界だと人間なんてあっさり絶滅しそうですが、そこで出てくるのが混沌を打ち消す『秩序コスモス』の力を宿した『聖印クレスト』です。

 この聖印を持っていると付近の混沌が払われ、自然法則が普通に働くようになり、人々が安心して暮らせるようになります。

 そのため、聖印を持った者達は『君主ロード』として、土地を統治するようになったのです。

 で、聖印の力が強いと超人的なパワーを発揮できる上に、混沌を払える範囲=領地が増えるため、君主同士が聖印を奪い合っている群雄割拠の時代、というのがグランクレスト世界の現状となっています。



【用語まとめ】


○混沌【カオス】:自然法則をメチャクチャにする迷惑な力。ただ、これを利用を操る事で魔法などの超常的な現象を起こせる。


○秩序【コスモス】:混沌を払う力。遙か昔、世界は秩序で満ちていたのだが、それが何故か急に失われて、混沌の満ちた今の世界になってしまったらしい。


○聖印【クレスト】:秩序の力を宿した君主の証。人に分け与えたり、殺してでも奪い取ったり、投影体(後述)を倒して吸収したりできる。


○皇帝聖印【グランクレスト】:数多の聖印をまとめると、この皇帝聖印が誕生し、世界中の混沌が打ち払われて、遙か昔のように完全な自然法則が戻ると言われている。



○君主【ロード】:聖印を持っており、周辺の混沌を払えるため、村や町を治めている貴族や王様。君主が死ぬと持っていた聖印が混沌になってしまう。


○魔法師【メイジ】:魔法師協会アカデミーに所属する混沌を操る魔法使い。君主のサポートが主な仕事で、協会から君主の元に一人以上は派遣されている。


○邪紋使い【アーティスト】:混沌をそのまま『邪紋アート』として体に刻み、超常の力を手に入れた者達。君主と違って周囲の混沌を払う力はなく、人々からも恐れられている。

 君主と同じく、邪紋使いや投影体を倒して、その混沌を取り込むとより強くなれる。

 ただし、受け渡しが可能な君主の聖印と違って、邪紋は一度身に刻むと捨てる事ができず、死ぬと混沌となって遺体すら残らない。



○投影体【プロジェクション】:混沌の力で異世界から投影された影、いわゆるモンスター役。

 異世界から召喚されたわけではなく、あくまでコピーなので、投影体が消えても本体には何の影響もなく、本体は投影体に起きた出来事を知らない。

 お馴染みのゴブリンやオークといった魔物だけでなく、極大の混沌からは破壊神シヴァや雷神トールといった、神話級の存在まで投影される。


 また、フルメタのアーバレストとか、ゼロ使のルイズが投影される可能性だってある、かなりフリーダムな存在。

 極大混沌が沸きまくっていた神話の時代には、フリーダムVSアーバレストなんてロボット大戦が繰り広げられていた……かもしれない。

(あくまでTRPGなどの設定における話で、小説本編の中に他作品のキャラは出てきません。ただ、『戦記』の冒頭の事件で出てくるあれはロードス島の……おっと誰か来たようだ)



【『アデプト』のキャラ紹介】


○ロイ:十五歳の少年邪紋使い。山猫隊という傭兵団の一員。

 二刀流で戦うスピードファイター。ツンデレ。

 幼い頃、炎の剣を持った巨人の投影体に故郷を滅ぼされてから、強くなる事に固執している。


○二ノ宮真璃【にのみやまり】:十六歳の女子高生の投影体。山猫隊に拾われる。

 極大混沌から生まれたのに、何の力もない無害な少女――かと思ったら、周囲の混沌・聖印・邪紋をまとめて無力化する幻想ジャマーな子。

 来いよ、邪紋なんて捨ててかかってこい!


○リオン:十九歳だが大人びた白髪の女性。山猫隊の軍医。

 実は魔法師協会を脱走した闇魔法師で、全系統の魔法を使えるチートキャラ。

 協会の裏側を知っている重要人物なのですが、あらすじだと出番が少ない。

 ちなみに、初期稿では「貴方の成したいように成しなさい」という台詞があったのですが、流石に没を食らいました。


○ブルメオ:二十歳、優男の邪紋使い。山猫隊の一員。

 鉄球を打ち出す弾弓の使い手で、血液の糸で鉄球を自在に操れる。

 無鉄砲なロイを諫める、良い兄貴分なのですが……。


○アンシェンテ:十四歳の少女君主、金髪ドリルのお嬢様。

 山猫隊の雇い主である、君主の兄が大好きなブラコン。

 一応、セカンドヒロインの予定でした。



【一巻のあらすじ】


 アトラタン大陸の西端にある島・エストレーラ。

 そこで傭兵団・山猫隊の一員である邪紋使いのロイは、とある君主の元で戦っていた。

 人々を守るためといった崇高な目的はなく。ただ強くなるために。

 かつて、彼の故郷を滅ぼした極大混沌・炎の剣を振るう巨人すら倒せるほどの力を求めて。

 そんなトラウマに追い立てられるように、剣の稽古をしていたロイの前に、極大の混沌が現れる。

 あの巨人のような投影体が現れるのかと、震えながらも剣を構える彼の前に現れたのは、意外にも黒髪の女子高生・真璃であった。



 魔剣(邪紋の力で創り出した物)の使い手である山猫隊の隊長・ジラファ達も集まってきて、真璃はここが異世界であり、自分が投影体というクローン人間のようなモノだと知らされる。

 そして、これからどうしたいのかを尋ねられた真璃は、「自分が偽物だとしても、生きている限りは生き続けたい」と答え、隊長の一存で山猫隊の雑用係として招かれた。

 そんな彼女を――極大混沌を殺して邪紋として吸収すれば、凄まじい力が手に入るというのに、剣を振り下ろせなかった自分の甘さに、ロイは歯噛みするのであった。


 誰にでも人なつっこい真璃は、無愛想なロイに冷たくあしらわれても気にせず、積極的に話かけ続けた。

 そんな彼女に戸惑いながらも、少しずつ気を許し始めたある日、ロイと真璃の近くに投影体の魔物・キマイラが現れる。

 ロイは一人で果敢に立ち向かい、キマイラに深手を負わせるが、一転窮地に陥る。

 その時、真璃が叫んだかと思うと世界が歪み、周囲から混沌の力が消滅した。

 ロイの邪紋は力を発揮できなくなり、混沌の塊であるキマイラは、黒い煙を上げて苦しみ始める。

 どうにかキマイラにトドメを刺したロイは、今のが真璃の極大混沌としての力だと悟り、大きな不安を抱くのだった。



 ある日、山猫隊が雇われている君主・準子爵の元に、別の君主・男爵が訪れる。

 しかも、非道を重ねたために山猫隊を追放された、元仲間の邪紋使い・ペイラーを従えていた。

 憤るロイを余所に、ペイラーを連れた男爵は、準子爵に従属を誓うと共に、エストレーラ島の中でも特に凶悪な魔物・青銅竜を倒そうと持ちかけてくる。

 青銅竜を倒してその混沌を吸収すれば、より聖印の力が強まって、この島を統一する事すら可能であろう。

 そんな言葉に唆されて、準子爵は提案を受け入れてしまう。

 ロイはペイラーがいるため反対したが、「青銅竜を倒せば、この島から混沌の被害を減らせる」という隊長の言葉を受けて、渋々ながら納得するのであった。



 そうして、彼らは山奥に潜む青銅竜の退治に向かい、見事に打ち倒す。

 しかし、青銅竜であった混沌を聖印で吸収しようとしたその時、男爵とペイラーが裏切り、魔法師の力で隠していた伏兵と共に襲いかかり、準子爵を殺してしまう。

 隊長はロイとブルメオを逃がすために、一人で足止めをかって出た。

 隊長の奮戦は凄まじく、一人で四十名もの伏兵を全て切り倒すが、青銅竜と準子爵の力を取り込み、強くなった男爵とペイラーの前に破れてしまう。

 そして隊長の亡骸は混沌に変わり、ペイラーはそれを吸収して、隊長の魔剣を自らの物にするのだった。



 兄である準子爵を失ったアンシェンテは、勝ち目がないと知りつつも、残された忠臣達を率いて弔い合戦に赴く。

 山猫隊も隊長の仇を取るため、戦場に向かった。

 仇討ちという義を掲げ、どれだけ士気が高くても、強力な聖印の加護を受けた男爵の軍隊には適うはずもない。

 アンシェンテの軍は押されていき、ロイも魔剣を手にしたペイラーを相手に、徐々に追い詰められていく。

 命を捨てる覚悟を決めたその時、真璃が戦場に現れて、聖印や邪紋の力を全て打ち消す『無色』の力を解放した。

 聖印の加護を失った男爵の軍を、アンシェンテの軍が押し返していき、魔剣を失ったペイラーを、ロイが鍛え上げた自らの技で打ち倒す。

 そうして、ペイラーの屍から生まれた混沌に、彼は複雑な感情を抱きながらも、放置すれば災いとなるため、自らの邪紋に取り込むのであった。


 アンシェンテ軍の勝利で戦いは終わり、仇を打ち終えた事で、仲間達の大半が山猫隊を去って行った。

 だが、ロイ、ブルメオ、リオン、そして真璃は残り、新生山猫隊としてこれからも強く生き抜く事を誓うのであった。



【二巻あらすじ】


 男爵との戦争に勝ち、兄の聖印を取り戻したアンシェンテは、子爵となって広い領地を手に入れた。

 しかし、急速に力をつけた彼女を警戒して、周辺諸国が手を結んで宣戦布告をしてくる。

 アンシェンテは争いを望まなかったのだが、周辺諸国は彼女の言葉を信じようとはせず、これを機にエストレーラ島を統一するべきだという味方側の声もあって、戦うしかない状況に追い込まれていく。

 先の戦争で兵を失っている所に、二正面作戦を強いられて、片方を山猫隊だけで相手をする事になってしまう。

 謝るアンシェンテに真璃を任せて、ロイは両手にも満たない仲間を連れて、数百もの敵を抑えに向かった。



 ブルメオの作戦により、敵を狭い地形に誘い込んだ山猫隊は、何十倍もの敵に苦戦するどころか、むしろ押し返していく。

 特にロイの活躍は凄まじく、団長のように邪紋から生みだした両手剣型の魔剣で、次々と敵兵を斬り裂いていった。

 そうして半数近くも雑兵を倒し、疲労困憊になった所を見計らって、敵軍の大将である君主が前に出てくる。

 実力的には格下だが、魔法師や雑兵からの援護も加わり、ロイは疲労も重なって徐々に追い詰められていく。

 そして、トドメを刺されそうになったその瞬間、生きたいというロイの意思に応えるかのように、魔剣から真っ赤な炎が吹き上がった。

 敵の君主どころか、周囲の雑兵までも巻き込んで燃やし尽くす炎の剣。

 それはまるで、彼の故郷を滅ぼした巨人の剣のようであった。

 君主を失い敗走していく敵軍を前に、ロイは己の力に恐怖して震え上がるのだった。



 アンシェンテの方も何とか敵軍を追い返し、戻って来た山猫隊と合流する。

 君主が一人討ち取られた事により、周辺諸国は追い詰められたネズミとなって、今度は総力戦を仕掛けてくると思われた。

 そんな緊急事態だというのに、最大戦力であるロイが、一人で部屋に閉じこもってしまう。

 リオン達が声をかけても返事がなく、見かねた真璃が扉を蹴り破って、布団の中で丸まっていたロイを引きずり出す。

 そして、優しく抱きしめながら理由を尋ねる真璃に、ロイは震えながら答えた。


「俺は心のどこかで、あの炎に、あの力に憧れていたんだ……」


 故郷を滅ぼした極大混沌を憎み、二度とこんな悲劇を引き起こさないために力を求めた。その思いに偽りはない。

 だが同時に、全てを焼き尽くす巨人の圧倒的な力に、心の奥底で惹かれていたからこそ、彼の魔剣は炎を生み出したのだ。

 己の罪深さに戦慄するロイ。だが、真璃はそんな彼を激励する。


「男の子なら、強さに憧れるのは当然でしょ!」


 と、少年漫画を例に出して。

 そして、ロイは巨人の力に憧れていても、巨人の残酷な行いに怒る、優しい心を持っていると指摘した。

「月並みだけど、力に善悪はないんだよ。それをどう使うかが肝心なんだから」

 もしも力に溺れて道を違えた時は、私がぶん殴って連れ戻してやるから安心しなさいと、真璃に背中を叩かれて、ロイは震えの消えた足で立ち上がるのであった。



 そして決戦の日、周辺諸国の連合軍を前に、ロイは再び炎の魔剣を手にする。

 力への恐怖はある。けれども、力を信じて振るわなければ、大切な者を守れない。

 戦いで勝つためには、時にペイラーのような狡猾さも必要であろう。

 だが、ジラファ隊長のような誇り高さを失ってもならない。

 心に闘志の炎を燃やしながら、頭は氷のごとく冷静であれ。

 相反する二つを抱えて進む。その思いに答えて、一本の大剣だった魔剣が、二本の片手剣へと――亡き隊長の剣ではなく、ロイの剣へと姿を変えた。

 そして、赤い炎を凍り付かせるような、青い炎を吹き上げる。


 迷いを抱えながらも進むと決めたロイは、一騎当千の活躍を見せて、戦を勝利に導く。

 その活躍は『蒼炎の剣士』という渾名と共に、エストレーラ島に広く知れ渡る。

 倒した諸国の君主から聖印を奪い、より巨大な力を手にしたアンシェンテも含め、人々は新たな英雄の誕生を喜び、彼らなら島の統一を果たして平和をもたらしてくれると喝采するのであった。

 だが、そんな人々の思いとは裏腹に、諸国を唆して戦争を始めさせた闇が、表に姿を現そうとしていた。



【三巻あらすじ】


 人々の願いに押される形で、アンシェンテはエストレーラ島の統一に動き出す。

 ロイも蒼炎の魔剣を振るい、破竹の勢いで勝利を収めていく。

 だが、そんなロイの前に、彼に邪紋を与えた因縁の男・闇魔法師が現れる。

 闇魔法師はとある裏組織を作り、ロイのような子供達を集めて、死ぬ危険性があるのに混沌に触れさせて、邪紋使いの手下を量産するという外道行為をしていた。

 そのため、君主達の襲撃を受けて組織は崩壊し、どさくさに紛れて逃れたロイは山猫隊に拾われたのだが、首謀者である闇魔法師はしぶとく生き延びていたのだ。


 今更何の用だと剣を向けるロイに、闇魔法師は淡々と告げる。

「アンシェンテを殺し、この島の秩序を破壊するのだ」

 そんな馬鹿げた話を誰が聞くかと、斬りかかろうとするロイに、闇魔法師はさらに言葉を重ねた。


「いいのか? あの投影体の少女――真璃が消えても?」


 愕然として固まるロイに、闇魔法師は優しさすら感じさせる声で語る。

 今、アトラタン大陸では、とある君主を中心として世界が一つにまとまり、『皇帝聖印』が誕生しそうな流れとなっている。

 エストレーラ島が統一されて、大陸の流れと合流すれば、皇帝聖印の誕生はさらに早まるであろう。

 だが、皇帝聖印が誕生して全ての混沌が打ち払われるという事は、混沌由来のモノが全て消滅するという事であった。


「お前が命をかけて築き上げてきた邪紋の力も、愛する投影体の少女も、全て消え失せてしまうのだぞ? そんな事が許せるのか?」


 混沌がなくなれば、混沌を操る魔法も使えなくなり、魔法師も無能と化してしまう。

 そんな闇魔法師の都合と、ロイの都合は決して敵対していない。

「我々とて戦争を望んでいるわけではない。ただ今のまま、混沌の力がある世界を望んでいるだけなのだ」

「…………」

「お前も力と愛する者を失いたくはないだろう? だから、アンシェンテを殺して島の統一を防ぐのだ」

 混乱して口を閉ざすロイに、闇魔法師は考える時間をやろうと言って立ち去った。



 世界から混沌を払って人々を救うために、真璃が消えるのに荷担するのか。

 それとも、真璃がいる今を守るために、アンシェンテを殺して島の統一を阻み、人々を絶望に追いやるのか。

 一人で苦悶するロイの元に、当の真璃が現れる。

 彼が悩んでいるのを見抜いて、打ち明けなさいと迫る真璃に負けて、ロイは胸の内を吐き出す。

「大切な一人と、大勢の知らない人々、どちらか片方しか救えないとしたら、どうしたらいいだ……?」

 今にも泣き出しそうな顔をしたロイの質問に、真璃は満面の笑顔で答える。


「そんなの、みんなを救うべきに決まっているでしょ!」


 世界中を敵に回しても守って貰えるというシチュエーションは、乙女として憧れるものである。

 何より、死ぬのは怖いし、生きている限りは生き続けたい。

 けれども、本当に世界中の人々を犠牲にしたら――アンシェンテや山猫隊の皆や、この異世界で出会った全ての人々を犠牲にして生き延びたとしたら、真璃は罪悪感に押し潰されて、二度と笑えなくなってしまうだろう。

「だから、私を捨てていいんだよ」

「お前……」

「それにほら、私って投影体とか言うコピーで、本体は無事だから平気だって!」

 彼の悩みを見抜いて、強気に笑い飛ばす真璃を、ロイは強く抱きしめて、声を上げて泣くのだった。



 真璃に励まされ、例え彼女を失う事になろうとも、故郷のような悲劇を二度と繰り返さないために、ロイは闇魔法師と戦う覚悟を決めた。

 そんな折に、弾弓使いのブルメオから急に呼び出される。

 街から離れた深い森の中に入り、一本の巨大な木の前に連れてこられる。

 ブルメオはその巨木を愛おしげに撫でながら告げた。


「こいつが戦争孤児だった俺を拾ってくれた養母で、邪紋使いとして生き方を教えてくれた師匠で、俺が唯一愛した女だ」


 邪紋使いは力を極めた果てに、まるで仙人のように自然と一体化する事ができる。

 ブルメオが愛した彼女も、そうして一本の巨木となったのだ。

「皇帝聖印が誕生すれば、彼女も消えてしまう……」

「お前、まさかっ!?」

 闇魔法師はロイだけでなく、ブルメオにも声をかけていたのだ。

 そして、彼はロイとは逆に、世界よりも愛する女を選んだ。


「彼女のために、お前にはここで死んで貰う」


 初めて本気を見せて襲いかかってくるブルメオに、ロイは邪紋の力では勝りながらも、技量と気力の差で押されていく。

 だが、真璃の笑顔が脳裏によぎり、ついにブルメオの胸を剣で貫いた。

「……強くなったな」

 ブルメオは恨み言の一つも漏らさず、弟分の頭を撫でると、急いで街に戻るよう告げる。

 彼の遺体が混沌となり、愛した女の木に吸い込まれて一つとなる光景を背に、ロイは歯を食いしばって駆け出した。



 その頃、闇魔法師は同胞達の身を生け贄に捧げて、極大混沌を生み出していた。

 それはかつてロイの故郷を滅ぼした、炎の剣を持つ巨人――世界を焼き尽くす黒き者・スルト。

 突如現れたスルトを前に、アンシェンテ達は必死に抗うが、神話級の投影体が相手では時間稼ぎすら叶わない。

 軍隊は蹴散らされ、街が炎に包まれる直前、箒に乗って空を飛ぶリオンが現れる。

 そして、彼女の後ろに乗っていた真璃が、スルトの頭上に向かって飛び降りた。


「またロイの居場所を奪おうだなんて、絶対に許さないんだから!」


 世界を焼き滅ぼす極大混沌と、混沌を消滅させる極大混沌が激しい衝突を起こす。

 スルトは力の大半を失って、一軒家ほどのサイズまで小さくなり、そして力を使い果たした真璃は、ゆっくりと消滅していく。

 そこにロイが戻ってきて、消えかけた彼女を抱き上げた。

「……生きて」

 その一言だけを残し、真璃は消滅した。

 後に残った僅かな混沌を、ロイは邪紋として自らの身に刻むと、真璃が命を賭けて弱体化させたスルトに向かって駆け出した。

 そして激戦の末に、赤い炎の大剣を、青い炎の双剣が打ち砕き、ロイは過去に決着をつけて、未来を守り抜いたのだった。

(首謀者の闇魔法師は逃げようとした所を、リオンに見つかって殺されます)



 真璃は頭を叩かれて、うたた寝から目を覚ます。

 そこは学校の教室で、教師に叱られる彼女を見て、周りの友達が笑っている、いつも通りの光景。

 投影体は写し取られた影にすぎず、影が異世界で見聞きした事など、本体は知るよしもない。

 だから、真璃は笑って授業に戻り――何故か、一粒の涙が頬を伝うのだった。



 エストレーラ島の統一に向けた、最後の戦が始まろうとしていた。

 その最前列に立つロイは、自らの全身を覆い尽くす邪紋を改めて眺める。

 この戦いが終わり、そして遠くない日に皇帝聖印が誕生して、この世界から混沌が完全に払われるのだろう。

 その時、彼の邪紋も、力も、魔剣も、全て消え失せる。

 だが、真璃が彼の胸に残してくれたものは、決して消えない。

「俺は生きて、生き続ける!」

 真璃との約束を胸に、ロイは蒼炎の剣を握りしめ、前へと駆けて行った。



【エピローグ&プロローグ】


 突如として秩序が失われ、世界中が混沌で覆われた極大混沌期。

 あらゆる自然法則が狂い、大地が浮き上がり、海は燃え上がり、異世界の悪魔や天使、魔神や邪神が平然と闊歩する地獄のような世界。

 科学の力を失った貧弱な人間は、ただ迫り来る死の恐怖に震えるしかなかった。

 そんな絶望に沈む人々を、一人の女が必死に励ます。


「どんなに辛くても、生きている限りは、生き続けよう!」


 地獄の中でも元気な笑顔を浮かべる彼女に励まされて、人々も立ち上がって歩き始める。

 だがそこに、一体の魔神が現れる。

 適うはずもない魔神を相手に、女は折れた木の棒を握り、最後まで必死に生きようと足掻く。

 だが抵抗空しく、魔神の爪が振り下ろされようとしたその時、彼女の前に極大の混沌が現れる。

 驚く彼女の前で、混沌は男の姿となって、手にした双剣で魔神を切り裂き、刃から生まれた蒼い炎で燃やし尽くした。

 振り返った男の顔を、彼女は知らない。知るはずがない。

 けれども、何故か涙が頬を伝い、自然と言葉が溢れたのだ。


「ただいま」


 突然現れた相手にかけるには不釣り合いな言葉。

 けれども、男は満面の笑顔でそれに応えたのだった。


「おかえり」


 これは、秩序が失われた混沌の時代に、人々の心を支え続けた『聖女』と、彼女を守り続けた『蒼炎の剣士』の物語。



【解説】

 といった感じで、ループ物っぽいエンディングを考えていました。

 時系列順に整理すると、以下のような流れになります。


①先史文明時代:現代日本のような科学社会で、真璃(本人)は高校に通っている。

②極大混沌期:真璃(本人)はロイ(投影体)と出会い、人々を救って『聖女』と呼ばれる。

③数千年後の現代:真璃(投影体)とロイ(本人)が出会う。


 というわけで、真璃は過去に『聖女』として活躍していたから、極大混沌の投影体『無色の聖女』として現代に現れたのでした。

 そして、現代でロイと出会ったからこそ、過去で極大混沌の投影体『蒼炎の剣士』と再会できたわけです。

 卵が先か鶏が先かみたいな、「それ何か矛盾してね?」と疑問を抱くかと思いますが、そこは次元の壁を超えて異世界から神様だって投影できる混沌さんが、根性を出して頑張ったという事で、「細けえ事はいいんだよ!」の精神でスルーをお願い致します。


 ……真面目に答えるなら、「時間は連続していない」とか「人間が考える因果律の矛盾ごときで崩壊するほど、宇宙は柔じゃない」というSFな話になるのですが、上手くまとめられる自信がないのでご勘弁下さい。

 ぶっちゃけ『破壊魔定光』という漫画を読んで頂けると分かります(ダイマ)


 そんなわけで、『アデプト』の構想を公開させて頂いたのですが、如何だったでしょうか?

『アデプト』の後書きでも書いたのですが、私はロードス島戦記の直撃世代で、ロードスからTRPGを知って、バトルテックやシャドウランに手を出し、今はプレイする事こそなくなりましたが、ソードワールドのリプレイを読んだり、クトゥルフ神話TRPGのプレイ動画を見たりしています。

 お世辞でも何でもなく、ロードス島戦記に出会わなければ、ファンタジーやTRPGの事を、今ほど知らずに過ごしていたと思います。

(あと褐色エルフに目覚めたのは、間違いなくピロテースのせいです)


 そんなロードス島戦記の作者である水野良先生が描く『グランクレスト』の企画に参加させて頂き、シェア・ワールドとして書かせた頂いた『アデプト』は、本当に思い入れの深い作品でした。

 私の実力不足で続刊は出せなかったわけですが、思い入れが深かっただけに、物語が未完結のままだとモヤモヤが残っていたので、こんな形ですがロイと真璃の行く先を公開させて頂きました。


 発売当時に『アデプト』を読んで下さった方には、遅くなった上にこんなダイジェストで申し訳ないのですが、少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。

 そもそもグランクレストを知らなかった方は、これを機に『戦記』のアニメをご覧になって、グランクレスト世界を楽しんで頂けると嬉しいです。

 それでは、質問や誤字脱字などがありましたら、感想欄の方にご連絡下さい。



 追記・イエローサ○マリンに行くと、使う当てもないのにダイスを買ってしまう人は手を上げなさい(・ω・)ノシ

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グランクレスト・アデプトの構想 笹木さくま(夏希のたね) @kaki_notane

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