第3話

「じゃあ、躑躅ツツジ。俺を殺してくれ」

 七日目の夜。彼はそう言って床に大の字になった。

「できるだけ、苦しく長く、贖罪のように……お願いするよ」

 そう言われたって……思いつかない。無知だな、僕も。

 結局、首を絞める事にした。彼の胸に馬乗りになって、白い首に手をかける。

「ああ、やっと死ねる。俺はもう、罪を重ねなくて良いんだ」

「……死後に何があるか、知らないのに死ぬんですか。怖くないんですか」

「知らないから怖くないんだ。知らないから、生きてた時の罰がある、と想像できるだろう?」

 不思議だ。とても不思議だ。

 天国や地獄があるのか、と問われたのなら、僕は「はい」と答える事ができる。

 死後に何があるのか、と問われたとしても、その内容を答える事ができる。

 でも……それでも僕は、死ぬのが怖いんだ。ただ、あの世界に何事もなかったかのように戻るだけなのに。僕は臆病者だ。

「僕は、君になりたい。君みたいに、強くなりたい」

「俺は強くないさ。自分が背負える以上の責任を背負って、自滅しているだけだ」

 それでも、勇気ある行動じゃないか。言おうとしても、言葉は喉で詰まるばかり。

 そうしていると、彼が僕の両手首を掴んだ。まるで、殺してくれと懇願するように。

「懺悔は良い。俺はどうせ、地獄に落ちるからさ……やっと、死んでも良いと許可が出たんだ」

 その目は疲れ切っていて、笑顔もどこかぎこちなかった。

 手に力を込める。

「骨は、折らないでくれよ……頸動脈も、避けてくれ……すぐに、死ぬ、らしい、から」

 そう言われても、頸動脈がどこか分からない。が、数秒経っても僕の手首を握る彼には力があった為、彼の言う場所を避けていると思えた。


 数秒、あるいは数分、数時間後。彼は死んだ。

 死体から離れて、ため息をつく。

「大切な物、貰い忘れてたなぁ」

 そう声に出してため息を吐こうとして、やめた。貰った、と言えば、貰った__教えて貰った事は、あるじゃないか。

「君の価値観、と言うべきかな。なにぶん、僕は無知で無学だから、言葉を知らないんだよ。でも……ああ。ちゃあんと受け取ったよ」

 カツンと足音を鳴らして、僕はその部屋を出た。

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