第2話

 次の日。憂鬱な重い足で教室に入り、自分の席で読書をし、いつも通りの朝のホームルームが来た。

 いや、いつも通りじゃなかった。転校生が来たのだから。

「えー、百々目鬼トドメキ アヤメでーす。男でーす。よろしくお願いしまーす」

 やる気のない声。それでも、見間違えるわけがない。昨日の男だ。

 仮面はないけど、間違いない。あの不潔そうな長い白髪。色白を通り越して病的な肌。それと、165cm程の男でも女でも中途半端な背丈。ああ、間違いない。絶対にあの男だ。

 ……昨日から思ってたけど、ちゃんと人間らしい生活をしているのか、心配になる。ああでも、心配する義理もないのだから、するだけ損だわ。うん。

 そして、彼は不幸にも隣の席だった。椅子に座って回りの人に「よろしくー」と、生気のない声で挨拶をしている。

 ……もしかして、報復というのは直接するのかな。魔術とか、そういうのを使うと思ってたのに……少し残念。

「よろしくー 北沢さん」

「え、あ、よ、よろしくお願いします」

 学校で先生以外の人と普通の会話をしたのはいつぶりだろう。懐かしくて、嬉しくて、思わず涙が出そうになる。

「多分教科書違うからさー 違ったら貸してくれないかなー?」

「は、はい……分かりました」

「ありがとー。あと、タメ口オーケーだよー」

 ノリが軽い。昨日のあれは__高圧的な、世界に存在する物全てを見下すような、悪役っぽい口調は嘘みたい。夢のように消え失せてしまっている。

 でも、そんな事を気にしてる暇はない。とりあえず、今は目の前の事を解決しないといけない。

 さぁ、一限目は大嫌いな数学。頑張っていこう。


 昼休み。急いで校舎裏に行き、弁当を開く。虫が多くてジメジメしてるけど、幸いにも飛ぶ虫は少ないし人も来ない。だから、最近の昼食はここでとってる。

 でも、今日は例外らしかった。食べ始めてちょっとしてから、誰かが来た。

「隣、座るよー」

 顔を上げると、そこにいたのは百々目鬼だった。

 彼はコンビニのカレーパンを食べながらこちらを見る。その手には牛乳とレジ袋が握られていた。レジ袋は小さめだけどパンパン。

「いやぁ、みんな黒いねー。あんなとこで昼飯なんて無理だよー……君、面白いくらい標的にされてるねー」

 今の状況を楽しんでいるように百々目鬼は笑う。既にカレーパンは消えており、メロンパンの袋が開けられた。それでも袋にはまだ三つくらい入ってる。たくさん食べれるのは、羨ましいなぁ。

「やっぱり、人間は汚いねー。この虫達の方が……断然、美しいよ」

 そう言いながらゴキブリのように黒い虫を遠くに追い返し、百々目鬼は小さく手を振る。

 不思議な人。授業でも然程目立たなかったし、人が集まりはするけど、それもすぐに散っていく。

 まるで桜みたい。みんなに注目されるのは一瞬で、すぐに儚く消えていく。

「彼らは、自分が害を受けた時にしか攻撃しない。なのに人間は、害がない彼らに対して攻撃をする……醜いね。とてもとても」

「……あなたは、人間なんですか?」

 百々目鬼は目をまぁるく開くと、すぐに嬉しそうに細めて「どうだろうねー」と言った。

「でも、死人じゃあないねー。ちゃーんと生きてるよー。ほら。安心してねー」

「そう、ですか」

 ギュウと握られた手は骸骨みたいに細くて……でも、春の陽気みたいに暖かい。

 だからといって、安心できるわけがない。でも……一応、味方っぽいから、信じるのは、良いかもしれない。

 今日の弁当は、少ししょっぱいなぁ。

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