第37話 戦う理由

 鉄色の魔導外殻を駆り、オーダーワンの前に立ちはだかるマイルズ。

 オーダーワンは、オーダーワンを操るハルベーザは堪えがたく身を震わせる。


『なぜ……なんの大義があって! 貴様は私の邪魔をする!? 貴様の行い一つひとつが人類の進展を妨げているのが分からないのか!』

「ハ!」マイルズは鼻で笑い飛ばす。「人類なんざ知ったことか!」

『ではなぜだ! なんのために私と戦う!?』


 世界人類のために立ち上がるハルベーザを、だからこそマイルズは見下す。


「和の国でルーシーと食った焼肉は美味かった」


 心からの言葉で。本心からの感銘で。


「本当に美味かった。熱くてタレが香ばしくて、噛むたびに肉の香りが口の中に広がる。その後味に冷えたビールをキュッと迎えるのも最高だ」


 マイルズの語り出した内容にハルベーザは困惑する。お構いなしにマイルズは続けた。


「次は炭火の網焼きでやってみようか。ハッサやイデアも集まってワイワイ焼くのも楽しそうだ。またルーシーに、今度はもっといい肉を食わせてやりたい」

『何の話をしている?』


 分かってないな――とマイルズは嘲笑う。


「戦う理由なんざ、それだけあれば充分だ!」


 覇気とともに、マイルズ機の右腕から魔力が膨れ上がる。束ねられた魔力は剣の形をした砲弾を成し、砲声とともに放たれた。

 空を貫いた魔術は──しかしオーダーワンの溢れる出力が実現する高密度の障壁に砕け散る。

 砕いたハルベーザは激しく頭を左右に振った。


『馬鹿な……馬鹿な馬鹿な、馬鹿な! そんな下らないことのために、人類の叡智に届く才能を遊ばせるだと!? 人類の総福に対する反逆だ!』

人類社会の貢献そんな下らないことのために、ルーシーを泣かせて縛りつけなきゃいけないなんざ! この世の善徳に泣いて謝れ!」


 魔術が噛みあう。

 破壊と破壊、防御と防御が食らいあう。互いの尾を食う蛇のように、二基の魔力炉は吼え猛った。

 正しく二人は鏡映しだ。

 互いに己の信じるもののために死力を尽くす覚悟があり――相手の信念に価値を感じることが叶わない。

 鏡の厚みで像は決して触れ合わないように。


「「邪魔をするな!!」」


 叫ぶ――互いに重なるところがないゆえに。


 大気の震えるような魔術の激突、その余波でマイルズ機の右腕基部が火を噴いた。装甲が脱落して関節が焼ける。


「ちぃ……!」

『ハハ! 馬鹿め!』


 ここぞとばかりにハルベーザが魔術を閃かせる。

 オーダーワンから生み出された鞭のような一撃を、マイルズは左腕だけで障壁を生んで受け止めた。過剰に魔力が集中して左腕部の回路が破裂する。

 瞬く間にアラートがマイルズのコックピットを侵食していく。

 力を失った左腕が垂れるのを見て取ったオーダーワンが、突撃銃を振りかざした。魔力が高まる。


『トドメだ!』


 マイルズは操縦桿を引き、ペダルを蹴り込む。

 背部スラスターが鮮烈に光を放つ。

 ツインドライブは嵐に舞う枯葉のように吹き飛び、放たれた銃弾の際をすり抜けて飛ぶ。

 樹木を交わす直後に跳ね上がり、宙返りからのひねり込み機動でオーダーワンの銃口から逃れた。


「そう簡単に捕まるか……!」

『逃げ切れるものか!』


 空を跳ねるような回避機動の途中、

 マイルズが息を呑む。

 オーダーワンが突撃銃から外した腕が、魔術の奔流を走らせる。マイルズは咄嗟に回避機動を逸らすもかわしきれない。足の装甲を吹き飛ばし、キリモミに墜落して転がる。


「ぅが……っ、クソっ! まずい」


 墜落の衝撃で右腕が折れた。背部スラスターが潰れる。

 推力を遮断する警告がステイタスモニタに大書され、転倒を制御しながらマイルズは蒼白になる。

 スクリーンの向こうでオーダーワンが嗤っている。


『ここまでだな。観念しろ』

「この程度で調子に乗るとは、甘いな」


 応じながらマイルズは焦燥をにじませて操作盤コンソールを撫でていく。

 内外に浸透したダメージが、ここにきて噴出していた。見た目以上に深刻な被害がダメージコントロールの限界を越えて現れている。

 もとが戦闘に堪えない試験機だ。脆弱にすぎる。


「ここまで来て、諦めてたまるか……!」


 オーダーワンが今度こそ突撃銃の銃口を定める。

 機体に膝をつかせたまま、マイルズの目は活路を探す。

 しかし、腕は動かない。手を伸ばす先がない。

 四方は森。機体は武装もなく、機動力も失われ、魔術出力は指向性を損ない、連携する友軍も――


『させない!』


 オーダーワンの構えた突撃銃に泥水をぶっかけるような。

 どす黒い瘴気が魔導外殻サイズの銃身を押し包む。

 思わず手を放して下がったオーダーワンから、イデアの空間転移は突撃銃をもぎ取った。

 オーダーワンは激昂して振り返る。


『――イデア・グレース!!』


 大破し、ろくに身動きも取れない紅い魔導外殻を。

 手も足も動かない機体の中、イデアは笑うように強く、その宝石のような装甲を輝かせた。


『マイルズ。その機体は魔力還流式――同じ総量の魔力が絶えず機体を巡っている。だから、魔力を広げるといいの』

「どうやって……」

『死に損ないが!』


 困惑するマイルズを、ハルベーザの怒号が断ち切る。

 ハルベーザひとりが制御できる魔力量の限界――その全てを注ぎ込んだ乱暴極まる魔術が渦巻き、組み立てられて、臨界を超えて破壊力が表出する寸前。

 ロケット弾がオーダーワンの腕を弾いて逸らす。


「にゃは! いっくらでも邪魔させてもらいますにゃ!」


 強い笑声とわざとらしい語尾。

 マイルズが振り返る先で森を駆け抜けている。

 ルーフにロケットランチャーの砲身を固定し、不安定に揺れながら走るハンヴィーだ。ニンジャが巨体を運転席に縮こませて路面に全神経を集中させている。ロケットランチャーを抱えるハッサが豪快に笑っていた。

 そして、


「――ルーシーも!? なんで避難していないんだ!」


 ハッサの隣でハンヴィーにしがみつき、金髪をなびかせる碧眼。彼女はツインドライブを見上げて目を細める。


「マイルズ! 魔力還流の総量を増やします」


 彼女の片手はひと抱えの宝石を押さえている。内部構造に回路を沈み込ませた、本来なら魔導外殻の制御装置の心臓部として使われる部品。

 傍らに車載する魔力炉につながっていた。


「私だって、心得はありますから」


 ルーシーが目を伏せる。

 魔力炉が起動した瞬間、莫大な魔力が膨れ上がっていく。もともと魔力の飽和しかけている空間で、結晶化した魔力が光の粒として立ち上った。

 マイルズは息を呑む。

 ヘキサドライブ。


「ルーシー、きみは!」

「問題ありません。そうでしょう? ハッサ教授」


 ルーシーの流し目に、ハッサは苦笑をにじませる。


「安全マージンは、多く取るほどいいですにゃ」

「一刻も早く終わらせてください。――手伝いますから」


 魔力の帯が伸びてマイルズ機に届く。

 マイルズの機体に、ルーシーの制御するオーダーシックスの莫大な魔力が注ぎ込まれていく。

 マイルズは笑った。

 ルーシーが手ずから制御する魔力は気遣わしげに、優しく柔らかくツインドライブを包んでいく。慣れない暖かさがマイルズの総身を通り抜け、ひどくくすぐったい。


『見逃すものか! オーダーシックスの弱点は明らかだ!!』


 ハルベーザの絶叫と、二重に展開された魔弾が牙を向いた。オーダーシックスの弱点……複数の魔術に対応できない脆弱性を突くために。

 応じようとしたマイルズを、ルーシーの気配が引き留める。


「私は技術者です。策略通り――オーダーシックスについて考える以外に何もすることのない環境に置かれて、考察せずにいられませんでした。迂回路を実装するだけなら簡単でしたよ」


 もののついで、という二重の障壁が如才なくオーダーワンの魔術を受け止める。シックスのかぶる魔性の仮面は剥がれない。

 イデアほど卓抜した魔術師ではなく、ツインドライブほど二重の魔術展開に適していない、ハルベーザのオーダーワンが無理して放った貧弱な魔術だ。生身のルーシーをして容易く防ぎ仰せてしまった。

 ハンヴィーの車上で身をすくませたハッサが、こゆるぎもしない障壁を見上げて寂しく笑う。


「まったく……敵いませんね。ルーシーは和ノ国でずいぶん新しい刺激を受けたようですにゃ」

「お褒めいただいたところ恐縮ですが」


 ルーシーは表情を曇らせる。


「無理やり魔力を注ぎ込んだせいか、まるで安定しません。うまく還流させるために制御を手伝っていただけませんか……! イデアさんも!」

「仕方ないですにゃぁ……」

『ン、分かった』


 ハッサだけではない。擱座かくざし、ろくに身動きも取れないイデア機もまた火花を散らしながら腕を上げる。

 マイルズ機に注がれる魔力の帯に触れ、制御に加わった事がマイルズの肌感覚に伝わった。

 しかしマイルズは困惑する。


「安定しないとは……どういう意味だ? どうしたら魔力還流が広がるんだ」

「マイルズ。人の体中にはもともと魔力が巡っています。魔力還流では生体魔力の消費が限りなく少ないのは、放出した分だけ取り入れているから。魔力還流は、すなわち魔導外殻を"あなたの体とする"ことなんです。それは――今も同じです」


 ルーシーの言葉に耳を澄まし、マイルズは操縦桿を握る己の手を見る。

 機体を包みこむ膨大な魔力を己がものとする。


「受け取ってください、マイルズ」


 声を受けて、マイルズは顔を上げた。


 スクリーンに映る景色の色合いが変わるほどの魔力濃度。機体を押し潰すような総量。

 肌に感じるこの全てを、マイルズは自分自身に充溢じゅういつさせなければならない。


「――よし」


 躊躇は一瞬。

 目を伏せて、大きく息を吸う。

 魔力が雪崩れ込んできた。

 肺が蹂躙され、肌が沸騰するようにあわ立ち、血管に細かいガラス片が流れていくような激痛が巡る。


「ぉ――がぁあああッ!!」


 異物を取り込む違和感。自分はこうではない、という苦痛。


『はは』


 赤く充血する視界の中で。


『気の持ちようでどうにかなるものか! それに……黙って見てやる道理もない!』


 オーダーワンが腕に魔術を表出させる。強力な出力を余すことなく活用する、一撃に込めた強力な魔術。剣の形に研ぎ澄まされた破壊力がツインドライブに向けられる。

 マイルズは反応する余裕がない。指一本もまともに動かせない。

 筋繊維、神経線維の一つひとつに至るまで魔力に張り詰め、破裂寸前まで腫れている――そんな錯覚。

 五臓六腑を食い荒らす激痛の嵐の中、

 マイルズは口の端から声を漏らした。


「これくらいなら……平気だな」


『死ねッ!』


 オーダーワンの魔術剣が、マイルズ機を肩から斜めに両断する。

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